翡翠の指輪の力
今回のお話は、本編の次話(276話)で少し触れられる話なのでーー先に投稿しておきます。
だいぶ前に書いた物なんですが。
川面から上がって来た大きな鉄歯鮫。
ここは「湖と大河」の転移門を通って来た大地。その名の通り、湖から流れる大きな川がある。
鉄歯鮫は陸上でも平気で活動する、海獣に似た生き物だ。
姿は鰐に近い。四本の脚が生えている。背鰭や尾鰭には金属質の刃状の物があり、近寄るのは危険だった。
だが、獰猛なその生き物は、四本脚で土の地面をベタベタと蹴って勢いよく、こちらに迫って来る。
「エア、レンは側面から攻撃。カーリアも反対側から支援」
私はそう声を掛けると魔剣を手に、正面から怪物の相手をする。
噛みついてきた口を避けると、「ガチンッ」と金属質の音を立てて首を左右に振る。
拾った大きめの石を、口の中に投げつけてやったのだ。
喉奥にぶつけられた石を吐き出そうと身体を揺すっている。
「やあぁっ‼」
レンが脇腹に切り込み、その背後から飛び出したエアが鮫の鰓を槍で貫く。
そちらに気を取られた鉄歯鮫の側面から、豪快に振り下ろされたカーリアの剣が止めを刺した。
首を半分近くまで斬られた大きな鮫は、四本脚で支えていた身体を、ドスンと地面に下ろしたのだった。
「歯と爪を回収しましょうーー」
そう言って魔剣をしまおうとしていた時に、川から飛び跳ねて、私に襲い掛かって来たーーもう一匹の鉄歯鮫。
「エウラさんっ!」
レンネルの声が聞こえた。その瞬間、私は腰を落としながら魔剣を薙ぎ払う。
今までに無い、空気を裂く様なーー奇妙な手応え。
鋭く薙ぎ払ったとはいえ、突進して来た鮫の身体を斬った手応えが、全くと言っていいほど感じなかったのだ。
気づくと私の左右に、どしゃどしゃと音を立てて、鉄歯鮫の身体から溢れた内蔵がこぼれ落ちた。
なんと、綺麗に二枚に下ろされた鉄歯鮫が地面に転がっていたのだ。
自分の手を見ると、指に嵌めた翡翠の指輪を見る。
この指輪の力だろうか。危機から守る「風の加護」の力が宿っていると、旅団長が説明してくれたが……
「すっ、すごいですね。エウラさんーー大丈夫ですか?」
レンネルが私を心配して話し掛けて来た。
「え、ええ。大丈夫です」
咄嗟の行動だったので、正確なところは分からないが。どうやら風の加護が働き、魔剣を媒介した風の刃が飛んで、鉄歯鮫を真っ二つにしたらしい。
宿舎に戻ってから、起きた事を旅団長に説明して聞いた話だが。
攻撃時にも、防御時にも効果を発揮して、所持者を守ってくれるのだそうだ。この素晴らしい贈り物をしてくれたのは、間違い無く風の神ラホルス様に違いない。
私はそう確信し、風の神の為にも、このフォロスハートの大地を守る決意を新たにした。
亡き兄の為にも、故郷の為にも、私が一流の冒険者になって活躍するんだ。
この大地の空で見守る兄が、私を見て、誇らしいと思えるくらいに。




