99 太陽の下で
悪魔から解放されたベルトラン氏は意識を失っているようだが、命は助かったようだ。白い法服姿の神官が“回復”の奇跡術を使っている。
悪魔に取り憑かれると、解放後も身体も心もひどく衰弱するのだという。なにがきっかけでベルトラン氏に低位悪魔の一種・屍の影が取り憑いたのか分からないが、彼は気の毒だと思う。
「アーディアス卿。今回の件、深く、深く感謝申しあげる。」
モンジェリン卿が近づいてきたと思ったら、らしくなく、神妙な顔で礼を言われた。
「本来ならば、特使である卿を歓待せねばならぬところでありながら、このような事態に巻き込んでしまうとは…。機会を改めて、謝罪申し上げた上で、今回の件の感謝を公の場で表明したい。」
「そんな大げさな。私としても後顧の憂いをすっきり断てたのですから、構いませんよ。」
「いやいや、そんなわけにはゆかぬ。モンジェリン公爵家として、貴公に御礼申し上げねば立つ瀬がない。」
結局、モンジェリン卿は引き下がらなかったので、特使の仕事が終わった後に席を設けることにした。さらに、悪魔の魔術で負ったひどい怪我をした二人の兵士からも平伏せんばかりに感謝された。
地上に戻ると、陽の光が普段よりもずっと眩しく、暖かく、豊かで、心が満たされるものに感じた。
「は──っ。やっぱり太陽の下は良いよなぁ。」
私はうんと伸びをした。
城館の建物と建物の間の芝生があるだけの庭だが、それでも十分美しいと感じるほどには、あの戦いには陰惨な要素があった。これまで書物でしか知らなかったが、悪魔なんてロクなものじゃないと今なら実感を持って主張できる。
もっとも、まったりはしてられない。今日の出来事はなるべく詳しくまとめて、王室に報しなければならない内容だ。
「エズアール隊長、今回のような出来事は経験があるか?」
「低位悪魔との戦闘の経験でしたら2回ございます。」
「意外とあるのだな。」
エズアール隊長の答えに、私はちょっと意外に思った。もっと稀なのだと思っていた。
「はい。もっとも低位悪魔とは言っても1回目は小鬼、次は黒魔術師の使い魔をしていた変幻する妖魔です。」
小鬼は数ある低位悪魔の中では一番目撃例の多い種類だ。
小鬼は邪な霊素の濃い場所に居着くことがあり、王都ヴィナロスでは聞かないが、スラムなどでも最悪に近いような悪評がある場所では都市部でも現れることがあるという。黒魔術師や悪魔崇拝者が手なづけていることもあるそうだ。
変幻する妖魔は少し珍しい低位悪魔で、強い混沌の属性を持つ。そのためか姿が一定せず、見る者によって形が違うのだと言われている。だいたい四足獣に似ているらしいのだが、例外が多く記録されているので当てにはならない。
魔術属性『混沌』は本来無茶なことを可能にする可能性があるので、その性質を利用しようと考えるのだろうが…。悪魔相手ではミイラ取りがミイラになるだけである。
「2回目のは少々手こずりましたが、聖騎士団の援助もあり、何より今回と違って討伐して良かったので、その点は楽でした。」
「なるほど。その時の経験が生きたのだな。まことに頼もしい限りだ。」
「変幻する妖魔との戦闘の時には、あの二人も一緒にいたのです。」
エズアール隊長は今回格別の働きをした神官戦士と魔法剣士の二人を指した。
「戦神を奉る者で、金竜騎士団員、騎士のコンスタン・ペイニエールです。」
神官戦士は面頰を外して素顔を見せた。実直そうな雰囲気の30代前半ぐらいの男だ。
「銀竜騎士団所属、騎士のアンリ・ヴェレリーと申します。」
魔法剣士は目元を覆っていた面頰を上げて素顔を見せた。こちらは鋭い目つきの、私と同じぐらいの若い男だった。
「二人とも、今回の働きは特に見事だった。」
「過分なお言葉でございます。閣下があの魔法薬をお持ちだったおかげで、こちらは戦闘に専念できました。」
「閣下こそ“大地の鎖”の巧みな連続使用、その後の“防御陣”の先導、お見事でした。」
私の褒め言葉に、戦い慣れているだろう二人の騎士にそう返されると、柄にもなく嬉しくなってしまうじゃないか。
「出たとこ勝負だったし、正直、あまり褒められない場面もあったが、まあ結果が良ければそれで良いよな。」
話をまとめたところで、ディオンたちも褒めておいた。実際、彼らがいたから私はケガひとつ負わずに済んだのだし、恐れずに行動できたのだ。危険手当を出してやらないとな。
その後、秘書官とラブリット二等書記官と合流し、今日の出来事を文書にまとめる作業に残りの時間を費やした。