間章二・四節 変☆身
同時刻。
模擬戦の監督役である涼、そして急遽お役御免となってしまった雀は少し離れた木の上から模擬戦を見守っていた。
無論二人の視線の先は模擬戦を繰り広げる照とサディ。
いや、それは大凡戦闘と呼べる代物では無かった。
「あのお馬鹿……」
「まんまと照の罠に嵌ったわね。屋敷に真正面から乗り込む気骨は好きだけど」
弟子を名乗る後輩に涼は呆れ、雀は苦笑を零す。
二人の手元にはハンドル付きのオペラグラスが握られている。
錬金術師でもある照謹製の魔術工芸品であり、オペラグラスを通してみると屋敷限定であるが、壁を透過して内部を観察する事が出来る。
加えて元々涼は今日の為に屋敷中に監視式神を放っていたが、オペラグラスを差し引いても無駄になりそうだ。
『鬼畜過ぎんだろ!』
インカムから流れて来るサディの切羽つまった声に涼は天を仰いだ。
観戦する涼からすれば、いまのサディは滑稽そのもの。
サディはいま、居間で寝転がされていた。
相手である照は砂時計を取り出しただけで、変わらず読書に耽っている。
──鏡魔術。
その真髄は《幻惑》と《投影》にある。
鏡の歴史は人類と同程度に古く、その起源は水面にまで遡る。
太古の昔から人間は鏡を通して自己認識の第一歩を踏み出してきた。
また古来から鏡には神秘が見出されてきた一面もある。
祭祀の道具から始まり、鏡の向うは異界に通じると信じられたことや、神話においては怪物退治の武器としても用いられる事からも此れが伺える。
ルイス・キャロル著作の《鏡の国のアリス》などもその一例だろう。
鏡魔術はこれらの神秘に術式という骨子を組み込み、体系化された魔術の総称。
大抵は幻術に傾倒していく魔術であるが、照のそれは一線を画す。
錬金術師である照は特殊な鏡の中に本物の異空間を形成し、相手の精神を異空間へと投獄するのだ。強制的に鏡面世界と相手に回線を繋げるため、発動する為には幾つかの条件があるものの、決まれば強力だ。
術に捕われた相手からは結界の類に見えるだろうが、現実に影響を及ぼしているのは相手唯一人。
極めて特殊ではあるが幻術の類と見抜けなければ、悪戯に時間を消費し、最後には術式の牢獄に精神は永久に封じ込められる。
そうなれば如何なる術者であろうとも廃人同然。
今回はあくまでも模擬戦であるため仕留めるまでには至らないが、サディは実にあっさりと術中に嵌った。
「接近戦に持ち込めば体格差で押し勝てるとでも思ったかのか、あの阿呆」
涼から深い溜息が漏れる。
あの分では何処から術中に捕われていたのかも把握していないだろう。
奇しくも照が術式の引き金にしたのはサディと同じく視覚だ。
というより鏡魔術はその特性上、術式のトリガーは視覚にならざる得ない。
故に大抵は視線誘導を併用して術にかけるか、罠を用いるものだ。
今回の照は後者を選択した。
屋敷までの道中か、或いは屋敷内かは涼には定かでないが、そもそも視覚の防護など基礎中の基礎。アストレアの訓練課程でも初期段階で叩きこまれるはずだ。
単純に照の魔術が上手だったと見れるが、どうあれ大幅減点である。
査定は減点方式。
涼は手元のチェックシートに勢いよく×を並べ立てていく。
「そういえば替え玉に関しては怒ってないのね」
「この手の査定では間々ある事だ。能力や経験、相性を加味して戦う相手をトレードするのは立派な戦術だからな。そういった意味ではクラウンが君たちの相手になるのは悪くない選択だと俺は判断している」
ただそれは結果論であると、涼は付け加える。
首謀者である陸奥と伊予の動機が『涼への私怨』という稚拙なものであり、トレードの工作も雑であった。
作戦が筒抜けでは意味がない。陸奥と伊予には大幅減点が成されており、合格の芽はほぼないだろう。
「厳しいわね」
「何を言う。俺の時は富士の樹海で七日七晩レンジャー部隊に追い回され続けたんだぞ? あれに比べたら、この程度で不平不満を漏らす軟弱者など不要だ。葬儀屋を忙しくさせるわけにはいかんのでな」
アストレアの任務は権謀術数、魑魅魍魎が蔓延る裏社会に飛び込むものが多い。
一見平和に見えるこの五輪市でも、半年程前には猟奇殺人事件によって、その裏社会の一端が顔を覗かせていた。
ベテランであれ新米であれ、死ぬときには冗談のように簡単に死ぬのだ。
この査定は候補生たちのプロとしての実力を測るものである。
涼たち監督役が《合格》と判を押すならば、候補生らは何処で牙を剥くとも知れない死地へ誘われる事となる。
甘さはかえって候補生らを殺すことになる。涼たちの審査の眼は自然と厳しくなるものだ。
「今のクラウンにしても普通なら詰みだ。雨取は幻術にハメて放置してるが、俎板の鯉と何も変わらん」
「まあ確かね」
雀が再びオペラグラスを覗けばサディは相変わらず床に転がされたままだ。例え子供であっても殺すことに何の支障もない。
「でも減点するだけで不合格にはしない。それってまだあの子に逆転の芽がまだ残ってるって事でしょ? 涼の弟子にしては歯ごたえなさすぎるしね」
「……弟子ではない。あの子が一方的に仰いでいるだけだ」
師弟関係を否定しつつ、涼はポケットから煙草を取り出す。
紫煙が嫌いな雀はシャボン玉セットを投げて寄越し、喫煙を拒否する。
「いいじゃない弟子でも。悪い子じゃなさそうだし、人の憧れを無下に拒否するもんじゃないわよ。それにアストレアの師弟関係ってキチンと相性を判断して、上層部が推薦するって話じゃない」
「……よく知ってるな」
雀の言う通り、涼とサディの出会いは最初こそ偶発的なものであったが、アストレアは二人のカップリングを推奨している。
カップリングの効果は非情に高く、伸び悩んでいた候補生が上層部の引き合わせで一気に花開いた話はよくある。
かくいう涼もまた氷杜由良を初めとした様々な人物から教えを賜り、大きく能力が伸びた。
しかし涼は此れに関しては些か消極的だ。
理由は主に三つ。
一つ目は涼の経験の浅さ。涼は監視官に任命されてまだ日が浅く、人に何かを教えるなど自惚れもいいところだと考えている。
二つ目は戦闘スタイル。涼は射撃と霊術を使い分けた中遠距離の戦闘を得意としている。アストレアでは極一般的な戦闘スタイルだ。
対してサディは高い身体能力と独特の野生の勘を兼ね備えた、白刃戦・近接格闘に秀でた兵士。攻城官でも最もみられるタイプだ。
「はあ? 真反対に聞こえるんですけど?」
「そう。実際あの子は射撃の腕はめためただし、霊術も身体強化以外はほぼセンスが無い。さっきの不動金縛りは相当修練を積んだようだが」
雀は細かく数の多いシャボン玉を、涼は丁寧に膨らましたシャボン玉を空に泳がせる。
喫煙の癖でシャボン液を吸い込んでしまい苦い顔を浮かべながら、涼は話を続ける。
「まあ、さっきの二つは建前だ。三つ目の理由がな……」
「どういうこと?」
「まあ見ていれば分かる……本音を言えば知っても欲しくないが。ああ、どうやらやるようだぞ」
「?」
言葉を切った涼が顔をより一層苦々しく歪め、嫌そうにオペラグラスを覗き込む。
疑問符を浮かべながら涼に習った雀はその時我が目を疑った。
鏡魔術に捕われていたサディが何かを叫んだ直後だった。
突如、彼女の身体がカラフルな光を放ち、身に着けていた服が光粒となって霧散し、カランビットナイフから飛び出した光の帯がサディの裸体に纏いついていく。
煌びやかなカラーエフェクトがパっと散れば、ワンピースビスチェをベースにした派手な衣装が現れる。
「え、いや……はあ!?」
その光景には見覚えがある。
いまでこそ魔弾の射手という物騒な異名を有しているが、雀にも幼い頃はそれに憧れる時期があった。それはその頃の雀が思い描いていた魔術師の姿であり、成長と共に失われた一種の願望だった。
特注のタクティカルベストやコンバットブーツを合わせているが、アニメ調な華美な装飾が入った衣装は最早疑いようもあるまい。
見ちゃおれん、と眼元を覆う涼に、雀は困惑しながらも心底同情した。
確かにどれだけ適性があろうと、あの子を弟子として引き受けるのは恥ずかしい。雀であれば即お断りである。
衝撃的な光景で理解が遅れたが、雀はサディが叫んだ言葉を確かに聞き届けた。
時代によって様々な呪文が作られてきたが、その意味合いはどれも同じ。
サディが口にしたのは極シンプルであった。
悪から平和を守るため、絶対的な正義の味方へ。しかして可愛く、そして華々しく煌びやかに、何より乙女であれ!
即ち──『変☆身』である。
鏡魔術の呪縛を力技で引き千切り、ナイフから変化したハルバードを手にしたサディは高らかに名乗る。
『魔法少女 サディ☆マギカ推参!』
涼の弟子は魔法少女であった。




