9 魔術属性の話と思わぬ掘り出し物
遅ればせながら、感想ありがとうございます。励みになります。
教育方法の開発のために、話を聞く教師・乳母経験者への協力要請と並行して、教育実験の対象として自分の領地内にある孤児院をいくつか選んでいる。今日はその下見である。
最初に領地の城館の城下町にある、ある僧院を訪れた。ここには神殿が保護した捨て子・浮浪児・孤児を養育する孤児院の1つが付属している。救貧院とともに神の慈悲の実践の場というやつだ。
ちなみにアーディアス公爵家は毎年、神殿に喜捨をしてこれらの孤児院や救貧院の経費を出している。破滅の未来を察知できたのは、この徳の積み重ねかもな!
さて、今回の訪問は非公式のものなので従者と護衛だけ伴って普段着で出かける。私が訪問するのはあらかじめ知らせてあったし、神殿の付属施設だから子供たちもほどほどに身綺麗にしている。雨露しのげて飢えずにいられるんだからありがたく思え的な虐待施設では無い。
「公爵様、ようこそお越しくださいました。」
「急な要望ですまないな、クジモ僧院長。要望を受けてくれたことに感謝する。」
「なんの。子供達のためになるなら、この老いぼれも労を厭いません。」
なんと、わざわざクジモ僧院長が出迎えてくれた。期待されているのだろうか?彼自身に企みがあっても、こちらは邪魔が入らない実験場と対象が得られればそれで良い。
私はクジモ僧院長と廊下を歩きながら、ここの孤児院の現状・孤児たちの教育程度などについて訊き出した。そして、その内容が報告書のそれと大きな違いが無いか頭の中で照らし合わせる。おかしなズレは無かったので正直に申告しているようだ。
「ああ、そう言えば。」
私はクジモ僧院長に最後に尋ねる。
「孤児たちは祝福式を受けているのか?」
「ほとんど受けていないかと。なにせ費用を出す者がいませんから。」
祝福式は若干の費用がかかる。聖水盤の水を子供の額にかけて司祭が所定の祈りを捧げるだけなのだが、神殿の収入源でもある。一般庶民でも負担に感じるような額ではなく、貧民であってもなんとか出せる額だ。王族・貴族・富豪たちなら見栄を張って多めに出す。
だが孤児たちにはそれを出す親もいなければ、自分がそんな費用を持っているはずが無い。祝福式を受けていないのも当然である。
「なるほどな。…うむ、ならば私が出そう。全員分なら大金貨3〜4枚あれば足りるか?」
「公爵様が出してくださるのですか?当方は異存ございませんが、よろしいので?」
「親もいなければ、そこまでしてくれる者もいないのであろう?私が出すしか無いであろう。」
私がここで祝福式の費用を出すと言ったのは、実験対象の孤児たちのデータをなるべく知っておくためである。
魔術を教える場合は各個人の魔術属性を把握していないとお話にならない。ひと通りやらせて一番うまくできたのがその人物の持つ魔術特性、という雑な判定法もあるが面倒な上に、たまに外れる。神殿の祝福式が一番簡単かつ確実なのである。
「他の孤児院も見て回るので臨席できぬが、後日報告をお願いしたい。」
私はそう言ってクジモ僧院長に大金貨4枚を手渡す。
「感謝申し上げます。ではさっそく支度をして祝福式を執りおこないます。人数が多いので3〜4日お時間をいただけますか?」
「それで構わない。では僧院長、頼んだぞ。」
「確かに承りました。神の栄光と天の恵みが御身にありますように。」
その後、私は城下にある3つの孤児院を訪ね、翌日は隣町と郊外にある2つの孤児院を訪問して同様に依頼した。孤児院からの報告をまとめて、秘書官が驚くべき報告書を提出してきたのは5日後のことだった。
神殿での祝福式は王侯貴族から庶民まで、この世界では重要な儀式である。
なぜならその人の『魔術属性』がこの時にわかるからだ。
全ての人には魔術属性というものがある。
魔術属性と言うと魔法関係が一番影響を受ける分野だが、得意になる技術・技能的なことにも影響するのでこの世界では重要視される。
人には最低でも1つの魔術属性があって、例えば一番多いのは『土属性』だ。これは創造神が人を土から作ったためだ、と言われている。
土以外にも『火』『水』『風』『木』『雷』『金属』などがあって、土・火・水・風・木あたりで全体の8割強を占める。雷と金属は少ないがたまに見かけるというぐらいか。それ以外の魔術属性はわりと珍しい。
中でも『光』と『闇』の属性はなかなかお目にかからない。10年に1回ぐらい見つかったと噂を耳にするぐらいだろうか。
『白薔薇の聖女』のルミリアは、その希少な『光』属性だ。ルミリアがどこかで産まれているのは間違いない。
ちなみに、闇属性も光属性と同じくらい珍しい。はっきりするのは神殿での祝福式の後だが、娘のアンドレアの魔術属性は『闇』のはずだ。
「なんじゃこりゃぁ!?」
私の大きな声に何事かと部下たちが私の執務室に目を向けた。
「防音魔術を展開しておくべきでしたね。」
秘書官が耳を塞いでいた。
「いや、これは驚くだろうよ…。」
実験対象に選んだ6つの孤児院では合計で約500人の孤児を養育している。その中から稀少な魔術属性や多重属性持ちの子供が見つかったのだ。
「“剣”属性なんて滅多にいないぞ。」
魔術属性『剣』は攻撃魔術に才能を発揮する属性である。王国内では魔法騎士や魔術兵科を抱える銀竜騎士団に数人いるはずだが、あまり見つかるものでは無い。
「“癒し”なんて、文献でしか見たことがない…。」
魔術属性『癒し』は『剣』より稀少な魔術属性で、私は実際に会ったことが無い。これは治癒魔術や医薬製造魔術に絶大な効果を発揮する属性で、過去の著名な治療師・薬師はこの属性の持ち主だったとされている。
「三重属性持ちが27人、中でも土・火・金属の三重属性持ちが2人、火・風・雷の三重属性持ちが1人、さらに土・水・風・木の四重属性持ちが1人…。」
稀少な属性でなくても3つ以上の属性を備えたものは珍しい。誰でも最低1つは魔術属性を持つが、2つ持つのは60%を少し上回るくらい、3つ持つのはおよそ5%だ。四重属性持ちともなれば1%いるかいないかである。
この人数は統計から期待される範疇ではあるが、割と珍しい金属と雷属性持ちで三重属性持ちと言うのはレアケースと言える。
土・火・金属なんて、鍛治の職に就けば稀代の名工への道が開けるだろう。
火・風・雷の三重属性持ちならば、魔法騎士として誠に望ましい素質だ。
土・水・風・木の四重属性持ちとか、この子が農地を管理すれば豊かな実りが約束されるに違いない。
いずれも将来の国家を支える逸材の卵と言って良い。ちょっとした下調べのつもりがえらい掘り出し物を見つけてしまった。
「これまで孤児たちに祝福式を授けなかったのは、大変な国家的損失だったのだな…。」
私は考え込んでしまった。適した属性があるからと言って、適した職に就くとは限らない。
ほとんどの人々は生まれた土地に・家業に・社会的な立場に・人脈に囚われて、魔術属性とは関係の無い職に就いて一生を送るのである。才能を埋もれさせ、才能を開花させる機会も無く一生を終わるのだ。
魔術属性は重要視はされるものの、それが生かせる環境に生まれるかは別問題ということだ。
その点、孤児たちは良くも悪くも、そうしたしがらみが無い。
もちろん本人の希望とは違うかもしれないが、孤児院を出た後のことを考えれば、社会的・財政的な後ろだてが無い彼らにとって数少ない武器と言える。生かさぬ手はないだろう。
早い話が、就職斡旋という名目で半ば強制的に『適職』に投げ込んでしまえるわけである。
私は少し考えてから、報告書をもとに各種の予想を立てた提案書を急いで作成するように部下に命じた。
「これを来月の御前会議で奏上するぞ。長期計画だが、国家にとって確実に良い方向に向かうはずだ。」
その後、私は王太子殿下と宰相・バーナード卿・財務大臣・産業大臣に話をして、御前会議で味方になってもらえるように根回しをした。
1大金貨=およそ10万円 ぐらいの感覚です。
祝福式に出す費用は庶民で3000円ぐらい。例の孤児院にいる子供たちの人数は100人ほどなので“大金貨3〜4枚”です。
アーディアス公爵家はお金持ちなので、少し見栄を張って“大金貨4枚”を渡しているわけです。




