エウラの紙芝居
休日に私は──近所の子供達に乞われて、紙芝居を見せる事になった。
冒険で命を落とした親から残された孤児達。
かく言う私も、兄と共に孤児となったのだ。
私と兄の場合は、冒険で親を亡くしたのではない。フォロスハートに侵入して来た混沌の軍勢によって、命を落としたのだ。
私の両親は──有名な剣術家一族の一人で、兵士として都市シャルファーの防備に当たっていたのだが、母が混沌に襲われた時、母が判断を誤り、その母の窮地を救おうと父もまた、判断を誤ったのだと──祖父から聞かされた。
厳しい祖父に反発していた父と母。
私と兄は、祖父には頼る事なく冒険者として生きる事に決めたのだ。
──おっと、私の事はどうでもいい。
子供向けのお話を読み聞かせるだけだと、子供達から不満が出ると考え、紙芝居をする事を提案したのだ。──簡単な絵なら私も描けるので、数日の間に簡単なお話の絵を、二つ分描き上げる。
短いお話だ。
特徴的な部分を絵にしておいて、お話の内容も子供向けに、簡略化する事にした。
ただ私は、せっかくなら、子供達のためになるお話を聞かせようと、二つの、異なる冒険者の活動についての紙芝居を用意し、その二つを連続するお話として繋げる。
まずは──一人の冒険者が、仲間と共に「幸運の印」を捜し求めて冒険に出るお話。
このお話は簡単。
捜し求めていた「幸運の印」とは、仲間との絆だった。──というお話だ。
単純な──仲間を信じ、共に成長して行く。といった言伝が込められた、割と一般的なお話。
私は、このお話の後に──別の、暗い内容の物語を繋げて紙芝居にした。
子供達に、不正を行う事や、暗い感情を持つのは、自分に返って来るものだという、教訓を学んでもらおうと考えたのだ。
「──そんな、仲間達との絆を深くする彼らを妬む、愚かな男が居ました。男は、冒険者の彼らを困らせてやろうと企み──転移門に入って行った彼らを追って、許可も無いのに転移門に踏み込んだのです。
すると、転移門の先には──不思議な事に、冒険者達の姿は無く。灰色の大地が広がる、不気味な広い大地が広がっていたのでした。
その不気味な大地の遠くから──なにやら不気味な影が、ゆっくりと、男の方へと近づいて来るじゃありませんか。それは、まるで──黒い靄に包まれた人間の様に見えましたが、前屈みで、体を左右に揺らしながら迫って来る不気味な影に、男は怯え、すぐに背後の転移門に逃げ戻ったのです」
話を聞いていた子供達は「ん?」と、なにか様子が変だぞと思い始めたらしく、隣に座る友達に声を掛ける子供も居た。
「ところが! 転移門を潜った先は──先ほどまで居たミスランの街並みでは無かったのです。暗い空。灰色の街並み。人影のまったく無い、音も、匂いも無い、誰も居ない街。
男は慌てて、自分の家へと駆け出して行く。
恐怖が男を包み込む。
だが男の住む家は、ちゃんとそこにあった。 ドアを開けて家に飛び込むと、調理場で料理をしている母の姿が」
子供達は暗い配色の絵を見て、一言も発せずに続きを聞こうと耳を傾ける。
「『かあさん! 外の様子が変なんだ! ただ事じゃあない!』男は必死に母に訴える。
すると、母は、鍋を掻き回している手を止めて、まな板の上に置かれた包丁を手に取ろうとする。
──すると、母の背に隠れていた鍋の中身が、男の目に見えた。
鍋の中から突き出ているのは──人間の腕や脚。血と肉でいっぱいの鍋が、グツグツと音を立てて煮えている。
『あらあら、ただ事じゃない、ですって?』
不気味にしゃがれた母の声。
いや、まったく知らぬ、化け物の声だった。
『あなたが行おうとしていた事柄に、相応しい結末じゃあないの!』
包丁を手に振り向いた母は、口から血と涎を垂れ流し、血塗れの前掛けをした、不気味な化け物だったのだ!」
私はそう言って、とっておきの絵を披露した。
不気味な、口の裂けた化け物の妖女──伝説上の「鬼女」を想像して描いた物だ。
絵と、私の語り口調の迫力のせいか、多くの子供達が泣き出してしまった。
……この顛末を、たまたま通りかかって見ていた団長が、私にこう告げる。
「お前、少しは相手の事を考えて話を作れよ。子供達が怖がって、『冒険者にだけはなりたく無い』とか言い出したら、どうする気だ」
団長は何とも言い様の無い──呆れたとも、苦虫を噛み潰したとも取れる、沈痛な表情をして、私の紙芝居を「大人向けだな」と評価してくれた……




