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「おはよう。フェリシア。いい朝だね!」
「……エルランド様?」
校舎の前、馬車に乗ってやって来たフェリシアの前に顔を出すと、彼女は驚いた顔で僕を見た。
「あの……どうしてこちらに……」
「君を待ってたのさ。一緒に教室まで行こう」
僕が笑顔で告げると、フェリシアの顔が曇る。
「エルランド様、そんなに気を使っていただかなくても……。昨日も言った通り、私は婚約破棄してもらって構わないのですわよ」
珍しくおどおどした態度で言うフェリシアは何とも可愛らしい。僕はしゃがんで膝をつき、フェリシアの手を取ってその手にキスをした。
「きゃっ」
フェリシアが可愛らしい声で悲鳴をあげる。
「あ、あの、エルランド様。どうしたんですか?こんな風に待っていらしたこと今までなかったのに」
フェリシアはすっかり困惑しているようだ。しかし引くわけにはいかない。彼女との婚約を維持できるかどうかがかかっているのだ。
「昨日君の話を聞いて深く反省したんだ。僕は君に冷淡だったのではないかと……。フェリシア、僕に一度だけチャンスをくれないか。今度は君に寂しい思いをさせない。ちゃんとした婚約者になってみせる」
「え?いえ、エルランド様は冷淡なんかではありませんでしたわ。昨日も言った通りエルランド様は何も悪くなく……、しかしそういう運命なのです」
健気にもフェリシアは僕が悪いわけではないと言ってくれる。運命のせいだと言ってくれるのは彼女の優しさだろう。しかし、運命なんて言う言葉で片付けられるわけにはいかない。
「フェリシア。もう少しだけ婚約を続けてはくれないか?その間にきっと僕は生まれ変わって、君の満足いくような男になってみせるから」
「エルランド様。本当にあなたに問題があるわけでは……」
フェリシアは言いかけて口を噤む。それから何かを決意した表情で言った。
「わかりました。婚約破棄は一旦やめておきましょう。でもその代わり、貴方が婚約をやめたくなるようなことがあれば、すぐにおっしゃってください」
フェリシアの答えに、世界が明るくなったような気がした。
一旦という言葉は気になるが、一応は婚約破棄を思い留まってくれた。僕から婚約破棄を言い渡すことなんてあり得ないんだから、ひとまずの危機は過ぎ去ったわけだ!
踊り出したい気分だった。しかしまだ安心するわけにはいかない。フェリシアは今も浮かない顔をしている。
今後二度とフェリシアが不安にならないように、態度で示さなければならない。僕は決意を新たにした。
──
フェリシアと一緒に教室に入り、僕はこれからの日々に気合を込めながら始業を待った。しかし、その日は驚くべきことが起こった。
「初めまして。今日から転校してきたクリスティーナ・メランデルです。よろしくお願いします!」
教壇の前で挨拶する元気な少女。肩までの金色の髪を揺らして笑う姿が愛らしい。もちろんフェリシアの方が数百倍可愛いけれど。
しかし、クリスティーナだと?フェリシアが言っていたのと同じ名前じゃないか。
王立学校に転校生が来ることは滅多にない。それを転校生が来ると当てただけでなく、名前まで的中させるなんて……。
僕はちらりとフェリシアに目をやった。彼女は肩を震わせて、どこか怯えるような目でクリスティーナを見ていた。