109 魔術による野営地の防御
道標の中に建てられた天幕は私のものと、秘書官と従者たちの寝るもの・ラブリット二等書記官と外務省の官僚たちのもの・ディオンたちアーディアス家付きの武官たちのもの・エズアール隊長と護衛隊の部隊長クラスのもの・案内役のダヴィッド殿のものが置かれた。
外側には護衛隊の隊員と随行の者たちの天幕が並ぶ。その外側に交代で見張り役が立つ。
ふつう、こうした外側には柵や土塁を設けて駐屯地とするのだが、土塁を造る時間は無いし、柵を設けるための木もあまり無い。
場所柄、盗賊や山賊・他国の兵が襲ってくる心配は無いが、その代わりに棲むのは人間など苦もなく殺してしまえる猛獣である。防御の備えは必須だ。
「外側の防御が手薄なようだが、あれで平気か?」
私はエズアール隊長に問いかける。
「はっ。大楯を並べ、見張りに立つ者に魔術的な強化を施して乗り切る予定です。」
「魔術が使える者は限られるであろう。彼らの負担が重くならないか?」
「魔晶石を持たせておりますので、負担を軽減させることができます。ご心配には及ばないかと。」
エズアール隊長はそう言うが、魔力の回復は魔晶石の使用で完全に補えるものでも無い。本人の魔力が枯渇すると、霊的なショック症状で倒れてしまう。こうなると回復には時間がかかるのだ。
「防御用の魔術を私が構築しよう。護衛隊の行動の邪魔にならなければだが。」
記録によれば父も同じことをしていた。私がすることにも何の問題もないはずだ。
「閣下にお願いするのは気が引けますが、そうして頂けると我々にとって誠に嬉しい次第でございます。」
「どんな魔術が良いかな?」
防御用の魔術にはいろいろある。霊素を操作して魔術的な攻撃を防ぐ盾や、同様に物理的な攻撃を防ぐもの、さらには大量の霊素を物質化させて文字通り『城』を築く大規模儀式魔術“一夜城”まである。
「柵のようなものがよろしいですな。敵が見えるので対応しやすく、迎撃もしやすいです。」
「よし、わかった。」
私は念のため、ダヴィッド殿にここで魔術を使って防御を固めても問題ないか尋ねたところ、問題ないとの返事だった。私はエズアール隊長と共に周囲を巡って環境霊素相をざっと調べる。
道標を中心にして、土・風・水・生命の属性を帯びた霊素が緩やかに渦を巻くようにして循環している。
「ふむ、なるほど。ここは魔術的な防御にも適した場所だな。環境霊素相が実にそうした魔術の構築に向いている。」
「そうなのですか。」
エズアール隊長は私の言葉を受けて周辺を見回していた。
「防御系の魔術の多くは土属性の霊素を扱うものが多いからね。土属性が強いここは好都合だ。」
私は短剣で足元の土をひと握りほど採ると、料理人のところに行って炉の灰と塩を少し分けてもらった。手の上で土と灰と塩を混ぜ合わせる。これで触媒ができた。
「何をなさるのですか?」
「これを触媒に、土属性の霊素を集めて物質化させ、柵を作るのだよ。」
これからおこなう魔術は土属性の魔術“柵を建てる”と言う、やや応用的な魔術だ。
土属性の魔術に“土盛り”と言う、土をちょっと盛り上げるだけの基礎的な魔術がある。土属性の霊素を集めて物質化させた『仮想の土』を地表直下に出現させて『土盛りのような盛り上がり』を作り出すものだ。
効果時間が切れると物質化された霊素は元の無形の霊素に戻るから、地面も元に戻る。
“柵を建てる”も基本は同じで、物質化された土属性の霊素で、木製の柵を建てるものだ。これも時間が過ぎれば消えるので、“効果時間延長”の魔術と併用して出発予定時刻まで保たせる。
“柵を建てる”は組み合わせて一夜の野営をする小屋を建てたり、何かを閉じ込める牢をこしらえたりできるので、防御用というよりも建築系という方が適切かもしれないが。知っておくと便利なのである。
学生の頃、学友のケイト・ディエティスとの素材集めや、アントニオたちとの冒険の際に役立ったものである。
今回は野営地の周囲にこれを使い、防御柵としようというわけだ。
構想を私が説明すると、エズアール隊長は納得したようだった。
「実はそうした魔術が使える者を隊員に選ぶことも考えたのですが…。他の能力の面で、選抜基準を満たさなかったので実行不能でした。閣下のおかげで、なんと心強いことか。」
「銀竜騎士団に土属性でこうした魔術が使えるものは少ないのか?」
「軍ではどうしても、武器の攻撃力を増したり、力を増したり、悪影響を防ぐ魔術に重点が置かれますので。お恥ずかしい限りです。」
エズアール隊長は面目なさそうに答えた。彼は恐面の大きな身体の騎士なのに、ナハム特有のケモ耳が横に寝てしまい、なんだか可愛らしく見えてきた。
「今回の事は、帰還後に報告書で詳述して上層部に改善を進言いたします。」
「そうだな。いろいろな手段を講じられる方が、あらゆる事態に対処できて良いだろう。私からもアーノルドに話してみよう。」
私は土と灰と塩を混ぜて作った触媒を摘んで、パラパラと撒きながら野営地をぐるりと一周した。そして魔術師の杖を手に持ち、石突きで地面をトントンと叩く。
呼吸を整え、目を閉じると、明確なイメージを象づくる。この種の魔術ではイメージの明確化が重要だ。
記憶した野営地を囲む、頑丈な丸太が組み合わされたしっかりとした柵の存在を、そこにあるのを疑い無く感じるまでに明確にイメージする。構造・形・大きさ・色合い・質感・手触り・においに至るまで、間違いなくそこにあるものとして。
目を開けた私は、野営地を囲む防御柵がそこにあるのを見た。
「大地より成るものよ、ここに我が意のままに形を成して顕れよ。その形、その存在、我はこれを長く留めさせん。」
この種の何かを創り上げる魔術は慣れているもの、よく知っているものほど早く創れる。
魔術師があっちこっちに見物に出かけたり、日常の些細なものでも執拗に観察したり、変なものを集めて家や部屋をゴミ屋敷みたいにしてしまう奴がいるのも、このためだったりする。単なる知識欲ではないのだ。
私の杖の石突き近くから、ぼんやりとした影のようなものが地面から現れ始めた。それはすぐに野営地を取り囲むように広がり、護衛隊や随行の者たちのどよめきの声が上がる。
だが私にはそれが聞こえていなかった。それだけ集中していたのだ。
影のようなそれは、柵のシルエットの形を作り、そして厚みを増して質感を得て、はっきりと誰の目にも見て取れ、触ることのできる防御柵となった。
ダルトンの魔術属性のひとつを、土属性にすることにしました。
土属性は一番多くて、普通の魔術属性です。使える魔術の多くが地味め。




