113 無事に帰れても、する事は多い
「アンデッドの大軍を肉の盾として前面にして、一気に攻め寄せて短期決戦をはかるかもしれませんぞ。世継ぎへの餞として。」
「ありえない話では無いように感じるのが、恐ろしいところです。」
ゾンビは足が遅いが、大軍であれば生きている人間の大軍でもゾンビでも変わりがないように思う。むしろ『死ぬ』ことを恐れない分、普通の軍隊では真似できない戦術を展開する可能性は否定できない。
ゾンビの軍隊に欠点は多いはずだが、死の欠如と数の暴力はそれを補って余りあるのだ。
「それで対抗策としての竜ですか。」
「ゾンビ相手に威嚇効果は無いでしょうが、ブレスひと吹きで数十を無力化できますからね。文字どおり一騎当千の働きを期待できます。」
「特使閣下は、なかなか恐ろしい手段を考えなさいますな。」
「皮肉られたとしても、現状で最強の存在に頼れるならそうします。」
私の答えに、皮肉に聞こえたのなら申し訳ない、とダヴィッド殿は謝罪する。
「まだヤー=ハーン王国の内情について不明なこともあり、現状では直接刺激するような策は取らない方針です。この件についてはここまでで。私がお話しできる事は以上です。」
「今のお話で、今回の特使派遣の意味がよく理解できました。」
ダヴィッド殿は意外とあっさり引き下がった。もうちょっと粘ると思ったが、直接の動機だけ探れれば良いと判断したかな?
「これまで以上のご協力を期待してもよろしいですかね?」
「国境に異変があればすぐにお知らせしましょう。」
「ならば、外務大臣のゴルデス卿にお知らせください。軍事的脅威であれば、上級将軍のカステル卿か軍務尚書のフィグレー卿に。最寄りの赤竜騎士団の駐屯地やモンジェリン卿に連絡すれば、部隊を出してくれるでしょう。」
私は伝えるべき先を教えておいた。帰ってからも外交の仕事を手伝わされたりしたら、たまったものじゃない。
「おや?外交の仕事はなさらないので?」
「外交は宮廷魔術師長の管轄ではありません。たまたま…私が古い盟約の件を持ち出したので、詳しいお前が行け、となってしまっただけで。」
これは別に言ってしまっても構わんだろう。
「なんとまあ。押し付けられたわけですか。」
「形の上ではそうなりますね。外務大臣のゴルデス卿には他の仕事もあるようですし。」
「他の仕事?」
「私は内容を一切知りません。本人以外は陛下が知るのみです。」
その後はダヴィッド殿から、ヤー=ハーン王国と竜の狩場との国境付近や、そこへ至るルートなどの地理情報を教えてもらった。これを我々が利用する事は無いだろうが、知っておいて損するものでは無いだろう。
若干予定よりも遅くなったものの、問題なく昼の大休止をとる場所に着いた。
采配をエズアール隊長と秘書官・ラブリット二等書記官に任せて、私はちょっと休ませてもらう。魔力回復用の魔法薬をチビチビと飲みつつ、昼食ができるのを待つ。
(こんなに魔力を一度に持っていかれるとは…。改良の余地が相当あるなぁ。)
“ドライアイス作成”で一気に魔力が持っていかれた事に、私は一人で反省会をしていた。
“魔力を吸い上げる”と人造魔晶石で魔力をブーストしていなければ、魔力枯渇に陥っていた可能性は否定できない。ギリギリで保ったのは幸運だった。
この陽気が続くなら、今後も何回か使わないといけないかもしれない。
(腐りやすい食材はさっさと使い切るにしても、食品保存用の低温容器は開発した方が良さそうだ。)
私の頭の中の予定表に『冷蔵庫の開発』を書き込んだ。高性能の断熱材とか、この世界に無い素材がたくさんあるから、ほどほどのもので満足するより他ないだろう。
さしあたっては“ドライアイス作成”の運用改善である。
毎回、こんな無様な様を晒すわけにはいかない。私も魔術師の端くれ、それも効率の良い魔力の利用が応用面での大テーマである霊素力学の専門家なのだ。
それが魔力切れでぶっ倒れました、なんて末代までの恥である。
(とりあえず…“魔力を吸い上げる”の魔法陣を霊素収集と変換効率の良いものにしよう。風属性の霊素はたくさんあるから、他の属性を──ここだと土属性が良いかな──変換して火属性に変えて運用しよう。)
頭の中で必要な術式を組み立ててゆく。予想通りなら、これで魔力の供給面は問題ないはず。先にちょっと試して確認して、必要があればその場で手直しすれば良い。
(問題は“ドライアイス作成”だが、魔力が大量に要ったのは大気中の水と二酸化炭素の量の差だよなぁ。下げる温度の差も大きいし。)
いくら魔術でも物理の法則そのものは曲げられないので、魔術式そのものを設計し直すしかない。
(“浄水作成”の魔術式を構造解析して、どうすれば良いか考えよう。あまりにも基本的な魔術だから、これを構造解析して改造とか考えたことが無かったな…。)
他の魔術も組み込んでドライアイス生成の効率化を図ったほうが、全体の魔力消費量が抑えられそうではある。
(要検討だな。帰ったらいろいろ試してみよう。)
やるべき事は雪だるま式に増えてゆく。
昼の大休止中に十分回復できたので、“浄水作成”で隊の水を補給し、午後は自分で馬に乗る。
午後は問題なく進み、野営地へと予定通り到着した。心配されたが“柵を建てる”で野営地を囲い、少し早めに床につかせてもらった。
その後、数日間は予定通りに道を進めることができたのだった。




