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106 ならば、上から見てみよう

 (ドラゴン)の狩場を馬に乗ってただ進む。

 移動する我々の立てる音を除けば、風にそよぐ草の葉擦れと鳥の鳴き声しか聞こえない。たまに何か獣の鳴き声のようなものも耳にするが、それは遠くて微かなものだ。

 ダヴィッド殿に警告はされたが、警告した当の本人が案内してくれているのだから、猛獣と遭遇する心配はしていない。道を見て、空気の匂いを嗅ぎ、耳をすまして周囲をうかがい、我々を先導してくれている。

 昼と夜に大休止、その間に小休止を1回ずつ入れる、というのが基本的な移動の計画だ。夏なので気温が比較的高く、体力を消耗しやすいことを考慮してである。

 昼に休んで夜間に進む方法もあるが、ダヴィッド殿が言うには、夜行性の猛獣が多く昼間より遭遇する可能性が上がるため危険である事、人間の国の街道と違い整備された道では無いので慣れていないと事故の危険性も高まるとの事で、当初の構想どおりに昼間に移動し、休憩を多く入れる事で対応することになった。

 軍隊の行軍と違い、急いで駆け抜けねばならないと言う事もないのだから安全性を優先したわけだ。


 我々が小休止の間も魔獣使い(ビーストテイマー)たちは、道を離れてサッとどこかへ消える。

 何事かと思ったら、周囲の偵察ですとダヴィッド殿は答えた。

「道は主に尾根筋にあるので見通しは悪くありませんが、それでも夏は草深く、視界が限られるので少しは移動して見回らねばなりません。」

「なるほど。じゃあ、高くから見下ろせれば良いんですね?」

「そうですが、この辺りにはちょうど良い高さの木が、そう都合良く生えておりません。」

 彼の言うとおり木はまばらにあるばかりで、それも道の近くにはごく少ない。

「ちょっと、試してみたいことがあります。」

「魔術師の特使閣下がなされるなら、面白そうでございますな。」

 私は従者たちに命じて、荷をくくるのに使っているロープの予備を持って来させた。そして、それの端を腰に巻きつける。

「閣下!?何を始めるんです!?バカなことはしないでくださいよ!」

 秘書官のアンドレは慌てて止めようとする。

「大丈夫さ。危ないことはしないさ。このロープを…そうだな、30mぐらいの位置でしっかり持っていてもらえるかな?」

「何をなさるおつもりですか?」

「ちょっと、高く飛ぶだけさ。風に流されていたら引き戻してくれ。」

 それだけ言うと、私は手を自分の胸に置いた。

「我が言葉により、大地の(くびき)よりしばし解き放たれよ。重さは消え羽のごとく、大岩すら綿のごとく軽くならん。」

 私の体に魔力が通り、体から大幅に重みが失せる。“重量軽減”の魔術だ。

 そして私は膝を曲げて、地面を蹴った。一気に天に向かって私の体が飛んでゆく。

「閣下ぁぁぁぁぁっ!?」

 複数の悲鳴のような声が下から聞こえるが気にしない。

 (ドラゴン)の狩場は広大な平原なので距離感を掴みにくい。もちろん自然なので真っ平らでは無いのだが、比高差がわずかであり、全体を把握できる場所に乏しいのである。さりとて、うかつに塔屋などを造れば猛獣のねぐらになりかねない。

 こうして魔術で高く飛び上がるのが手っ取り早いと、私は判断した。“重量軽減”で自分の体重を消し、地面を蹴って飛べば簡単に高くまで行ける。

 問題は飛び上がり過ぎたり、風に流されて戻れなくなる恐れがあることだ。

 そこでロープで縛れば、止まらないとか、あてどなく漂ってしまう心配が無い。つまり命綱である。それ以外の不安は、効果時間中に地上に戻らねばならないことだ。そうしないと重力に従って墜落である。


「うむ、絶景かな、絶景かな!」

 思ったとおり、地上からの高さ30m地点から周囲を見ると、余すことなく(ドラゴン)の狩場の様子を俯瞰(ふかん)できた。地上30m〜の眺めは素晴らしい。

 草が海原の波のように揺れる草原の遠くに、ゆっくりと動く黒っぽい動物の群れらしきものがいくつも見える。

 他にも遠くの木のそばに大型のクマに似た巨大な動物がいるのが見えた。クマのような形だが、マズルが長く、長い尻尾があり、後ろ足で立って前足で木の枝をつかんでいるようだった。

「あれが大懶獣(メガテリウム)と言う猛獣かな?ゆうに人間の数倍の高さがありそうだなぁ。」

 他にも遠くに動物の群れがあり、振り返れば入ってきた城門が遥か向こうに点のように見えた。そして私を指差して驚いている魔獣使い(ビーストテイマー)たちの姿が目に入った。

 絶景を堪能した私は、下に居る部下たちを心配させてはいけないなと思い、ロープを力一杯引っ張って地上に体を降ろした。


「閣下!いきなり何してくれてんすかっ!?」

 地面に降りると秘書官から大目玉を食らった。口調から微妙に敬意表現が消えている。

「せっかく悪魔退治だの何だのをうまく切り抜けたのに、こんな場所で自分の魔術がもとで死んじゃったら、ただの馬鹿じゃ無いですかっ!」

「いや、あの、その、もうちょっと説明すべきだったな…。」

「閣下、もう少し、特使としての立場を自覚していただきたく存じます。」

 ラブリット二等書記官からも、冷たい声で(たしな)められてしまった。

「は、はい。大人げありませんでした…。」

 さらにはエズアール隊長からも苦言を呈されてしまう。

「閣下、高所より見回りをしてみようと言うお気持ち、部下の労苦を(おもんばか)っての事と存じますが、危険でございます。我々は外部からの危難に対しては迅速に対応する訓練を受けておりますが、ご自身が危険な真似をなされては対応に苦しみます。」

「た、大変申し訳ありませんでした…。」

 エズアール隊長の真面目な顔で迫られると、元がこわい顔なので圧がもの凄い。もう謝る以外の選択肢が思いつかなかった。

「“重量軽減”の術を使える者は隊にもおります。以後はその者にさせますので、閣下はゆっくりご休憩ください。」

「わかりました…。」

 その様子をダヴィット殿は苦笑して見ていた。

「いやはや、それでも魔術で飛び上がるとは、我々にはとても思いつきませんでした。新しい方法を知る機会を与えていただき感謝申し上げますぞ。」

 そして、一応フォローしてくれる。

「う…。お役に立てば幸いです…。」

 こうして、私の絶景堪能は終わったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 判断する立場の人が全体を俯瞰する一次情報を素早く正確に得る事は重要だから閣下の行動は良い事だと思います。 ただ、組織のトップなのに安全が保証されてなかっただけで。(そりゃ怒られるわ。) …
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