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虚日小品

坊不可忘(わすれんぼう)

作者: 彩煙

坊不可忘と書いて「わすれんぼう」と読みます。友人の造語です。

【A】

 夏のある日のことである。「カナカナカナ」という鳴き声の聞こえる中、私は彼に呼びかける。

「もういいかい」「まぁだだよ」

どこからか彼の声が聞こえる。私の心臓が少しだけ鼓動を早くする。遊びが始まる前の高揚感からだ。このドキドキは他の何にも代えられない。それこそ大人の言う恋なんて云うヤツも、これ以上の高揚感を感じられるものではないだろう。

「もういいかい」「……」「もういいかい」「……」

私は勢いよく振り返り、あたりを見回した。そして彼を探し始める。ここはそんなに広い敷地ではないのだ。今日こそ彼を見つけられるはずだ。そろそろ日も暮れる。早く見付けて彼と一緒に帰れば、彼のお母さんはきっと喜ぶに違いない。彼のお母さんは彼と私が遊びに行く約束をしてからずっと一人ぼっちなのだ。私はいつもの高揚感と緊張感の混ぜこぜになった感情を持て余しつつ、歩を進めていく。まるで外国の映画で出てくる悪い人だ。私は少し得意な気分になって、ザッザッとわざと足音を立てて彼を探した。

「もういいかい」「……」

私は彼の気配を探ろうと、もう一度呼びかける。風であたりの木がザァっと揺れる。ハッとして、立ち止まって周囲に注意を凝らす。すると後ろから何かの気配を感じた気がした。私はしめたと思い、その音がした場所へ行く。繁みに足を踏み入れ、私はとうとう彼を見つけたのだ。さっきの音はこの繁みの中から聞こえたはずだ。きっとここのどこかにいるに違いない。わずかな物も見過ごすわけにはいかない。しかし彼らしき姿は見られない。彼は今そうとう息をひそめて、ドキドキしている事だろう。そっと近づいて、驚かしてしまおうかしら。どんな見つけ方をしようか考えるだけでも、この遊びの楽しさは膨らんでいく。彼ももう十分にその楽しみを感じたことだろう。もう私の前に現れてくれてもいいはずだ。私は大きな声で彼にたずねた。

「もういいかい」



【B】

 おや、今日もあのご婦人はここを散歩してらっしゃる。いや、いつ見てもきれいな方だ。やはり運動というものは、美しさの素なのでしょう。

 それにしても、あの方は一体いつも何をされているのやら。いつもこの神社に足を運ばれては、日が暮れるまで散歩だ。そんなに広い境内でも何と云うのに、毎日来られては色々なところをのぞかれて、ここではない。そこでもない。何かを探しているご様子。それも最初はイヤに真剣なのに、少し経つとなんだか楽しそうにキョロキョロされてらっしゃる。振る舞いも段々と幼くなっているようにも思える。しかし帰る時には私に一声かけていく。そう云った律儀な大人の女性という一面もあるらしい。なんとも不思議な方です。

 何かを無くしてしまったのなら、手伝いますよ。前にそう尋ねたら、それじゃ意味がないわ。そうお答えになられた。あの時は目に無邪気さがありましたね。遊んでいる時の子供の目だ。

 それに一人でたまに声を上げていらっしゃる。もういいかい、もういいかい。まるでかくれんぼでもされているようだ。

 かくれんぼといえば、昔この町内で男の子が一人行方不明になったことがありましたね。それに妻の話によれば、何でもその男の子とあの女性は家族ぐるみの付き合いがあったとか。

 おや、また彼女が何か言ってますね。

 もういいかい。



【A】

 私は彼に呼びかける。しかし辺りは静かなままだ。

もういいかい

いったいどこにいるの

 私たちがまだ幼い頃だ。私には幼馴染の男の子がいた。

 学校の帰りに彼は、この神社で遊ぼうと誘い、私はもちろん遊ぶと答えた。その後急いで家に帰った私は、いつものようにカバンを置き遊びに出かけようとした。しかし、母がそれを許してはくれなかった。

――こっちへ来なさい。

 私が居間に行くと、母は私に説教を始めたのだ。理由はテストの点数が低かったから。

――勉強をしていないから、こんな点数を取るのよ。毎日のように外で遊んで、夜は疲れてるから寝てしまう。遊びに行っていいのは、宿題を終わらせてからです。

 私は言う事に従った。母は正しいことを言っていたし、何よりテストの点数が低いのも自分の責任だ。確かに宿題くらいちゃんとやらないといけない。

 私はそう思って、しぶしぶ宿題を始めた。しかし、普段から勉強をしていない私にとって、宿題は時間のかかる作業だ。そのためすべてを終わらせたときには、すでに日が暮れかかっていたのである。

 私は急いで神社に向かった。しかし、そこに彼はいなかった。

――なあんだ。もう帰っちゃったのか。

 明日の学校で謝ろう。そう考えて私は家に帰ることにした。

 その晩である。彼の家から電話が来た。彼がまだ帰ってきていないようなのだ。どこに電話をしても彼と一緒にいた人はいないという。何か知っているかと母に聞かれたが、私は自分が責められるのが怖くて、

――何も知らない。今日は別の子と遊ぶ約束をしてたから。

 そう嘘をついてしまったのである。

 それから何日にもわたって警察が彼を探したが、彼の姿はどこにもなかった。そうして捜索は終わってしまったのである。それを境に、私の中の罪悪感はいつのまにか薄れていき、何年か過ぎれば、彼の事を考えることもなくなっていった。

 そんなある日、私は何となしに例の神社に足を運んだ。そこで、彼は私に探してもらうのを待っているのではないか、ふとそんな思いが起こった。彼と私が二人でよくかくれんぼをして遊んでいたからだろう。私はあの頃の様に、彼に呼びかけた。しかしその時には、それはかくれんぼを始めるための掛け声であり、その時もそこに大した意味は持っていなかった。

――もういいかい

――まあだだよ

 私はハッとした。彼の声だ。どこからか彼の声がしたのだ。無邪気な、あの時のままの声だった。

――もういいかい

 私はもう一度呼びかける。しかし今度は何の答えも返ってはこなかった。かくれんぼが始まったのだ。彼は私に見つけてもらいたがっている。そう思った。

 私は敷地内をくまなく探したが、どこにも彼の姿は見えない。当然のことだ。何年もの間彼は発見されていないのだ。おそらくはもう死んでしまっている事だろう。であるならば、このかくれんぼは、彼にまつわる何かを探してしまうことがきっと彼を見つけるということになるのだ。私はそう考え、彼を探すことにした。

 それからと云うもの、私と彼は毎日この神社でかくれんぼをしている。これは彼が私にかけた呪いだ。いつしか私はそう考えるようにもなった。彼を見つけてあの日の事を、約束を破ったことを謝らなければ。そうして許してもらわなければならない。そう思うとあの日の罪悪感が再び沸き上がり、このかくれんぼを勝手にやめることが私にはできなかった。

 でも、もう何年も経っている。何年も探し続けている。

「もういいかい」

 だからもういいでしょう。私を許して欲しい。一言でいい。もういいよ、そう言ってくれないだろうか。でも今日も彼の返事が聞こえる。

「まあだだよ」


①今回の題名「坊不可忘」ですが、これには二つの意味があります。

   坊

 忘  不

   可

 この様に書いて、「坊不可忘」…「坊忘るべからず」坊やが忘れることはないだろう

         「不可忘坊」…「坊を忘るべからず」坊やを忘れるべきでない・忘れられない


②キーワードに「奇妙な味」と入れましたが、これはホラーのジャンルではなく、正しくはミステリーの内の1ジャンルです。なろうの中には(というより日本文学全体において)この「奇妙な味」がみられることが少ないと思い、稚拙ながら今回の作品であえて取り扱わせていただきました。

では、なぜホラーという中で扱ったのかといいますと、この「奇妙な味」の特性として、「読後に不気味な割り切れなさを残す」というものがあるからです。スプラッターやサイコホラーの様なしっかりとした恐怖とは違う、終わった後の何とも言えない違和感やモヤモヤ。実際にどこかで起こっているかもしれない。身近で現実的な不気味さ。私は、これも立派なホラーであると考えています。エドガー・アラン・ポーの「黒猫」などはその最たるものではないでしょうか。


さて、長々と後書きを述べさせていただきましたが、今回のお話はいかがだったでしょうか。太宰治の「猿ヶ島」では読者に様々な勘違いを起こさせ、読者が文章のイメージに修正を加えているうちに話が終わってしまうという手法が施されています。実はこの「坊不可忘」でも同様の手法を用い、「子供だと思ったら大人の女性であった」「実は一人でかくれんぼをしていた」「女性は狂人ではなかった」などの勘違いを狙っていましたが、どうでしょうか。成功していましたでしょうか。その点などを含め、感想や評価を下されば幸いです。もちろん、その他の感想でも構いません。

最後になりましたが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。 

                                                           

                                彩煙

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