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夢の島パラドックス

おそうじロボットとぼく

作者: 泰然寺 寂

 おそうじロボットとぼく



 ぼくのお父さんはとてもすごい科学者らしいです。その昔お父さんは未来にしか行けないタイムマシーンを作ったそうです。でもぼくはお父さんが研究をしているところなんて見たことがないし、家ではお母さんの言いなりなのでますますお父さんがとてもすごい科学者だなんてしんじられません。

 そんなお父さんの友だちにゆうすけさんという人がいます。ゆうすけさんはお父さんがタイムマシーンを作るげんばにいたそうで、いっしょに未来へ来てしまったそうです。だからぼくのお父さんとゆうすけさんはかこの人になるのですが、かこといってもせいぜい三分前から来ただけらしいです。三分なんてカップラーメンを作るぐらいしかできないような昔からやってきたのに色んな人がお父さんのことをほめるのはなんだかはずかしいです。そのぶんお母さんがお父さんをしかっているのかも知れません。

 そんなぼくたちですが、ゆうすけさんが家に来ました。ビニールのひもでしばられたダンボールばこをわきにかかえてやって来たゆうすけさんは、お父さんとリビングで何かお話していましたが、もういいよと自分のへやにもどっていたぼくに声をかけました。

 ゆうすけさんはお父さんとちがってジャーナリストというお仕ごとをしているので色んなおもしろいことをおしえてくれます。しかも色々なところに『パイプ』があるらしいです。家に来るときはおもちゃをもってきてくれるのでお父さんよりもすきです。お母さんはたまにおもちゃをくれるけれど、ゆうすけさんの方がたくさんくれるのですきです。それにお母さんはぼくのことをたたきます。

 ぼくはきたいにむねをおどらせてビニールのひもをハサミで切ります。ピンとはっていたひもはちょっとかたくて切るのにくろうしたけど、どうにか切れました。

 ゴミはちゃんとすてないとお母さんにおこられてたたかれてしまうので、ひもをゴミばこにすててからダンボールばこをあけます。はこの中にはおもちゃがプチプチくんでくるまれていました。はこの中からはあたらしい車のにおいがしました。

 はこの中にきっちりと入っているおもちゃをとりだすのに四く八くしているのを、ちょっとわらってみているお父さんとゆうすけさん。見ているだけなら手つだってくれてもいいのにと思うけれど、そんなことを口に出したらおもちゃをかってもらえなくなるかもしれません。

 さいごはすこしおぎょうぎがわるくなってしまったけれど、ダンボールばこを足ではさんでおもちゃに手をひっかけてひっぱりだしました。

 はこの中から出てきたおもちゃは今までもらったおもちゃのなかで一ばん大きかったです。丸くて平べったいおもちゃの体は僕の体のはばぐらいあって、ひっくりかえしてみると体の下に四本のうでがかくされていました。上から見ているだけでは円ばんに見えます。

 どうやってうごかすんだろうと思っていると、お父さんがおもちゃの体についている小さなボタンをおしました。するとおもちゃの目みたいなぶぶんがみどり色に光りはじめて体の下にかくされていた四本のうでがうごきはじめました。くもみたいできもちわるいです。

「会社の新しい製品でね、家でモニターすることになったんだ」

 お父さんはそう言ったけれど、モニターってなんだろう。

「モニターってなに?」

「新しい商品を売り始めるよりも先に使ってみることだよ」

 お父さんがこたえるよりも先にゆうすけさんがこたえました。

 あたらしいしょう品を先につかうということは、これはおもちゃじゃないのかもしれません。ちょっとがっかりしました。

 がっかりしたひょうじょうが出ていたのか、ゆうすけさんは「次は何か買ってくるから」とあわてたように付けくわえました。ぼくがわるいのにあやまってくれるなんて、やっぱりゆうすけさんはいい人です。

「最新型の掃除機でね。床を這っていってはゴミを吸うんだよ」

 ピカピカに光る体が音もなくゆかをはっていきます。

「こうやって」ゆうすけさんが小さくきざんだ紙くずをゆかになげます。「ゴミを見つけると自動的にそっちへ行くようになってるんだ」

 みどり色に光っていた目が点めつしてそうじきは向きを変えます。そのままスッとちかづいて、紙くずはあっという間にきえてしまいました。

「大きめのゴミはアームで拾うようになってる」

 ゆうすけさんはこんどはくしゃくしゃに丸めた紙くずをゆかになげます。するとこんどはそうじきの目が赤色に光りました。丸められた紙のちかくまでそうじきはいどうすると、前二本のうでをつかってごみをひろい、音もなくひらいた背中のあなに紙を入れました。

「遠心力でゴミの種類も分けられたりするし、アームは逆関節だから高いところも登れるはず。というかそっちをテストして欲しいんだがな」

「分った、色々やってみる。俺も何か気づいたことがあったら送るよ。じゃあ、一ヶ月間謝礼も出ることだし存分に使わせてもらうよ」

 お父さんとゆうすけさんが何をしゃべっているかはよく分らなかったけど、ゆうすけさんが次にやってくるのは一か月先になるということは分りました。おもちゃは一か月おあずけだけど、ぎゃくに言えば一か月たったらぜったいにおもちゃがもらえるということです。なんだかうれしくなりました。

 ぼくはさっそくへやのゴミをそうじさせようと思ってそうじきをもって行こうと思ったけれど、いつのまにかリビングにおちゃをはこんできたお母さんに見つかってしまい、とりあげられました。「あんたは一人でお掃除しなさい」あくまかと思いました。お母さんはやさしいものとそうばがきまっているのに。

 ぼくのへやは二かいの一ばんおくにあります。ドアのたかいいちに『じゅうぞうのへや』とかいた木のいたがはってあります。これはぼくがかいたもので、お母さんやゆうすけおじさんにかってもらったおもちゃよりもじつは大じにしています。でもそんなことをいっておもちゃをかってもらえなくなったらいやなのでいいません。

 せのびせずにドアのとってにとどくようになったのはいつのころかおぼえていないけれど、この家にはじめてきたときはとどきませんでした。自ぶんでいろいろできるようになることはいいことだと思います。でもそんなことをいったらお母さんがカンカンになって「そうねえお掃除ぐらい一人でできるもんね」といじわるくいうのでだまっています。まだそうじは一人でしたくありません。

 へやのなかはお日さまの光でやさしくつつまれていますが、ゆかはやさしくありません。ゆうすけおじさんからもらった『でぃあごすてぃーに』のきかんしゃや天たいのうんこうをコンパクトにあらわしたというちょっとむずかしいおもちゃが片づけずにおいてあります。言いわけをするきはないけれど、もらったおもちゃをおもちゃばこにつめこんだままほうっておくのはくれた人にしつれいです。だからぼくはかたづけないのだけれど、お母さんはそんなこといってもきいてくれないからだまっています。そしてお母さんがふとんを片づけるときに、おし入れの中がとんでもないことになっているのをぼくは知っています。

 おそうじぐらい一人でしなさいと言われたときは、ぜったいにお母さんがあとでかくにんしにくるのでぼくはしかたなくお母さんに作ってもらったおもちゃ箱の中におもちゃを入れます。これはゆうすけさんにもらったもの。これはお母さんにもらったもの。ゆうすけさん。ゆうすけさん。ゆうすけさん。お父さん。ゆうすけさん。ゆうすけさん……。やっぱりゆうすけさんが一ばんすきです。

 ほとんどゆうすけさんにもらったおもちゃを片づけていると、カタカタと音がしました。なにかと思ってふりかえると、そうじきがフローリングのみぞをのりこえている音でした。ピカピカ光る体はしゃがんだじょうたいで見るとよりいっそうぶきみで、みどり色に光る目はどこかで見たえいがに出てくるうちゅうじんみたいです。うちゅうじんもピカピカ光るぬめぬめっとしたはだをもっていたから、このそうじきもたぶんそいつのなかまなんだと思います。そう思うときゅうにそうじきがこわくなりました。

 ぼくがふるえてうごけずにいると、そうじきはゆかにちらばっていた作りかけのおもちゃのぶ品をすいこんでいきます。やめさせようにもこわくて体がうごかず、すいこみおわるとそうじきはさっさとへやを出て行きました。かなしくなったけれど、その時すでにお母さんがかいだんを上がってくる音がきこえたのでなけませんでした。なくとお母さんはおこるからです。

「やれば出来るじゃない」

 なきそうです。


 ***


 ぼくはそうじきにふくしゅうしようと思いました。けれどふくしゅうがばれるとお父さんの『めんつ』というものがなくなってしまうのでばれないようにしないといけません。それにぼくがそうじきをこわしたことをゆうすけさんに知られればおもちゃもかってもらえなくなります。そんなことよりもきらわれることの方がいやです。お母さんにはばれてもいいような気がしますが、お母さんからお父さんにつたわるとたいへんです。というかその前にお母さんにおこられます。だからやっぱり一人でふくしゅうしないといけません。

 まずはあい手がどんなワザをつかうか知らないといけないので、さっそくゆうすけさんにききに行くことにしました。これぐらいのリスクを負うのはふくしゅうにひつようです。

 かいだんを下りるときにヤツはでんきのカバーの上にいました。きように四本のうでをあやつってカバーをきれいにそうじしています。けっこうおもかったのにあんなことをしてだいじょうぶなんだろうか、とちょっとふあんになります。でも今はまだ手をだしません。ざくとはちがうのだよ、ざくとは。

 あたまの上にヤツがいるかと思うとおちつかなかったし、ついスリッパをなげつけてやろうかと思ったけれど、それもがまんしてリビングにいきます。ゆうすけさんとお父さんは『らいきゃくよう』のへやには行かず、リビングのソファでなにかしゃべっています。かいわのはしばしから「モニター期間」や「性能テスト」といったことばがきこえてきます。どうやらききに行かなくてもヤツのじょうほうはこちらにつつぬけのようです。

「人工知能搭載ってところが一番のポイントになるんだな。思考に幅が生まれるなんてものじゃなくて、自分で何をすればいいかちゃんと判断できる」

「となると、これから色んな分野で使われることになるってことか。少子高齢化なんて目じゃないね。どんどん自動化されて最後は人間なんて不必要になったりしてな」

「そうなるとお前の研究は無駄になるな。劣化しない体は時間の幅を軽々と超えるから」

「それを言うとジャーナリズムなんて要らなくなるだろ。同時に情報を共有されれば終わりさ」

「ロボット三原則じゃなくて人間三原則が生まれる状況になるのも時間の問題だな」

 このあともかいわはつづいていくけれど、いっこうにヤツのじょうほうが出てくることはありませんでした。やっぱりきいたほうがよかったのかな? と思っていると、せなかにきけんなけはいをかんじました。ふりかえるとそこにはやっぱりお母さんが立っていて、

「用があるなら入りなさい」

 と、お父さんやゆうすけさんにきこえるぐらいの大声で言いました。

 ぼくがしどろもどろになりながらリビングに入ると、ゆうすけさんとお父さんはこちらを見つめていました。なんだかはずかしくなってモジモジしていると、足下をなにかがつうかしていきました。そのなにかはとうぜんおそうじロボットで、リビングもパッパとそうじしていきます。腕をきようにつかってたかいところにのぼったりします。

 一とおりそうじをしおえると、おそうじロボットはへやのすみのかべにある『でんきろ』にゴミをほうりこんでいきます。わたぼこりや紙くずにまじっておもちゃもほうりこまれました。ゆうすけさんやお父さんのいちからはおもちゃがすてられているこうけいは見えなくて、まるでぼくに見せつけるようにすてているのかと思いました。

 なきそうです。



 人工ちのうをもっているということは、ふつうのロボットよりもはるかにすぐれているということです。だからぼくはかんがえました。

 あいてはいかにもロボットといったかんじだから、もしかしたら水をすわせればこわすことができるかもしれません。でも水だとけいかいしてすってくれないかもしれないので、まちがってゆかに牛にゅうをこぼしてしまったことにしてみようと思いました。

 モニターきかんは一か月なので、できるだけ早く行どうしなければなりません。さっそくつぎの日に作せんをけっこうしようと思ったけれど、お母さんがまだ家にいるあさのうちはできません。くどくどおこられてしまうのがおちだからです。けれどどんなにおそく家を出ていこうともせんぎょうしゅふじゃなくてたすかりました。にんげんのこうえきをついきゅうするがくしゃのお母さんにこのときばかりはかんしゃです。

 お母さんが「お留守番頼んだわよ」と言うのをきいてから、すみやかにぼくは作せんをかいししました。キッチンのわきにあるれいぞうこから牛にゅうをとり出してリビングにはこびます。

 おそうじロボットはろうかをそうじしているところで、次にそうじするとのはリビングにちがいありません。人がかつどうしているときはそうじをしないようにかんがえているのだそうです。へんなところだけかしこいロボットめ。考えるとはらが立ってきました。

 ぼくはろうかにとび出していって、おそうじロボットをボコボコにしたいしょうどうにかられましたが、それをグッとこらえてリビングに入ってくるのをまちます。あくまでも『りせいてき』にならなければいけないと、お父さんもゆうすけさんも言っていたからです。カッとなってすぐに手を出すのはとてもかっこわるいことなのだそうです。お母さんはお父さんをたたきますが。

 何気なく牛にゅうをガラスのコップに入れながらソファにすわっていると、おそうじロボットがリビングのしきいをこえて入ってくるのが見えました。

 おそうじロボットはぼくの作せんに気づいていないふうにおそうじをつづけます。テーブルの下をそうじしてキッチンまわりもそうじしおわると、いよいよこちらに向かってきました。フローリングでは音が全くたたかなかったけれど、カーペットの上だとゴロゴロと音がします。これから自分のみに文字どおり何がふりかかるか分らないおそうじロボットに『いちまつのかなしさ』をかんじました。

 ちょうどおそうじロボットが足下をとおりかかった時、ぼくのふくしゅうは音もなくはじまりました。

 牛にゅうの入ったガラスコップをかたむけて、まずは小手しらべです。ピカピカに光る体にはいとくてきな白いえきたいをぶちまけられて、おそうじロボットは何が起こったかとあわてはじめます。みどり色に光る目が赤色になったりして、うごきもあっちへいったりこっちへいったりします。

 だめおしのいっぱつをぶちこむためにガラスのコップをおそうじロボットにたたきつけます。思わずきたない言ばをつかってしまうぐらい気分はそうかいです。ガラスのコップはくだけちってゆかにちらばりました。

 これでぼくのふくしゅうはせいこうした、となればどれだけよかったでしょうか。

 キュキュキュとふおんな音がするのでソファの下を見ると、おそうじロボットがゆかにちらばったガラスへんとまきちらされて牛にゅうをふきとっています。えきたいならばきかいはショートしてしまうかと思っていましたが、どうやらあてが外れたようです。四本の腕のどこにかくされていたのか、モシャモシャした毛があらわれて牛にゅうをすっています。見る見るうちに牛にゅうはあとかたもなくきえて、においだけとりのこされてしまいました。おそうじロボットからいいにおいがただよいはじめて、さいごにはにおいもきえてしまいました。

 思いがけないことにビックリしていると、キズ一つない体を見せびらかすようにおそうじロボットはゆれて、みどり色の目を点めつさせながらこちらを見てきました。なんだかかちほこられたかんじがして嫌なきぶんになります。そんなぼくの考えなんてお見とおしなのか、おそうじロボットは小きざみに体をゆらしながらリビングから出て行きます。

 なきそうです。



 なきそうだったぼくは、その日のよるに本当になくハメになってしまいました。

 おしごとからかえってきたお母さんはとてもふきげんで、かえってくるなりバッグをなげすてました。今日のあさ、ぼくがふくしゅうをけっこうしたソファに当ってバッグは今となっては何ごともなかったようになっているゆかへおちました。

 そこまでならなくこともなかったのですが、お母さんは自分のへやにもどって数分たったあと、『あっきのごとき』ぎょうそうでリビングに引きかえしてきました。

「あんたは何やってるのよ!」

 そう言うとお母さんはぼくのかたをつかんで前ごへゆさぶりました。

「なにもしてないよ!」

 ゆさぶられながらもやっとのことでそれだけいうと、お母さんは右手をふり上げました。次のしゅんかんにはほっぺたにしょうげきがはしって、ゆかにへたりこんでしまいました。

「じゃあこれは何だって言うのよ!」

 お母さんはキィキィ声を上げると、もう一どぼくのほっぺたをたたきました。

 なにがなんだか分らないぼくはキョトンとしていると、お母さんはぼくを引きずって歩き出しました。一人でも歩けるよ、と言うとお母さんはまたおこってほっぺたをひっぱたきます。こういうときはなにを言ってもむだだと分ったぼくは、だまって引きずられるままにまかせます。さいわいなことにお母さんのへやは一かいのおくにあったので、かいだんのだんさで体をぶつけることはありませんでした。

 へやのしきいにおしりが当ったちょくごに、ぼくはへやのなかへなげとばされます。ゴロゴロとへやの中をころがって、つくえの足に当ってようやく止まりました。

「これよこれ!」

 あいかわらずキィキィ声でまくしたてるお母さん。そんなにわめかなくても聞こえているのに……。

 ぼくの動きがにぶすぎてそれがかんにさわったのか、ふたたびグイッとかたをつかまれて引きよせられます。

 かおのいちをむりやりかえさせられて見上げれば、空中にとうしゃされたディスプレイの中にぼくがいました。ディスプレイの中のぼくは、今まさにおそうじロボットへふくしゅうしようとガラスのコップをかたむけているところでした。白いえきたいがふりそそいでおそうじロボットのしかいをうばいます。うすく白いまくがはったしかいにおそうじロボットはガラスのコップをなげつけようとしているぼくをとらえ、あんのじょうディスプレイの中のぼくは、おそうじロボットにガラスのコップをなげつけます。パリンとガシャンの間ぐらいの音がなったと同時にぼくのかちほこったかおがうつりました。

「何だっていうのよ!」

 何回目かの『何だっていうのよ!』を聞いて、ぼくはやっとことのじゅうだいせいをを知りました。でも、われたコップやこぼれた牛にゅうはおそうじロボットがきれいにそうじしてくれたし、どうってことないとも思います。でもそれを口に出すとほっぺたを引っぱたかれるだけではすみそうにないのでだまっています。

 ぼくが何も言わないのを見てお母さんはいらだったのか、「そう、そうなの」とだけ言うとへやを出て行きました。お母さんの足音はげんかんの近くまで行くと、かいだんをのぼりはじめました。

 二かいには何もないのにどうしてだろうと思っていると、上から物をひっくり返す音が聞こえてきました。おそうじロボットがヒョイヒョイとかいだんを上っていくのも見えました。

 ここまで来ると、いくらなんでも次におこるできごとは分ってしまいます。急いでかいだんをのぼると、ぼくのへやのドアはひらきっぱなしになっていて、お母さんのせ中が見えました。せ中ごしにひっくり返されているおもちゃばこと、おそうじロボットも見えます。

「やめて!」

 さけびながらへやにとっしんしますが、入るちょくぜんにドアはしまってしまいました。いきおいよくドアにぶつかってしまい、ドアがちょっとへこんだけれど、そんなことは今かんけいありません。

 ガラガラガチャガチャゴリゴリゴトゴト。へやの中のさんじょうをかんがえると知らず知らずになけてきました。なみだはでてきませんでした。

 もったいぶったようにドアがひらくとちょっとだけスッキリしたかおのお母さんと、やくめをおえたおそうじロボットがそろってでてきました。

「代わりに片づけておいたから」

 言いのこすとお母さんはかいだんをスタスタ下りていきました。おそうじロボットはまだそうじし足りないのか、でんきカバーのほこりをすっています。

 やり切れないとはこのことでしょうか。



 よ中にふと目がさめると、トイレに行きたくなりました。トイレに行きたいから目がさめたのかもしれません。

 お母さんにとても怒られたあとだったので、できるだけ足音を立てないようにろうかを歩いて一かいにあるトイレを目ざします。

 ぬき足さし足でろうかを歩いているとカタカタと何かが動く音がしました。足下を見るとみどり色に光る目があって、ぼくはビックリして足をすべらせてしまいました。すべってまではよかったのに、あろうことかぼくはにだんしたのかいだんにあしをついてしまいました。いきなり大きなだんさがあらわれたことによってバランスをくずしたぼくは、長い長いかいだんの下へとまっさかさま。ゴチゴチとかいだんに体がぶつかる音がして、ゴキゴキと体の内がわからいやな音がひびいてきます。

 ゴキゴキメキリ。一かいについてもぼくの体は止まることを知らず、げんかんまでころがって土間におちてしまいました。かいだんのだんさとはひかくにならないほどの高さからおちたからでしょうか、なぜだかせ中が見えています。それにどこを切ったのでしょうか、光のないどまに黒々としたえきたいがひろがっています。

 体がいうことをきかないのでさけぶこともできません/ただひたすらかなしいです/なきそうです/なみだはでません/かわりに体からえきたいがながれます/なんだか目がの前が点めつしてきているようです/フローリングのゆかをカタカタならす/キュインと光るみどり色/赤色になりました/しんぱいそうに見つめ/人こうちのう/ピョンと土間に/牛にゅうとおなじことを/えきたいがすいあげられ/ドタドタと走る音が/お母さんがおろおろ/お父さんがお母さんをひっぱた/ゆうすけさん。

 なきそうです。



 ***



 せいけつすぎるぐらいの白さのびょうしつでぼくは目がさめました。目がさめたと言っても、かいだんからおちてからずっとねむっていたのではなく、昨日ねて今日おきたということです。

 たったの一日で体のちょうしはすっかり元気になりましたが、どうしてだかお母さんはやって来ません。代わりにお父さんとゆうすけさんがかわるがわるやって来ました。

「今日にも退院できるね」

 ゆうすけさんはベッドのよこにあるパイプいすにすわりながら言いました。手には大きなプレゼントをかかえています。

「きょうはどんなプレゼントですか?」

 一か月も待ったプレゼントの中身を気にならない人がいるでしょうか。たぶんいないと思います。

「さあ、家に行ってからのお楽しみだよ」

 じゃあ何もここにもってくるひつようはなかったのに、とは言いません。よい子にしていないとおもちゃがもらえなくなるかもしれないからです。

「お母さんはどうしてこないんですか?」

 ゆうすけさんはちょっとビックリしたかおをしました。いきなり話をとばしたのがわるかったのでしょうか。しんぱいです。

「君を叩くお母さんなんて嫌いだろ?」

「でもお母さんはたいせつでかけがえのないものです」

「お利口さんだね。百点満点だ」

 ゆうすけさんはナースコールをポチっとおすと、プレゼントをかかえてびょうしつから出て行きます。出て行くちょくぜんに、

「次のお家はもっと良いところだから」

 と言いました。

「モニターきかんですね」

 ゆうすけさんはちょっとわらって、「そうだよ」と言いました。「君を叩かない人のお家だからね」

 ちょっとかなしいけど、いいです。

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