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丘の上の洋館に住む魔術師の少女二人へ、監視官の青年が派遣されました。  作者: 天塚海人
間章Ⅱ その弟子、魔法少女
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間章二・五節 アストレア式魔法少女

 照は今日の模擬戦に備えてそれなりの時間と労力を準備に費やしてきたつもりだ。


 当初来るはずであった陸奥と伊予は現れなかったが、彼女のやる事は変わらない。


 予定通り五輪へと踏み入れた侵入者を捕捉し、屋敷へ誘導する道中でカーブミラーやショウウンドウに仕込んでいた術式でじわじわと抵抗力を削いでいった。


 最後の仕上げにわざと押し倒され、コンタクト型魔道具の特殊な光波を浴びせ、サディを自鏡の迷宮に引き摺り込んだのだ。


 涼の弟子という事で警戒していたが、始まってみれば拍子抜けである。


 床に転がるサディからは早々に興味が失せ、照は勝負がついたと疑わなかった。


 しかし加減したとはいえ予想外にも鏡魔術は打ち破られた。


 その瞬間こそ照のプライドは刺激されたが、それを遥かに上回る衝撃が照を襲う。


「変☆身」


 眼の前で始まる、無駄に凝った演出の生着替え。


 煌びやかな光の帯に覆われ、現れたルはアイドル衣装のようなサディ・クラウン。パステルカラーの彫金細工が施された白銀のハルバードを携え、文字通り装い新たにサディはポーズを取った。


「魔法少女 サディ☆マギカ推参!」


 開いた口が塞がらないとはこの事か。


 王陵女学院で淑女教育を施されている照には理解の範疇を超えた存在。


 存在は一応知っている。


 そういう女児向けのアニメがある事も、一部の大人には熱烈な支持を受けるジャンルでもある事も。


「魔、法……少女?」


 口に出すだけでも小っ恥ずかしいそれを堂々と名乗る少女を眼の前にし、照の思考を手放しかける。


 ふと、サディは涼の弟子と自称していることを思い出した。ということは彼も──


 其処まで考え、経験した事のない感情が湧きあがり、照の脳は処理不良でエラーを吐き出しまくる。


 何なのだ此れは。どうすればいい。


「む、何だよその憐みに満ちた顔は。師匠もそうだけど、どうしてこの姿になると皆腫物を扱うような余所余所しい態度になるんだ」


 かっこいいし可愛いだろ、とサディは衣装とタクティカルベストで強調された胸を張る。


 照の感性ではコメントが出てこないので、本人が満足しているならそれで良いだろう。


 この際「貴方霊能力者でしょ? なのに魔法少女なの?」というツッコミは封印する。


「ま、いいや。あんまり喋ってる時間はないしな」


 早々に切り替えたサディは調子を確かめるようにハルバードを手の中で半回転させ、無造作に構える。


 何気ない動作にも関わらず漏れ出た霊力に空気がビリビリと震えた。


 途端、照の脊髄にこれまで味わったことのないプレッシャーが駆け抜ける。


 魔法少女の衝撃で失念していたが、サディは力技で鏡魔術を押しのけたのだ。


 純然たるエネルギーでは魔力に大きく劣る霊力でありながらだ。


 その意味を照は身をもって知る事となる。


『何してんの照! 避けろ!』


 インカムからの雀の怒鳴り声に照は慌てて腰を浮かした。


「遅い」


 次の瞬間、途方もない衝撃が照を襲った。


 視界が凄まじい勢いで流れていき、次いで感じたのは強烈なG。


 数秒遅れて窓から屋敷の外へと吹き飛ばされたのだと理解した。身代わりの鏡が無ければこの時点で即死だったかも知れない。


 眼下に屋敷を囲む鬱蒼とした林が広がる、逃げ場のない空中に身を一つ。


 浮遊感を感じる間もなく、一拍遅れて屋敷を飛び出したサディが難なく照に追い付く。


「はあッ!」


 音を置き去りにしてハルバードが振りかぶられる。


 照は咄嗟に髪で隠していた短冊状のイヤリングの鏡にサディを捉える。


 格子が描かれた鏡に捕われた鏡像に照応し、サディの動きがピタリと止まる。


「なんの、これしき!」


 それをサディは無理矢理突破。ガラス音を立てて鏡の拘束が砕け散る。


 まただ。霊能力者が何故こうもアッサリと魔術を真正面から打ち破れる!?


 瞠目する照の鼻先をハルバードが恐ろしい勢いで擦過していく。


 ほんの僅かだサディの動きを阻害したことで、照は間一髪ハルバードの軌道から身を逸らす事が出来た。


 しかし音速を超えるハルバードが巻き起こす衝撃波は避けられない。照の矮躯は小枝のように吹き飛び、恐ろしい勢いで地面が迫る。


 咄嗟に身体強化(フィジカルアップ)の魔術を使い何とか無事に着地したものの、急造の術式であったが為に両脚の骨から嫌な音が響く。木々がクッション代わりになっていなければ両脚は拉げていたかも知れない。


 体育の授業すらまともに熟せない照を悪夢のような激痛が苛む。


 痛い。泣きそうである。


 しかし泣き言を漏らす暇はなく、照はなけなしの力を振り絞り、前に飛んだ。


 直後、落雷のような轟音を上げて照を受け止めた樹木が縦に割け、一瞬前まで照が立っていた場所が爆散。小さなクレータが形成される。


 その衝撃に煽られ照は受け身も取れず、地面に強かに身体を打った。飛んで来た木端が掠めたのか、頬からは血が流れていた。


「本当に乱暴ね」

「鬼ごっこするんだろ? 遊びってのは本気でやるから面白いもんだ」


 クレーターの中心でハルバードを肩に担いだサディが獰猛に笑う。


 そう。此れは最早術戦ではなく鬼ごっこだ。


 鏡魔術が完封された今、立場は完全に逆転した。


 罠に誘い込んだはずがその全てを撃ち砕かれ、照のアドバンテージは失われた。


「さっきは油断したけど、アンタの魔術はもう効かないぜ」


 ゆっくりと詰め寄るサディは再びハルバードを構える。


 眼球の魔導具は看破しているようで、サディの視線は微妙に照の双眸から逸らされている。


「……っ」


 磨き上げられた純白のハルバードに映る照は焦燥に臍を噛む。


 ──強い!




「何よあれ!? 無茶苦茶強いじゃないっ!!」


 雀もまた予想外のサディの強さに驚愕の声を上げていた。


 土地の利権を賭けて一度本気で殺し合った雀は照の恐ろしさを身をもって知っている。


 編纂魔術こそ発動していないが、照が仕掛けた魔術はどれも凡百の魔術師が一生を掛けても辿り付けないであろうキレと精度だった。


 それこそサディが一度は完全に術中に捕われた事がその証左。


 にも拘らず変身したサディは悉くを打ち破り、照を圧倒し、追い詰めようとしている。


「どういうことよ涼!? 説明、解説、実況! 早く!!」

「どうもこうも、あれが魔族を参考に開発されたアストレア式……ま、魔法少女の真価だ」

「魔族を参考っ? どういうことよ!?」

「説明する。説明するから落ち着け。首が締まりかけて……」


 興奮した雀に胸倉を掴まれ、激しく揺すられる涼は雀の手をタップする。


「あ、ごめんごめん。つい」


「ケホっ、ケホっ……はあ、全く。まさかとは思うが、君あれに興味あるのか?」

「冗談」

「そうか。まあ……あの手の衣装は君には似合わんだろうしな」


 最後の一言に雀が若干むっとした事に気付きつつも、涼はお望み通り解説を始める。実況は無しだ。


「さっきも言った通りアレは魔族……特に身体能力に秀でた獣人を参考にして開発された術式だ。魔法少女に寄せているのは開発者の遊び心だな」


 開発者を知っているだけに、涼は自分で口にして恥ずかしくなる。


 魔法少女はその見た目からの俗称であり、正式名称は位相幾何侵食式多重身体強化術式。


 その真髄は魔族の身体を疑似的に再現し、飛躍的に身体能力、及び霊力を高める事にある。


 純粋な膂力は無論、対魔力・対霊力耐性は人間の領域を飛び越える。更に多重化された経絡系が術者の霊力を増幅、加速することで通常の霊力出力を強制的に跳ね上げ、驚異的な能力をその身に顕現させる事が出来る。


 サディが鏡魔術の呪縛から抜け出した絡繰りがこれだ。


「ただし、この術式は開発間もなくして禁術に指定されている。この意味が分かるか?」

「普通に考えれば負荷が大きいんでしょ。人間を獣人のスペックへ底上げするんなら、相応のリスクが必要だものね」

「そうだ。特に内臓機能と経絡系への負荷が深刻な問題だった。クラウンの場合は先祖返りで獣人の血が多少濃く出たことと、念入りな調律で短時間ながら変身が可能になった」


 もっとも、それはあくまでも取っ掛かりに過ぎないと涼は付け加える。


 あの華やかな姿は、血反吐を吐く様な鍛錬と痛みの賜物だ。


 涼がサディの弟子入りを断り続けながらも面倒を見ていたのは、彼女の努力する姿に動かされたと言えよう。


「実質、彼女専用の術式ってことか。実用化されてれば世界の勢力図も変わってたかもね。魔法少女によって」

「ゾッとするな」


 サディの術式の調整に携わった涼としては雀の冗談は笑い話に聞こえない。


 実際にサディが頭角を現した事で大真面目に魔法少女部隊の建設が検討されたことがあったのだ。


 その際技術顧問として涼が推挙されていた。


 術式への適性と調律のコストから部隊の発足は見送られ、安堵した事を涼は覚えている。


 とはいえ如何に強力な術式であろうとも、結局は扱う術者の力量次第だ。


 名刀を手にした素人が達人の敵う道理が無いように。


 研ぎ澄まし、知恵を絞った小さな嘘が戦況を覆す事もある。


「そろそろ決着が付きそうね」

「ああ」


 会話を切り上げ、二人は模擬戦の行方を見守る。

 状況は今まさにサディが照を追い詰めようとするところであった。


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