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四章・六節 囚われの姫(男)

 四月を迎え、あっと言う間に半月が過ぎた。


 五輪高校では毎年新年度早々に新入生と在校生の交流と題したスポーツ大会が催されており、今年も無事開催の運びとなった。


 競技種目は王道のトラック競技やバスケットボールの球技もあれば、体育祭のデモンストレーションを兼ねた新競技も多く用意されている。


 部活動勧誘を兼ねた各部活・同窓会の出し物も企画されているために、趣はどちらかと言えば文化祭に近いだろう。


 というのも、五輪高校は基本的に部活動加入が必須なのである。例外は家庭の事情や病気の有無、あとは生徒会役員のみである。


 どうせ部活加入を推進するなら派手にやってしまおう、というのがスポーツ大会発起の機嫌である。


 例年勝ち負けは度外視され、スポーツ系も文化系も入り乱れふざけまくるのが通例だ。


 昨年は美術部と演劇部主導の元、陸上部員がアフリカ奥地の少数部族に魔改造され、枯れ草で編んだ腰巻が教育委員会から大変な不況を買っていた。


 今年も例年に負けず劣らずの盛り上がりを見せ、学校は中々の熱気に包まれていた。


 中でも目玉競技は百瀬考案の『チェイスタグ』という屋外競技だ。


 竹を適当に校庭にぶっ刺した人工竹林に、これまた適当にベニヤ板やロープで障害物を設けたステージで鬼ごっこをするという、所謂スポーツ鬼ごっこを模したもの。世界大会も開かれるれっきとした競技でもある。


 実際の競技は一対一で対戦が組まれ、制限時間内に如何に相手を早く捕まえるかで勝敗を決するというシンプルなルール。


 百瀬はこれを自由参加型のチーム戦にし、戦略性を加えたものに仕立てた。


 手応えは上々。特にバスケ部と体操部の対決はかなりの白熱を見せた。教員たちの反応も悪くなく、体育祭の正式な種目への採用待ったなしか。そう誰もが思った矢先──


「やれ! 生徒会長のタマを取れぇ!」

「捕まえるなんて生温い考えは無しだ。殺す気で行け!」

「突撃じゃあああああああああああ」


 気付けば、ステージは古代ローマ帝国のコロッセオを彷彿とさせる有様となっていた。


 熱気に酔った生徒たちから怒号が飛び交い、血走った視線がステージに向けられている。


 そのステージの脇には泥に塗れくたばる敗者、敗者、敗者たち。彼等全員チェイスタグの鬼役で参加し、悉く返り討ちにあった勇者の成りそこない。


 どうしてこうなったと、雀はキリキリと痛む頭を抱えずにはいられない。


 いいや、原因は考えるまでもなくハッキリとしている。


「おらおら、どしたどした野郎ども! 徒党を組んであの手この手と趣向を凝らしてそのザマか! 情けねぇ。そんなんじゃ一生女のケツを追いかけ回すだけの青二才に甘んじる事になるぞ。もっと欲望に正直に、我欲でテメー等の夢を奪い取る三國無双を目指しやがれ!!」


 あの生徒会長(バカ)である。


 何を思ったか突然ステージに乱入し、参加者を千切っては投げ千切っては投げの暴挙を働いた。


 気付けば無双ゲームもかくやという有様。今もまた無謀にも魔王に果敢に挑んだ勇者がステージから投げ出された。


 質の悪いことに、この熱狂を生み出す元凶は百瀬だけでなくもう一人いた。


「勇ましいね智巳。怪力無双とは君にこそ相応しい言葉だ。君のような屈強な戦士に捕われて、僕は恐ろしくて叶わないよ……よよよ」


 あの大馬鹿(ひびき)である。


 実際には攫われた姫役として百瀬に拉致られた響であるが、ああして立派にロールプレイングしているので始末が悪い。


「くっ……人質を取るとは、何たる悪道か生徒会長っ」

「俺達が救い出さなくては、俺達がやらなくては誰がやるという」

「この戦いを生き抜いたら俺、響たんに『お兄ちゃん』って呼んでもらうんだ」


 周囲も周囲で場の空気に泥酔し、もはや手遅れだ。


 なぜか勝利報酬として『響の御奉仕権』が得られる流れになっており、鼻息を荒くしている輩のなんと多いことか。興奮が興奮を呼び、事態の収拾はもはや困難。


「皆頑張ってくれたまえ。智巳を見事打ち倒した勇者には御礼は惜しまないよ」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「ああでも僕は『男』だから、エッチな御礼は期待しないでね?」

「「「それは言わない約束だああああああああっ。だが、そこがいい!」」」


 盛り上がる群衆。そこに男女は関係なく、猛り、咆え、肉と肉の打ち合いへいざ行かん。


 スクラムを組んだ運動部が鯨波の如く百瀬へ殺到し、その全てが強靭な魔王の前に力及ばず阻まれる。


 負けるな。何度泥の味を憶えようとも。


 立ち上がれ。戦うことに背を向けるな。


 我らが美少年(アイドル)の自由のために!


「付き合ってられるかっ」


 もうどうにでもなればいいと、雀はその場から背を向けた。怪我人が出ようが恋に焼かれようが知った事ではない。教員たちも一緒くたになってハイになっている時点で救いは無い。


 響が魅了の術式でも使っていたのなら力づくで介入したが、百瀬の暴虐っぷりと響の御褒美というアメとムチが群衆を暴走させているだけ。


「ああいうときの男子はなんていうか……無敵だよね」

「無視よ、無視。私たちが責任を負えるレベルは越えてるし。何が起きようと知ったこっちゃないっての」


 悲しいかな。百瀬が先導したこの手の騒ぎは過去にも何度か起きており、大抵それは雀たちの処理能力を超えている。


 同じく手に余ると撤退してきた那月が合流し、雀は彼女と共に校舎へと避難していった。


 殆どの生徒が出払っているために校舎は伽藍としている。


 雀と那月は生徒会業務の一環である見回りのため、それぞれ北校舎と南校舎に別れた。


 本来であればサボっている生徒を摘発するための見回りであるが、今はもう形だけである。


 それっぽい人の気配があっても今日ばかりは無視。南校舎を受け持った雀は適当に練り歩き、昇降口の放置傘などをチェックしている時だった。


 見覚えのある男子生徒が今になって登校して来た。


 時計は午前十一時を回っており大遅刻なのは間違いないのだが、その生徒は遠目からでも涼し気な顔。今日は雨の予報など無かった筈だが、制服の上から羽織るコートと同色の黒い傘を手にし、ゆったりと歩いていた。


 あまり顔を合わせたくはない人物だ。


 しかし今ここを離れれば逃げ出すようで、雀は何だか癪であった。


 結局、憮然とした表情で雀は件の生徒──宵波涼の登校を待った。


「随分と盛り上がっているな」

「そうね。今なら遅刻もばれないと思うわよ」

「遅れる旨は昨日の内に担任に話をしている」

「ま、そうでしょうね。もしかしなくても、監視に関係することかしら?」

「そうだ。王陵女学院にちょっとした根回しをな。順当に行けば君たちの監視は残り二月半で終わるが、そうでなければ王陵にもある程度自由に出入りが出来る方がいい」


 上履きに履き替えながら、涼は遅刻の理由を簡潔にそう説明した。


 現在照の監視は主に倉橋が請け負っている状況だ。動物の外見且つ術師故に倉橋は忍び込む事は容易いが、涼のような監視官が長期間の監視を務めるとなれば、やはり手間が多い。


 速やかな業務引き継ぎも視野に入れての根回しなのだろう。


「ふーん。なら次に来る監視官も学生なわけ?」

「王陵に通える様な人ではないな。いてもアストレアでも恐れられた元マナー講師がいるから、多分好んで近づく奴はいない」


 でも元気そうでよかったと、涼の口元が緩む。


 その柔らかい笑みに雀は眼を瞬かせた。


 顔合わせの時も学校でも、涼は泰然とした空気を纏いながらも、何処か近寄りがたい印象があった。


 実際、いつも人だかりの中心にいる響とは異なり、学校でも涼は一人で見かける事が多い。


 だからいまの涼の穏やかな顔は、少々雀には意外であった。


「さて。今日は午前で授業は終わりだったはずだが、途中参加には流石に遅かったか?」

「校庭はいまちょっとした危ない宗教の集会みたいになってるから、もう担任に顔見せるだけでいいんじゃない」

「止めないのか?」

「やりたければご自分でどうぞ。元凶の一人は響だから、宵波君の仕事と無関係ってわけでもないんじゃない。お薦めはしないけど」


 この件に関して雀は一切不干渉を貫く所存だ。


 特に騒ぎの中心に響がいることが、雀のやる気を一層削いでいた。


 悪戯心が常に透けて見えるあの同居人は、意図してあの状況に生徒を誘導したかもしれないのだ。と言うより、十中八九そうだと雀は確信している。


 自ら響の掌で踊るような真似は御免被る。


 お喋りもここまでと踵を返そうとしたが、涼が顎に指を添えて何かを考え込みだした。その視線は校庭の方へ向けられ、表情はやや険を帯びている。


 まさか本気で止めに行こうというのか。


 一瞬そう危惧したものの、涼は難しい表情のまま雀に向き直ると、慎重に言葉を選ぶそうに口を開いた。


「神崎、一つ質問に答えて貰いたい」

「それは監視官としてのもの? それとも宵波涼としてのもの?」

「……半々だな。七榊響についてだが、いいか?」

「内容による」


 響は照の客人だ。監視官である涼の質問に雀はある程度答える義務があるが、直接的な関係者ではない雀が答えるのはいささか不義理というもの。


 例えば照が響を協力者として招いた理由などは雀からは口に出来ない。もっとも、それは当人たちに聞いても同様だろうが。


 そこに理解を示した上で、涼は雀に問いかけた。


「七榊響が義手と義足になった理由を知っているか?」

「……さあね。少なくともあいつがここに来た時にはもう手足は作り物だったけど。それがどうしたの?」

「いや。知らないなら別に構わない」


 そう言いながらも涼の表情は晴れない。


 曖昧なもの言いに引っ掛かるものはあるものの、雀も追及するつもりは無く。


 そのまま二人はどちらともなく離れ、その日は雀と涼が顔を合わせることはなく。


 スポーツ大会は四時限目終了の鐘と共に響がお開きを告げる事で何とか終了し、新競技のチェイスタグは後日順当にボツ。百瀬はこっ酷く教員たちに絞られる事となる。


 後になれば笑い話の馬鹿騒ぎのその夜。


 最初の事件は起きた。


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