三章・二十四節 権能の魔眼
「ここは……?」
気付けばアルベルトの意識は星光の元にあった。
天地を引き裂く様な雀の魔弾を受けたことまでは覚えている。ペルセウス座の恩恵を引き出した魔弾は正しく偽・権能の魔眼の中枢に届き、アルベルトとの接続を完全に撃ち抜いていた。
その時点で敗北は決定的。敗着を受け入れる間もなくアルベルト・ブリアードという個体の意識は消滅したのだと、一族再興の夢は潰えたと刹那に嘆いた。
二度と取り戻すことのない自我をこうして保っている理由に検討が付かなかった。
「……ただの星空ではない、な」
立っていたその場所は現実味が薄く、幻想的というには何処か墓場に近しい匂いがした。
ネットで見たウユニ塩湖に似た景色。
空と地面が水平線を失った鏡合わせのような光景。
瞬く星々は現実のそれのように星座を象らず、それぞれが二つと同じ輝きを見せない。眼下に広がる星たちもそれは同じであるが、空にあるものと違い皆一様に灰色に汚れている。それらは沈殿するようにアルベルトが立つ鏡面から遠ざかっていく。
「──ッ、!」
ズキリと左眼が痛む。
沈み離れていく瞬きを直視していると痛みと共に胸が張り裂けそうな苦悩が去来し、立っている事もままならなくなる。
どうしてだろう、とはあまり思わない。
それはきっと、一族の再興の為にそれ以外の全てを切り捨てた男の、アルベルトを突き動かした原風景だからだ。
空の何処かで一つ星が剥がれ落ち、ガラス球が弾けたような音を立てて鏡面に波紋を広げた。鮮やかな星はその輝きを灰色に蔭らせ、アルベルトの手の届かない所へと逝ってしまう。
無数の光亡き星の群生の中に、志を共にした眼差したちを見付け、アルベルトは瞼に爪を立てた。
「どうりで私に資格が宿らない筈だ」
乾いた笑い声が零れ、多くを敵に回しながらも揺るがぬ信念を宿していた背中が小さく縮まってしまう。
この眼下に広がる星たちこそがアルベルトが直走った理由そのもの。
それは過去そのものだ。
ずっとずっと、奪われた同胞たちに固執した恩讐の体現者。一族の未来を憂うような言葉を幾ら並べ立てても、権能の魔眼はアルベルトの本質を見逃さなかった。
奪われた命の無念を晴らすことは善であろう。だが奪われた過去を理由に未来を語ったところで、一体何が生まれるというのか。
何もない、何も成し得ない。あるとすれば、ただ泥沼の争いを悪戯に広げるだけ。
自ら四肢を捥いででも、何処かで立ち止まらなければならなかったのだ。
秘境へと留まり続ける事を選んだ穏健派は決断したのだ。世界でも唯一恒久的に存在した魔眼の力を衰退させ、魔眼が引き起こす悲劇の根絶を。
この堕ちた星々はアルベルトに罪を突き付ける。
もしアルベルト達革新派の野望が潰えなかったら、空に残った光はどれだけ留まっていた?
いいや、それより同族はどれだけ残っている? 今日のためにどれだけの仲間が命を擲ってきたと思っている。
走り続けた脚が止められ、アルベルトは途端に全てが怖くなった。
今日まで同族たちの亡骸を何人も見た。命の儚さを、脆さは冷たくなった彼等を抱いたこの手がよく知っている。
──燦々と輝く星空が今にも落ちてきそう。アルベルトを彼たらしめるシズが一秒後には残らず死滅するのではないか。
言い知れぬ錯覚が眼窩から侵入し、脊髄を駈けずり全身を恐怖で凍てつかせるようだった。
最盛期を極めた魔眼部隊であっても、結局は殲滅されたのだ。権能の魔眼があろうとも、どれだけ強力な能力者が集おうとも、積み重なる屍の数に違いはあれど辿り着く結末に大差はないだろう。
最初から破綻していたのだ。眼の能力を復活させ虐げられるシズの一族の境遇を覆そうにも、戦えば戦うほど理想と逆行するばかり。
弔ってきた亡骸の暗き瞳は本当に浅ましき犯罪者に奪われた結果なのか。本当は革新派が、アルベルトが助長したものでは?
救済を謳いながら憎悪に眼を曇らせた者が真に未来を憂うはずもなく。ただただ自己を顧みることを怠り、後戻りのできないところまで来てしまった。
「何が一族の再興」
左眼の権能の魔眼から漆黒よりも尚暗き邪気が噴出し始める。
「誰よりも私が偽善だ」
もぬけの殻の様なアルベルトを邪気が侵食していく。光を一切寄せ付けず、飲み込まれた場所は黒一色に置き換わり、輪郭だけをなぞった人型へと存在そのものを塗り潰されていく。
身体は元から紛い物の権能の魔眼にくれてやる腹つもりだった。けれども絶対と掲げてきた一族の再興の信念が砕け、心まで奪われようとしていた。
邪気はアルベルトから無数に枝分かれし、空の星たちを引き摺り落とさんと欲する。
アルベルトという存在は一族を人ならざるモノへと落とす人柱。罰の入れ物としての機能以外を削ぎ落とされ、犯した罪を同族に振り撒くための病巣。
ある日突然眼を奪われる様に、今度は人間としての自分すら失うのだ。逃げろと泣き叫ぶ事すら許されず、此処で皆が人外へと成り果てる様を傍観するしかない。
全くもってふざけている。耳障りの言い理想で散々仲間を地獄に導いた結果が此れだ.。救済も再興も憎悪すら語る資格は最初から存在せず、最後までその過ちに気付かなかった。
因果応報だろうか。
吸血鬼と結託してでも権能の魔眼に光明を見出した事で、こうして同じ人類の仇敵の烙印を子々孫々へと強要しつつある。皮肉だろうが人の枠を超えた魔族というのは強靭な生命力と肉体を有するものだ。
──だったら、それはそれで奪われる事に怯えなくてもよくなるのだろうか。
脳裏に過った暗き誘惑がアルベルトの心を舐め熔かす。
身体の感覚は消失し、十八年間蓄積されてきた記憶が錆び付いていく。何のために此処に来たのか、何のためにこうなったのか、思い出せない。
最後に残ったのは、共に歩んでほしかった、いつも自分を押し殺し続けてきた少女の顔。
「──貴方の憎悪も私たちには必要なのですよ、アルベルト」
聞き違えるはずの無い玲瓏な声。
慈しむように頬を挟み込む華奢でりながら鍛錬と水仕事で硬くなった少女の手。
咄嗟に縋る様に伸ばした手を自ら叩き落として、アルベルトは彼女に触れようとしたことすら酷く恥じた。浅ましいにもほどがある。
「慰めは……止して頂きたい。理想を振り翳した末路がこの道連れです。これを必要などと間違っても口にしてはいけない、シャノン様」
項垂れるアルベルトの様は断頭台に首を差し出す罪人のそれに似ていた。
運命は時に粋な計らいをする。彼女以上に罪人を捌く処刑人に相応しい人物もいまい。罪状そのものであるこの惨状を一瞥するだけで、シャノンが振り下ろす刃は正義となるのだから。
抵抗など考える思考すら愚かだ。命を断って左眼と刺し違えることが最後のアルベルトの責務だろう。
そんな彼の心境を十分にシャノンは察していた。此度の一件はひとえに一族への愛故の暴走だ。計画に身を投じた者たちは別として、罪なきクローンを権能の魔眼への贄とした罪は裁かれて然るべきだろう。酷く歪な結果にこそなってしまったが、アルベルトの奔走も苦悩もシャノンは誰よりも理解しているつもりだ。
断罪を望むのであれば相応しい罰を与える程度には、シャノンはアルベルトに敬意を払っている。
ただしどれだけ後悔と悔恨に溺れようとも安易な“死”を罰に与えるなど幸せ過ぎる。
何一つ一族を取り巻く問題は解決していないのだから、死という蓋をしたところでいずれアルベルトの憎悪を引き継ぐ人間が必ず現れるだろう。
人としての在りかたさえ歪めてしまう憎悪を未来の誰かへ繋いではいけない。憎悪の連鎖を断ち切らねばならないのだ。
それでもシャノンの言葉に嘘はないのだ。
「同情ではありませんよ。方法こそ間違えてしまいましたが、貴方の憤りそのものは至極正しいものです。理不尽に眼を簒奪される事など、許されるはずがないのです」
眼を合わせようとしないアルベルトの顔を優しくも力強く上げて、シャノンは噛んで含ませるように彼の憎悪を肯定する。
元々は魔眼という強力な力に眼が眩み、我欲を律することできない犯罪者が諸悪の根源なのだ。魔眼部隊の戦歴が此れを助長した背景こそあれ、罪の所在自体は変わらない。
故郷に引き籠ったシャノン達穏健派が衰退の道を選び、血が流れる事を疎んだことも一定の評価を得るだろう。同じ様にして魔眼狩りの境遇に否を突き付け、万感の怒りをもって反旗を翻す革新派の叫びも正しい。
妥協点を見いだせず二つの派閥の軋轢が吸血鬼を呼び込み、ヴラドに第一級指定魔族の重荷と後始末を押し付けてしまった。
「では我々は何を成せば良かったのですか!? この身を焦がす怒りが一族を脅かす悪辣な者どもを捌く剣になると信じて、貴女を虐げた仲間たちは礎となった。だが辿り着いた先には罰しかなかった。これを正しいと、貴女は──」
「ならば改めて問いましょう。貴方達は力を取り戻して、どうやって一族に降り懸かる惨劇に歯止めをかけるつもりだったのですか?」
感情のたがが外れシャノンの手を払い退け喚き散らすアルベルトは、シャノンの問い掛けに一瞬怯んだ。
「か、かつての力を取り戻せば魔眼に群がる有象無象など蹴散らせる。利害関係に留まってはいるが、我々には後援者もいるのです。例えばまずはGHCにシズの独立を容認させて、それから……」
「それでは何も変わらないでしょう」
「……っ」
アルベルトの展望をシャノンはぴしゃりと咎める。
あまりにも楽観的に過ぎる無謀とも言って差し支えない計画だ。魔眼部隊、そして権能の魔眼という鮮烈すぎる光に眼が眩んでいたのか、革新派は唯愚直に力を求めるだけだった。
シャノンが斬って捨てた様に、それでは打開策にはならない。
オークション・ラビュリンスが示す様に、寧ろ蒐集家や犯罪者たちは魔眼への執着をより強めるだろう。あるいはかつての魔眼部隊がそうであったように、強大過ぎる力は危険視されアストレアやGHCの撃滅対象とさえ成り得る。
一時的に脅威を払うことは叶ってもシャノンの言葉通りシズを取り巻く現状は何一つ改善されず、更なる地獄を呼び覚ますに過ぎないだろう。
非情だがアルベルト達が描く理想に救済は存在し得ない。
起こり得る最悪の未来を示されアルベルトは胸を掻きむしる。そんなことは分かっていた、分かっていたとも。
「だからといって、変わらず組織に飼われとろ、物のように同胞たちが売りさばかれる惨状に眼を伏せる事などあってはならない。吸血鬼に混じろうとも我々はどうあれ戦わなくてはならなかったのです、シャノン様!」
それもまた、避けられない事実。
抗わなくては未来を得られず、戦わなくては家族も仲間も、自分の身すら守れない。外敵を撃ち砕く手段と力を欲したことは当然の帰結だろう。
「シャノン様、私は以前お伝え致しました。私の兄は幼かった私を蒐集家から護るために自らを差し出した。GHCの祓魔師の地位を持ってしても、片目一つ兄を家に帰せていない。家族諸共解体された同胞たちだって珍しくない。我々には耐える選択肢など無かった。戦う他に亡者たちの無念を晴らす術が無かった! 無かったのです……」
最後の言葉は消え入りそうなものだった。
抗ってもそうでなくとも、過程は異なれど行き着く先に違いはない。ならばせめて歴史に奈落の如き爪痕を刻み込み、魔眼ではなくシズの名を不滅のものへとアルベルト達は奮起したのだ。
その望みはある意味では叶いつつある。
シズのネットワークを脅かす邪気の枝先は間もなく星々に届き、吸血鬼に並ぶ新たな魔族を産み落とすだろう。天罰はシズを異端の忌み子たらしめ、人間の善性の反証となるのだ。
偽・権能の魔眼がアルベルトにそう在れと囁き、新たな魔族の象徴であることを強要する。
魔族に堕ちれば以前のように簡単には奪われない。例え奪い我が物にしようとも吸血鬼の鬼化と同じく人の身を外され、いずれ討ち滅ぼされる呪詛となる運命だ。家畜の如く理不尽に搾取されることは、少なくともこれで無くなるだろう。
……──簒奪しても、呪詛と同じ?
ふと頭の片隅に過った疑問にアルベルトは眼を見開く。それが一つの未来として像を結び、弾かれたようにシャノンに向き直った。
まさか。
「気付きましたか、アルベルト?」
微笑を浮かべるシャノンの右眼が励起し、アルベルトと対となる様に光で編まれた翼が出現と同時に解け、アルベルトの黒き幹と溶け合う。
シャノンの右眼は正しき権能の魔眼。それも正しき継承権を有した、魔眼の源流。偽・権能の魔眼の権能を相殺することは叶わなくとも、緩和し望む呪詛に整えることは十分に可能だ。
「先人が選び取った衰退は今日をもって閉ざしましょう。言ったでしょう? 貴方の憎悪も必要なのだと。けれどもそれは一族を護るため、我らを仇名す諸悪に振うためのものです」
曲がりなりにも此処には権能の魔眼が一対揃った。かつては夢想に過ぎなかった他者への反撃機構が、罪を背負うことで新たな救済へとなる。
シズを生かし、簒奪者のみを射抜く刃としてアルベルト達の憎悪が正しき権能を通じて同胞たちへ宿るのだ。
星空に黒き木が届き始め、変革が始まろうとしていた。
「私たちで皆を護るのです。力を貸して下さいますか、アルベルト」
「──……ぁ、ああああ!」
差し出された華奢な手にアルベルトは滂沱の涙を零し泣きついた。
守ろう、護るとも。元よりその為に追い求めた力。誰よりも彼女に欲して貰いたかった憎悪なのだから。
シャノンの権能に導かれアルベルト達の邪気が呪詛となって星々に達し、新たな加護をひっそりと授けていく。衰退の呪いもこうして一族に渡ったのだろう。
多くお命を積み上げた燦々たる到達点ではあるが、この結末でしか成し得ない彼女達だけの偉業と言えよう。
「告白すれば私にはこの眼を扱う器であっても、権利はないとずっと自らを戒めてきました」
とつとつ語るシャノンが思い起こすのは、故郷を追われたあの日。
「権能の魔眼を託され村から逃がされた私は、間もなくして自ら両目を潰しかけました。分かりますか? 両親たちの願いも、先人たちの苦悩も全部投げ出したのです。幸いにして眼球は無事でしたが、本来はシズを名乗る資格すらありません」
それでもやはり血筋は本人の意思とは関係なくシャノンを振り回した。GHCは強力な武器としての性能を期待し、成長するに従って周囲の視線には卑しいものが混じり始める。
粛々と命令に従い、死に怯えながら使命から背き続けた。
再興の旗頭としてだが、そんな自分を欲してくれたアルベルトには深い感謝を抱いていた。心底彼を憎めないのも根底に恩があるからだろう。
「先人たちが望んだ形とは異なるかもしれませんが、不肖不才になりの答えを示す事が出来そうです。感謝します、アルベルト」
泣きじゃくるアルベルトの頭を撫でながら、シャノンは変革を迎える空を見上げる。
新たなシズの生誕を前にして、ピシリと、右眼の奥から歪な音が走る。
──やはり限界でしたか。
亀裂が広がり権能の魔眼は役目を終えようとしていた。
危惧していた通りブローチに封じられていた権能は摩耗が激しく、起動が叶ったのはほぼ奇跡的だった。
後はアルベルトに開いた天罰の道を閉ざせば役目は終わりだ。
一族の反撃機構はあくまで天罰を一部流用したに過ぎず、放置すればやはり魔族へと堕ちるのだ。
権能の魔眼の降臨儀式は葬られながら、壊れかけの権能の魔眼を残したのは、きっと道を誤った仲間を正すため。その責務をシャノンは託された。
ただのアクセサリーとなったブローチを握りしめ、シャノンはそっとアルベルトの左眼に手を翳す。
「貴女に罪はない。裁かれるのは我々で十分です」
手を掴まれ、アルベルトの落ち着いた声音にシャノンは息を詰まらせた。
「何をっ……」
「我々の不始末に付き合う必要はありません。私達のような馬鹿が今後とも現れぬように、貴女はしっかり睨みを効かせて頂かないと困る」
目元を泣き腫らしながらも、立ち上ったアルベルトは毅然としながら遠回しにシャノンを突っ撥ねた。
彼の面立ちから覚悟を決めた者独特の粛々とした空気が伝わり、シャノンは慌ててアルベルトへ詰め寄るもガツンと何かにぶつかった。いつの間にか視えない壁のようなものがシャノンとアルベルトを隔てていた。
「っ……!? 貴方の仕業ですか、今すぐ解除して下さい」
「貴女の命令であろうとも、それは聞けません。愚か者にも愚か者のケジメがある。そこにシャノン様が介入する理由はありませんよ。それとあの男に謝罪と……感謝をお伝えください」
「それは……!?」
アルベルトが手にするそれに気付き、シャノンは青ざめてポケットの内を探る。
無い、無い。涼から預けられた煙草の箱が。
あれには涼の“赤服”の呪いが充填されている筈だ。GHCの記録にも詳しい記述が無い、歴史上に点在する得体の知れない呪詛。
「か、返しなさい! それは旦那様から預けられたものです。貴方といえども許しません」
「ははは、やはりまだアイツを主と仰ぐのですね。なら尚更貴女は帰るべきだ」
一歩二歩とアルベルトはシャノンから遠ざかっていく。慣れなない手つきで煙草を咥え、小さく呪文を呟き指先に火を点す。
シャノンがどれだけ迂回しようとも拳を叩きつけようとも、不可視の壁は揺るがずアルベルトへの道を阻む。
「アルベルト!」
「赤服で贖い切れずに残る道を貴女の権能で閉ざして下さい。幸か不幸か我が身は一度この呪詛に染め上がっている。シャノン様への負担はきっと最小限に抑えられる筈です」
「私より貴方の方が明日の世界を見たいはずです。真に一族の未来を憂う、貴方のような存在が必要なのです。道は私が閉じます。だから……」
「それでは駄目なのですッ」
有無を言わさない激烈な大喝だった。混じりっ気のない憤怒で眦を釣り上げたアルベルトは、次には悔恨に押し潰されるように眼を伏せた。
シャノンが二の次を継げないでいると、アルベルトは慎重に口を開き胸の内を明かす。
「我々は今回の計画にあたり、彼の大魔術師の後方支援を受けました。権能の魔眼の降臨術式もそいつの入れ知恵です。失敗に終わった我々はどのみち消されるか、よくてもサンプルとして解体される事でしょう。この場合の最善は、二つの権能の魔眼を破壊することです」
「その大魔術師とはまさか──……っ」
都市伝説にすら等しい彼の大魔術師、その通り名を口に仕掛けたシャノンは寸での所で声を呑み込んだ。もしそれが本当であれば今回の事件は単なる辺境の一族に収まる問題ではなくなる。一体アルベルトは何処でそのような大物と接触したというのか、想像もつかない。
GHCでも度々その人物の噂は流れているが、その影を掴む事になろうとは。
問い詰めようとしたところで一際激しい音を立ててシャノンの魔眼が悲鳴を上げた。もう維持することすら限界に近いのだ。押さえつけた掌には血が付着し、いつの間にか眼球が蕩けそうなほど熱い。
紫煙の匂いが届き、ハッと顔を上げるとアルベルトが煙草に火を点けていた。盛大に咳き込みながら、残りも箱ごと着火。封入された“赤服”の呪詛が邪気を押しのけ赤い痣を広げていく。
殆ど悲鳴に近い叫び声でシャノンは彼の名を呼ぶ。
「奴はいずれシャノン様の前にも接触してくるかも知れません。どうかお気をつけて。こういう時、日本では草葉の陰で見守るというのでしたっけ? ……ああ、それにしても、ひっどい味だ。こんなの吸えたものじゃない」
全身を侵食した痣が左眼に達したと同時に、アルベルトの身体は呆気なく崩れた。彼岸花に加工されない原液の赤服はアルベルトの痕跡を残らず消滅させ、余波を受けた服だけが赤い影のように力なく堕ちた。
権能の魔眼はアルベルトへと邪気を流し込んでいた道の収縮を最後にシャノンに視せ、ガラスの破砕音めいた音を立てその役目を果たす。
「お馬鹿……」
もう二度と訪れることはないであろうシズの空に新たな則が敷かれる。散っていった革新派の願いが確かな裁きとなって、簒奪者に振るわれる事だろう。
急速に遠のいていく燦々と輝く星々の一つが音もなく流れ落ちる様を、シャノンは残る左眼に焼き付ける。
天罰の道が閉じられ、光に飲み込まれようともシャノンは瞼を下ろすことは無かった。
次で三章は完結です!




