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丘の上の洋館に住む魔術師の少女二人へ、監視官の青年が派遣されました。  作者: 天塚海人
間章Ⅱ その弟子、魔法少女
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間章二・九節 恐れていたこと

 よくある話だ。

 新米が犯罪者の毒牙に掛り、その命を散らすことは。


 どれだけ警察が治安維持に勤めようとも。

 どれだけ自衛隊が国防に身を擲とうとも。

 どれだけアストレアが無法者を刈り取ろうとも。


 全てを護り切る事は出来ない。

 必ず何処かから命が零れ落ちる。


 仕方のないことなのだ。


 理解もしている。

 納得もしている。


 だが、宵波涼が怒りを治める理由には程遠い。


「こ、ころ……ころして、くれ……」


 深夜。

 人払いの結果が張られたある港湾にて、その蹂躙はひっそりと行われた。


 動く影はたったの二つ。

 赤いリボンが眼を引く咥え煙草の青年と、西洋人形を彷彿とさせる少女の二人。


 港にはあちこちに呻く肉塊が転がっており、そのいずれもが何処かの組織を示す刺青が彫られていた。


 調べれば国際的な人身売買組織に行き当たるだろうが、二人の男女は興味を示さない。


 慈悲を求め脚に縋りつく肉塊に踵を落し、青年は歩きながら電話を掛ける。


「終わった」

『了解。殲滅してしまいましたか?』

「どれも尋問程度は出来る。好きなやつを連れてけ」

『承知しました。回収班を送ります。結界は維持したまま、生存者と密売品の確認をお願い致します。お疲れ様でした、宵波監視官』


 通話を切り上げると、涼は呪詛を吐きつくした煙草を携帯灰皿へと落とした。


 眼の前が海だというのに辺りは噎せ返るような血臭が立ち込め、潮の匂いは届かない。


 波がコンクリートに砕ける音が何処か場違いに聞こえる。


 死屍累々の港湾の中で、涼のリボンは不気味なほど鮮やかであり、何よりも赤かった。


「……君は手伝わなくても良かったんだぞ?」


 振り返らずに、涼は付いてくる少女に静かに呼び掛けた。


 出来ればこの現場は彼女達には見られたくなかった。


 必死に取り繕ってきた化けの皮が剥がれ、涼の本性を垣間見たことだろう。


「だって貴方、泣きそうな顔してるもの」

「……」


 言われて、初めて気付く。

 月の光を反射した血溜まりに映る、情けない顔に。


「はっ。酷い面だ」


 内情を隠せないなど監視官失格だ。


 この惨状もそう。

 殆ど八つ当たりに等しい。

 今更犯罪組織を潰したところで、失われた命は回帰しない。


「でもそう悪い顔じゃないわ。血の通った人間らしいとも思う」

「そうか……」


 照なりの慰めの言葉なのだろう。


 前に回り込んだ照が覗き込むようにして、ひんやりとした手で涼の頬に触れる。


 普段の涼であれば接触は好まないが、今はなされるがままだ。


 千々に乱れた思考がゆっくりと凪いでいくようで、どれだけ取り乱していたのか自覚した。


 身長差のせい自然とお互いの視線が絡まる。


 照の玻璃のような黒瞳に映る涼の顔は先程よりかはマシになっていた。


 こんな状況でなければ涼はもう少し照に身を委ねていた事だろう。


「……まだ仕事は残ってる」

「そうね」


 影が離れ、波止場に留る大型クルーザーへ歩き出す。


 クルーザーは砲撃を受けた様にスクリューが破壊されており、動かぬ長物と化していた。


 船内の人間は他と違い五体満足で昏倒しており、白目を剥いて痙攣している。

 強力な幻覚にかけられた人間特有の症状だ。

 言うまでもなく、照の鏡魔術による仕業。


 恐らくは抵抗力が無い人間が喰らうと、二度と精神が現実回帰しない、鏡迷宮の幻覚に投獄されたか。

 植物状態に等しく、じわじわと衰弱死していく運命だ。


 一瞥さえくれてやらず、涼と照はクルーザーの内部へと降りていく。


 短い階段を下りながら、この船はまず間違いなく中華系の人身売買組織のものであろうと、涼は確信する。


 この手の犯罪組織は軍とも一部癒着しており、日本で仕入れた商品をクルーザーや小型船に詰め込み、沖合に停泊している大型船に乗り換えて本土に帰るのだ。


 特に近年では尖閣諸島沖で中国側の船が度々領海侵犯を引き越し、海上は常に緊張状態が続いている。


 口惜しいことにこうした子鼠程度の船を全て把握することは不可能に近い。


 このクルーザーもまた海上保安庁の監視網を潜り抜けて来た一派だろう。


 麻薬や銃の密輸程度ならまだ可愛い方であるが、涼たちアストレが動く事案は大抵表沙汰には出来ない事が殆ど。


 日本は平和だ。

 少なくとも表面上は。


 階段を降り切ると、室内は真っ暗だった。

 手探りでスイッチを探し当て、灯りを付ける。


「──」


 中はそう広くはない。


 元々はソファやキッチンが備え付けられていたのだろうが、全て取り払われいる。


 代わりにこの組織が仕入れた商品が乱雑に並べられていた。


 動かぬ悪事の証拠。


 犠牲者の脳や臓器がホルマリン漬けにされており、瓶の表面には年齢や性別等の情報が書き殴られている。


 他にも大型の水槽が一つあり、裸に剥かれた遺体が事切れた瞬間のまま、涼たちに無念を訴えて来る。


 臓器売買。

 魔導犯罪ではポピュラーな犯罪の一つ。優秀な術師の臓器は死霊師(ネクロマンサー)などに高く売れ、アングラな美食家たちには食用としてのニーズもある。


 毎年のように摘発された犯罪組織のアジトから、こうして変わり果てた候補生たちが見付かる。


 涼は沈鬱な表情を浮かべたものの、そのどれも素通りし一番奥に転がされている商品の前で膝を着く。


 十代半ばの少女だ。


 裸に剥かれた少女は両手足を拘束され、目と口が布で塞がれていた。酷く痛めつけられており、身体中に痣が目立つ。念入りな事に脚の健まで断たれていた。


 だが生きている。


 意識はあるようで、涼が近づくと身を固くし、小さな悲鳴を上げた。


「安心しろ、助けに来た」

「……!」


 怯える少女に涼は出来る限り穏やかな声音で呼び掛けると、少女は大人しくなった。


 手早く心拍と呼吸音確認し、諸々の応急処置を済ませる。


 骨折は無いようだが複数の打撲に内出血が数か所に加え、軽度の低体温症の症状が見られたが、命に別状はない。


 涼はコートを少女に掛けてやってから、目と口の拘束を解いた。


「ししょう……あまとりさんまで……」


 少女──サディ・クラウンは虚ろな眼で涼と照の顔を見やる。


 手足の拘束を解いてもサディはやつれた様子で寝転んだままであった。


 魂が抜け落ちたようで、その眼は虚ろで生気が宿っていない。


 ただその視線はホルマリン漬けにされた瓶を無機質になぞり、小さく揺れる。


 そこには明朗快活であったサディの面影は何処にもない。


 触れれば壊れて、崩れてしまいそうだった。


 こういう時、涼はどうすればいいか分からなかった。


 頬にひんやりとした感覚を覚え、振り返ると先程と同じく照が涼の顔に手を伸ばしていた。


 二人の間に言葉は無い。


 ただ伝わるものはあった。


 涼は躊躇いながらサディを抱き起すと、壊れ物を扱うように抱きしめた。


 ぎこちなく頭を撫でてやると、サディの肩が震える。


 それは次第に嗚咽となり、涙混じりの鳴き声が上がり始める。


「ごめん、なさい……ごめんないっ。アタシ、なにもまもれなかった」

「君のせいではない。後進を真面に守れない俺達上の責任だ」

「でも……でもぉ」

「いいんだ。後は任せて、君は休みなさい」


 頑張ったな、と涼はあやす様に頭を撫でると、サディは大声を上げて泣き喚いた。


 泣いて、叫んで、涼の胸板を力なく叩き続けた。


 サディが泣き疲れて眠るまで、涼は成されるがままだった。




 僅か十時間ほど前の事だ。


 サディは同期の候補生二人と共に、警察主導である囚人の護送任務に就いていた。


 当然ながら候補生は予備戦力であり、任務の責任者はサディたちの上司二人だ。


 候補生でも経験や段取りを覚えさせるために、この手の任務に同行させることは多い。


 涼は後から知った事であるが、この時護送された囚人は名のある人身売買組織の幹部であり、涼と照が港湾で壊滅させた部隊はその末端であった。


 事件は護送の道中に起きた。


 市街を走行中に小さな子供が道路に飛び出してきたのだ。


 ブレーキが間に合い、ギリギリの所で事故は免れたと誰もが安堵したその直後。


 子供が爆発した(・・・・・・・)


 人間爆弾。恐らくは人工生命(ホムンクルス)を使用したものと推察されるも、当時のサディたちにそれを見抜く術は無く。


 爆弾の威力は強力であり、直撃を受けた護送車は半壊。


 運転手は即死し、同乗した警察もまた半数が死亡した。


 サディたちアストレアの面々と付近にいた警察と囚人は、自立起動防御型の式神によって軽い手傷を負っただけで済んだ。


 否。そうなるように爆弾の威力が調整されていた。

 計画的な犯行である事は明白であった。

 十中八九その目的は囚人を抹殺し、彼が持つ情報の抹消。


 サディの上司は即その結論に至り、サディに囚人を抱えて撤退するよう指示した。


 魔法少女へと変身した彼女であれば、人一人抱えても十分に逃げ切れる見込みはあった。


 素早く下されたその判断は妥当と言えよう。


 少なくともこの襲撃のもう一つの目的が、涼が恐れた新米殺しでなければ。


 護送車は瞬きの間にテロリストに包囲され、サディたちは迎撃を余儀なくされた。


 テロリストの数は十人にも満たなかったであろう。


 しかしその中には紛争地帯を練り歩く手練れの魔術傭兵が雇われており、戦力差は絶望的であった。


 ましてやサディたち候補生にはあまりにも荷が重く。


 まず生き残った警官が真っ先に半殺しにされ、候補生はその救護を強いられた。


 戦争で用いられた対人地雷が殺傷ではなく、負傷を目的として威力が抑えられた様に、自力で動けない程度に負傷した味方というのは足枷になる。


 見捨てることは情が拒否し、助けようにも人間一人を抱えれば戦闘は不可能。

 魔術傭兵の入れ知恵だろう。人殺しに手慣れた手際だ。


 アストレアでもこの手の状況は当然想定され、訓練されている。

 だが実際に見捨てられる人間が果たしてどれだけいるか。


 仲間の負傷に動じない鉄面皮を得るには、どれだけの地獄を経験すればいいだろうか。


 少なくとも、その時の候補生には何もかもが足りなかった。


 候補生の二人はその場で首を刎ねられた。


 同じ釜の飯を食い、研鑽を共にした仲間を眼の前で奪われ、サディは激昂に駆られた。


 囚人を放棄し、撤退を叫ぶ上司の声は届かず。


 変身したサディは魔術傭兵へと襲い掛かった。


 照を圧倒しただけあり、サディは一瞬で魔術傭兵の一人を唐竹わりにし、勢いままにテロリスト二人を斬り殺した。


 初めての人殺しであったが、それを自覚する余裕さえありはしなかった。


 イケる。


 一筋の光明に昂揚さえ覚えたサディの快進撃は、しかしそれまでだった。


 返り血から甘ったるい匂いを覚えた時には、霊力のコントロールが失われ、地面に倒れていた。


 魔術傭兵かテロリスト、或いはその両方に死を引き金(トリガー)とした何らかの魔術、もしくは呪詛が仕込まれていたのだ。


 サディはその後のことはよく覚えていない。


 意識を狩り取られ、覚醒した時には身体の自由は奪われ、眼と口は塞がれていた。


 位相幾何侵食式多重身体強化術式──変身魔術の稀少性ゆえか殺されはしなかったものの、嬲られ、痛めつけられ、薬で抵抗力を奪われた。


 朦朧とする意識の中で自分は何処かへ売り飛ばされるのだという事だけは理解していた。




 涼にその襲撃事件の報が届いたのは、事件から約一時間後の事だ。

 サディの上司は辛くもあの場から生還し、事の顛末を関西支部へと連絡。


 囚人を奪われ、候補生二名が殺害及び遺体が強奪。更にサディが誘拐されたと。


 状況を重く見た関西支部はすぐさま対策本部を設置し、行方を眩ませたテロリストたちを追跡していた。


 同時に本部を経由し監視官である涼へと出動を要請。

 涼は関西支社と独自の情報網と併合し、テロリストの幾つかの逃走経路を割り出していた。

 直ぐに公共交通機関に警戒網を敷かせ、主要な空港と港に職員を派遣。検問に眼を光らせた。


 襲撃が派手でありながら手際が鮮やかであった点から、既に国外への逃走経路まで確保している可能性は高いとみたのだ。


 また人身売買、臓器売買は人目の多い空港は適さないことから、脱出ルートを海であろうと涼達は睨んだ。無論空港の可能性もあるため警戒網は秘かに引いていたが。


 そうして関西支部とは別に単独で動いていた涼の監視網が当たりを引き当て、勝手についてきた照と共に犯罪者たちは制圧された。


 その後も調査は続くものの、一連の事件には決着が付いた。


 しかし誰一人として喜ぶものは現れず、迅速な解決を誇る者もまたいない。


 この事件の本質、新米殺しは何一つとして変わっていない。


 奪われた警官、候補生二人の命は回帰しない。


 アストレアは大敗を喫したのだ。


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