三章・十七節 礎の無辜の命
「アアアァルベルトオオオオッ」
雄叫びを上げ、涼は全身をバネにして壁を蹴った。
霊力で強化された脚力に壁は砕け散り、二歩で踏破されたボックス席に同じ数の陥没が間を置かずに生まれた。
秒を跨がず第一、第二階位を飛び越し第三階位に降り立った涼はコルトSSAを抜銃。腕が霞む程の速さで薙ぎ払うように全弾をアルベルトへ撃ち放つ。
六発全てが【インドラの鎗弾】。高圧電流を従え戦車砲と遜色のない破壊力はまさしく雷霆神インドラの力の具現。だが──
「芸がない」
つまらなそうに一瞥したアルベルトの遥か手前で、全て弾け消えた。
アルベルトの魔眼、ではない。
涼の眼が正しければ、弾丸は月光に触れた瞬間に術式ごと霧散したように見えた。そして考察する時間も余裕も、涼には無い。
「散れ」
「──っ」
右眼の魔眼が差し向けられ、爪のような霊力の迸りが足元に迫る。
直感に従い大きく横へ跳んだ直後、涼がいた付近の椅子が真上に飛び上がり、一瞬空中で制止し、落ちた。追撃を躱しながら、椅子に極狭い幅の穴が空いている事を涼は見逃さない。
アルベルトを中心に円形の会場を奔る涼へ、アルベルトの魔眼が降り懸かる。
串刺し刑のように次々と穴を穿たれる椅子を見て、涼はアルベルトの魔眼の能力に確信を持った。
「不可視の刃を生み出す魔眼かッ」
「そうだ。穿剣の魔眼と俺は呼んでいる。威力は二度もその身に受けたお前がよく知るところだろう」
右眼の魔眼が強い光を発し、涼へ殺到する霊力量が跳ね上がる。
途端、背筋に悪寒が奔る。考えるより先に脚力を更に強化し、大きく後方へ跳び退く。
それでも僅かに間に合わず、第三と第二階位を隔てる仕切り壁に着地した涼には、浅手ではあるが少なくない切り傷が刻まれていた。
「ちっ、頸動脈を狙ったが外れたか」
苛立たし気に舌打ちするアルベルトは、追撃を仕掛けて来ない。
前回の戦闘を分析し予想はしていたが、有効範囲があるのだろう。視界の届く限りがアルベルトの有効射程圏内という訳ではない。
目算で、凡そ半径三十メートルといったところ。
しかし涼の懸念は他にあった。
(おかしい……早すぎる)
以前の邂逅では魔眼と経絡系の結びつきが甘く、速度も威力も並みの魔眼には到底及ばなかったはずだ。シャノンを庇い一度は不覚を取ったが、集中攻撃を浴びせて尚涼を仕留めきれなかったのが良い証拠だ。
だがいまの彼はどうだ。
魔眼が完全に身体に馴染み、霊力の循環は滞りなく、術式の起動速度も殆どノータイムに近い。
少なく見積もっても穿剣の魔眼を手にしてから一週間弱といったところだ。どう考えても異常な成長速度だ。
なにか絡繰りか、もしくは不正をしている。
この手の場合は薬か補助と相場は決まっている。アルベルトの場合は後者か、両方。
「月の加護でも得ているのか」
「どうだろうな。教えて欲しいか?」
「結構。自分で確かめるッ」
仕切り壁を蹴り砕き、再び涼が疾走する。
愚直なまでの突進に呆れた様にアルベルトが不可視の刃を放つ。
津波のように押し寄せる視えない剣の群れを前にして、しかし涼は怯まない。振り返らずに後方へ伸ばした手に引き寄せた獲物を掴み取り、一閃。
甲高い金属音を響かせ、魔眼の刃が悉く砕け散る。
涼が手にした獲物から立ち上がるのは“熾清気”。それを眼にし、アルベルトの顔が忌々し気に歪む。
「貴様、それはシャノン様の……っ」
「ああ、お前の愛しい愛しいシャノンちゃんの槍だ!」
聖典儀礼を施されたシャノンの槍は不可視の刃を枯れ枝のように砕き折り、涼の道を切り開く。天使の化身であった聖人の特殊な経絡系を模した聖典儀礼の術式は、注ぎ込まれた霊力を増幅・昇華させあらゆる術力を斬り裂く“熾清気”をもたらす。
破城槌と化した涼の突撃、魔眼といえど簡単には抵抗できない。
「図に乗るなよ。それは見た目ほど簡単な武具ではない」
四方から浴びせられる斬撃の嵐を掻い潜りながら、涼は身体を苛む洒落にならない痛みに舌を巻いていた。
アルベルトの言う通り、聖典儀礼の武器は手にして直ぐ扱える代物ではない。疑似とはいえ熾清気は天使の力そのもの。本来長い年月をかけて徐々に身体に馴染ませるべき強大な霊気。
だがそんなことは涼とて百も承知。
反動による高熱で溶け落ちそうな身体の悲鳴を一切無視して、涼は再び月光降り立つ舞台へ肉薄。雄叫びを上げ、槍を鋭く突き入れる。
耳を劈く衝突音が空気を揺らし、切先と月光の狭間で激しい火花が吹き上がる。
不協和音を奏で先に屈したのは、槍だった。
「……ちっ、やはりダメか」
槍は無数の破片となって砕け散り、逆流した熾清気で灰となってしまった。インドラの槍弾と同じくして阻まれる。
十中八九、何かしらの術式が展開されている。
だが涼が覚えた感触は防がれたというより、あの月光の内側で存在出来なかった、といった印象だった。聖典儀礼の槍が一時的に拮抗したのは、恐らく近しい力だったから。つまり──
「権能の魔眼を下ろす儀式かッ」
「無論だ。宣言は既に済ませたはずだぞ。だが問答に付き合うつもりはないのでな。貴様は生贄の相手でもしていろ」
なにっ、と涼が口にするより先に巌のような巨拳が真横から迫った。ガードこそ間に合ったが、途方もない衝撃に見舞われ涼は会場の外壁まで吹き飛ばされた。
いったいいつ接近したのか。涼を殴り飛ばしたのは簡素な病院服姿の少年だった。両腕が体躯に迫るほど異様に巨大化しており、身体が浮いて腕で床を踏み締めている。
身を捻り脚から着壁するも、間髪入れずに足元の外壁を突き破って現れたヤツメウナギの様な巨大な口が涼を喰らわんと欲す。
「っ……邪魔だ」
予備の銃で放たれたインドラの槍弾が直撃し、巨大ヤツメウナギの口腔から絶叫とタールのような血飛沫が上がる。
垣間見た肌は病的な白。
さらに追い打ちの如く、真上から腹部が異様なほど膨らみ四肢が全て裂け、蜘蛛のように八肢になった異形の怪人が奇声を上げ飛び掛かって来る。蜘蛛人間の肌もまた、先と同じく白。
「また人獣っ……。どういうことだ、アルベルト!?」
「無駄口を叩いている暇があるのか?」
「くっ……」
迫りくる蜘蛛人間が喉を震わせると、投げ網のように涼へ蛍光色の糸を吐き飛ばす。ほとんど落下同然に壁を駆け降り回避する涼へ、次々撃たれる糸の網は着弾した場所は、直後にドロドロに溶け崩れている。
あれは溶解性の毒液でもあるのだろう。触れれば唯では済まない。
ならばと涼はわざと距離を詰めさせてから手近なボックス席へと飛び込み、即場に銃を向ける。予想通り蜘蛛人間は涼の動きに対応できず勢いのまま降ってきた。
逡巡にも満たない黙禱を捧げ、引き金を絞る。
「ギャっ……」
狙い過たず涼の弾丸は蜘蛛人間の眼球を捉えた。亜音速の鉛弾が頭蓋を砕き、脳髄に修復不可能な一閃を残し、速やかに生命活動を停止させた。
「ぐあああああッ」
落ちていく蜘蛛人間を死角にして、迫っていた巨腕の少年が鉄槌の如くその拳を振り下ろす。
意表を突いた良い一手だったが、涼が一番注意を払っていたのはこの彼。
巨岩と小枝ほどの差があるにも関わらず、涼は一歩踏み出し固めた拳を振り抜いた。
だがこれは肉弾戦ではない。全ての技術・経験・駆け引きを費やす殺し合いだ。
拳が衝突した刹那、人体を熟知した涼の霊力が少年の巨腕に侵入。刃となって全身を内側からズタズタに切り裂いた。
「あり──、が──と……」
「……すまない」
子途切れる寸前、碧い瞳をした少年が安心したようにそう口にし、堕ちていった。
ありがとう。
その意味を正しく理解した涼は、怒りで気が狂いそうになる。
「貴様、貴様ァッ。同族を化物に堕したな。あのような人道に悖る怪物を生み出した身で、お前は未来を語るのか!!」
「最初から気付いていたのだろう? それほど激情に駆られておきながら、随分あっさりと殺したものだ。ああ、そうか。貴様はもう経験済だったな。見ろ。貴様が始末した人獣の呪詛が儀式術式へと渡っていくぞ」
両腕を広げるアルベルトが立つ舞台を中心に、薄っすらと淡い光を放つ複雑な術式陣が浮かび上がり、起動準備に入っている。
先程までは確実に無かった筈だ。
「ッッ!」
拳を固めた義手がギシギシと軋む。
アルベルトの言葉が本当なら、この陣の原動力はたった今涼が葬った三体の人獣。そして転用されている術式は、間違いなく八月に涼が山中で発見したものだ。
強制的な生存競争の最後の生き残りを利用した呪術・蠱毒をベースに、打ち倒された人獣が蓄えた呪詛を別の個体へ譲渡し、際限なく威力を高める人獣の炸裂術式。会場に展開されているのは、間違いなくそれを応用したものだ。
「どれだけの──」
低く、それでいて獣の様な荒々しい叱声が飛ぶ。
「この術式で、いったいどれだけの罪なき人の人生が狂わされたと思っているッ。同族を禁忌で犯し壊すことがお前らの正義か!!?」
砂純建人、大和屋鉄平、十鷺右京、有澤皐月──。
。何事も無ければ誰も涼は知ることすらなく、中年世代になった彼等と街中で擦れ違っていたかも知れない人々。
ある日突然彼等は狂った魔術師の手に掛り、都合の良い化物と爆弾として涼と雀の前に現れた。
いまも涼の胸には人としての死に涙した有澤皐月の涙の熱が残っている。
二度と繰り返してはならない悲劇が再び眼の前に現れ、涼の理性はとうに憤激で限界を迎えている。
「フン。随分とご立腹のようだが、そいつらは私達が発見した時には既に手遅れだった。第一勘違いしている様だが、貴様はあれらが真面な同族だというのか? 冗談ではない」
「何?」
心底不快気に鼻を鳴らしたアルベルトが合図すると、舞台の影から二十人ほどの病院服姿の者たちが姿を現す。男女共に十五、六歳といった具合であるが、不可解な事に皆一様に痩せ細り、枯れ木に服を引っ掛けている様な有様だ。首には拘束具の様な首輪が嵌められている。
加えて彼等には生気といったものが感じられず、落ち窪んだ眼は足元を見るばかり。
そして全員が穂波のような金髪であり、双眸は宝石すらたじろぐ碧眼。シズの一族だ。
ただし真面な生育環境……いや。真面な出自とは程遠い出生の。
「こいつらは何処かの強欲な人間が造った我々の偽物だ。ガラスと培養液に囲まれた浴槽で造られた人造人間。大凡蒐集家に高値で売り飛ばそうと企てたのだろうが、短い時間で無理矢理成長させたツケで真面な体機能を有していない。貴様のいう人獣に仕立て上げられたのは、その欠陥を補うためであろうよ」
「……そこまで分かっておきながら、貴様はッ」
「非道とでも言うつもりか? 貴様もさっき言ったじゃないか、こいつらは化物だって。本来の目的に叶う出来だったとしても、最後には必ず眼を奪われる。ならいっそ我々の悲願成就の礎となるのが幸福だろう。貴様の作る式神と何が違う?」
「もういい、黙れ」
淡々と語るアルベルトの言葉は、最早涼の耳に届いていない。
有効利用。要約すればアルベルトの主張はたったそれだけだ。
経験のない激しい怒りが、今すぐあの男を惨たらしく殺せと涼に命令してくる。辱め、汚し、生まれてきたことを死後も後悔する赤い死で彩れッ!
──それら一切を理性で完璧に凍てつかせ、だが怒りを否定せず殺意で溶かし研ぐ。
出来ればシャノンの意思を尊重して生け捕りが好ましかったが、もうそんな生易しい心境は腐り落ちた。
「……っ?」
結界を隔て余裕すら浮かべていたアルベルトは、そこで初めて息を飲んだ。
粛々と殺意を研ぐ涼の顔に、気付けば自分の首にも刻まれていた痣が浮かんでいた。シャノン、アルベルト、誠明に付けられたどれよりも色濃く、そして大きい。
平然としているも、アルベルトも刻印を取り除く為に多大な犠牲を払って此処にいる。今の涼がどれだけ危険な存在か、嫌というほど理解出来る。
無意識に半歩後退っていた自分に気付き、アルベルトは柳眉を逆立てる。
「フン。そんなにこの擬き共が消費される事が気に食わないか。だったら貴様の手で引導を渡してやればいい。だが忘れるなよ? 此処にいるのは貴様だけではないぞ」
「──何を!?」
「さあ参加者、出品者の皆々様。貴方たちも何処かで我々の計画を耳にし脚を運んだのでしょう? だがアンタらが望むショーの下準備はさっきの花火だけじゃ全く足りない。より多くの呪詛を炸裂させ、術式に注ぐ必要がある。座ってばかりで身体も凝り固まってる頃合いでしょうし、ここで存分に運動して欲しいッ!」
「なっ、馬鹿な事をッ──」
最初からアルベルトは涼一人を見ていなかったのだ。
天上の人獣からの凄まじい爆撃を難なく凌いだ曲者たちが、アルベルトの呼び掛けを受けぞろぞろと姿を出す。
「ほほう、存外に気が利く小僧じゃないか」
「服を汚された憂さ晴らしがしたい気分だったのよね。本当なら貴方を潰したいけれども」
「あ~んなひょろそうなのがクリーチャーに化けるんだから、人間ってのは本当にどうしようもないよね♪」
応じた人数こそシズのクローン以下だが、誰もが一つ間違えばアストレアが討伐隊を編成する癖者たち。
共通して皆誰もが品定めを楽しむかのような余裕と喜色の笑みを張りつかせ、悠々とそれぞれの獲物を抜いている。
「よせッ、彼等には何の罪もない!」
「此処はその罪すら金で量り売りされる現世の魔境だ。我を通したいなら金か実力行使で訴えるのが王道だぞ、若き監視官」
初老の紳士が杖に擬装した剣を抜きながら涼をそう嗜める。
そう、此処は結果こそ歪になるも敷かれたルールは至極シンプル。金で全てが図られ、法が存在しない故に力で強奪することも黙認される。
言ってしまえば、涼の主張は甘い。
「そう言うことだ。私を否定したいなら貴様がこいつらを皆殺しにすればいい。さあいけ!」
今度は制止の声すら間に合わなかった。
アルベルトの合図を受け、クローンに嵌められた首輪からカシュという空気音の後、異変が起こる。
「……ァ、アア……うわアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
薬品を投与されたクローンの身体が一斉に痙攣し、肉が沸騰している様に皮膚を押し上げ、次の瞬間にあっさりと彼等の矮躯は原型を失った。
その光景は、魑魅魍魎蠢く百鬼夜行。
手足を無理矢理取って付けたような巨大ヒル、全身をカビのような靄に覆われた四足獣、背中の無数の穴から絶えず蟲を吐き続ける無謀の巨人──誰もが人間の名残りを残しながら、人獣特有の白肌に侵され、人ならざる異形を強制される。
「殺れ。一族の礎となれ」
アルベルトの腕の一振りを合図に、人獣たちが一斉に動き出す。
無理な変異に身体が付いていかず、肉を裂き、血を撒きながら、苦悶の絶叫を上げ、しかし仕組まれた殺戮機構の奴隷になるしかない。
「いきがいいね~。玩具は壊し甲斐があった方が楽しい」
「嫌ね。思ったよりも醜悪。私は遠慮しようかしら」
「俺はこの手の化物の方が食いでがあってイイね」
他の者たちも各々で人獣の迎撃に乗り出した。退く奴は早々に引いたが、中には能力分析を挟む事もせずに真正面から衝突した野蛮人もいる。
当然涼に襲う人獣もいる。
「グアアアアアアアアアアッ!!」
「……っ」
涼が立つボックス席に飛来して来るのは、恐らくは昆虫と爬虫類の混成人獣。全身を一枚一枚が強固な甲殻である鱗で覆い、大きく発達した鋏型の顎は皮膚の上からでも分かる強靭な筋肉で覆われている。
「硬い……」
正面から受けずに突進をギリギリで回避し側面から蹴り捌いたにも関わらず、骨の芯まで響く馬鹿げた威力に呻く。
壁に突っ込んだ混成人獣は意に介さず、隣のボックス席から更に壁を突き破り、鋏顎で涼を砕き断たんと欲す。
ガクン、と混成人獣の脚が止まり、涼の遥か手前で鋏顎が空振る。
既にボックス席は涼の領域。事前に撒かれていた土行符で壁のコンクリートに干渉・操作し、混成人獣の関節部位を的確に絡めとっていた。
人獣の膂力を考えれば数秒と足止めは叶わないが、その数秒あれば十分。
呪詛封じの護符を投擲し、銃を向けた時だった。
「くる……しい」
ハッ、と息を飲んだ。
歪な口から紡がれる、酷く罅割れた声。そこだけは変わらない鮮やかな碧眼から涙を零し、コンクリートの拘束から抜け出そうと必死にもがく。
「いたい、くるしい……いやだ……。……たすけ、て」
無意識なのか、壊れた再生機器のように何度も同じ言葉を繰り返す。
痛い、苦しい、嫌だ──助けて。
もうとうの昔に自我は崩壊しているのだろう。彼の言葉は生存本能の灯火が絞り出した救難信号。
「君、名前はあるか?」
答えは、帰って来ない。もしかしたら、自分が口にしている言葉の意味すら理解していないのかも知れない。
コンクリートの拘束が砕け始める。もう時間はない。
「すまない」
引き金が絞られ、パッと発火炎と小さく血が散った。
銃口から上る硝煙に血の匂いが混じる。
彼に内包されていた呪詛は術式へ流れていない。ひとまず彼の死後までは利用されずに済んだと無理矢理自分を納得させ、涼はボックス席を飛び出した。
出来得る限り人獣を仕留め、術式の起動を阻止しなくてはならない。
例え砕かれると決まっている大きな歯車に喰い込んだ小石程度の時間しか稼げなくとも。涼は憐れな人獣を屠るしかない。
既に何体かの人獣が壊され、莫大な呪詛が会場を覆う術式へと流れ込んでいる。
「たすけ……グアアアアアアアアアアッ!!」
また一体、涼に人獣が差し向けられる。
涼は思わずにはいられない。
此処は、地獄だと。




