103 出発前の打ち合わせ
昼食の後、エズアール隊長とディオンを加えて、ダヴィッド殿と明日以降の移動ルートについて確認をする。もちろん、事前にルートを知らされているが最終確認である。
「あらかじめお知らせのとおり、馬の数が多いので最短ルートでは向かえません。水の確保がしやすいルートをとります。」
ダヴィッド殿は地図を広げて示す。明日からは踏み跡よりはまだマシな程度の、むき出しの土の道を馬に乗って行くのだ。それでも順調であれば10日ほどで目的地に着く。
「閣下、事前に知らされていたルートとも、前例のある安全なルートのひとつとも一致します。」
「ふむ、ならば問題は無いな。道案内はダヴィッド殿以外にもいるとのことですが?」
「はい。私の他、四人の部下を連れて参ります。全員が魔獣使いですので、竜の狩場の中を我が庭のように知り尽くしている者たちです。」
先導役をしてくれる魔獣使いたちが複数いるということは、不測の事態があっても即応可能だろう。
「巨狼に乗る者たちを選んでおりますので、異変があればすぐに感づきます。」
「状況が状況だけに、それは実に心強い限りです。」
「…先日の、モンジェリン卿の城館での一件はもうお聞き及びですね?」
「はい。家宰殿が悪魔に憑かれていたとか。閣下のご活躍も聞き及んでおります。」
私が話題を振ると、ダヴィッド殿はすでに知っていた。
「背後関係の調査はこれからです。しかし、東の国境周辺が騒がしい事と無関係では無いかもしれないと私は思っています。」
私はぼかしながらも、少し踏み込んで発言した。竜の狩場と我が国とのつなぎ役でもある彼には事情を知っておいてもらっても良いだろう。
「ではご存知だとは思いますが…。下級のアンデッドを操り死と腐敗の呪いを振りまく低位悪魔の『屍の影』が現れました。そのような悪魔の出現と、東の国境周辺でのゾンビの出現事件が無関係とは思えない、と言うのが私の考えです。」
ダヴィッド殿は無精髭の生えた顎に手をやり黙って聞いていた。
「ゾンビの発生が竜の狩場であったのは聞き及んでおります。赤竜のクリスヴィクルージャがゾンビの群れを焼き払い、そちらの赤竜騎士団のルーデス将軍にお世話になったと報告を受けております。」
「実は同様のゾンビの発生事例を我々は把握しています。邪悪な死霊魔術を扱う黒魔術師や悪魔崇拝者の単独、または小集団での犯行では無い可能性も我々は視野に入れております。実は今回の特使派遣も、こうした不穏な情勢を抑えるためのものなのです。」
他にも理由はあるが、彼にそこまで教える必要は今のところ無い。
「合点しました。表に見えてくると言うことは、気づかぬところで深く広く、広がっていてもおかしくありません。早めの対応が肝心ですな。私も微力ながらご協力いたします。」
「そうしていただけるとありがたい。あの低位悪魔だけが原因とは、ちょっと思えませんしね。」
その後、エズアール隊長とディオンは道中でありうる危険についてダヴィッド殿に教えてもらい、今日の訪問を有意義に終えた。
ホテルに戻ると、荷物の支度とチェック作業が終わったと秘書官が報告してきた。
「リストはすべてクリアしました。個人のおやつを捩じ込むなら今のうちですよ、と。閣下の方は?」
「こちらも問題は無い。儀礼用のスーラウアの枝も引き取ってきたから、積み込む荷物に加えてくれ。」
「了解です。じゃあ、それが済んだら僕は寝ても良いですか?」
「構わんよ。昨夜は無理をさせたな。夕食前に起こすから、部屋の寝椅子を使うと良い。」
私の答えに秘書官は、ちょっと驚いた顔をした。
「なんか今日は閣下が優しい。良いことありました?」
「そうだな、魔獣使いたち伝統のうまい肉料理を振舞ってもらったことかな?」
「ええっ!羨ましい…。もしかしてラブリットも?」
「陪席させていただきましたよ。とっても美味しかった。」
ラブリット二等書記官が満面の笑みで答えた。明らかに秘書官のアンドレに対する自慢である。それを受けて秘書官は身悶えせんばかりに羨ましがっていたが、私は明日からしばらく毎日食べられるぞと言って慰めた。
明日、出発前にご挨拶申し上げたい旨をモンジェリン卿宛に出して、私たちは眠りについた。明日からは馬上の人となって、人跡稀な原野をゆく旅だ。




