武闘大会⑤
闘技場に立つのも慣れたようだ。──あるいは今回の相手を絶対に倒すべきだという気持ちが、俺をレオシェルドさんの様に、敢然とした心持ちにさせているのかもしれない。
まったく迷いもなく、周囲の観客達の声援も今の俺には、木の枝をなびかせる風の音ていどにしか聞こえなかった。
「ビビらずに来たようだな」
アンクバートはいつも見せる、相手よりも優越しているといった、得意げな表情をしてこちらを見ていた。
「もちろん。この試合を勝って決勝に行くのは俺だからな」
こちらはまったく気負わずに、それがさも当たり前だと言うように、心からそう口にする。
すると相手はかなり苛ついた様子を見せた。
「……吹くじゃねぇか」
「──おまえがバカにしきっていた先達たちの技術。それをおまえに見せつけてやるよ」
俺は自然とそう口にしていた。
べつに相手を挑発しようとか、そんな風に思っていた訳じゃない。
むしろそうなるのが当然だと、答えの分かり切った問題の答えを披露するような気持ちだった。
俺の言葉にさらに怒りを露にするアンクバート。
「────上等だぜ。やってみな」
そう言って奴は幅広の大剣を両手で握り、しっかりと構える。
俺は腰に短剣を差し、長剣を斜めに構えた。
双剣を使うかは闘いの流れで決める。
闘技場に今までにない緊張が走り、会場が静まり返った。
「──はじめっ!」
開始の合図と共に前に出てきたアンクバート。
前に構えていた大剣を肩に担ぐようにして、離れた位置から接近する。
間合いに入るとそれを渾身の力で振り下ろしてきた。
防御魔法の掛かった腕輪を付けていても、そんな一撃をまともに受けたらただでは済まない。そんな一撃。
「ガシンッ」と地面を打つ剣の切っ先。
俺は振り下ろされる剣を横に躱し、相手の懐に入ると、拳で顔面を殴りつけた。
「ぐおぁッ⁉」
拳が飛んでくるとは思わなかったのだろう。大剣を握ったまま後方に倒れ込みそうになるアンクバート。
だが奴は体を横に捻りながら、大剣を薙ぎ払うように振り回してきた。
それをしゃがんで躱し、間合いを取る。
アンクバートはよろけながらも、唇に付いた血を拭う。
「……いてぇなぁ」
「いまのはな、おまえが俺の旅団にやって来て、俺の仲間や先達をバカにした事に対する報復だよ。その程度で許してもらえる事を感謝するんだな」
俺はそう言いながら手を振って「かかってこい」と、今度は明確に挑発する。
「やっ、野郎ッ!」
思った以上にそれは効果的だった。アンクバートはまた一直線に俺に向かってきて、まるで飛び掛かる勢いで大剣を降るってくる。
ぶうん、ぶうんと、大きな鉄の剣を振り回す力は本物だ。
……だがそれだけだ。
そんな単調な攻撃、当たるはずがない。
俺は足捌きだけでその攻撃を躱し続ける。
盛り上がる観客の声が遠い。
感覚が研ぎ澄まされ、闘いに集中している。
「くそぉっ!」
胴体を狙って横薙ぎにされた剣を後方に躱して、振り抜いた相手の背中に丸まった剣先で突きを叩き込む。
「ぐぁあっ」
並の相手ならこれだけで倒れただろう。──だがアンクバートは、鍛え上げた筋肉の鎧と根性で踏み止まった。
さらに気合いで襲い掛かってきた相手の攻撃をいなし、崩れた体勢になった脇腹を狙って薙ぎ払う。
「うがぁァッ!」
魔法の掛かった腕輪がなければ、骨にヒビが入ったかもしれない。
アンクバートはこの攻撃も堪え、まだ剣を構えて闘いを続ける姿勢を見せる。
「まだだッ……! 俺は負けねぇ‼」
なかなか強情な奴。思ったとおりの単純明快な男だ。
だから俺は言った。
「アンクバート。俺は君を尊敬している」
俺は剣を突きつけながら、そう呼び掛けるように言った。
「俺とそう変わらない年齢でそれだけの力を獲得するなんて、並大抵の努力じゃない。それは認める。──だからこそ惜しいじゃないか」
黎明の白刃旅団団長は、ぽかんとした表情でこちらを見ている。
「なぜ君は先人達の努力を無下にするんだ? なぜ先輩達の功績を認めない? そんな態度になんの意味があるっていうんだ。
危険な冒険に臨み、時には傷つき、時には仲間を失う事さえ経験してなお戦い続けた彼ら先人に。……君のその態度は浅はかで、はっきり言って愚かだ。
──君は俺に負けるんじゃない、数々の戦いを制してきた先達たちに負けるんだ。君の誤った思い込みゆえに」
そう言いながら短剣を引き抜き、二本の剣を構える。
「終わりにしよう」
アンクバートは怒っているような、苦悩しているような表情をして、最後の力で大剣を振り上げた。
「うおオォァあァッ‼」
叫び声を上げながら突っ込んでくる。
俺も前に足を踏み出す。
振り下ろされた大剣を長剣で受け流しながら、身体に当たらぬよう避けつつ、短剣でアンクバートの腹部を薙いだ。
鈍い音を立てて崩れ落ちる戦士。
前のめりになって地面に顔面から倒れ込む。
勝利した俺に、観客達から歓声が沸き起こった。
それは大きなうねりの様に響き渡り、緊張した俺の身体を揺さぶるほど大きな音となって俺を包んだ。




