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102 事務所での歓待

 正直に言うと、私は(ドラゴン)の狩場での食事には不安があった。

 だって魔獣使い(ビーストテイマー)たちの食事って、塩振って焼いただけのでっかい骨つき肉の塊がドン!って出してきそうじゃないか?

 そう思ってラブリット二等書記官に訊いたところ、それは偏見でございますと、ぴしゃりと(たしな)められた。

「ヴィナロス王国の貴族や上流階級における、正式の食事会での洗練された料理と比べたら、粗野な印象を受けるかもしれません。ですが、例えば国王陛下の狩猟に同行し、その獲物を使った席に陪餐する栄を賜ったとしましょう。彼らの料理は、その時に出されるものに近いです。」

 つまり基本的に野生動物の肉を使った料理には違いないが、野生動物の肉というのは基本的に硬く、そして臭みが強い。それを消し、あるいは一部を活かして、巧みに調理するのだという。また長期間移動するのが魔獣使い(ビーストテイマー)の常なので、保存食の種類が豊富なのだとか。

「硬い肉を長時間かけて叩いて柔らかくしたものを伸ばして燻製にしたものですとか、あるいは細かく刻んでペースト状にして数種の香味野菜と混ぜて焼いたものですとか、パンケーキのような無発酵の薄いパンですとか、王都では見ない料理があって面白いですよ。」

「なにそれ、美味しそう。」

 その後、彼女と秘書官を交えて、それは酒のつまみになりそうとか、家で再現できないかとか、そんな話題で盛り上がったのだった。


 そういった理由で、(ドラゴン)の狩場の連絡事務所での昼食会をセッティングされた時は、期待半分、不安半分だった。

 この昼食会には、この連絡事務所の副所長・事務部長、そしてこの交易所の商人組合の会長も呼ばれている。

 応接間のテーブルには白いテーブルクロスがかけられ、大きな銀の燭台が飾られている。テーブルに用意されているのはヴィナロスと同じような精巧な浮き彫りの施された銀の食器だ。

 思っていたのと違って、王都での食事会と同じ感じである。陪席しているラブリット二等書記官に視線を向けると、彼女もちょっと意外そうだった。

 違うのは、手前に置かれた角杯だった。角杯は文字どおり、動物の角から作られた盃だ。

 魔獣使い(ビーストテイマー)たちは自分で狩った動物の角で角杯を造って、はじめて一人前の魔獣使い(ビーストテイマー)と認められるという。

 もちろん、最も珍重されるのは(ドラゴン)の角で作られたものだが、(ドラゴン)の狩場の(ドラゴン)と、そこの魔獣使い(ビーストテイマー)たちは協力しあう関係にあるので、彼らからすれば亡くなった(ドラゴン)から託されたものという扱いであり、特別な意味を持つものだと聞く。

 もちろん、そんな大層な角杯がこの場に出るはずはなく、見た目と大きさからして大きめの牛の角で作られたもののようだ。口をつける部分は銀で縁取られ、先端も銀で覆われている。途中にも装飾と補強を兼ねた銀の輪が嵌められている。


 料理が運ばれて配膳されると、ダヴィッド殿が立ち上がった。他の三人もそれに合わせたので、私もラブリット二等書記官も遅れじと立ち上がる。

 そして各人が角杯を手に取ると、給仕がそれにワインを注いで回る。

「ここに良き友と同胞と共に、美味(うま)(かて)(さん)して喜びを分かち合わん。豊かなるかな、峻厳(しゅんげん)にして浄福なる神々は我らを生かしたもう。大地に、大海に、天に、我らは献酒(けんしゅ)せん。」

 ダヴィッド殿は角杯を傾けて、床に三回、ワインをこぼした。他の人も、我々もそれに倣う。

「乾杯!」

 それを言うと、一度角杯を高く掲げてから、一気に煽って飲み干した。

 角杯から酒をこぼすのも、一気に飲むのも、魔獣使い(ビーストテイマー)たちの風習だ。私やラブリット二等書記官が真似する必要は無いのだが、彼らに対する敬意を表する意味で同じように振る舞った。

 魔獣使い(ビーストテイマー)たちは結構強い酒が好きだと言う噂話を耳にしていたが、ワインを選んでくれたのは慣れない我々への配慮なのだろう。

 角杯に注がれたワインを飲み干すと、またそれを掲げてから着席する。


 最初に運ばれてきたのは、テーブルの上の大きな皿だった。皿といっても、両端に取っ手が付いていて直径1mは超えている。むしろ特大のフライパンといった感じだ。その上には銀色をした金属製の蓋があり、それを給仕が取り除くと、白い湯気とともに豊かな香辛料の香りと美味そうな匂いが部屋に満ちた。

 サフランで黄色く染めた米の上に、羽をむしられた大きな野鳥が山盛りに乗っている。給仕がそれにナイフを入れると中から野菜が溢れ出した。なんと豪快な料理だろう。

 そして給仕はそれを各人の皿に取り分けると、グラスにワインを注いで回る。そしてめいめい、食事を始めた。

「なんとも豪壮な料理ですね。驚きました。」

「我々はひと所には留まらないので、調理道具を細々と揃えておりません。そこで多目的に使える道具に限定して持ち歩き、人数分をまとめて作るのです。なにぶん野人の風習、お許しください。」

「とんでも無い。大変刺激的で感動しています。」

 実際、とても美味しい。鳥は(ドラゴン)の狩場の草原に普通に生息している種類らしい。ダヴィッド殿に話を聞いてみるとホロホロ鳥に似た鳥だそうだ。

 少し動かしただけで、肉は骨からひとりでに外れてしまうほどになっている。肉はもちろん、野菜と米は肉と骨髄の旨味を吸って、とても美味い。

 それから野生の草食獣の肉をミンチにして、タマネギなどの各種の香味野菜やハーブと混ぜ合わせたものを、小麦粉を練った薄い生地に包んで焼いた料理、包丁で叩いて細かいペースト状にした肉を長い串に巻きつけてソースをかけて焼いた、つくねに似た串焼きなど、肉を中心にして実にいろいろな料理が出てきた。

 料理に肉が多くて、巨狼みたいな魔物(モンスター)に乗って狩りをして暮らしていたら、そりゃあ、あんなマッチョになるよなぁと、ダヴィッド殿を横目に私は感心したのだった。

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