三章・十五節 一つ眼の従者
「いない。クソっ!」
競売の開始を数分後に控えながら、涼は船内を駈けずり回っていた。
部屋で仮眠を取っていた最中、雀に付けておいた式神との回線が消失。急いで信号が途絶えた第三階位の展示スペースに向かうも、雀はおろか彼女の髪の毛一本すら残されていなかった。
僅かな魔力痕を残すのみで争った形跡もなく、また彼女に持たせておいた防護術式が起動した様子もない。十中八九攫われたと考えて間違いない。
既にリス型の式神を方々に放っているも、望み薄だ。
この船は迷宮だ。魔術で空間を拡張しており見た目以上に内部は広大かつ複雑だ。それこそ例えアストレアや聖王協会に攻め込まれようとも問題ないほどに。
焦燥感が否応なく募っていく。
やはり雀を連れて来るべきでは無かったのか、そもそも最初から連れて来るべきではなかったのではないか。
『神崎雀もシャノン・コーデリオンも──宮藤カイ君の様に死ぬことになるよ?』
フランの言葉が現実味を帯びていき、涼は足元が崩れ去るような言い知れない恐怖に見舞われていた。
判断を誤った。自責の念がぐるぐると頭を巡り、狂ってしまいそうだ。
「……落ち着けッ」
後悔の袋小路に迷いかけるも、しかして自制心を総動員して一度脚を止める。その場で深呼吸を繰り返し、心中に一本の大木を思い描き、匂いや質感をリアルに再現する。先輩監視官の氷杜由良に伝授された精神を鎮めるルーティーンだ。
焦っても状況は好転しない。失敗を喫してしまったのなら、その後は如何にしてフォローし続けられる状況下に身を置くかが重要だ。
まずは状況整理からだ。何事も現状が見えなくては話にすらならない。
「神崎は……大丈夫だ。一年間、彼女の実力を傍で見てきたはずだ。軟な女じゃない」
彼女とて霊地の管理者たる魔術師。万が一捕えられた時の備えは当然用意しているだろう。
式神との反応が消失してから、涼はほぼ最短距離で二分と掛からず現場に駆け付けた。状況からみても犯行は極々短時間で行われたとみて間違いない。ならば雀を捕えた手段も極限られている。
例えば何らかの束縛系の術式を用いたとしても、雀の魔力量を鑑みれば効果は限定的だろう。即効性の薬品と併用した可能性が高い。物理的に昏倒させて攫った可能性もあるが、先日から雀はずっと安芸との稽古に付き合わされていたのだ。一切抵抗が許されなかったというのは、少し考えにくい。
薬物への対応などは術師であれば必ず最低限は供えるのが定石。効かないとまではいかずとも、効果は限定的なはず。犯人も当然弁えているだろう。
裏を返せば不確実性が残る薬を使ってまで短時間の内に雀を攫う必要があったということだ。雀に危害が及べば、直ぐに涼に察知されることを承知の上で。
何か目的があるはずである。
「宵波様。間もなくお時間です。御急ぎを──っ!?」
疑念が一つの核心に至り、涼は傍に控えていたホロウの胸倉を掴み引き寄せる。
別にホロウを責め立てようという訳ではない。これはあくまで案内人であり、オークションの備品のようなもの。物に責任を問うのは可笑しな話である。
だが雀が拉致された現場に居合わせたのなら、少々事情が異なる。
手当たり次第にホロウの衣服の内側を弄ると、読み通りそれはあった。
一枚の飾っ気のないメッセージカード。
そこに書かれている赤字で綴られた数字とラテン文字の羅列を眼にし、涼の眼が驚愕に見開かれる。
「アストレアの識別コードっ!?」
それはアストレアに所属する全ての構成員に振り分けられる識別コードだった。本部や支部への入館は勿論、外部からサーバーにアクセスする際にも使用するものだ。
外部に漏れる事がないようカードや端末等に記載し持ち出すことは禁じられており、本部の機密書庫以外では構成員の頭にしか残っていない。
つまりこのコードを扱える者は必然的にアストレアの人間という事になる。更に言えば──
「血、だな」
よくよく観察すれば赤字は全て“血”で綴られており、まだ微かに生気を帯びている。書かれてからまだ一時間も経っていないだろう。
血は情報の塊だ。DNAは勿論、採取された霊気・魔力から大凡の習得術式も割り出せる。裏を返せばこのメッセージを残した人物はそれだけの情報を涼に残していったという事だ。
それでいて現在まで接触がない現状を考慮すれば、敵対的な意識はない一方で、先方も堂々と涼とコンタクトが出来ない状況、立場にいると推測が出来る。
油断は出来ないが、雀に関してはひとまず安心していいはずだ。
時間を確認すればもう競売開始までほとんど時間がない。
「会場へ案内しろ」
「かしこまりました」
涼の横暴に特に腹を立てる事もなく、ホロウは第一階位の会場へと涼を先導する。その間メッセージカードを咀嚼し胃に押し込んだ涼は、並行して体内で血の分析に着手。
流石に個人の特定までは難しいが、血液型や性別、体型に病気の有無などが解ればメッセージの主は格段に見付けやすくなる。
途中化粧室で最低限の身嗜みを整えてから、涼はホロウの案内で第一階位専用のエレベーターに乗り込んだ。電光掲示板も回数表記も無ければ、音声案内もなく、途中に誰かが乗り込んで来る事は無い。
体感五十メートル以上下へと下る奇妙な感覚に混じって、魔力で無理矢理拡張された空間特有のどこか頼りない印象を覚える。
程なくして目的地に着いた。
降りたフロアは絨毯張りの緩いカーブをしているフロアであり、等間隔に豪奢な装飾が施された扉が並んでいる。内装のグレードこそ異なるものの、去年も涼はよく似たフロアに案内され競売に参列した。
此処は第二階位以上の出品者が入る観覧席。第二階位では幾つかの内の大部屋に案内されたが、第一階位では個別らしい。
ホロウが一つの扉を解錠し、うやうやしく腰を畳む。
「第一階位出品者様専用の観覧席になります」
「ああ」
中は優に十畳以上はある個室になっており、ゆったりと寛げるビロード張りの椅子が鎮座している。
飲み物のリクエストを問うてくるホロウを無視して涼は部屋の端へ。吹き抜けになっている会場を見渡す。
競売場は劇場と似た作りになっている。中央の舞台から同心円状に三フロアに分かれ、購入者のみが階位ごとにあそこへ案内される。涼達出品者はいるのは外壁に設けられたボックス席であり、こちらも三層に分かれ、競りへも此処から参加する。
通常の劇場では舞台に近い席ほど高額になるのだが、オークション・ラビュリンスではその逆。参加者は外周、出品者は上部であるほど階位の高さを示す証左となっている。
第一階位出品者である涼は当然最上部。会場全体を俯瞰でき、何かあれば直ぐに動ける位置だ。
(……いた!)
素早く会場に視線を走らせた涼はその人物の姿を視界に捉えた。
顔も隠さずその端正な容貌を惜しげもなく曝している。遠目からでも気圧されかねない堂々たる佇まい。彫刻像のような整った目鼻立ちに精悍な顔立ちは、そこらの王族でも裸足で逃げ出しかねない均整のとれたもの。自然体でありながら威厳すら感じさせる存在感の源泉は、やはりあの真紅の双眸であろう。
鮮血よりも鮮血の如し紅眼に宿るのは、まさに修羅。幾多の名のある術師・戦士を退けた正真正銘の怪物。
ヴラド・オルギア。
今回の一連の騒動の最終目的であり、シズの一族を終わりなき苦境へ貶めた元凶。“魔眼公”の異名で恐れられる、アストレアが制定した最新の第一種指定魔族。
側近を一人連れているだけで外見上は身一つの丸腰。恐らく涼の視線にはとっくに気付いているだろうが、鮮血色の双眸はちらりとも涼に向けられない。
シャノン達の接触直後こそ彼の捕縛が目的であったが、そのシャノン達が姿を消した今ヴラドに対する優先順位は下がっている。警戒を払いつつ、涼は更に会場に視線を走らせる。
無論、探しているのはシャノン、そしてアルベルトである。
乗船時から捜査の手は回していたが、接触はいまに至るまでなく、動きも見せていない。アルベルトが何かを仕掛けるのならば、ヴラドと涼が居合わせるこの時において他ならない筈なのだ。
シャノンに託されたブローチは愛用するリボンと共に髪につけている。
ブローチに内封されているのは、涼と照をもってしても解析の糸口すら掴めず、現代のどの術式系統の流れも組まない旧い術式。──そしてシズの一族を二分する理由そのものだろう。
そして同じく、アルベルトが掲げる一族の再興、かつての栄華を取り戻すためのピース。
こうして堂々と存在を明らかにしておけば、必ず狙ってくるはずだ。
椅子に着かずボックス席から会場を見下ろしていると、間もなくして進行役の美女が舞台に登壇した。
「大変長らくお待たせ致しました。紳士淑女の皆々様方、本日はようこそ当オークション・ラビュリンスへ。既にご存知の方も多いでしょうが、此処では名宝、秘宝の類は勿論、法の下では決して日の目を浴びることの無い品々を取り扱っております。
地獄の沙汰も金次第と日本の諺が示す場が現世にあれば、私は当船がそうであると宣言いたしましょう。であれば此処に集まられた皆様方もまた、地獄の住人。人間程度が定めた法が地獄へ届く事はありません。どうぞ皆々様、お目当ての品物を競り落として下さいませ」
進行役の優雅な一礼を合図に、会場内に拍手が起こる。購買意欲を刺激するいい口上といえるだろう。確か去年も彼女が進行役だったかと涼はあやふやな記憶を掘り起こす。
「それでは、進行表に従い第三階位の品物のご紹介に移らせて頂きます。まず一品目は吸血鬼の襲撃によって一夜にして散りぢりになった悲劇の一族。シズの一族の眼を加工し製作されました魔導具──“隻影の魔眼”でございます」
始まった。
進行表が公開されているので周知の事実ではあるが、一品目は魔眼だ。
競りの火付け目的として、序盤にそこそこ高レートの見込みがある品を持ってくることはざらにある。競りにかける順序で運営側の経営手腕がわかるという話も聞くほどだ。
魔眼という希少品のネームバリューも手伝ってか、落札額は第三階位の平均を直ぐに上回った。
一応あれもシャノン達同族の形見。涼も可能な限りの金額を提示してみるが、此処には魔眼公のヴラドがいる。直ぐに涼の倍の値段を提示し、落札されてしまった。
余談ではあるが出品者も当然競りには参加できる。いまも涼以外の出品者も何人かが値を釣り上げてきた。
もっとも、ヴラドの存在あってか一定の金額を越えたあたりから皆手を引いた。まだオークションは始まったばかりであり、第二階位以降には戦時下に悪名を轟かせた魔眼が控えている。此処は様子見が無難という妥当な判断だろう。
スタートダッシュは上々。
二品目以降も順調に落札されていき涼も秘かに注目していた世界三大叙事詩の一つ『イーリアス』。──ギリシャ神話のトロイア戦争を描いた最古の叙事詩の原典は“隻影の魔眼”の約二倍で落札された。
歴史学的な価値は当然だが、あの叙事詩にはトロイア戦争の大英雄の末路が事細かに記されている事だろう。謎の多いとされる原典の解読が進められれば、“大英雄ヘクトール”やアキレス腱の由来でもある『イーリアス』の主人公・“俊足のアキレウス”の遺体や縁の品が発見される期待もある。
その後、第三階位終盤に差し掛かったあたりで、涼はとあるレコードが妙に気になり、初めてこの競売で競り落とした。
「御品物になります」
ホロウとは別のスタッフが商品を納めたトランクケースと小切手を交換する。
その後も競売はトラブルに見舞われる事無く進行していく。いっそ奇妙なほど粛々と。嵐の前の静けさとはこのことか。
二時間と経たずに第三階位の商品最後の品が競り落とされた。
「これにて第三階位は終了となります。一時間の休憩を挟んだ後に、第二階位、第一階位のプログラムへと移行致します。それまでの間、暫し御寛ぎ下さいませ」
進行役の案内に従い、参加者の雑談が始まる。
各階位で第三は品物が多いこともあり、オークションは第三、第二と第一と二部構成に分けられている。第三階位の資格しか持たない者たちでも、第一、第二階位に立ち会う事のみは許可されている。
あるいは、此処からが境界線なのだろう。第二階位以降は毎年必ず死者が出るOLの真の素顔。
第三階位の時間が過ぎ去ったことで、蛇の毒液に浸っているような錯覚に陥る。それをさらりと飲み下す曲者しか、ここでは生きることさえ許されない。
取り扱われる品にしてもそう。常人が目にすれば発狂死しかねない品々などザラだ。生半な覚悟や神経ではこの場に身を置く事すら無謀なのだ。
かくいう涼とて去年よりはマシだが、たかだか二回目に過ぎない若造には重圧に過ぎた。まだ競りが始まってすらいないのに、背中には絶間なく冷や汗が浮かんでいる。
気付けば涼は紫煙を燻らせていた。そういえば本格的なニコチン中毒に陥ってしまったのも去年のオークションがキッカケだったか。
それでも幾分気分はマシになった。
ヴラドが一度退出したことを見届け、涼も外の空気を吸いに甲板に出た。
既に陽も完全に沈み、入れ違いに空へ上った満月が漆黒の世界に煌々と輝いている。陸と違い海上には月と星明かりしかない。水平線まで続く黒き海と対を成す様に、都会では人工灯が遮る星々が夜天を埋め尽くしている。
日本より僅かに緯度が高い位置を航行している為に、天の川や星座の位置が多少異なるも、見事な景色である事に変わりない。時間さえあればゆっくりと観賞するのもやぶさかではない。
ふと、涼はその星空に既視感を覚える。
それが何であるか思い至らず、しかし重大な見落としをしている様な漠然とした不安が蟠る。
船内に放った栗鼠式神たちもまだ雀たちの痕跡を見つけ出せず、メッセージカードの血の解析にももう少し時間が掛かる。
何か手を打つなら今が最後のチャンスなのだが、結局涼はもう一本煙草から呪詛を取り込むに留め会場へと蜻蛉返りした。リソースに限りがある以上、無暗やたらと霊力を消費するのは憚られた。
腹立たしいことに涼にはこの場で有効な手札が殆どといってなく、唯一アルベルトに対抗しうることがあるとすれば、可能な限り魔眼公・ヴラドの眼につく範囲に身を置く事だ。
わざとブローチをリボンと一緒にしているのもその為。
己の不甲斐なさがこうまで呪わしい事に、内心涼は気が狂いそうだった。
「宵波様。御面会を所望されているお方が御目見えですが、如何致しましょう?」
ボックス席に戻るなりホロウが面会申請を報告してきた。
出品者が面会を求められることはそう珍しいことではない。とりわけOLには通常のオークション形式のみならず、落札前の商品に限り出品者との直接交渉による取引も推奨されているほどだ。
かくいう涼も去年何人かと交渉の席についている。ノウハウの蓄積が無かったために最終的には普通に競売にかけたが。
だがホロウは亡い首を振って、直接交渉を否定する。
涼の人形は第一階位での商品。交渉するなら今が適切なタイミングではあるが、違うというなら目的が少々見えない。
「誰が訪ねて来た?」
「ヴラド・オルギア様です」
「何ッ!?」
急いで会場を見回すと開幕間もなくでありながらヴラドの姿がない。第二階位からも魔眼の出品は幾らかあるにも関わらずだ。
GHCとの討伐協定が露呈したか、と危惧したものの直ぐにそれは無関係だと切り捨てた。
邪魔な火の粉を払いにくるならば律儀に面会など求めるはずもないうえ、第一このタイミングである理由がまずない。
一瞬の逡巡を挟み、涼は尋ね人を受け入れる事とした。
「通せ」
「かしこまりました」
許可を出して涼も扉の前で迎え入れる。
だが扉の向こうで待つ思いもよらない人物に、涼は動揺を隠す間もなかった。
「だん……な、さま」
「シャノンっ!?」
倒れ込んできた少女を咄嗟に受け止めた涼は、突然現れたシャノンの変わり果てた有様に愕然とする。
アルベルトに攫われた日に身に着けていた衣服はボロボロに引き裂かれ、血に塗れている。傷口から霊力の残滓が見受けられる事から、拷問に等しい術式を受けたか。
だが何よりも痛ましいのは、身体ではない。
「だ、……ザマデ、ずが。そこに……い、……しゃいま、ゴホッゴホッ……!」
「大丈夫。俺は此処だ。安心しなさい」
声が震えていないか、涼は自信が無かった。
手探りで涼に触れようとするシャノンの痛ましい姿に、眼を背けたくなる。
シャノンは──左眼が抉られていた。
顔の左半分が夥しい血に染まり、美しかった金髪も赤黒く薄汚れて見る影もない。語るべくもなく、多くの同族と同じくして眼球を抉られたのだろう。
全身が血塗れの時点で悪い予感はしていたが、身体も相当痛めつけられている。アルベルトから受けた傷も大雑把な処置を施されたのみで、化膿し悪化している。とりわけ傷が深いのが首であり、頸動脈にこそ達していないものの声帯は半ば潰れた状態だ。
見ればシャノンの首からにあった涼の刻印が強引に引き千切られ、消失していた。信じ難い事に術者本人でさえ解除が出来ない呪詛を無理矢理祓ったのだ。GHCの聖典儀礼の武具を用いればあるいはそれも可能かも知れないが、一歩間違えば確実に命を落としていただろう。
涼は自責の念に押し潰されそうになるも、いまはその時間すら惜しい。治療が最優先だ。
「ゴボ、ハア、だ、だんな……ゴホッゴホッ」
「喋るな。傷が深い」
「ち、ちがぁ……ガゴボッ、だん、ゴホッゴホッ……」
「! 待ちなさい」
何かを必死に訴えようとするシャノンの意図を察し、止血と並行して喉を優先的に治す。主従契約の回路を利用して思考共有も出来たが、経絡系にまで傷が及んでいると傷つけかねない。
慎重かつ許される最大限の速度で喉の組織を修復し、血管を通し、神経を繋いでいく。極限まで集中力を高めた涼の技量は、本職の修復師に勝るとも劣らないものだ。
「ゆっくり喋りなさい。肉体補完の組織は脆い」
「ありがとう、御座います。ハア、ハア……旦那様。ヴラドは、彼はいますか……」
「いや、いない。そもそも君はそのヴラドの名前で此処に来たんだ。何があった?」
涼の言葉を聞いた瞬間、シャノンは悔いるようにギュッと眼を閉じた。
どういうことか問いただそうと涼が口を開くも、答えは思わぬところからやってきた。
いつの間にかに始まっていた第二階位の競売。高揚を隠せない進行役の前フリが聞こえてくる。
「さて、それでは次の商品になります。こちらは先程のご休憩時間に飛び込みで御出品された、逸品中の逸品で御座います。当オークションに御参加頂いている皆々様方でしたら、当然彼の悲劇の一族・シズの一族の名をご存知かと思われます」
シャノンを抱えて涼は急いで会場を確認する。やはりヴラドは見当たらず、舞台には次の商品が運ばれている。
ボーリング玉ほどの球体の何かが白い布に包まれており、銀の台座に鎮座している。
嫌な予感がした。何か、事態が根底から覆ってしまうような気がしてならない。短いながら涼は監視官の経験則でも、この手の予感が決していい方に外れた試しがなかった。
「当オークションでも度々取り扱う魔眼は、御存じシズの一族の眼球から製作されます。芸術性、あるいは純粋な魔導具としての性能をお求めになる方も多いと存じています。それ故に十四年前にシズの一族は吸血鬼の手によって、大きくその数を減らす結果を招いたとも言えるでしょう」
進行役の合図を受け商品の布が外されていく。
「現代となっては魔眼狩りはほぼ一人の吸血鬼によって成された言っても過言ではないでしょう。しかし、今日この日をもって魔眼公の名に終止符が打たれましたこと、僭越ながら私めが宣言したします」
布が取り払われ、露わになったそれに会場がどよめき立つ。
理解が及ばない、眼下の光景を受け入れられない、あまりに馬鹿げている。
「アルベルトに捕まっていた私を逃がして下さったのは、彼なのです。私の解放の条件に、彼は自分の首を差し出しました。……申し訳ありません、旦那様」
「……なぜ、謝るんだ?」
腕の中のシャノンの言葉が遠い。無意識に気遣いも忘れ強く抱き寄せていたのは、頭の何処かでこの結末を恐れていたからか。
考えてみれば不自然な点は山ほどあった。
魔眼公と恐れるに至りながら彼が魔眼を行使したという記録は一例もなく。性能に劣る第三階位の魔眼であろうと決して引く事は無かった。
アストレアは彼を第一種指定魔族へと指定した。凶悪な魔眼犯罪の抑止力として彼が有用であると判断したからだ。そう悉く──奴が狩ったのは魔導犯罪者ばかりであった。あまりにもアストレアに都合が良すぎる存在だ。
この時、メッセージカードの血の一部の分析が完了し、涼の予感を裏付ける。
特徴的なDNA因子を含んだこの血は──吸血鬼のそれだ。
「『魔眼公』──ヴラド・オルギアの生首。五千万円からお願い致します」




