ケベル、鍛冶屋を移る決意をする
近頃話題になった錬金鍛冶師の名前を掲示板で見た僕は、掲示板の前に立ち止まると──その内容を隅から隅まで確認する。
なんと、昇華錬成をしたと噂される、その鍛冶師が徒弟を求めているらしい。
僕はすぐに決断した。いま働いている鍛冶屋を辞めて、その錬金鍛冶師に弟子として雇ってもらえるよう面接を受けに行くと決めた。
仕事を休ませてもらうと、次の日にさっそく中央都市ミスランに向かい「オーディス錬金鍛冶工房」を尋ねたのだ。
面接はとんとん拍子に進み、オーディスワイアさんは僕を雇い入れ、見習いとして鍛冶屋の二階での住み込みも許してくれた。……ただ、今は鍛冶場と宿舎を兼ねた建物を新築中なので、それが完成するまでは現在の鍛冶屋で働くようにと言われたのだった。
次の日に、その事を親方に伝え、一月か二月でこの鍛冶屋を辞めると言うと──親方が僕を引き留めるのだった。
……やっぱり、ここの人達は若手に厳しすぎて、新入りがまったく入らなくなった事を理解していたのだろう。その割には、僕に多くの雑務を押しつけて何とも思っていないようだったが。
給料を上げてやるからミスランに行かずに、自分達の工房の手伝いをしろとまで言ってきたが、僕はオーディスワイアさんの元で働く事の方が、自分の将来に対して大きな進展を望めると考えている。
正直に言うが、ここの鍛冶師の人達は──信用ならない。
僕には炉の前で、ひたすら金属を溶かす作業を押しつけておきながら──その若手が辞めると言い出して、焦って引き留めているだけなのだ。今までだって数人が、この鍛冶屋に働きに来たが──皆、半年ほどで辞めてしまった。
鍛冶の技術を学ばせないで、若手に地味な作業をやらせるだけなのだ、ここの人達は。
僕はそれでも何とか、金属を溶かして延べ棒を精製したりする作業を続けながら、他の鍛冶師の仕事ぶりを見ながら独自に勉強し、簡単な作業の手伝いを任される事はあったが──これまでだ。
ここでは学ぶべき事は何も無かった。
もう新たな可能性に進むべき時が来たんだ。あの掲示板を見た時、僕にはそう聞こえた気がした。
僕の決心が固い事を知ると、親方は渋々と了承した。新たに人を雇おうと思っても、そう簡単に人は来ないのではないだろうか。
僕がこの鍛冶屋を辞めると決めてからすぐに、徒弟の募集をしたようだが──まったく誰も来ない日が続いた。……それはそうだろう。すでにここの評判は、辞めて行った者達から広まっているはずだから。
フォルファスの街の中で人づてに広まった話は、あっと言う間に若者達の間だけでなく、多くの人々の知るところとなったのだ。
「あの鍛冶屋は入って来た若者を道具扱いして、キツい仕事ばかりをさせている」
そんな噂が立っているとは、鍛冶屋の誰もが知らないのだろう。僕も、掲示板の前で鍛冶屋の徒弟募集の貼り紙を見ていた少年達の会話を聞いて、初めて知ったくちだ。
日頃の行いが彼ら自身に跳ね返っている。そんな風に思いながら、僕は僕で、新たな職場への意欲を燃やし、今まで以上に積極的に勤勉に、鍛冶の仕事に取り組もうと決意した。
ブラック企業や部下に厳しい上司に対するアドバイス的な内容です。客観的に見れない自身の発言や行為は、他人の声(噂や陰口)で明らかになる、というものです。上司に本音で語ってくれる部下など(日本ではとくに)居ませんからね。
……ただ、今は~ の後の文章を変えました。まだこの時はオーディスワイアの体調が悪くなっているわけではなかったので。この先の話ですね、彼の身体が危険な状態になるのは。




