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丘の上の洋館に住む魔術師の少女二人へ、監視官の青年が派遣されました。  作者: 天塚海人
間章Ⅱ その弟子、魔法少女
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間章二・八節 訃報

 涼と雀によるスパルタ特訓の二日後。


 予定を五日も押してサディは東京へと帰る事となった。


 サディは丸一日を休養にあて、残り一日は更に術式の調律、各種装備の点検、補充、新調を涼が諸々済ませていた。


 あれやこれやとお土産まで持たせたいま、サディの荷物は行よりかなり増えていた。


 何だかんだで最後まで涼は世話を焼き、「オカンか」と雀は呆れていた。


「気を付けて帰れよ」

「お世話になりました!」


 駅のホームまで涼は照と共にサディを見送りに来ていた。


 二日前は死に体であったにも関わらず、ケロッと復活しているあたり彼女も立派に常人離れしている。


 流石に疲労は尾を引いているものの、サディの表情は晴れやかだ。


 形はどうあれ、彼女も涼に面倒を見て貰ったことには満足していた。


「雨取さんもありがとうございました。もう監視期間は短いけど、師匠のことよろしく」

「それはどういう意味だ、クラウン?」

「師匠にはちょっと手が掛かるぐらいの子がちょうどいいってフラン様が──あイタッ!」

「早く帰れ。あと師匠じゃない」


 サディの額に涼のデコピンが炸裂した。


 気持ちのいい音がホームに響き、ポニーテールと共に真赤なスカーフが揺れる。


 涼のリボンとサディのスカーフの同じ赤。


 二人は容姿も背格好も人種さえ違うが、不思議な事にその赤で照には仲の良い兄妹のように映った。


 じゃれている合間に電車の発車時刻が迫り、アナウンスが掛かる。


 電車に乗り込み、改めてサディは涼と照に向き直り、深く頭を下げた。


「じゃ、行きます。雀にもよろしく」

「ああ。頑張れ」

「元気で」


 名残り惜しさもひとしおだが、扉が閉まり、三人はガラス越しに手を振る。


 電車が動き出すとあっというまにホームを抜け、サディは五輪市を後にして行った。


 涼は電車が見えなくなった後も暫く動かず、何を思うか延々と続く線路へと視線を投げていた。


「帰りましょう」

「……そうだな」


 照に促されても涼は中々動かなかった。


 その間、照は特に何も言わず涼に付き合う。


 何本か後続の電車を見送った後、小さく首を振って涼はようやくホームから脚を剥す。


「心配?」

「そうだな」

「どうして? 彼女、強いと思うけど?」

「強いからだ」


 模擬戦は実戦を想定して、その実力を測る事が目的だったはずだ。無論、それ以前の過程が疎かであるならば実力不足と判断され、サディのように失格になる事は照も納得している。


 しかし涼はサディを強いと言った。


 にも関わらず心配だという。


 その真意が何処にあるのか、照には直ぐに辿り付けない。


 駅を出ると休日という事もあり、駅前は多くの人が行き交っていた。


 誰もがそれぞれの事情で何を憂うことも無く、休日を謳歌している。


 そんな有り触れた日常を涼は嫌うように駅から離れたコインパーキングに停めた車へと向かう。


「強いとダメなの?」

「……ダメではない」

「ならどうして焦って鍛えるような真似までしたのからしら?」

「……」


 内心を見透かされ、涼は言葉を失った。


 重い溜息が零れると、手は自然と懐の煙草へと伸びていた。


 駐車場までの道中で脇道に逸れ、路地裏でひっそりと看板を構える馴染みの煙草屋、その喫煙スペースに立ち寄った涼は呪詛煙草に火を点ける。


 酷い味がした。


 充填された呪詛が体内に還元され、涼は新品の煙草へと呪詛を上乗せし、封入する。


 何百回と繰り返してきた作業に寄りかかり、胸の蟠りを紫煙と一緒に吐き出す。


 やがて隣の照へ、とつとつと胸の内を吐露する。


「──新米はよく死ぬ。どれだけ強くても、あっけなくな」

「……」


 酷くしわがれた声だった。


 照は正面に視線を投げたまま、自販機で買ったココアを手に黙って耳を傾ける。


「候補生……特に攻城官と監視官の候補生が正式に就任するのは、どんな年でも全体の三割にも満たない」


 能力不足、怪我、筆記試験や模擬試験等々で候補生らはふるいにかけられていく。


 もっとも、このふるいはアストレア内での話。


「君たちにも覚えがあるだろうが、この世界は大きな力を持つほど諍いを呼び寄せるものだ。そこにプロも候補生もない」

「……そうね」


 照が思い起こすのは去年の夏。


 七榊兄妹との激闘の記憶だ。


 あの戦いも照と雀が持つ特異な力が事の発端だった。


 知らずココア缶を持つ手に力が入る。


「あの子は……クラウンは間違いなく逸材だ。候補生の中でも頭一つ飛びぬけているし、伸びしろは寧ろこれからだと思う」


 言葉だけ聞けば褒めている様に聞こえよう。


 そこに嘘は無い。


 しかし涼の懸念はまさしくそこが原因だった。


「新米はよく死ぬ。どれだけ強くとも」


 再び、繰り返される言葉。


 重苦しいく、痛みを伴うものだった。


 この世は無情だ。


 ニュースで流れる交通事故や通り魔で無くなった人は、単なる不運に見舞われたとしか言い様がないように。


 サディたち新米にも、唐突に戦う日が来るだろう。


 それは街中での犯罪かもしれない。


 もしくは無差別テロの現場に居合わせる。


 そういった《もしも》は考えだせばキリがない。一々気を揉んでいてはアストレアなどつとまらないだろう。


 故に、涼が憂うのはもっと悪意に満ちたもの。


 彼自身も経験した本物の悪だ。



「もし君がアストレアと敵対する組織の人間だったら、将来必ず脅威になるあの子をどうする?」



 照は何も答えられなかった。


 答え自体は直ぐに弾き出していた。


 だが口に出すことは憚られた。


 唇を引き締め、波立つ感情に蓋をする。


 手に持ったココアの熱が希薄になっていくようで、指先が冷たい。


 ──新米殺し。


 アストレアの査定時期に横行する、候補生を標的にした犯罪の俗称だ。


 毎年のように将来が有望視される若者が犯罪者の手によってその尊い命が散らされる。


 無論、アストレアとてただ指を咥えているわけではない。


 専門の部署に加え、公安を交えて大規模な情報網を確立させて対策に乗り出している。


 しかし捕える事に成功した犯罪者の多くが金で雇われた殺し屋か傭兵。或いは情報を横流しされて独自に動く人身売買の一味が殆ど。


 根本的な解決には程遠く、成果は乏しい。


 黒幕と噂される聖王協会との繋がりを証明する手掛りも得られず、必然的にアストレアは後手に回らざる得ない。


 護衛を付けようにも人的資源には限りがあり、また襲撃を受ける期間が決まっている訳ではない以上、現実的ではない。


 涼もまたこの新米狩りと思しきハイジャック事件に巻き込まれた過去を持つ。


 その事件は将来を有望視された同期の犠牲によって収束され、涼は命を繋いだ。


 この先も同じような事件が必ず起きることは避けられない。


 生き残るためには、候補生らの地力が試される。


 掛け値なしの、命の奪い合いを生き抜く力が。


 照は表情こそ崩さなかったが、言葉が見付からなかった。


 涼の兄妹へ奇襲を仕掛けた話を聞いた時、照はどうにも腑に落ちなかった。


 一年に及ぶ交友で得た涼の人物像と、どうにも一致しなかったからだ。陸奥と伊予を溺愛している涼と、奇襲した彼との印象に妙なずれがあった。


 だが今の話を聞いて、ようやくストンと胸に落ち着いた。


 卑怯と罵られるような手段に打って出たのは、全ては新米殺しを乗り越えるため。


 優しさの裏返しだ。


 そしてそれはサディに対しても同じこと。


 候補生との師弟関係を禁ずる、暗黙の了解が生まれた理由も同じ由来だろう。


 誰も不用意に傷つきたくはないから。


「……」

「──」


 結局、それ以降二人が口を開く事は無かった。


 小さく震える涼の手を照が摘むように取り、その場を後にした。



 それから僅か十日後。

 涼の元に訃報が舞い込んだ。


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