104 竜の狩場へ
翌朝も良く晴れていた。この時期は晴れの日が多く、適度に雨が降ってくれる。竜の狩場でも1回ぐらいは途中で雨に降られるかもしれないので、それを見越して旅程を組んである。大人数で移動するので余裕を持った計画でないと破綻してしまう。
朝食中に、従者の一人がモンジェリン卿からの返事を持ってきた。内容はもちろん了承だ。たいした話は無いが、疑心暗鬼に陥らぬように、と釘を刺すのが主な目的だ。
「多少、想定外の事態があったが、大局的に見て今のところは順調だな。」
「そうですね。このまま無事に済むことを願いたいです。」
「ゴルデス卿からは何か情報はあるか?」
「いえ、本省からは指示の変更、および状況変化に関する特別な報告はありません。」
ラブリット二等書記官の答えを受け、秘書官のアンドレと護衛のディオンに視線を送る。
「僕も特別なことは何も。荷物はもう馬に載せたので、いつでも発てます。」
「閣下の御寝所の周りにも、ホテル内にも、これから乗る馬にも、不審な点はありませんでした。」
「よし。状況に問題無しという認識で良いな。ダヴィッド殿と合流し、モンジェリン卿にご挨拶をしたら、すぐに出発しよう。」
身支度を終えてホテルをチェックアウトして間も無く、ダヴィッド殿とその配下の魔獣使いたちが予定していた時間どうりにロビーに現れた。
彼らは頑丈そうな革の兜と鎧、それも要所には竜鱗が使われているものを身につけ、腰に二振りの剣、肩に弓をかけ、槍を持っている。鎧の上からは現代地球で特殊部隊員が着るギリースーツを思わせる、暗い深緑色と濃い緑色、茶色の細紐を大量に縫い付けたフード付きのマントを纏っていた。
それは華やかなこのホテルのロビーで異様に目立っていたが、これが魔獣使いたちの野外での装いだった。一生の多くを使役する魔物や動物たちと野山を駆けて暮らす彼らの普段の装いに、華美な衣装は不要なのだ。
私も乗馬ズボンにロングブーツ、厚手のシャツの上に厚手の革のベストと革のジャケットを着ている。今日からしばらくはこの姿だ。
「閣下、お待たせいたしました。ご機嫌よろしゅう。」
「ありがとう。今チェックアウトを済ませたばかりです。これからお世話になります。」
ダヴィッド殿は拱手礼のように、握った右手を左手で覆う仕草をして一礼した。彼に付いている四人の魔獣使いたちもそれにならって、私に一礼する。
「右から、クルツ、ライナー、ゲラルト、ヤンと申します。以後、お見知り置きを。」
ダヴィッド殿はそう言って、彼らを紹介した。いずれもヒト男性で20代後半から30代半ばぐらいのようだった。
「早朝に、ひとっ走りさせて周囲を探らせてまいりました。クルツ、閣下にご報告を。」
「はっ、申し上げます。周囲に異常なものは見当たらず、巨狼の鼻もおかしなものを感じなかったようでございます。さしあたり、恐れるものは何も無いかと思われます。」
なんと、彼らは出発前に少し偵察してきてくれたらしい。ありがたいことだ。
「それは重畳。朝早くからご苦労をかけます。」
私は彼らに礼を言い、労をねぎらった。
ホテルを出ると、前の道には荷物を積んだ馬と護衛の者たちが待機していた。エズアール隊長に挨拶をしてからその場を任せると、モンジェリン家の城館へ向かう。
ベルトラン氏の補佐をしていた者が家宰代行となっており、彼がすぐにモンジェリン卿を呼んでくれた。すぐに夫妻でお見えになる。
「おはようございます、モンジェリン卿、クレスト夫人。」
「おお、アーディアス卿。よくぞ参られた。」
「まあまあ、今朝は凛々しい出で立ちでらっしゃること。」
挨拶もそこそこに、事態の解明状況について訊く。
以前はこざっぱりと整頓されていたというベルトラン氏の私室は、ひどく荒れていたという。
「そのせいで調べるのに手間がかかっておる。本人もまだ衰弱しておるしな。」
「治療術に秀でた神官をつけたほうが良いかもしれません。事情が明らかにするためにも、彼には快復してもらわねば。」
「そうね。すぐに探させます。」
そして、密偵の存在による悪影響の話をした。
「それは一番懸念しておることだ。エングルムは護りの堅い城塞都市だが、守る人間が崩れてはそれは意味が無い。」
「脅威に対して一致団結できるようにしておかねばならないと、言う事でございますわね。」
「お二人とも話が早くて助かります。あの一件がそこまで考えてなされたものかは不明ですが、結束を阻む策に利用されるとまずいですから。」
それについては近衛三軍や宰相閣下と協力して対策をとってもらうことにして、当面の心配事を処理しておいた。本来の私の仕事では無いが、関わりを持ってしまった以上知らんぷりもできないので、ひとまずの解決を見て安心できた。
そしてお二人からいくつかの魔法薬を贈っていただき、見送りを受けた。これにてエングルムでの用事は終了。次に来るのは任務を終えてからだ。
ホテル前に戻ると、私は頭に昔の消防士がかぶったものに似た、周囲にツバの付いたヘルメットをかぶる。そして腰に小剣を帯び、魔術師の杖もやや小振りで取り回しの良いものにする。
私が馬に乗ると、隣に位置を占める秘書官が安心したように言った。
「良かった。閣下が乗馬が下手だったらどうしようって、二等書記官と話していたんですよ。」
「心配には及ばんよ。これでも昔は冒険めいたこともしたし、領地の視察なんかで馬に乗ることはけっこう多いのさ。」
「左様でございましたか。ならば安心ですね。」
ラブリット二等書記官も胸をなでおろしたようだ。私は魔術師とはいえ、そんなに貧弱では無い…はずだ。
前方に巨狼にまたがったダヴィッド殿、その後ろにエズアール隊長ら特使護衛隊の第一部隊、私の左右を秘書官とラブリット二等書記官、周囲をディオンら我が領地の武官たちが堅める。後ろには物資を積んだ隊や従者たちの列と、彼らを守る護衛隊の騎士や兵たちが囲む。
「いざ、竜の狩場へ!」
私が言うと、エズアール隊長が全体に号令をかけて、隊列はまだ見ぬ、竜の狩場への道を進み始めた。




