レーチェのお願い
朝、鍛冶場に行く前に俺は、庭で柔軟体操をしていた。朝起きるとやけに体が重く感じ、このまま職場に行くのはよくないと考えたのだ。
(俺も年を取ったからなぁ)
などと心の中で思うが──そんな事、もっと年輩の方に聴かれたら、「若造が」と一喝されてしまうかもしれない。
足を伸ばして屈伸していると、背後からレーチェが近づいて来る足音が聴こえてきた。
「だんちょ……いえ、オーディスさん。少しお願いしたい事がありますの」
「な、なんだ改まって、気持ち悪ぃな」
振り返ると、何やら深刻そうな表情で立っているレーチェ。
「どうした?」
「ええ、実は……」
彼女は「お願いしたい事」について放し始めた。
「なんだ、そんな事か」
「なんだとはなんですか。乾かすの大変なんですよ」
彼女のお願いとは、髪を早く乾かす道具を開発して欲しいというものだった。
「温風器じゃ駄目なのか」
「あの温かい風が出る機械も素晴らしい物だと思いますが、長い髪を完全に乾かすとなると、時間がかかりますの」
「それは──そうだろうな」
長い金髪が美しいレーチェは自分の髪を、それはそれは大切にしているだろう。
乾燥器に似た温風器も作ったが、性能はいまいちなのは否めない。
「そうだなぁ……、水分を飛ばせばいい訳だから──」
俺が呟いた言葉に、レーチェが思わぬつっこみを繰り出してきた。
「水分を飛ばしたら、部屋が濡れてしまいますわ」
「いや、俺が言ったのは水分を蒸発させる、という意味なんだが」
「ああ、そういう意味ですの」
たまにだが、地球で使っていた表現をそのまま使用すると、このような齟齬が明らかになる。
「水分を気化させて、髪を乾かす事が出来ればな──」
そう口にした俺にレーチェは「キカってなんですの」と、不思議そうに尋ねてくる。フォロスハートの日常的な会話には「気化」といった科学的な用語はあまり登場しないので、彼女もその言葉には馴染みがなかったようだ。
「気化というのは液体が気体に変わる事だ。──そうだな、試してみるか」
「え?」
「髪を乾かす機械の作製、やってみようじゃないか」
「その──『キカ』というのを使ってですか?」
「まあそうだな。たぶんいい感じのが出来ると思う」
「それは楽しみですわ」
俺は軽く体を解すと鍛冶場に向かい、早速レーチェの頼みを聞いて、髪を乾かす機械の作製に入った。
設計図を描き起こす前に、すでに頭の中で構造が思い描けていた。それを扱い易い形にする為に、小さな黒板に蝋石でいくつか描いては消して、改善させる。
こうして出来た設計図を元に、錬成した機構を組み合わせ、小さくなるよう纏めていく。
「出来た」
乾燥器の構造自体が単純なので、二つの機能を持たせた初期型乾燥器を作るのに、それほどの時間は掛からなかった。
棒状の上半分、その縦半分から水分を蒸発させる光が出る仕掛けだ。棒の半分は握りになっていて、そこに二つの開閉器がある。
光といっても敢えて色を付けただけで、実際は水分を気化させる魔法と同じ力が発散されるだけだ。
もう一つの機能は……
「おい、出来たぞレーチェ」
「えっ!? もう出来たんですの! さすがですわね」
宿舎に戻るとすぐに完成した物を持って行った。すでに自分の体で実験し、効果は確認済みだ。
「どうやって使うんですの?」
「この棒の半分、金属の棒が二本付いている方を当てる感じで使うんだ。開閉器はこっちな」
自分の頭に使う感じで説明すると、彼女は「そんなので乾くんですの」という顔になった。
「ああそれと、こっちの開閉器は『除菌用』の物だからな。こっちの開閉器を押すと紫外線が出て、綿織物とかに使うと、乾かしながら除菌も出来るようになっている」
「それはすごいですわね。──シガイセンというのがなんなのか分かりませんけど」
「紫色の光が出るから、それは肌に当てるなよ? 日焼けするぞ」
「分かりましたわ」
彼女は「さっそく使ってみますわ」と、携帯乾燥器を持って行ったのだった。
* * * * *
翌日、女性陣が朝食前に俺の元に押し寄せて来た。
携帯乾燥器が欲しいという訴えをする団員に囲まれ、朝っぱらから姦しい連中の相手をする事となったのだった。
結局俺は、数台の携帯乾燥器を作らされる羽目になり、休日返上で作業に忙殺される事となってしまったのである……
気化させる魔法をもっと詳しく書こうとしましたが、やめておきました(笑)
長くなるんで。




