間章二・七節 査定結果
「不合格だ」
模擬戦の翌日。
神崎邸の居間で涼はサディにそう告げた。
模擬戦の内容を念入りに検討して下された結果だ。
サディは覚悟していたとはいえ、実際に事実として突き付けられると堪える。
雀と照も離れて見守る中、テーブルを挟んで模擬戦の総評が涼から伝えられる。
「相手のトレード自体は悪くない。だが他があまりにも杜撰だ。敵拠点に侵入し内部から切り崩す手法は決まれば大きな効果が望めるが、それ以前に身元がバレては元も子もない。神崎達が君の情報を手に入れてなかったのは、単なる幸運に過ぎない」
「……はい」
「魔術への対策も甘い。視覚、聴覚、嗅覚から幻覚に落とすのは常套手段だ。幻惑返しの訓練を怠っているな?」
「う……」
「戦闘も終始力押しで応用に欠ける。変身術式はその効果時間の短さが最大の弱点だ。今回は意表を突いた事で主導権を握ったが、更に強力な幻覚や中遠距離からの攻撃で時間を潰されてしまえば無力だ。雨取が模擬戦を適当に流そうしてなければどっちも出来たぞ。もっと自力を鍛えろ」
「……すみません」
「状況判断能力も悪い。五輪に入った時点で捕捉されていると感づいたなら、撤退か、最低限でも退路を確保せねばならん。単独なら尚更だ。事前説明で此れは実戦と心得るように言われた筈だ。君は死にに来たのか?」
「………………面目ありません」
最後は涙混じりにサディは頷いた。
怒るでもなく、責めるでもなく。
涼は淡々とサディの至らぬ点を列挙し、サディもそれに納得している。
サディは全力を尽くしたと自負しているが、こうして客観的に指摘されれば返す言葉が無い。
「よって不合格。異論はあるか?」
「……ありません」
再び突き付けられた不合格に、サディは力なく項垂れる。
返す言葉もないとはこの事だろう。
見かねて雀が身を乗り出そうとしたが、照がそれを視線で制した。
照も雀も今回はあくまで協力者というだけで、基本部外者だ。口を挟む道理はない。
その辺りを察して雀は浮かせた腰を下したが、納得には至っていないのか物調面だった。
居間に重い沈黙が流れかけたが、ふと芳醇な香りが皆の鼻を擽った。
「お茶が入りました」
ティーカップを乗せた盆を手に、キッチンから袴姿の少女が現れた。
涼の式神が一体、淑艶だ。
重苦しい空気に構わずすまし顔の淑艶は雀と照にまず紅茶とアップルパイを提供。次にサディ、最後の涼には紅茶のみを提供していった。
淑艶はそのままキッチンへと引っ込み、再び静寂が流れる。
俯くサディの向かいで、涼は普段は入れないミルクと角砂糖をたっぷりと注ぐ。
「クラウン」
「……はい」
「あの不動金縛りの術式、あれは君のオリジナルか?」
涼が問うたのはサディが模擬戦の開幕に使用した、スカーフに仕込んだ金縛りの術式だ。
雀に仕掛けたものの、結局は幻覚であり不発に終わっている。
渾身の手応えさえ得ていたにも関わらず、結果を見れば初手からミスっている。
いまもスカーフは首に巻いており、サディは胃が捻じれそうになりながら、乾いた口を開く。
「術式自体はごく一般的な金縛ですけど、即効性を重視したものにアタシなりのアレンジしました」
「他には手を加えてないのか?」
「……術式自体には。赤色で目立つようにして、あとはちょっとした視線誘導の小技を取り入れたぐらい……です」
「ん……」
涼は紅茶を匙でかき混ぜている。
カチャカチャ、カチャカチャと、とうの昔にカップの中身は混ざり切っているというのに、涼は匙を回し続ける。
やがてその手が唐突に止まると、涼はカップを脇に退けた。
「見事」
真剣なまなざしで手放しに称賛する。
「……えっ?」
一瞬、サディは言われた意味が分からなかった。
呆けた顔を上げると涼は控えめながら笑みを浮かべていた。
「あの金縛りのキレは目を見張るものがあった。実戦でも十分に通用する技量だ」
「え、でも、あれは幻覚だったし」
サディは狐につままれた様な顔を浮かべる。
揶揄われているのかと本気で疑ったほどだ。
しかし涼は先回りするように率直な評価を述べる。
「まあ、確かに幻覚の神崎に術を掛けた事は目も当てられん。だが神崎は実際あの手の罠には割と簡単に引っ掛かる。雨取と徒党を組んでも結果に変わりは無かった筈だ」
「そうね。雀は火力馬鹿な分、注意力が散漫」
「人を勝手に出汁に使ってんじゃないわよ!」
歯に衣着せぬ涼のものいいにすまし顔で照が便乗し、雀が憤激する。
実際、過去もこの先も雀は一歩思慮が足らずに判断ミスを重ねるのだが、それは別の話である。
「いいかクラウン。さっきは君をこき下ろす様な事ばかり言ったが、どれも訓練と経験を重ねれば克服できるものばかりだ。君はその為の努力が出来る子だし、至らぬ点を素直に受け止める謙虚な姿勢は大きな長所だ。腐らず励め」
「は、はい!」
ようやくサディの顔が晴れた。
師匠と仰ぐだけあり、やはり涼に褒められるのは彼女のとって格別な意味があるのだろう。
人というのはポジティブな事柄よりもネガティブな事の方が記憶に残りやすい。
涼はその後も調子に乗らない程度にサディを褒めた。
「戦闘能力に関しては実際の任務でも十分以上に通じるレベルと言って良い。部隊を組めば心強い戦力になる事は俺が保証する」
「でも近接戦闘にばかり訓練を裂いて、他はおざなりになったのは確かだし。師匠、アタシはこの先どう鍛えるのがベストかな?」
「攻城官というのは一つの戦闘スタイルに極振りした人が多い。そのまま近接戦闘に重きをおいて、基本的な対魔術の技量を高めろ。あとはひたすら場数を積め。君はあれこれ考えるより、身体で覚えた方が合っている。氷杜先輩辺りに話を通しておこう」
「いや……氷杜の姐さんは勘弁してください。死んじゃいます」
サディは褒められてニヤつき、訓練方針では真剣な面立ちになり、氷杜の名で顔を青くした。
次から次へと表情を変えていくサディに先程までの沈鬱な影は無い。
涼のアメとムチの加減が絶妙というより、サディの屈強な精神に由来する所だろう。
己の弱さと直面し、尚前を向くというのは誰にでも出来る事ではない。
死の危険さえある変身術式をものにした最大の理由が此処にある。
「えへへ、陸奥と伊予にトレードを強要された時はどうなるかと思ったけど、師匠のところへ来れたのは僥倖だったな」
「……師匠ではない。この程度の指摘は誰でも出来る。師を欲するなら、もっと自分の能力に見合った人が幾らでもいる」
「またまた。アタシだけじゃなくて候補生には師匠を尊敬してる奴らは沢山いるんだぜ」
「候補生と師弟関係を築く事は暗黙の了解で禁じられている」
「え、そうなんですか?」
甘ったるいミルクティーを含みながら、涼は小さく首肯する。
「なんか言い訳臭くない? 涼らしくない感じ」
「師弟ってのは言葉以上に重いものよ。安請け合いは良くないわ」
再び雀をやんわりと嗜めたものの、照も似たような所感を抱いていた。
無下にサディを突き放している、というわけでもない。
ただ候補生に対象が絞られ、それが暗黙の了解として浸透しているというのは、些か奇妙というものだ。
逆に言えば正式に攻城官となれば、断る理由も消滅する。
サディはより一層奮起し、今回は仕方なしに引き下がる。
その向こうで涼の表情に一瞬影が差したのを、照は偶然にも視た。
まるで何かに耐えるような唇を引き結んだ沈鬱な顔だった。
しかしそれも直ぐ消え、いつもの落ち着いた面立ちに戻った。
「さて。査定に関しては以上だ」
「はい。ありがとうございま──」
「では早速次のプログラムに入るぞ」
「え、次?」
サディの言葉を遮った涼は淑艶にティーカップを下げさせ、雀に目配せする。
ちょうどアップルパイを食べ終えた雀は「待ってました」と勢いよく立ち上がる。
ちなみにサディはまだ紅茶にもアップルパイにも手を付けていない。
「さっきも言った通り、クラウン。君は兎に角実戦経験を只管積みまくるべきだ。そこで今から二十四時間、俺と神崎で君をイジメ抜く。死ぬ気で抵抗しないと痛いじゃ済まんぞ」
「私は主に中遠距離から爆撃&狙撃、涼は常に隠形状態から暗殺しに掛かるから」
「は、え、いや、待って……」
サディを置き去りに、涼は各種武装を身に着け始め、雀はやる気満々に指を鳴らす。
「さ、さっき弟子入りは認めないって……!」
「後進を育てるのに師弟は関係ない。安心しろ。本部には君の帰還が遅れる事は連絡済だ。泣いて喜べ」
「このあたりの結界は強化しておいたし、人払いの結界も展開してるから安心して暴れていいはずよ。変身するなら今のうちがオススメ」
「……一応聞いておくけど、拒否権は?」
無駄だとは思いつつも、サディは聞かずにはいられない。
同時に逃げられないという確信もあった。
監視官というのは何処か皆常軌を逸しているというのが、アストレア内での共通認識。
それは性格の場合もあれば、純粋な技量に当てはまる事もある。
個人の特色が強すぎると言っても差し支えは無い。
特に涼を鍛え上げた氷杜由良二等監視官は異常なまでにストイックな性格で有名であり、涼もまた彼女の影響を色濃く継いでいた。
「逃げられるものなら逃げてみろ。それはそれで賞賛すべき結果だ」
裏を返せば涼は宣言通り丸一日襲い続けるということ。
滝のように冷や汗を流しながら、サディは藁にも縋るように照へ視線を送った。
が、既に居間からは姿を消していた。
万事急すだ。
「三秒やる。距離を取るなり変身するなり好きにしろ」
「幾ら何でも急すぎる!」
「いつだって戦闘も事件もこちらの事情など考慮しない。そらカウントするぞ。ひとーつ──」
雀が魔弾をぶっ放した。
反射的に上体を逸らしたサディの顔面横を魔弾が擦過。
振り返れば壁から窓のない穴が新設されていた。
穴の淵からは微かに煙が伸びており、特筆すべきは罅が全くないという点だろう。一点の凝縮された力というのは無駄な破壊をしないものだ。
殺る気だ。
「に、二と三はっ!?」
「一以外は全部おまけみたいなもんよ」
「正論だな」
「暴論だぁ!」
叫びながらサディは全力で走り出した。
間違いなく生涯最高速で魔法少女へと変身し、渾身のスピードで屋敷を飛び出した。
しかし百メートルも進まない内に上空から魔弾の絨毯爆撃が始まった。
雨あられと降り注ぐ魔弾は全て馬鹿げた威力であった。
ニ、三発はハルバードで弾き返すことも出来るが、消耗するだけで何の成果もない。
逃げるしかない。此処にいては大真面目に死ぬ。
両足に渾身の霊力を注ぎ込み、街へ向けて全力で地面を蹴る。
ロケットエンジンもかくやという超加速で魔弾の範囲外へと直走るも──
「どこへ行く?」
「ひっ!」
二歩と進まぬうちに木の影から眼前に涼が現れた。
一体いつ先回りしたのか。
慌てて急制動をかけるも、手遅れた。
涼はサディを捉えると、合気道のように勢いを利用してサディを魔弾の檻へと投げ戻した。
宣言通り、涼たちは二十四時間サディを徹底的に死に目に合わせまくる腹積もりなのだ。
逃げるなど甘っちょろい考えは即座に吹き飛んだ。
毛の先程でも気を抜けば死ぬ。
全細胞がそう直感した。
「鬼畜過ぎんだろ、師匠!」
「師匠じゃない」
思わず叫ぶと、投げ込まれた先の地面が急に崩れ、ぽっかりと大穴が開いた。
ああ、ゴルフボールはこんな気持ちなのかと、早くも壊れかけた心がどうでもいい感想を抱いた。
反面、身体は正直であり肺腑が怖気だつような嫌な感覚が脳髄に奔った。
土行符を用いた涼の落とし穴と理解した時には、大穴目掛けて特大の魔弾が振り下ろされていた。
何とかその場を凌いでも、涼と雀により猛攻は休まる事は無く。
七十二時間後。
地獄を生き抜いたサディは性も根も尽き果て、地面に転がっていた。
「き、ちく……」
「ふむ。まだ口がきけたか」
「もうワンセットぐらい行けたかもね」
サディは思う。
陸奥と伊予が彼を嫌うのも無理はないと。
「いーち」魔弾ズドン「に、二と三はっ!?」
の下りは銀魂からパロってます。
松平のとつぁん、良いキャラしてるよね。いつかあんなキャラを出してみたい。




