三章・二十節 罰の俯瞰
「あーあ、妙なもんが生まれてしまったねぇ」
森の中、一際高い一本杉の枝に腰掛け、スーは言葉とは裏腹に楽し気な声を上げる。
投げ出された脚をぶらぶらと遊ばせる仕草は、この人物に強く残る童心を象徴するようだ。
視線の先は、会場フロアをぶち抜いて降りて来るアルベルト・ブリアード。権能の魔眼を降ろしたは良いが、蓋を開ければ歪そのもの。本来機能とは掛け離れた三枚の羽が宿っており、しかも経絡系の殆どがあの翼に引き摺られている。
あれではどっちが本体か分かったものではない。
「おっかない思いをしてせっかく最後のピースを用意してあげたのに、君には荷が重かったのかな。不釣り合いな器のまま力を求めた罰が下ってしまったよ」
あっさりと興味を失ったように視線を切り、スーがそのまま飛び降りようと前屈みになった時だった。
アルベルトの翼、その口から吐き出された人影が目につき、力なく揺れる赤いリボンが再びスーの心がくすぐられる。
「へえ、前言を撤回するよアルベルト君。案外やるじゃない」
幾筋の血の尾を引いて森へ落ちていくそれが見えなくなっても、クスクスと楽し気な笑みを絶やさない。まるでこの後の展開に心躍るように。
気が変わり、当初の予定通り見物を決め込もうと観戦用に用意していたバスケットからお菓子やジュースをうきうきと器用に枝に並べていく。森に響き渡る女の悲鳴をBGMに、吹き荒ぶ邪気をそよ風に、これから始まるショーに人知れず拍手で称える。
「でもでも、その程度じゃあ“赤服”は殺しきれない。ボク達がこの星から月の裏側を見れない様に、権能の視点を得られないままじゃあ、肉体の破壊は出来ても彼の本質を捉える事は不可能さ」
ほおら、怖い恐い女が目を覚ます。
あれに魅入られてしまえば、生物としての尊厳ある死は延々に訪れない。黄泉の国から迷い込んできた麗人は決して彼を離さず、赤く彩られた死以外を決して認めない。
女性の概念が形になったような死神が、拠り所のIFを呼び覚ます。
途端、消え入りそうだった霊気が稲光を引き連れ息を吹き返す。両儀の霊力が逆巻き、森林に満ちる木気が打ち震えその身を電光の刃へと化ける。その光景はまるで地上の雷雲。
一条の閃光が空を駆け抜け、一拍遅れてアルベルトの翼が一つ血飛沫と置き換わる。聞くに堪えない絶叫の三重奏。噎せ返るような血臭にスーの食指がよく動く。
無理矢理引き千切った翼には見向きもせず、電光従える赤いリボンの踵がアルベルトへ振り落とされ、紛い物の天使を空から叩き落す。
「ああ、怒っているんだね。感情を表に出せるようになったのはボク個人としても嬉しい限りだよ。ボクがあれだけ手を変え品を変えても暖簾に腕押しだったのに」
いったい何が彼の逆鱗に触れたのだろう。クローンを生贄に捧げたことか、それともたった今助けた義父の友人を殺されかけたことか、それとも女を傷物にされたことだろうか。あるいは全部か。
人形よりも人形らしかった彼の理性に猛らせる──あの“赤服”を解き放ってしまう程の悲劇をもう一度この身で味わいたい。根を下ろした華たちに何もかもを奪われ、灰になるようなあの死に抱かれたい。
「それでもボクらが手塩にかけたのは君なんだぜ、アルベルト君? 男の子ならそれ以上は見っとも無く叫び散らすのは止めてくれよ。仮にも君らは星の運行権の一つ、霊長の権能の保管者なんだ。そのままじゃあ──君らが忌み嫌う吸血鬼に堕ちてしまうだろうさ」
指の輪で囲ったアルベルトの左眼を観察すれば、虹彩の端が僅かに鮮血色に染まっているのが分かるだろう。
カウントダウンの始まりだ。
彼の眼が罰の色に飲み込まれた時、信賞必罰の理に乗っ取りこの世界は彼等を第二の罪人の一族と制定するだろう。
知恵と力は十分に与えた。それに見合う犠牲も払い計画も最後の詰め以外は上々だ。
罰は下ったが罪科はまだ確定していない。相応しい器が現れればまだ帳消しに出来よう。或いはもっと単純に、元凶であるアルベルトが滅ぼされればもっと話は簡単だ。
「さあ狭量の神様が人間の狼藉を見逃す時間は少ないよ。君達は何を選び取り。何を成すのかボクはとても興味がある。力の限り存分に立ち振る舞って欲しい。では勝手ながら蚊帳の外から開戦を宣言させてもらうよ」
ポンっとビンコーラの栓が抜かれる。
場違いな清涼感溢れる甘味料を煽り、喉を通り抜ける炭酸の刺激が此れから始まる喜劇を助長する様だ。
「うん、やっぱコーラはビンだよね!」




