武闘大会⑦
試合開始の合図の後、俺達は向かい合ったまま動かなかった。睨み合い、互いに剣を前に突き出して、相手の動きを警戒する。
じりじりと横に回り始めたレクト。
こちらも反対側に回りながら、じわじわと間合いを詰めて行く。
互いの間合いがほんの少し詰まった瞬間。俺とレクトは同時に動いた。
「ガシィイィィンッ! キィンッ! カシィイィン──ッ」
攻撃を弾き、受け流し、互いの刃がこすれ合う鍔迫り合い。
ぐいっと互いの身体を剣を通して押し合い、間合いを開ける。
「うおぉおぉぉっ!」
大きな歓声が聞こえたが、それらがもの凄く遠くに聞こえた。
俺の意識は目の前の戦士に集中し、隙を探し求めて剣先が宙を彷徨う。
レクトがわずかに腰を屈めたと思った瞬間!
一気に間合いを詰められ、俺は攻撃を回避するのに全神経を集中する事になった。
「ギィイイィンッ!」
足運びだけでは躱し切れず、連続で繰り出される猛攻を剣で受け流し、離れ際にやっと反撃したが、レクトは素早く後方に飛び退き、距離を取る。
連続で打たせては駄目だ。
また相手が踏み込んで来ると、今度は二撃目と三撃目の間に──こちらから突きを打ち、相手の腕を狙う。
するとレクトはくるりと幅広剣を返し、剣の根本で突きを捌くと、その勢いのまま剣を薙ぎ払い、俺の首を狙ってきた。
──だがそれは、オーディス団長がよくやる反撃の一つだ。
俺は後方に半歩後退しながら、半身の体勢でくるりと反転し、身体のひねりを利用して鋭い攻撃を打ち込む。
「ガシィイィンッ」
薙ぎ払われた剣を受け止めるレクト。
レクトは攻撃していた剣を素早く引き戻し、身を守ったが、まともに攻撃を受け止めたので、わずかに上体が横に押し出されて軸がぶれた。
(いまだっ)
俺は足を前に踏み出し、先ほどのお返しとばかりに連続攻撃をお見舞いする。
斬り払い、突きを打ち、踏み込みながら横に回り込んで、胴を薙ぎ払う。
「くっ……!」
ギリギリでその薙ぎ払いを躱すレクト。
しかし次の突きを避け切れず、左肩に近い胸元に剣の先端が当たり、彼は横向きによろけた。
隙を見せたレクトに追撃しようとした時、危険を感じた。──ほんの少しの、嫌な予感のような感触。
俺は視線を動かし、相手の剣に目を向ける。
──左向きに倒れ込むような格好で、レクトは下から上に向けて、俺の視界の外から右手だけで剣を薙ぎ払ってきたのだ。
大きく腕を振り被ってきた一撃をギリギリのところで躱し、身体を引いて体勢を立て直す。
危なかった。あやうく首を思い切り打ち据えられるところだ。
あんな鋭い一撃を喰らえば、片手での攻撃とはいえ、気を失って倒されていただろう。
しかもレクトはくるりと側転して体勢を立て直し、薙ぎ払った幅広剣を引いて防御の姿勢を取っていた。
会場はますます盛り上がりを見せる。
「強くなったね」
レクトは嫌みのない笑顔で言う。
「もちろんさ」
そう答えると同世代の戦士は黙って頷く。
俺の剣技の背後に、歴戦の強者の影が見えるのだろう。──それは俺から見るレクトの剣技も、同様の印象を受けるのだ。
何度も訓練を重ねてくれた先達の教え。それが身体に染み付き、強さの下支えになってくれている。
互いの剣技には、自分を鍛え上げてくれた人達の強さや想い。──何代も受け継がれる戦士の魂が宿っているのだ。
俺とレクトは互いの技量を認め、真正面からぶつかった。
そんなに長い時間ではないはずなのに、まるで何時間も向き合って、剣と剣を打ちつけ合ったような感覚がした。
レクトの動きが見え始めた頃──俺はやっと、もう一本の短剣を抜いて、この大会で初めて双剣を披露する事を決める。
ただ──これは諸刃の剣になるだろう。
レクトの鋭い攻撃を受け流すには、片手で振るった剣では不充分かもしれない。
だがそれでも、勝ちたいならこれしかない。このままでは、彼の技量に押し込まれて負けてしまうと感じていた。
「二刀か……使いこなせるのか?」
レクトはしっかりと両手で剣を握りながら、じりっ、じりっと間合いを詰めて来る。
俺は返答の代わりに一気に間合いを詰め、長剣を振り下ろし、それを受け流したレクトの胴に短剣を薙ぎ払った──




