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四章・四節 代理の監視官

 監視についての取り決めは簡潔に説明が成された。


 一つ。監視期間は新年度より一年の期間とする。


 二つ。監視は基本的に二十四時間体制。


 三つ。基本的に監視官は対象には干渉はしない。


 四つ。法的観点から対象を危険と判断した場合は、監視官によって処罰が下される。


 そして五つ目。


「代理?」

「そう。我々は代理の監視官として四月から三か月間着任する。三か月経過後、予定通り残り九ヶ月間の監視が必要か審議にかけ、必要なしと判断すれば監視期間はそこで終了とする」


 もし今後も監視が必要と判断されれば、涼よりも熟練の監視官が業務を引き継ぎ、予定通り更に九ヶ月間の監視期間が待つ事となる。


 いわば涼が着任する間は仮監視の期間ともいえる。


「随分回りくどい事をするのね」

「一年の監視はかなり異例でな。君たちの出自がもう少し穏やかなものか、あるいは一人ずつであれば、最初から三か月で片付いたかもしれない」


 照の棘のある言葉に、涼は言外に雀たちを警戒せざる得ない──裏を返せば自業自得であると切り返した。


「あるいは君たちの工房に立ち入る許可さえして貰えれば、もう少し期間も短縮される上に、研究資金援助の申請ハードルもずっと下がるが、その気はないだろう?」

「そうね」

「そうか」


 魔術は霊術と異なり未だ発展途上の技術だ。研究を促進させるために他者の研究成果を強奪する事件というのは枚挙に暇がない。


 工房はいわば魔術師の軌跡そのもの。おいそれと他者を招き入れることはない。


 面白みのない事務的な涼の返答に興味が削がれたのか、照は瞑目して湯呑を口に運ぶ。そもそもアストレアの介入自体をさして気にする素振りもない。


 一方の雀と言えば、大人しくこの状況を受け入れる器量な筈もなく。


「二十四時間の監視っていうけど、一方的に監視を受けるのは随分アンフェアじゃない。プライベートもへったくれもないって事でしょう?」

「無論、プライバシーは守ることは大前提だ。その辺は後で署名を頂く契約書に明記してあるし、何なら内容を確認した上でそちらが用意した制約(ギアス)を結んでもいい。まあ、君が言いたいのはそういうのではないか」

「そうね。正義と天秤(アストレア)を名乗るんだもの。著しく公平性を欠いたこの条件は、その名に悖るんじゃない」

「……こちらも何らかのリスクを負えと?」

「さあね。ただ最悪そっちの判断で殺されるってのは、殆ど脅しと変わらないんじゃない?」

「ふむ……」


 三か月。雀たちは一つの季節が終わる四半期を他者の眼に曝され過さなくてはならない。


 夜鷹の決定故に雀たちには拒否権こそないが、それだけの時間の一方的な監視を許すなど狂気の沙汰。


 権威には常にそれ相応の責任の示し方が求められる──というのが雀の持論だ。


 法的な手続きを飛ばして処刑を敢行できる監視官とあれば尚更。特にアストレアは現在内部がゴタついていると聞く。如何なる理由で強権が振るわれるか分かったものではない。


 涼はしばし考え込んだあと、一つの提案を切り出してきた。


「では俺は使用式神共々、夜鷹殿の管理下に置かれるというのはどうだ? 四月からは五輪高校に転入するから、昼間は神崎自身で俺の動向に気を配ればいい。如何か夜鷹殿?」

「私は構いませんよ」

「……は?」


 予想を遥かに上回る譲歩に雀は耳を疑った。


 雀たちの管理下に置いた式神を通した監視が精々の落とし所と踏んでいただけに、涼の提案は予想外のもの。


 確かに夜鷹が抑止力となるのであれば、これに逆らえる術師はそうはいない。この案を蹴って雀が想定していた遠隔監視を要求してもいいが、それは何処か怯んだようで腹立たしい。ならここは頷くべきか。


 しかし雀が迷っていると、横で照があからさまな溜息をつき、夜鷹が微かに目を細めるのが見えた。


 数秒遅れで雀は自分の失態に気付き、内心で激しく舌を打つ。


「あんた、嵌めたわね……!」

「さて、なんの事だか」


 恨めしげに涼を糾弾するが、もう遅い。


 そもそもこの監視は夜鷹によって始動されたもの。涼が夜鷹の懐に収まったところで別段変化はない。むしろ夜鷹が介入したことで涼の監視に《夜鷹のお墨付き》という正当性が加わるために、雀たちは発言力をより失うことになる。


「間抜けね、雀」

「気付いてたんなら止めなさいよ」

「貴女の慌てる顔を想像してたら、忘れてしまったわ」

「このっ……!」


 涼の思惑を察していた照は隣人の抗議も何処吹く風。


 権威と地位を足枷にしようとした雀の企みは、結果的には自ら相手の落とし穴に突っ込む形になってしまった。


 己の迂闊さに腹が立って仕方がないが、もうじたばたしても無意味。下手にこの提案を跳ね除ければ夜鷹の反感を買いかねない。立場実力ともに、雀は彼女に敵わないのだ。大人しく降参する方が無難か。


 収まる結果に落ち着いたと諦める他ないだろう。


「せっかくですので宵波さん、ここに下宿なさってはいかがでしょう? もう少し淑艶も借り受けたいし。それに貴方に診てもらった脚は最近調子がいいんです」

「ご厚意を無下にするよう申し訳ないですが、それでは神崎たちの心が休まらないでしょう。脚は……そうですね。時間に都合がつく範囲で宜しければ、通いで診ましょうか」

「あらあら、残念。それでは脚は後でお願いしますね」

「ええ」


 雀の女の勘が確信する。この男は女たらしであると。女の敵であると。


 夜鷹の脚は殆ど動かない。若い頃に魔術戦で受けた傷が原因とのことだが、雀にも遺伝したプライドの高さ故にお抱えの主治医であってもおいそれと診せることはない。


 夜鷹が一方的に気に入っている感じではあるが、一体どんな手練手管を使ったのか。別の意味でも雀は要注意と警戒を高める。


「他に何か聞いておきたいことはあるか?」

「無いわよ」


 涼の問いかけに雀は投げやりにそっぽを向き、照は無言をこれに答える。


 その後は事務的な手続きに移り、雀と照はいくらかの書類にサインを求められた。


 全てが終わる頃には日は落ちつつあり、外は黄昏色に染まっていた。


「では伝えることは伝えたので、俺はこのあたりで失礼します。予定通り監視期間は新年度の4月1日からとなるから、あしからず」

「はいはい、分かりました」


 帰り支度をはじめる涼に雀は生返事をしながら、自分で買ってきたお茶請けに手を伸ばす。腹の底では今日の屈辱を倍にして返す事を誓い、既に割り切っている。


 今回は相手の土俵に上がったことが失敗。この手の裏の掻き合いの手練手管は、生徒会で揉まれてきた雀にもそれなりの自信がある。次は思い通りにはいかせない。


 そう思っていた矢先。涼が淑艶を回収し、立ち上った時だった。


「では倉橋監視官(・・・・・)、予定通りお願いします」


 使用人が襖を開けたその向こう、廊下を挟んだ庭へ向かって涼が呼び掛けた。


「──ああ。まんまと俺を隠し通したな。地位に胡坐をかかずに嘘を含まない誠意で誤魔化す。嫌な性格してるぜ、お前」

「「「ッ!?」」」


 呼び掛けに応じて唐突に現れたその声の主に、雀はおろか夜鷹でさえも驚愕を露わにする。


 倉橋と呼ばれたその声の主は雀たちの前に姿を現し──いや、違う彼は最初からいた。最初から堂々と涼とともに雀たちの前に現れていた。


 雀の記憶にある限り、この短期間で二度も自らを罵った経験はない。


 監視対象が三人もいるのだ。監視官が涼一人というのは不自然だと、最初から疑うべきであった。


 かくして、夜鷹の眼すらすり抜けた二人目の監視官。彼は四足を揃え、人間とは根本的に違う声音で正体を明かす。


「倉橋だ。こんな成りだが一応そこの宵波の同僚だ。まあ、お互い短い関係になる事を祈ろうや」

「監視官って、アンタ……」


 信じられない面立ちを浮かべる雀の視線はやや下向き。


 人間の霊力の波長を示しながら、しかしその身体は人にあらず。


 唯一涼だけが、倉橋の存在を肯定するように当然と言った様子であった。


「犬じゃん」

「……まあな」


 二人目の監視官──大型犬、セントバーナードの倉橋は投げやりに肯定してみせた。


セントバーナードは「アルプスの少女ハイジ」で牧羊犬? でお馴染みのヨーゼフと同じ品種です。


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