第五話「決意」
「ふむふむ……要するに、ちょっとふん縛ったくらいで倉科君の玩神を無力化したと勘違いしちゃった自称護衛の誰かさんは、迂闊にも相手をほったらかしにしたままセージ君のとこに行っちゃって、椎名さんの息子さんをふん縛って調子こいた勝利宣言かましてたんだけど、そこに倉科君が再登場して椎名さんの息子さん助け出して、自慢の技をあっさり破られたショックで誰かさんが茫然自失してる間に楓って子の体の中に虫入れて、決闘の日時をセージ君に伝えて去っていっちゃって、見事に糞の役にも立たなかった誰かさんはそれを指咥えて見てるしかなかった、と……なるほどなるほど」
「あえて否定しないでおきますけど……まるで何から何まで全部私が悪いみたいな言い草ですね。ていうか喧嘩売ってるんですか? そうなんですか?」
木製のベンチに腰を下ろしている遥を、瑞希は立ったまま睨みつけた。
現在彼女ら二人がいるのは、相海高校からほど近いところにある城址公園の一角。四階建ての天守が鎮座する本丸広場である。
そこで二人は、先の一件で体験したことを報告し合っていたのだが――瑞希の真面目な報告に対する遥の反応は、瑞希の神経を逆撫でするほど不真面目なものだった。
「だってー、みーちゃんがあまりにもテンプレ通りの噛ませキャラっぷりを披露してくれちゃってるんだもん。話に聞くだけでも相当恥ずかしいぞー。あたしだったら布団ひっかぶったまま出てこれなくなるレベルの恥ずかしさだぞー。ドヤ顔で勝利宣言した後に逆転されるとかザコの見本過ぎるぞー。普段から小物臭放ってるからって本番でもヘタレなくていいんだぞー。むしろ本番は頑張らなきゃ駄目なんだぞー」
「う、うるさいですね! そんなにしつこく言わなくても分かってますよ! そもそもしてませんよドヤ顔なんて!」
いい加減にうんざりして声を荒げた途端、広場を行き交っていた人々の視線が瑞希に突き刺さる。
少しばかり顔を赤くした彼女は、気を取り直すためコホンと咳払いした。
「……ていうかですね、敵の能力がああいうものなら事前に教えて下さいよ。そうしてくれれば他にやりようもあったのに……」
「しょうがないじゃん。あたし倉科君の玩神がどういうものなのか知らなかったんだもん。あの子とあんまり仲良くなかったし」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと」
軽い調子で答えながら、遥は近くの自販機で買った缶ジュースを喉に流し込む。見るからに胡散臭い態度だったが、瑞希はそれ以上の追及をしなかった。
「……まあ、いいですけど…………じゃあそろそろ、真面目な話をしましょうか。明日はあの人達の要求通り、例の公園に行って戦うってことでいいんですか?」
「ま……そうするしかないよね。明日中にケリつけないと楓って子が死んじゃうわけだし」
空になった缶をベンチの上に置いてから、遥は瑞希の顔を見上げる。
「でも、みーちゃんは来なくていいよ。ていうか来ちゃ駄目。危ないから。お家で宿題やってなさい」
「行きますよ」
師の言葉を撥ねつける形で、瑞希は言う。それから彼女は視線を落とし、少しだけ気まずそうな顔をした。
「……あの楓って人がああいうことになったのは、私のせいでもありますし」
事件の後、日比谷楓は近くの病院に搬送された。
命に別状はなさそうだったが、それでも重傷を負ったことに変わりはない。あの傷は一生残るだろう。
しかも、彼女を襲った災難はそれだけではない。倉科敦の玩神によって体内に虫を入れられた彼女は、このままでは明後日の午前零時を迎えた瞬間に死んでしまう。
他人に無関心な瑞希もそのことには流石に同情していたし、責任を感じてもいた。
「……やっぱそう言うよね、みーちゃんは」
遥は溜息をついてから、表情を真剣なものに変える。
「それじゃ連れてってあげるけど、あたしの指示に従うこと。無茶したり勝手な行動したりしちゃ駄目よ。オッケー?」
「……はい」
神妙に頷いた瑞希は、その直後、一人の少年の顔を思い浮かべた。
小柄な上に線が細くて、年上なのに年下のように見えるけれど――その実、非常に危険な一面を持っている少年の顔を。
「あの人は……筒井さんは連れて行くんですか?」
「そりゃ連れてくよ。ていうか、駄目だって言っても聞かないでしょ。倉科君に対して相当むかついてるみたいだったし」
倉科の玩神が楓の体内に「時限爆弾」を仕掛けて去った時、清次郎の顔面に刻まれた表情――それは、彼の幼い顔立ちにはそぐわないほど凄絶なものだった。
確かにあの様子では、危険だからついてくるなと言ったところで聞く耳を持たないだろう。下手をすれば、自分一人でも戦いに行くと言い出しかねない。
「……何なんですか、あの人は」
「それは、どういう意味の質問?」
問い返す遥の声音は、心なしか普段より硬かった。瑞希は頭の中で考えを纏めてから、再び口を開く。
「最初から、少し変な人だとは思ってましたよ……妙に順応性があるし、自分の置かれた状況に対する反応が……何と言いますか、微妙に不自然でしたし……でも今日の立ち回りを見て、はっきりと思いました。この人普通じゃない、って」
細い右腕に寄り添う、奇怪な青黒い腕。それによって薙ぎ倒された木々。胸部を殴られ、甚大な被害を受けた敵の玩神。
あの林の中で目にした光景が、脳裏に蘇る。
「あの青黒い腕……あれって、あの人の玩神ですよね? 何の訓練もしてない筈なのに、いきなり玩神出して、しかもそれを長時間維持して、戦って……全身を具現化させてる玩神相手に一撃入れるなんて、普通出来ますか?」
「玩神法の場合、普通ってのの基準が曖昧なんだよね。やってる人少ないし」
「それにしたって異常過ぎますよ。遥さんだって、最初からあの人みたいな真似が出来たわけじゃないでしょう?」
玩神を具現化出来るようになるためには、過酷な鍛錬を要する。
具現化した玩神を長時間維持するためには、さらに過酷な鍛錬を要する。
玩神法とは一種の武術。長く険しい道程を経てようやく身に付く類のもの。たとえ才能に恵まれていたとしても、一朝一夕で簡単に会得出来るようなものではない。
その「常識」を、筒井清次郎という少年は覆していた。
「……そだね、確かにそれはその通り。あたしは修行始めてから玩神出せるようになるまで一年くらいかかったし、まともに操れるようになるには更にもう一年かかった。あたしの同期の人達も……一人を除けば、大体そんな感じ。そういう意味じゃセージ君は特別だよ。普通の玩神使いじゃない」
「どうして、特別なんですか?」
両目を鋭く細めて、瑞希は問う。
「知ってるんでしょう? あの人のことを、本人以上に。もったいぶってないで教えて下さいよ。私だって、もう無関係なわけじゃないんですから」
強い口調で返答を迫られた遥は、痛い所を突かれたような顔をしつつ、瑞希から目を逸らす。
「もったいぶってるわけじゃないよ。みーちゃんに教えたくないっていうよりさ、あたしがそれを言いたくないの」
妙な言い回しをされ、瑞希は眉をひそめた。「教えたくない」と「言いたくない」がどう違うのか、よく分からない。
「セージ君に関することを、自分の口で言いたくないって思ってるの。何て言うかな……昔の失敗を喋りたくないって心理? ああいうのに近いかな」
遥は空を見上げる。
憂鬱な色を帯びた広い空は、彼女の心の奥底にある空洞と酷似していた。
「嫌なのよ……思い出したくないこと、沢山思い出しちゃうから」
楓の負傷の応急処置をしたのは、遥だった。
奔王と屑虫の二体が去った後、入れ違いになる形で清次郎達の元に駆けつけてきた彼女は、用意していたガーゼと包帯を使って手早く処置をしつつ、救急車を呼ぶよう清次郎に指示した。
それから清次郎と一緒に楓を林の外まで運び、色々と面倒なことになるから自分と瑞希がこの場にいたことは誰にも言わないようにと清次郎達に言い含めて、救急車が来る前に姿を消した。
楓が病院に搬送された後、清次郎は警察の聴取を受ける羽目になった。
重傷を負った少女と一緒にいた身であり、彼らが昼休みに使っていた文芸部の部室も謎の破壊を受けていたのだから、当然と言える。
とはいえ、自らの体験をそのまま話すわけにもいかない。話したところで信じてもらえるとは到底思えないし、話す必要があるとも思えない。
だから、謎の怪奇現象の犠牲になった哀れな男子生徒――を装った。
昼休みに同級生の女の子と食事をしていたら、突然窓ガラスを突き破って杭のようなものが飛んできた。びっくりして部屋を飛び出したら似たようなものが次々と飛んできて、気付いた時には一緒にいた女の子が負傷していた。本当に訳が分からない。理解の及ばないことばかりだったから、質問されても答えようがない。何が起きたのか知りたいのはこっちの方――というような態度をとり続けて、警察の追及をかわした。
わざと声を震わせたり、取り乱してみせたりして、自分は巻き込まれただけで何も知らないことを強調したのが効いたのだろう。日が傾き始めた頃、警察は清次郎を解放してくれた。
その後、事件のことを知らされて迎えに来た由梨と一緒に帰宅し、彼女からも質問攻めにされたが、警察にしたのと同様の説明で誤魔化した。由梨は清次郎の態度を大分不審に思った様子だったが、最後には溜息をつきつつ、「まあ……あんたが無事だったんだから、それでいいわ」と言った。
清次郎が家を飛び出して病院に向かったのは、その直後だった。病院に搬送されていった楓のことが心配で、いてもたってもいられなかったのだ。
そして病院の入口付近で、自分と同じく楓を心配してやってきた恭也と真奈美に会い、三人で楓のいる病室に向かったのだが――病室の手前の通路で鉢合わせた楓の母親に、娘と会うのは遠慮してほしいと言われてしまっていた。
「言いにくいんだけれど……ちょっと今は、みんなと会える状態じゃないみたいで……せっかく来てくれたのにごめんね」
楓の母親――日比谷祥子は苦笑しつつ、清次郎達三人にそう言った。
「その、やっぱり怪我の具合が……あんまり良くないんですか……?」
真奈美が遠慮がちに尋ねると、祥子は首を小さく横に振る。
「ううん、そういうのじゃないの。意識ははっきりしてるし、この後一生歩けなくなるって怪我でもないみたい。ただ、ね……怖い目に遭ったからでしょうけど、ちょっと不安定になってて……みんなと会っても上手く話せないって言ってるの」
その言葉を聞いて、清次郎は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
怖い目に遭った、などという表現で済ませていい話ではない。今日の一件で楓が味わった苦痛と恐怖と絶望は、そんな生温いものではないのだ。
玩神法や万輪会のことなど彼女は全く知らないだろうが、それでも、自分が何をされたのかくらいは理解した筈だ。このままでは明後日の午前零時に惨たらしい死を迎えることを、理解した筈だ。
誰のせいでそんなことになったのかも。
「あの子、ああ見えて結構繊細だから……もう少しだけそっとしておいてあげた方がいいみたい。だから、ね……みんな心配して来てくれたのに、本当にごめんね」
「……いえ、いいんです。こちらこそ大変な時にお邪魔してすみません」
真奈美がそう言って深く頭を下げる。清次郎もそれに倣ったが、彼の動きは油の切れたゼンマイ人形のようにぎこちなかった。
ほんの数メートル先の病室にいる楓――彼女のことを思うと、平静を装うことさえ出来ない。
あの扉の向こうで、彼女は今どうしているだろう。どんな顔をしているだろう。死の恐怖を抱きながら、何を考えているだろう。
もしあの扉を開けて顔を合わせたら、どうなるだろう。どんな感情を叩きつけられて、何を言われるだろう。
そんな想像をすればするほど、足が震える。胸が苦しくなる。
「筒井君」
名を呼ばれたことに気付いて、清次郎は顔を上げた。目の前には、楓の母親である女性の穏やかな顔がある。
「筒井君が救急車呼んで、応急手当までしてくれたんですってね」
「え、あ……あの……」
「丁寧に処置されてるって、お医者さんも感心してたくらいよ。あの子の面倒見てくれて、本当にありがとね」
誤解だった。朝宮遥という人物のことを誰にも言わなかったから、清次郎が楓の手当てをしたことになっただけだ。
感謝される筋合いなどない。褒められるようなことは一つもしていない。
本当は、ただ迷惑をかけただけ。今目の前にいる女性の娘を自分の事情に巻き込み、危険な目に遭わせ、深く傷つけただけだ。
「俺、は……」
震えが酷くなった。寒気がして、吐き気を覚えた。
無性に本当のことを言いたくなって――けれども言葉が出てこなくて、青褪めた顔で震えることしか出来なかった。
「セージ……?」
隣に立つ恭也が、「どうかしたのか?」とでも言いたげな目を向けてくる。
今の自分が他人の目にどう映るかを自覚しても、清次郎は動揺を抑えられなかった。このままではいけないと思ってはいたが、絶えず襲ってくる寒気と吐き気に抗いきれない。心の揺らぎがどうしても表に出てしまう。
そもそも自分は、ここに何をしに来たのか。そんな疑問さえ浮かんできた。
今日の一件の元凶とも言うべき奴が、どの面下げて出てきたのか。楓と会ってどうする気だったのか。彼女に何と言う気だったのか。
自分の中にいる冷静な自分が、酷薄な声で詰問してきた。それに答えを返せる自分は、どこにもいなかった。考えらしい考えなど一つもなく、ただ感情に突き動かされるままここに来てしまった自分の愚かさを、深く痛感するしかなかった。
そんな苦悩を全て見通したわけでもないだろうが――日比谷祥子は娘とよく似た顔に柔らかな微笑みを湛えて、清次郎を安心させるように言った。
「まだいつ頃になるか分からないけど……そんなに長い入院にはならなそうだから、心配しないで。楓が退院したら、また仲良くしてあげてね」
そして、娘の友人達の顔を見渡す。
「おばさんこう見えても、みんなに感謝してるのよ。あの子はああいう子だから、学校でも一人ぼっちになるんじゃないかって心配してたのに……こんなにいい友達が出来てよかった、ってね」
「あー……まあ、良かった……よな? いや、怪我してんだから全然良くねえけど……いやでもほら、そんなに大事には至ってねえみたいだし、すぐに退院出来るみたいだし……良かったんじゃねえかってさ……はは……」
病院の玄関を出たところで、恭也がそう言った。
重苦しい空気をどうにかするために言ったのだろうが、清次郎と真奈美は口を閉ざしたまま、それに調子を合わせようとしなかった。
「悪い……不謹慎、だよな……」
気まずそうに俯いた恭也は、それから数秒経った後に顔を上げ、無理に明るい声を出す。
「あ……! そ、そうだ、ほら……今日はダメだったけど、二、三日すればあいつも元気になるだろうから、そしたらまた見舞い行こうぜ。何か適当な見舞いの品でも持ってってさ……俺はこの際だから、うちの押入れに封印されてる伝説のクソ漫画を全巻まとめてくれてやろうかなって……」
「あー、榊……気持ちは分かる。分かるよ。でも今はほら、ちょっとそういうノリは求められてないから……ね?」
「……すんません」
真奈美にやんわりと窘められて、再び俯く。どうにかして明るい雰囲気の談笑に持っていこうという彼の試みは、無惨なまでの空回りで終わった。
彼に悪気がないことは、清次郎も分かっていた。落ち込んでいる様子の自分を元気付けようとしてくれているのも分かる。しかし今は、そんな彼の気遣いに応える気にはとてもなれなかった。
頭の中を占めているのは、楓のことだけ。自分の抱えた事情に彼女が巻き込まれ、傷つき、今も生命の危機に瀕しているという事実に対する、深い自責と悔恨の念だけだ。
どうして今日の自分は、学校などに行ってしまったのだろう。まさか敵が白昼堂々襲ってくることもないだろうと勝手に決め付けて、多分大丈夫だろうと楽観視して、大して用心もせず学校に行くなんて――馬鹿なことをしてしまったのだろう。
学校にいる時に襲われれば、一緒にいる人間を巻き込むことになる。当たり前のことであり、簡単に予想出来ることだ。それなのに自分は、暢気に楓と一緒にいた。そのせいで彼女を巻き込むという、最悪の過ちを犯してしまった。
全ては自分の責任。自分の愚かさが楓を傷つけ、苦しめた。
それは否定しようがない。
その事実から目を背けてはいけない。
「……ちくしょう」
自分への怒りが、呟きとなって口から洩れる。恭也と真奈美はそれを聞いて目を丸くしたが、清次郎の様子が尋常でないことを察したため、あえて何も言わなかった。
三人は言葉を交わさないまま、通夜の参列者のような面持ちで、背の高い建物が立ち並ぶ目抜き通りを進んでいく。
既に日が落ちた空は、深い藍色に染まっていた。
「じゃあ、その……げ、元気出せよセージ! 別にセージが悪いわけじゃねえんだからさ……! じゃあ……またな! 楓が元気になったら見舞い行こうぜ!」
別れ際、恭也は声を張り上げてそう言った。何度空回っても明るく振舞おうとするあたりが彼らしかった。
小さく頷いて恭也に背を向けた後、清次郎はスクランブル交差点を渡って自宅のある方向に歩いていく。
そこでふと、隣に真奈美がいることに違和感を覚えた。本当なら、彼女ともとっくに別れている筈だ。
「……先輩の家、こっちじゃないですよね?」
「そうだけど、もう暗いからつっちーを家まで送ってってあげる」
返ってきた答えは、色々な意味でおかしかった。
「それは……色々と逆な気がするんですけど……」
「えー、何? 女の子を守るのは男の役目だー、とかそういうやつ? ダメだよーつっちー、その貧相なナリでそんな生意気言っちゃ。そういうのはあと十センチくらい大きくなってからにしないとね」
ふざけた調子で脇腹を小突いてくる。それにどう反応していいか分からず、清次郎は僅かに顔をしかめた。
ついさっきまで真面目な顔をしていたというのに、この急激な変化はどういうことなのか。いや、というより、どういうつもりで自分の帰路にくっついてきているのか。暗いから送っていくなどという戯言が本音なわけがないし――などと思ってから三秒後、自分は馬鹿かと思った。
真奈美が自分の傍を離れない理由。自分と話したがっている理由。
そんなものは、少し考えれば分かることではないか。
「……聞きたいんですか?」
「ん?」
「今日……学校で、何があったのかを……」
真奈美の顔から陽気な色が失せ、元の物憂げな顔に戻った。
「……そのつもりだったんだけどね、やっぱやめとく。今のつっちー、なんか辛そうだしさ……言いたくないなら、無理には聞かない」
歩道に敷き詰められたタイルを見つめながら、彼女は静かに言葉を零す。
「でも……でもさ……もし、言いにくいこととか相談したいことがあるなら、遠慮しないで言ってくれていいよ。あたしで良ければ相談乗るし、誰にも言うなってなら絶対言わないって約束するから……」
その言葉から真奈美の心情を読み取って、清次郎は胸が苦しくなった。
真奈美は楓と仲が良い。彼女ほど楓と親密になっている女子は他にいない。
二人が出会ったのは小学生の頃で、当初は最悪と言っていいほど険悪な関係だったようだが、どういうわけかいつの間にか仲良くなっていた。今ではもう、互いの家に遊びに行ったりするほどの仲だ。
きっと真奈美は、楓を妹のように思っているのだろう。
そんな彼女が、楓の入院という知らせを聞いて、何を思ったか。それは想像に難くない。平静を保っているように見えても、内心では動揺していた筈だ。そして、気になっていたに違いない。楓はどうして重傷を負ったのかということが。今日学校で起きた不可解な事件の真相が。
だから、事件の時楓と一緒にいた者に問いをぶつけたがっているのだろう。その気持ちはよく分かる。
本当に、痛いほどよく分かってしまうから、黙っていることなど出来なかった。
「……先輩」
罪を告白するように、言う。
「もし……楓があんな目に遭ったのが、俺のせいだったとしたら……どうしますか?」
はっと息を呑む音が聞こえた。同時に、驚きと戸惑いの入り混じった顔が自分に向けられるのを感じた。
言葉による反応は、しばらくの間なかった。
自分の言葉が足りなかったせいだろうと思いながらも、言葉を付け足すことをせずに、清次郎は自宅に続く道を無言で進む。真奈美も無言でその隣を歩く。
時間の流れが停滞したような沈黙。
短いが、長い沈黙。
それを破ったのは、真奈美が何かを悟った様子で発した言葉だった。
「つっちーはさ……カエをわざと傷つけたりしないでしょ?」
今度は清次郎が呆気にとられる番だった。真奈美の顔に目を向けると、そこには淡い笑みがあった。
「つっちー優しいもんね、カエには特に…………あたしには時々優しくなかったりするけど」
「別に先輩に優しくないとか、そんなことは……」
「えー、だってあたし中二の時つっちーに言われたよ。あんた本当に最低だなとか、その他色々」
「……すいません」
「一昨年の冬に集まった時も、殺意がこもってる目で睨まれたっけ」
「あれは、その……先輩が変なことさせるから……」
「だってつっちーは絶対女装が似合うと思ったんだもん。実際、笑っちゃうくらい可愛かったし」
「……」
微妙な顔になる清次郎を茶化しながらも、包み込むように柔らかい声で、真奈美は言う。
「とまあそんなわけで、あたしには全然優しくなかったりする誰かさんだけど……カエに対しては、いつだって優しいじゃない」
そして、清次郎と目を合わせる。
「それってさ、簡単に出来ることじゃないと思うよ」
意外な言葉だった。
楓に対して特別なことをしているつもりなど、清次郎にはなかったから。
「カエってぶっちゃけDQNだもんねー……目つき悪い、口悪い、態度悪いの三拍子揃ってるし。見た目大人っぽいのに中身小六くらいだし。やたら喧嘩っ早いし。趣味はポエムだし」
「……」
概ね同意だが、最後のは別にいい気がする。あと、本人が聞いたら絶対怒ると思う。
「そんなあの子と一緒にいられて、怒ったり愛想尽かしたりしないで普通に付き合ってられるのは、つっちーくらいだと思うよ。あたしもまあ、そこそこ上手くやれてる方だと思ってるけど……つっちーには負けるかな。今でも時々喧嘩したりしちゃうしね」
そう言って、真奈美は少し遠い目をした。
「だから、思うよ……そんな風にずっと優しく接してあげてたから、カエも少し優しくなったんだって」
楓の顔が、清次郎の脳裏に浮かぶ。
自分を気遣ってくれた時の表情を、あの哀しそうな目を、記憶の中から拾い上げて、もう一度見つめ直す。
「最近はあの子、昔ほど口悪くないし……本気で怒ることなんてそんなになくなったでしょ? 大人になったっていうより、小六が中一になったくらいだけど……それでも、何だかんだでつっちーに影響されてるんだよ、ちょっとずつね」
楓と姉妹のように過ごしてきた少女は、冗談めかした言い方をして微笑んでから、幾多の思いが折り重なった複雑な顔を見せた。
「だからね……もし……もし本当に、怪我したのがつっちーのせいだったとしても……カエは恨んでないよ、きっと」
それは彼女なりの励ましであり、楓の心情の代弁だった。
「つっちーがカエに優しいのと同じくらい、カエだってつっちーには優しいんだから」
優しい――確かにそうだ。楓は本当に優しくなった。
いや違う。彼女は昔から優しかった。
あの時だって、優しかったのだ。
「誰彼構わず嫌いとかウザいとか死ねばいいとか平気で言う子だけど、つっちーにはそんなこと絶対言わないでしょ? 違う?」
その言葉を聞きながら、清次郎は思い返した。
記憶の奥底に封じていた、五年前の出来事を。
五年前の夏。
夕刻の薄暗い林の中。
幼かった清次郎は、世界の全てを嫌っている少女に、静かな声で問いかけた。
「僕も……僕のことも、死ねばいいって思う……?」
友達になれたと思ったのは勘違いだったのか。心が通じ合えていると思ったのは錯覚だったのか。自分達の間にあると信じていた絆は幻で、本当は自分も、彼女に不快な思いをさせているだけの存在に過ぎないのか。
その答えを、彼女の口から聞きたかった。真実を知りたくてたまらなかったのだ。
問いかけられた少女は、一瞬ひどく驚いた顔をした。そして、それから十秒近く経った後、俯きながら答えを返した。
「……思わない」
細く、小さな声だった。
けれどもその声は清次郎の耳まで届き、沈みかけていた彼の心を、強く打った。
「セージは……あたしの嫌がることしないから……あたしのこと、分かってくれるから……だから、嫌いじゃないよ。死ねばいいなんて、思ってない」
人に懐かない猫のような二つの目が、清次郎を見つめる。
「そんな顔しないで」
泣きそうな顔をしていた「友達」を気遣ったからか、普段より大分穏やかな声音で、彼女は言葉を紡いだ。
「セージがいなくなればいいなんて、思ってないから……あたしの傍にいていいから……」
人間が嫌いで、世界が嫌いで、目に映るもの全てを嫌っている日比谷楓。
そんな彼女が、清次郎だけは違うと言った。
特別な存在だから、傍にいてもいいと言ってくれた。
それが嬉しくて、本当に嬉しくて、幼い清次郎は涙した。楓が見せてくれた優しさに救われて、自分にとっても彼女は特別な存在なのだと心の底から思えた。
だから――
そう、だからこそ――
行き先も告げずに飛び出したものだから、帰った後は由梨に怒鳴られた。
「ちょっと清次郎! どこ行ってたのよ、こんな時に! 急にどっか行っちゃうから心配したのよ、もう……電話しても出ないし」
「……ごめん」
「いや、ごめんじゃなくてさ……どこ行ってたのよ、ほんとに……」
「……病院」
「病院って……楓ちゃんのいる病院?」
頷きを返すと、由梨は怒った顔を難しい顔に変えた。
「まあ、うん……心配なのは分かるけどさ、落ち着きなさいってば……あんたが急いで駆けつけたってどうなるもんでもないでしょ?」
その言葉には応じず、無言で自分の部屋へと歩いていく清次郎。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ清次郎! 本当にどうしたのよ……何か顔色悪いわよ、あんた」
「……ごめん」
「いやだから、ごめんじゃなくて――」
由梨の言葉を遮る形で、部屋のドアを閉める。そしてそのまま、ドアにもたれかかりながら床に座り込んだ。
由梨が心配するのは当然だろうし、心配をかけて申し訳ないと思っている。けれど今は彼女と話す気力も湧いてこない。目の前に立ち塞がっている大問題――どうやって楓の命を救うかということにしか、意識を割くことの出来ない状態だった。
楓を死なせるわけにはいかない。自分にとって、日比谷楓は世界で一番大切な人だ。
ずっと好きだった。
出会った時から、彼女に惹かれていた。
時折言葉を交わすだけで楽しかった。一緒にいるだけで心が安らいだ。
叶うなら、これから先もずっと一緒にいたいとさえ思った。
そんな大切な人を失いたくない。死なせたくない。死なせてたまるものか。どんな手を使ってでも、必ず救ってみせる。
だから、そのために考えろ。泣いたり悔やんだりするのはもうやめろ。雑念を排して集中しろ。知恵を絞れ。明日の戦いに勝つ方法を――楓をあんな目に遭わせた連中を抹殺する方法を、どうにかして考え出せ。
金槌で叩くように強く、激しく、自分に言い聞かせた。
しばらくの間身動き一つせずに黙考した清次郎は、やがて右腕の拳を顔の前に持っていく。そして精神を研ぎ澄ませて、自身の内側にいる何者かに命じた。
出ろ、と。
その命令に応じるかのように、もう一本の右腕が姿を現す。
不気味な青黒い皮膚と分厚い筋肉に覆われた腕。昼間の戦いの最中、突如自分の身に具わった力。条理から外れた怪異な力。
明かりもつけていない部屋の中で、それをじっと見つめる。
それの正体ではなく、それの効率的な運用方法について考えながら。
親指。人差し指。中指。薬指。小指。腕の先端に付いている五本の指は、どれも自分の意のままに動かすことが出来た。さらに色々と試してみると、思っていたよりも器用に動くことが分かった。
手近にあった通学用の鞄を掴んで持ち上げることが出来た。それを放り投げて狙った場所に当てることも出来た。本棚から本を抜き取り、頁をめくることも出来た。筆箱からボールペンを取り出し、それを使って字を書くことも出来た。
消えろと命じれば、生身の腕の中に吸い込まれるようにして消えた。出ろと命じれば再び出現した。その出し入れを瞬時に済ませることも出来た。
上出来だ、と清次郎は内心で呟いた。この奇怪な右腕で可能なことは、拳による攻撃だけではない。生身の腕にひけをとらない器用さと、生身の腕を凌駕する腕力、そして触れたものを蝕む病魔の力を活用すれば、使い道はいくらでもある。
実は、既に使い道を一つ――ある道具をこの右腕の力で活用する戦術を考案していたのだ。それを実行すれば、敵に大きな痛手を与えられるだろうと確信してもいる。
だからまずはその道具を入手しようと思い、ズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出そうとした。
そこで、携帯電話が振動していることに気付く。手に取って液晶画面を見ると、そこに表示されていたのは、昨夜登録したばかりの番号と名前。
朝宮遥からの電話だった。
「……はい、筒井です」
『あー、セージ君…………大変な時に悪いんだけど、今ちょっとお話出来る?』
「ええ、いいですよ。俺も、朝宮さんに聞きたいことがありましたから」
自分でも意外に思うくらい、言葉がすんなりと口から出た。ついさっきまで失語症に陥ったような状態だったのに、今は普段通りに喋ることが出来た。
きっと、雑念を振り払ったからだろう――と、清次郎は自己を冷静に分析した。
今の自分は、後悔や自責の念を頭の隅に追いやり、楓を救うことだけを考えている。それだけに集中している。
楓を救いたいという一念で、揺れる感情を押し殺せるようになっている。
『そっか……そうだよね、色々あったし…………じゃ、さっそく本題に入るけど、明日は平気? 椎名さん達をやっつけるのを手伝ってもらってもいい?』
「……こっちの事情は、もう知ってるんですね?」
『うん、あの後みーちゃんから聞いたよ。明日中にケリつけないとあの楓って子を助けられないんだってね……気持ちは分かる、なんて言ったら怒られるかもしれないけどさ……今のセージ君がどんなことを考えてるかは、あたしなりに理解してるつもり』
同情するような様子でそう言った後、遥はもう一度問いかけてきた。
『だから、あたし達だけでやるからついてくるななんて言わない。ああだこうだ言って説得しようなんて思ってないから、今の気持ちを率直に教えてほしいの……明日の夜、あたしと一緒にあの人達と戦ってくれる気はある?』
「当たり前じゃないですか」
毅然とした面持ちで、清次郎は答えた。
「あいつらは……俺が、この手でぶちのめします」
楓の足に一生物の傷をつけた、骸骨の玩神を使う男。
その息子らしい、獣の玩神を使う男。
そして、今も楓の命を脅かしている、あの虫の玩神を使う男。
どいつも許し難い。この手で叩きのめさなければ気が済まない。
暗い復讐の炎が、胸の奥で燃えている。
『そう……じゃあ、明日の夕方になったらあたしの家においで。車で現地まで連れてってあげるから』
「分かりました。お願いします…………それじゃあ今度は、こっちの質問に答えてほしいんですけど」
右腕に視線を落とす。そこには、奇怪な青黒い腕が、今も変わらず存在している。
「俺の腕のことは、もう知ってますよね?」
『うん、この目で見た。みーちゃんから話も聞いてる』
「……これは、俺の……玩神ってやつ、なんですか?」
『そうだよ』
返答は、実にあっさりしたものだった。そして清次郎も、あっさりとその返答を受け入れた。
「そうですか……なら、朝宮さん達が使うやつと根本的には同じものですね。これの使い方を教えて下さい」
『……思ったよりクールだねセージ君……驚いたりとかはしないの?』
「驚いてますよ。疑問に思ってもいます。でも今は、そんなことどうだっていい」
清次郎は、青黒い腕を見据えた。
何故か自分の身に具わった力を――今の自分が持つ唯一の武器を、血走った目で睨みつけた。
「要するにこれは俺の玩神で、俺が思った通りに動く俺の武器ってことでしょう? 今大事なのはそこだけです。他のことはどうだっていい。だから教えて下さい。これを上手く運用して、敵と戦う方法を」
『うわー…………何かもう色々と開き直ってるなぁ……開き直りすぎててちょっと怖いなぁ……』
「ふざけてないで、早く教えて下さい」
『ふざけてるわけじゃないけどね……まあいいや、うん……それを使う方法を教えるってことは、玩神法を教えるってことになるんだけど……ごめん、無理。時間が足りない。絶望的に』
電話越しでも、遥が難しい顔をしているのが分かった。
多分彼女は今、空手や柔道を一日で身に付けさせろと言われたような心境なのだろう。
『玩神を上手く使う方法ってのはあるよ。玩神の力を磨くための訓練法ってのも一応ある。でもね、それって長い時間を費やして身に付けるものなの。どんなに才能ある人がどんなに頑張ったって、一日やそこらで身に付けられるようなものじゃないよ。だからさ、言いにくいんだけど……仮に今からあたしが丸一日かけてセージ君をビシバシしごいたとしても、セージ君が無駄に疲れるだけで、きっと何も身に付かない。そんな無駄なことするくらいなら、しっかり体を休めておいた方がいいってあたしは思う』
確かにそうだ、と清次郎は納得した。元々、無理を承知で言ってみただけなのだ。
技術とは、長い時間をかけて少しずつ身に付けていくもの。玩神法においてもそれは同じなのだろう。
ほんの少し汗を流しただけで敵の三人と互角に戦えるだけの力が身に付くなどとは、流石に考えていない。
「分かりました。それなら……そのあたりは自分で何とかします。それじゃあ……」
『あっ、待って、まだ切らないで! 大事なこと言っとくから!』
電話を切ろうとすると、遥が慌てた様子で止めてきた。
『言ってどうなるもんでもないかもしれないけど、大事なことだと思うから言っとくよ。君のその右腕……その玩神は、まだ完全な形で発現してない』
一瞬、雷に打たれたような顔をする清次郎。
楓を救うことに専心していた彼にとって、それは絶対に聞き流せないほど重大な発言だった。
『本当は右腕だけじゃなくて、左腕も、両脚も、胴体もある。みーちゃんや倉科君の玩神と同じようにね。今はまだ、それを表に出せないでいるだけ』
遥は清次郎の玩神を、ほんの僅かな間しか見ていない筈だ。にもかかわらず彼女の言葉には、揺るぎない強固な確信が込められていた。
『玩神法はね、習得の度合いで四段階に分けられるの。その最初の段階が、開眼って呼ばれる段階。玩神を目視することと自分の玩神を出すことが出来るようになれば開眼に至ったって見なされるんだけど……今のセージ君はその半分くらいに来たとこだよ。あたしの見立てではね。ま……セージ君はちょっと特殊なケースみたいで、本当なら第二段階で身に付く力まで使っちゃってるけどさ』
「……つまり、こういうことですよね? 俺はまだ第一段階の半分くらいにしか至ってなくて、だからこそ玩神を半端な形でしか出せない。もし、残り半分を……第一段階を完璧に習得すれば、玩神を完全な形で出せるようになる、と……」
『そう、なんだけど……それが簡単じゃないのよね。玩神を完全な形で出すには、高度な想像力とか……他にもまあ、色んなものが求められるからさ』
難問に直面したように言いつつも、清次郎の可能性に期待する様子で、遥は続ける。
『でも、小手先の技術を短時間で身に付けようとするよりは、そっちの方がまだいくらか見込みがあると思う。だからさ、寝っ転がりながらでもいいから、じっくり考えてみて。自分の玩神はどういう玩神なのか。自分は何でこれを出せるようになったのか。自分はこれを使って何がしたいのか……っていうようなことを』
何がしたいのか――その言葉は、清次郎の心に突き刺さった。
抜けなくなるほど、深く突き刺さった。
『玩神法を身に付けるための第一歩は、自分の心と真っ直ぐ向き合うこと。自分を直視して、自分と対話して、自分の心の在り様を正しく理解することが、何よりも大切。どんなに自分が嫌いでも、見たくない部分があっても、目を背けずに真っ直ぐ見つめなきゃいけない。それが出来なきゃ玩神は生み出せないし、たとえ生み出せたとしても弱くて脆い玩神にしかならない。自分を真っ直ぐ見つめられる人だけが、本当に強い玩神を生み出せるの』
教師然とした口調でそう語った後、遥は話を締め括る。
『……なんて言ったところで、流石に一日じゃどうにもならないと思うけどね。それでも、自分の玩神を自分なりに理解しようとしてみるのは無駄じゃないと思うよ。玩神の力をどれだけ引き出せるかは、自分の心をどれだけ理解出来るかってことでもあるからさ……それじゃあまた明日ね、セージ君』
通話が終わった。清次郎は携帯電話をポケットの中に戻してから、頭痛の種を抱えたような顔で微かに唸る。
遥が言ったことは、概ね理解出来る。自分を直視するということの意味も何となくだが分かるし、確かにそれが最も大事なのだろうと納得してもいる。
けれど、難しい。
いや、違う。難しいというより、嫌なのだ。
自分は、自分を直視したくない。それだけは絶対に避けたいと思っている。
理由は単純。屑だからだ。
筒井清次郎は腐っている。歪んでいる。壊れている。心が、人として正しい形をしていない。
その醜悪な心に秘められた願望を容認してはならない。叶えようとしてはならない。しかし直視すればするほど、許されない願いを叶えたくなってしまう。
だから――
そう、だからこそ――
筒井清次郎は死ななければならない。生きていてはいけない。
五年前のあの日から、ずっとそう思っているのだ。
一つ――そう、たった一つだけ、倉科敦は疑問を抱いていた。
筒井清次郎が玩神を召喚したことではない。それは驚くに値しないことだ。
あの茅野清明と何らかの繋がりがある以上、ただの子供なわけがないと思っていた。一部分しか召喚出来ていない玩神で孝文の奔王相手に善戦したことも、予想の範囲内。まあそのくらいはやるだろうと思っていた。
朝宮遥か筒井清次郎のどちらかを期日までに殺害しなければならないという条件も、妙な話だとは思ったが、さほど気にしていない。
何しろ、あの茅野清明が考えたことだ。洞察力だけはそれなりのものを持っていると自負する倉科だが、師の思惑を読めた試しは一度もない。自分ごときにあの人の考えは到底読めないだろうし、あれこれ考えるだけ時間の無駄だろう。そんな諦めの境地に達してさえいる。
だから、そういったことではないのだ。筒井清次郎の特異性だとか奇妙な条件を課された理由だとかいう、明確で目につきやすい不条理が気になっているのではない。
彼が注目したのは、もっと末梢的で、ともすれば見逃してしまいそうなこと。今日の一件においてある人物が見せた、些細な不自然さ。
それが、どうしても頭から離れなかった。
「今日のことで、一つだけ気になってるんスけどね……どう思います? あの女の子」
郊外の丘に建つホテルの一室。
窓際の肘掛け椅子に座りながらグラスに注いだ酒を飲んでいた幸久は、倉科の問いを受け、僅かに首を捻った。
「ん……? ああ……あの、朝宮の弟子か?」
「いえ、そっちじゃなくて……ほら、あれですよ。あのロングヘアの、ちょっと背ぇ高めの子」
「ああ、あれか……」
倉科の言っていることを理解した幸久は、昼間の出来事を思い返す。
「確かに……正直な所、あれには驚かされたな。茅野から渡された資料には特別なことなぞ何も書かれていなかったが……何かあるのかもしれん。偶然にしては出来すぎている」
日比谷楓という少女の存在を知ったのは、茅野清明から渡された書類に目を通した時だった。今回の「標的」である筒井清次郎の身近にいる人間の一人として、その名と顔写真が載っていたのだ。まるで、この娘には利用価値があるぞと告げるかのように。
ならば遠慮なく利用させてもらうまでと思い行動を起こした幸久だったが、最初は楓の利用価値を低く見積もっていた。清次郎を精神的に追い詰めて奮起させるには丁度いい存在としか思っていなかった。
それが誤りだということに気付いたのは、昼間に二人を襲撃した後だ。
「朝宮を片付けた後は、あの娘を攫ってみるとしようか。念入りに調べれば、色々と面白いことになるかもしれん……場合によっては、あの術の実験台に使えるかもな」
この場に清次郎がいれば怒号を上げて殴りかかってきそうなことを、平然と言う。
彼にとって、己以外の全ては目的を遂げるための道具だった。誰だろうと何だろうと、利用出来るものは全て利用する。躊躇など決してしない。己の行動を振り返って恥じ入ることもない。
「まあ、何はともあれ明日だ。朝宮を片付けて神在祭への参加を確定させておかんと、何も始められん」
そう言って幸久は、部屋の隅にいる息子に目を向けた。
「分かっているな、孝文。あの小僧はお前に任せるぞ。明日は今日と違い、遠慮なく叩きのめして構わん。だが、殺すなよ。そこだけは注意しろ」
椎名孝文はいつも通り車椅子に座ったまま、何をするでもなく佇んでいた。
もう何十分も口を閉ざしていたのだが、彼のそんな様子を気にかける者はこの場にいなかった。
「お前はどうも、カッとなりやすいところがあるからなぁ……まったく、誰に似たのやら」
唇の端を微かに曲げつつ、幸久はグラスの底に残っていた酒を喉に流し込む。
孝文が口を開いたのは、その直後だった。
「そのことについてなんだが、親父……」
改まった様子で父親を見据えて、彼は言う。
「止めにしないか?」
それまで上機嫌だった幸久の顔から、笑みが消えた。
眉間に皺を寄せて、孝文に問い返す。
「止めにするとは、どういうことだ?」
「だから、例の術をあのガキに使うのは止めにしないかってことだよ。回りくどいことは止めて、さっさと奴らを殺してケリをつけないかって言ってるんだ」
孝文は語気を強め、険しい眼差しで訴える。
その言葉の真意を測りかねた幸久は、数秒間無言で孝文と視線を交えた後、張り詰めた空気を和らげるように苦笑した。
「……おいおい、どうしたんだ孝文? 親父のやろうとしていることは必要なことだと思って納得していると、昼間は言っていたじゃないか」
「確かに言ったが……その発言は撤回したい。やはり危険だ。止めた方がいい」
「危険? 何が危険だ?」
そう言われると孝文は返答に窮したが、やがて意を決した様子で語り出した。
父に計画の変更を迫る理由を。
「……昼間の戦いで、俺はあいつの玩神を一瞬見た。あの腕のことじゃない。それ以外の……奴の玩神の全体像が、一瞬だけだが見えた。その時感じたんだよ、寒気がしそうな薄気味悪さを」
木の枝の上に乗った屑虫を清次郎が睨み付けた時だ。
一瞬だけだが、確かに見た。
確かにあの時、存在していた。
おぞましい気配を放つ、巨大な青黒い人影が。
「上手く言えないが……あれはやばい。やばい気がする。下手に刺激しないか、速やかに殺すか……そのどちらかにするべきだ」
「ふん……」
幸久は不満げに鼻を鳴らし、持っていたグラスをテーブルに置いた。
「倉科、お前はどう見る?」
「やばい感じがした、ってとこは俺も同じですよ。何て言うんスかね……中に何が詰まってんのか分からねえ箱みたいな、そんな感じの怖さがありますね。あれは」
倉科は正直に自身の見解を述べた後、幸久の背中を押すように言葉を加える。
「けど……それだけやばい代物だからこそ、獲る価値がある……そういう見方も出来るんじゃないスか?」
「そうだな、その通りだ。取り扱いの難しい危険物ほど、武器としては心強い」
幸久の顔に笑みが戻る。彼は倉科に意見を求めてなどいなかった。意見を求めるふりをして、自らの望む返答をさせただけなのだ。
そんな父に対する苛立ちを、孝文は顔と声に滲ませた。
「いや、だから、俺が言ってるのは――」
「孝文」
笑みを一層深いものに変えて、幸久は言う。
「父さんはこれでも、最近お前を見直してきてたんだぞ。昔から手のかかる子だったお前が、近頃は随分と役に立ってくれている……とな」
口調こそ穏やかだが、それは恫喝だった。
孝文は知っている。父がこんな口調で自分に語りかけてくるのは、脅して言うことを聞かせる時だけなのだということを。
「これからも、父さんの役に立ってくれるよな? お前の力を頼りにしているし、お前の働きに期待しているんだぞ」
椎名孝文は椎名幸久に逆らえない。
父と子の関係は、決して対等ではない。
「くれぐれも、失望させんでくれよ。私はお前を見捨てたくないんだ」
粘りつくような父の声を聞きながら、孝文は車椅子の肘掛けを握り締めた。
子供の頃から抱き続けている黒い感情――長年に渡って蓄積された怒りと憎しみを、己の内側に押し留めておくために。
そんな孝文の葛藤を倉科は見透かしていたが、何も言わなかった。
幸久の孝文に対する扱いも、孝文が幸久に向ける感情も、この二人がこれから先どうなるかも、この二人と一緒に行動する自分がどうなるかも、何もかも全て、彼にとってはどうでもいいことだったからだ。
六月二十一日の日没間際。田植えを終えた水田とまばらに建つ家々に挟まれた長い直線の道を、一台の青い軽自動車が走っていた。
決戦の場に向かう清次郎達三人を乗せた車である。
運転席でハンドルを握っているのは遥。後部座席には、清次郎と瑞希の二人が座っている。
車内は重苦しい沈黙に包まれていた――が、目的地に着くまであと十分弱と思われるあたりで、瑞希が清次郎に話しかけた。
「あの、筒井さん……」
「何?」
清次郎は瑞希に目を向けない。過ぎ去っていく田舎町の田園風景を、車の窓ガラス越しに眺めている。
「その……ですね……あの人を救うために必死になってるのは分かりますし、色々考えた上での行動なのも分かりますけど……その……」
言いにくそうにしながら、瑞希は視線を落とす。
「本当にそれ、使う気ですか?」
清次郎の足下に置かれている大きな筒型のショルダーバッグ。その中に凶悪な武器が入っていることを、瑞希は既に知っている。
「冗談でこんなもの用意したように見える?」
清次郎は冷めた声で問い返す。瑞希はますます難しい顔になった。
「いえ、まあ……本気なんでしょうけど……冗談に見えないから怖いと言うか何と言うか……むしろ冗談であってほしいと言うか……」
約三十分前、清次郎が担いできたショルダーバッグの中身を見て、彼の正気を疑った。あまりにも予想外な代物だったので、もしかしたらこれは彼流の冗談なのだろうかなどと思ったりもしたが、残念ながらそうではなかった。
「……悪いけど本気だよ。ふざけてないし、ハッタリでもない。今日は本気で、これを使ってあいつらを殺りにいく」
迷いのない目をして、清次郎は言う。
「俺が勝たなきゃ楓が死ぬ……そんな状況で形振り構ってなんかいられない」
戦いに対する恐怖も、他人を傷つけることに対する忌避感も、今の彼にはない。
いや、多少はあるのかもしれないが――比べ物にならないほど巨大な情念によって、それらは完全に押し退けられていた。
楓を救う。楓を傷つけた者達に報復する。
頭の中を占めているのはその二つ。たった二つのことを成し遂げるため、思考が極度に先鋭化している。
今の清次郎は、昨日までとは別人だった。
「……セージ君って見た目大人しそうな割に、いざって時の行動力がすごいよね……意外と大胆っていうか、キレたらとことんやるタイプっていうか……」
運転席の遥が、若干引きつった笑みを浮かべる。
「ていうかそれ、高くなかった? バッテリーとかも含めると結構すると思うんだけど」
「ええ、手持ちじゃ足りなかったんで家の金に手をつけました。バレたらきっと怒られます」
「しれっと言うあたり、もう完全に開き直ってるね、うん……今日のセージ君ちょっと怖いぞー、ピリピリしすぎだぞー、しかも後でお金の補填をあたしに要求してきそうだから、そっちの意味でも怖いぞー、カツアゲとか人生初の体験だぞー」
「すみませんけど、今は軽口に付き合う気分じゃないんで」
「……あ、はい。黙って運転しろよこのボケナスが、ってことね……了解しました。大人しく運転手やってまーす」
車内が再び沈黙に包まれた。
エンジンの音。空調の音。対向車とすれ違う音。そうした音だけが、狭い車内に響いていく。
目指す怒田運動公園が徐々に見えてきた。市域の西半分を占める山林の入口とも言える高台に、一箇所だけ大きく拓けた場所がある。
人口五万足らずの街の片隅に造られた憩いの場。
この時間帯にあんな場所を訪れるのは自分達くらいだろう。各所に設置された照明のおかげで夜でも視界を確保出来るだろうし、適度な広さもある。戦いの舞台としては悪くない。
そう思いつつ清次郎は、ルームミラー越しに遥の目を覗き見た。
「……朝宮さん」
静かな声で、鋭く問いかける。
「あなたは、俺の……俺とどういう関係の人なんですか?」
こんな時に訊くことではないのかもしれない。だが、こんな時だからこそ訊いておきたいという気持ちも、僅かながら芽生えた。
彼女と言葉を交わす機会は、これが最後になる可能性もあったから。
「あたしは、セージ君の味方だよ」
返ってきた言葉は、質問に対する返答とは到底呼べないものだった。
けれどもその声に、ふざけた様子は微塵もなかった。
「あたし結構悪い奴だし、嘘も時々つくけど……これだけは本当。嘘じゃない」
車が高台の坂道を登っていく。市街地の明かりが遠退いていく。
清次郎と遥の二人はそれ以上言葉を交わそうとせず、車が公園の駐車場に停まるまでの僅かな時間を無言のまま過ごした。
怒田運動公園は敷地面積十四ヘクタールを超す大きな公園だった。敷地内には野球場、テニスコート、ゲートボール場、多目的広場等があり、屋外スポーツの拠点として市民に利用されている。梅や桜の木が数多く植え込まれていることから、花見の名所にもなっていた。
車から降りた清次郎達は周囲に気を配りながら歩を進めようとしたが、十歩も進まない内に落ち着いた低い声が飛んできた。
「ちゃんと来てくれたか……安心したよ。もし来てくれなかったらスゲー間抜けだな俺ら、とか思ってたとこだ」
駐車場に隣接するゲートボール場の入口付近に、男が二人。
声を発したのは、その片方――浅黒い肌をした筋肉質の男だった。
清次郎と瑞希にとっては初めて対面する相手だったが、声には聞き覚えがあった。清次郎はその声を記憶に刻み付けていた。
間違いない。あれが、虫の玩神を使う倉科という男なのだろう。
「今更かよ。俺は最初から杜撰な計画だと思っていたぞ、馬鹿が」
もう一人の男――車椅子に乗った細身の男が、不機嫌そうに悪態をつく。その声にも聞き覚えがあった。獣の玩神を使う椎名という男だ。
二十メートル近い距離を置いて、清次郎達は敵と対峙する。
遥が不思議そうな顔をしながら、倉科敦と椎名孝文の二人に向けてあまり緊張感のない声を投げかけた。
「あら意外。ほんとに正々堂々と勝負する気だったんだ。てっきり待ち伏せみたいなことしてくると思ったけど」
「そうしようかと思わなくもなかったんだけどな、意味ねえかと思ってやめといたわ。あんたらみんな頭良さそうなんで、隙なんか見せてくれなそうだしよ」
倉科は淡々と応じてから、視線を右上に向ける。
「それに、こっちの椎名さんは朝宮さんとサシでやりたいみてえだし」
彼の立ち位置から見て右側には、芝生の急斜面がある。そこに設けられた石段を上った先に、眼鏡をかけた初老の男が立っていた。
椎名幸久だ。
「子供じみていると思うだろうが、私にとっては重大な意味を持つことなのだよ。お前と戦って勝つというのは」
楽しげな笑みをその顔に張り付かせながら、幸久は遥を見下ろす。
「茅野に破門を言い渡された時は、本当に打ちのめされたからなぁ……白状してしまえば、あの時はお前等を羨ましく思ったよ。私よりずっと若い時に玩神法と出会えて、その若さのおかげで学んだことをいくらでも吸収していけたお前等が……憎らしいほど羨ましかった」
過去の挫折を自ら語った直後に、力を解放。架空の超越者を現実世界に召喚する。
人と蜘蛛と蛇を繋ぎ合わせたかのような異形の骸骨――相海高校で清次郎達を襲い、楓の足に深い傷を負わせた玩神が、今再び姿を現した。
「だが、私は諦めなかったぞ。時間はかかったが、あの時の屈辱を払拭出来るだけの力を自らの手で作り上げた。この玩神、殯は六年に及ぶ研究と鍛錬の集大成だ。その力を披露する機会がこうして巡ってきたのだから、年甲斐もなく気が昂って――」
「うるせえ」
幸久の表情が固まる。
場がしんと静まり返る。
幸久の長台詞を冷ややかな一言で断ち切ったのは、清次郎だった。
瑞希が驚いて清次郎の横顔を見つめ、大きく息を呑む。照明の光を浴びて宵闇の中に浮かび上がるその横顔は、見るだけで背筋が凍りつくほど危険な気配を帯びていた。
「ごちゃごちゃぬかしてんじゃねえよジジイ。自慢話ならよそでやれ。こっちはお前のつまんねえ演説聞きに来たんじゃねえんだよ、ボケが」
普段とは大きく異なる口調で悪罵を吐く。血走った目で射抜くような視線を飛ばす。
今まで抑え込んでいた感情が、幸久達三人を前にした途端に爆発した。もう抑えが利かなかった。抑える気など欠片ほども湧かなくなった。
だから清次郎は、外面を取り繕うのもやめて、今ここに全てを曝け出した。
「てめえらの事情だの目的だのなんて糞下らねえことはな、はっきり言ってどうでもいいんだよ。万輪会だの神在祭だのもどうだっていい。糞は糞同士で勝手にじゃれ合ってろよ。俺と関係ねえところで」
ゆったりとした足取りで、数歩だけ前に出る。
同時に、担いでいたショルダーバッグのファスナーを開く。
「だってのに……わざわざ俺に絡んできやがって、馬鹿共が。てめえらがふざけた真似してくれやがったせいで、こっちはいい迷惑だ。ああ……本当に迷惑してる。そこに並んだ馬鹿面見るだけで我慢ならなくなるくらいにな」
カメラのピントを合わせるように視界を狭め、真正面の浅黒い男に焦点を当てる。
「特にてめえだよ、虫野郎。何をトチ狂ったんだか知らねえが、よくも楓に手を出してくれたな。よくも……楓の体に、てめえの汚え虫なんぞを入り込ませやがったな。上等だよ糞が」
自らの玩神である青黒い腕を召喚。その腕をバッグの中に突っ込み、仕舞っていた物を取り出す。
その物体を目にした瞬間、幸久、孝文、倉科の三人は一様に顔を強張らせた。
「てめえは生かして帰さねえ。昨日のふざけた真似の代償がどれだけ高くつくか、今から教えてやる」
現れたのは、巨大な黒塗りの銃器。
軍用ヘリコプターに搭載される、六本の銃身を持ったガトリングガン――を模した電動ガンだった。
サバイバルゲーム等に用いられる玩具であるが、玩具という枠に入れるにはあまりにも危険な代物である。
装弾数千七百発。一秒間に五十発ものBB弾を放つ連射性能を誇り、最大射程は約五十メートル。威力も高く、人の眼球や前歯程度なら簡単に破壊する。
そして、玩神法の力を得た今の清次郎によって用いられた場合、それは玩具の範疇を完全に超える。
正体不明の殺人ウイルスが付着した弾丸を広範囲に撒き散らす、驚異の殺戮兵器と化すのだ。
「さっさと死ねよ、虫ケラ」
玩神の腕で銃把を握り、唖然としている倉科に銃口を向け、引き金を引く。六本の銃身が高速で回転し、無数の弾丸を射出していく。
それが、開戦を告げる号砲となった。