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三章・終節 親友だったかも知れない君へ

 かくしてオークション(O)ラビュリンス(L)は閉幕した。


 あれだけの騒ぎが起きたにも関わらず、驚くことに予備日を消化するだけでオークション自体はキッチリと行われたのだ。


 破壊された会場もその階下に再現されたシズの故郷も元々空間魔術によるもの。現実というキャンバスに起き上った夢に等しく、新たに設営された会場で競売は何事も無かったかのように再開されたのだ。


 毎回少なからず事件が起きるのがあの迷宮。死ぬ奴がマヌケなのだと誰も嘆きやしない。


 ただアルベルト達の催しは娯楽に飢えた快楽主義者や蒐集家を満足させたのか、以降は実に穏やかな日程消化となった。あくまでも、欲望が魑魅魍魎の如く渦巻くあの場所ではという注釈が付くが。


 それは涼にとっても喜ばしい限りであった。シズを模して拵えた人形も無事競り落とされ、雀と照への融資資金、そして新しく雇うことなった従者への当面の給料を確保できたのだから。


 そう。シャノン・コーデリオンは生きていた。


 空間が完全に崩壊する間際に、光の柱から弾かれた彼女をヴラドが間一髪助け出していたのだ。


 脱出した涼の元へ担がれたシャノンは殆ど死人に等しかったが。意識が無いどころか心臓は止まり、権能の魔眼の反動かズタズタだった経絡系が原型を留めていなかった。内臓の状態など語るも悍ましい有様。


 ハッキリ言って手の施しようが無かった。人体の修復技術に一家言ある涼でさえ、一目で匙を投げ掛けたほどに。


 それでも懸命な蘇生措置が功を奏したのか、あるいは奇跡か。最後の最後にシャノンの心臓は生きることを諦めず、弱々しくも確かに鼓動を刻んだのだ。


 下船して直ぐにシャノンは大きな病院へと搬送され、少しずつだが回復に向かっている。

 此度のアストレアへのGHCとの強制接触の件に決着が付き、諸々の手続きが終わり次第涼の元で働く手筈となっている。


 そしてまだ公にはなっていないが、術師界隈は俄かに騒然としていた。


 世界各地で魔眼が突如として強力な呪詛を吐き出し始めたのだ。噂が錯綜し判然としていないが、呪詛は魔眼の能力を完全に封じ、寿命を奪われたように持ち主は酷く老いた姿に様変わりしたという話が出回ている。


 魔眼公の忌み名を賜ったヴラドが背負った任務は、つまり突然解かれたという事だ。


 アルベルトは一時的にヴラドの吸血鬼の因子を阻害したのみで、人間へと戻した訳ではない。それでも涼からのアストレアへの帰還をヴラドは丁重に断った。


 第一種指定魔族の吸血鬼である事には変わりはなく、魔族でなければ体現できない正義もあるとう持論故だ。相棒であった直嗣への言伝もなしに、従者と共にあっさりと涼たちと別れていった。


 こうしてシャノンとアルベルトから始めった一連の事件は決着となった。


 ──ただ一つの謎を残して。


「ヴラド? 違うわよ。口にするのも忌々しいけど、私が一杯喰わされたのはスーとかいう胡散臭い奴」


 状況が落ち着いた後に、雀がオークション当日に一時期行方不明になった経緯が当人によって明らかにされ、涼は足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。


 事件の終結に罅を入れたのは、雀と入れ替わる様に残されたメッセージカードだった。


 カードには血で綴られたアストレアの識別コードが遺され、直嗣によってヴラドの正体が語られたことで、涼は勝手にメッセージカードを残したのはヴラドか、もしくは彼の従者であると思い込んでいた。


 しかし雀があったというスーという人物の特徴はヴラドたちからは掛け離れており、スーの正体は謎のままだ。


 帰国した涼は義姉の安芸に雀の護衛を依頼し、雀を一足先に五輪へ帰した。


 休む間もなくアストレア本部へ直行した涼は事態を上司である直嗣へ報告し、件の識別コードと血液を分析部へと持ち込み、解析にかけた。


 結果は、直ぐに出た。



「──」


 季節外れの熱帯夜だった。


 遮るものの無い空は文明の光で星を塗り潰され、代わりに甲高いジェットエンジンを轟かせる航空機を受け入れる。


 入れ替わり立ち代わりに離着陸を繰り返す鋼鉄の塊たちを、涼は展望デッキからぼんやりと眺めていた。


 間もなく日付が変わろうとしている。

 場所は国際線故に閉め出される事は無いが、こんな時間に好んで飛行機を眺めようという物好きは他にはいない。いたとしても涼の張った人払いの結界が寄せ付けない。


 別段、この特等席を占領したい訳ではない。


 ただ此処に彼女(・・)は現れるのではと、四年前に置き去りにした因果が嘯くのだ。


 時計の針が頂点で重なり、ふと薄雲でぼやけた月が姿を現す。


 あの日もそうだった。現実と虚構の狭間に迷い込んだような曖昧な世界にいた涼を、唐突に現実へと突き落としたのだ。


 果たして、彼女は現れた。


 最初からそこに居たかのようにごく自然な調子でフェンスに腰掛け、ぶらぶらと宙ぶらりんの脚を遊ばせている。


 コートの前襟がはためいた次の瞬間には、涼は銃を構えていた。


 撃とうとした。撃たなければならなかった。


 けれど銃口は煙すら上げず押し黙ったまま。引き金に掛った指がどうしようもなく重かった。


「殺してくれないの? スー君ならもしかしたらって、期待したのに」


 彼女との思い出は少ないながら、その声は涼の記憶と何も変わらない様に思えた。少なくとも声だけは。


 甘い希望を期待した訳ではない。寧ろ今日まで脳にこびり付いた最悪のシナリオが結実したことに恐怖した。


 死んだはずだ。死んだはずだ、間違いなくこの眼の前で死んだはずなのだ!


 それでも宵波涼は彼女の死に立ち会っただけで──死に顔は拝んでいないのだ。


 四年前。自らの命と引き換えに多くの命を救った、将来を有望視された監視官候補生。


 メッセージカードに残された識別コードは永久欠番。つまり殉職した構成員のものだった。そして血の解析結果は吸血鬼特有の遺伝子配列を示し、その中に彼女だけが宿した能力の痕跡が発見された。


 信じたくはなかった。


 だがそれでも親友と呼べていたかも知れない少女は現れてしまった。


「……そういえば、そんなむず痒いあだ名で呼んでいたな、君は」


 誰にだってそう。人の気も知らないで遠慮なく距離を詰めてきて、陽の下へと手を引いてくるのだ。


 まったくもって嫌になる。何もかもが真逆だ。どうしたって涼が正義(アストレア)を背負って、彼女は犯罪者の名を冠しているのだ。


 理性は凍り付いているのに、心は飴玉のようにじんわりと舐め溶かかされていくようだ。


「私が生きてて悲しい?」

「そうだな」

「疎ましかったから? 目障りだったから?」

「君を監視官として討伐しなければならないからだ」


 もし叶うなら、ああいう風に生きたいと、憧れた。その憧憬をこの手で撃ち抜かなければならない。笑い話にしたって出来が悪い。


 頭の中が真っ白になりそうで、しかし成すべきことを余計に克明にした。


「任意同行を願おう。さもなくば此処でもう一度仇花を散らせ」


 覚悟を決める様に、震えそうになる喉で死別した仲間の名を呼ぶ。


「元第十四期監視官候補生──宮藤カイ」


これにて三章閉幕です。

いかがでしたでしょうか? 楽しんで貰えたでしょうか?

もし少しでも面白いと感じて頂けたのなら嬉しい限りです。


今後の創作活動の励みになりますので、ポイントや感想などを頂ければさらに嬉しいです!

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