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三章・十節 正義叶わず、贖いは遠く

 そこは異郷の地であった。広大な森林と渓谷の天然結界に守られた未開の地。


 大自然の中でその集落はひっそりと築かれていた。


 文明から距離を置き、科学の力を排し、自然との共存に命を委ねる原始的な生活。

 狩猟は毎年決まった期間だけに行われ、畑を耕し、木々の恵みに感謝を捧げる。

 夜になれば星明りに抱かれて眠りにつく。


 誰もがその日を生きる事に精一杯で、娯楽の類は極端に少ない。


 一族の眼に宿る力を自覚している者は、果たして何人居ただろうか。隠れるのではなく都会に紛れ血を薄める事も、組織に属し地位と権力で一族を守る選択肢も、あるいはあったのではないか。


 彼らシズの一族の分水嶺となったその日、小さな手は燃え盛る故郷に呆然と腕を伸ばすしかなかった。


『おとうさま、おかあさま……』


 幼い声は涙に震え、誰かの肩に担がれ、遠くなっていく故郷の空に次々と流星が降っていく。

 響き渡る悲鳴に耳を塞ぐこともなく、小さな手はただそれを眺めるしか出来ない。


『くそッ、くそッ!! またか……またお前か道化師!! 一体どこまで人の命を軽んじるつもりなんだ!』


 すぐ近くで怨嗟と悔恨が吐き出された。


 視界が一瞬だけ声の主に向くと、若い青年の顔があった。


 やや髪の色素が薄い点と部分的に肌が不自然な白色であることを除けば、典型的な日本人の容姿。己の無力を呪うかのように唇を強く噛み締め、直走る彼の形相は憤怒と涙に染まっていた。


『……大丈夫、君だけは必ず逃がす。君だけなら守れる』


 大丈夫、大丈夫と精一杯の希望を込めた青年の励ましは半分自分に言い聞かせるようだった。彼自身何の根拠もない空虚な励ましだと自覚しているのかも知れない。


 ただこの幼子は現実を受け入れる事すら手一杯で、流星が瞬くごとに断片的に脳に侵入してくる、暗き穴二つの同族の惨状に理解が及ばず、心が音を立てて崩れていく。


『大丈夫、大丈夫だから……っ!? 何してるんだ!?』


 焦燥に駆られる青年の制止の声。


 ゆるゆると緩慢な動きで視界が掌で塞がれる。

 ぬるりとした感触が手に伝わり、初めて血の涙を流していると自覚した。


 ──故郷が劫火に包まれている理由がこの眼なら、いっそのこと……。


 ぐじゅりと湿った音を立て、固くも柔らかい両眼はあっさりと圧力に屈した。


   ✝   ✝   ✝


『まずはお帰りと言っておこうか、宵波三等監視官。そして謝罪を。状況説明が随分遅くなってしまった』

「……」

『本来であれば直接膝を合わせるのが妥当なんけれども、こちらも大概バタついていてね。君の御義父上も碌な休みもなく方々に駆け回って貰っている始末さ』

「…………」

『……へい、聞いているかい?』

「………………」

『宵! 波ぃ! 監! 視ぃ! 官!!』

「──~~!!?」


 インカムからの耳をつんざくフランチェスカの叫声によって涼は漸く思考の海から引き摺りだされた。

 脳にまで届いた音の暴力に涼は堪らず椅子から転げ落ち、しこたま頭を打つ。


 落ちた拍子に外れたインカムから今もギャンギャンと喚き声が漏れているが、涼に応答する余裕なんて無い。


 とはいっても今のは全面的に涼に非がある。


 耳の痛みを堪えながら起き上がった涼は思考整理も兼ねて当たりをぐるりと見渡す。


 場所は涼の自室。一年半使用していなかったにも関わらず埃は積もっておらず、内装も五輪へ発った時のまま。家具はパイプベットと本棚、後は簡素なパソコンデスクのみ。


 窓から差し込む日は茜色に染まりつつあり、客間でも出来事から既に数時間が経過している事を物語っている。

 目眩を堪えて涼はデスクのPCに戻ると、通信相手に頭を下げる。


「……すまない。少々考え事に耽っていた」

「そんなこと見れば分かるさ。だがねスーザン。デート相手を前にしながら、他の女に現を抜かすなんてのは紳士の所業じゃない」

「貴女の仰る通りだ、フランチェスカ様。デートじゃないし、部外者の俺はこれで失礼致します。では」

「は? あ、ちょっと待ちたま──」


 通話終了ボタンをクリック。相手の顔が消える。

 直ぐにビデオ通話のリクエストが届く。応答をクリック。


『オホンっ、オホンッ。えーっと……情報共有を始めたいが、いいかい宵波監視官?』

「はい。こちらからも報告が幾つか」


 茶番を無かったことにし、涼は通信相手、政府公認独立執行機関の最高責任者であるフランチェスカ・E・ユースティアに向き直る。


 幼少時代からの付き合いである二人はお互いの性格と言うものをよく理解している。組織のトップと一構成員という隔てりはあるものの、先程のような言葉のじゃれ合いは挨拶みたいなもの。


 しかし切り替えは大事である。

 涼は煙草に火を着け余計な思考を完全に除去する。クソ不味い紫煙にほんの少し意識を委ねれば余分が入る隙間は無い。


『まずは謝罪を。本当にすまない。聖王協会との外交部署の設立は合意に至ったが、GHCの強硬手段を許したのは完全に見越しが甘かった。結果として君達現場の負担は増大する一方だ……』

「嫌。これは保守派全体の認識不足が招いた結果だ。協会派の聖王協会との癒着は我々が想定する以上のものだ。上層部の判断ミスだけで片付けられる問題ではない」


 深々と頭を下げるフランに対し、涼は問題の本質は別にあると指摘する。

 フランも同意見なのか頭を上げると頷いてみせる。


『直嗣や他の幹部たちも同様の見解だ。聖王協会とGHCの今回の対応は少し早過ぎる』


 先日アストレアは聖王協会との外交部署を新設する運びとなり、涼はフランからその旨を公表に先んじて伝えられていた。


 外交部署を設ける理由の一つが、協会派の聖王協会への合流を合法的に管理・制御することだ。


 具体的に協会派と堂々と名乗りを上げている構成員がごく少数の今、保守派の課題は彼等のあぶり出しと排除。


 外交部署はいわばその足掛かりであり橋頭保でもあったが、フランたちの目論見は早くも罅が入っている。


 言うまでもなく、此度のGHCの強制接触だ。


『君をはじめとして十六人の三等以上、特に監視官と諜報官を中心にGHCからの使者の接触を受けている。理由はまちまちだけど、協力体制を築くための視察ってのがあちらの大体の言い分だ』

「具体的に誰が拘束を受けている?」

『リストをそちらに送った。君の意見を聞かせてくれ』


 送付されてきた接触メンバーを確認した途端、涼は臍を噛む。誰もがアストレアで輝かしい功績を築く実力者ばかり。中には涼の先輩監視官の氷杜由良の名前もある。


 つまりこれだけの人材が現在任務から離れ、足止めを受けているという訳だ。

 内部分裂の危機に現状にも関わらず、涼も徴用されるであろう協会派の一斉摘発を事実上封じられているに等しい。


 内部工作を企てる連中にとっては、またとない機会だろう。


 解せないのは監視官や諜報官は殆どが請け負う任務の性質上単独行動が常になりやすい。時には長期間連絡を断つ事も珍しくはない。


 彼等を一斉にGHCが補足したと言うことは、以前からマークされていたと結論付けて間違いないだろう。涼の様に協会派の人間に姿を曝し続けたような例外が無い限り。


 煙草が益々不味くなる。


 考えたくはないが、監視官と諜報官の行動が筒抜けになっている以上、導き出される可能性は多くない。


「伊調銀治の他にも上層部に何人か、協会派の人間がいる」

『……やはりそこに辿り着くか』


 涼の見解をフランは神妙な面持ちで受け止める。


 独立性の高い監視官と諜報官は任務でも協力体制を敷く事は稀だ。例えばGHCからの接触者の中に教会派がいたとしても、GHCを手引きすることは難しい。


 となれば由良たちの行動をある程度把握し、尚且つ内部工作が比較的容易な人間が糸を引いている公算が自ずと出てくるのだ。


「先日俺に埋め込んだ“覗き窓”が悪用されている可能性は?」

「調査中だ。開発関係者の身辺調査を進めている。念のために“のぞき窓”は全機稼働を停止中だから、頭に入れておいてくれたまえ」


 協会派のあぶり出しの為に、涼をはじとしため数人に細胞同化型生体管理式神──通称・のぞき窓が埋め込まれている。

 各種バイタルと位置情報を常にモニタリングされているこの式神を利用すれば、捕捉は容易いだろう。


 だがこれは決してあってはならない重大な謀反だ。

 これまでも重要な役職へ着く構成員の調査は入念に行われてきたが、生い立ちや境遇、思想を鑑みても上層部にはそれらしい人物はいなかったというのがフランたちの見解だった。


 だからこそ保守派は腰を据えて、協会派と事を構えず穏便にことを運ぶよう舵を切ってきた。


 だがその前提が、此度の奇襲によって全て瓦解したことになる。


 協会派の先導者である銀治の他に、黒幕が確実に存在している。

 いずれにせよ、アストレアは設立以降最大の混迷期に突入することだろう。


『内部ばかりに眼を向けていた事が裏目に出た形だ。保守派に対して盲目的になり過ぎていたつけだね。こうなってくると十六人も実力者を抑えられたのはかなりの痛手だ』

「だが逆に言えば奴らもそれなりの実力者をぶつけている筈だ。大組織でも氷杜先輩達に裂いたリソースは少なくないはずだ」

『大柳なんかは同様の意見だね。ただどちらも有能な人間で牽制し合っている現状、次に浮き彫りになるのは政治力の差だろうね。そうなってくると内部分裂を抱えるアストレアは必ずどこかでボロが出る』

「……どこまで行っても協会派が障害になるか。クソッ」


 乱暴に煙草を灰皿に押し付けた涼は二本目に火を着ける。


「確か神崎達の様に途中から協会派の構成員の介入を受けた監視官が何人かいたよな?」

『ああ。さっき送ったリストにも何人か入っているね』

「多分、五輪(こちら)でいえば幸白たちはGHCの補助約と標的になった保守派のカウンター役を担ってる。実際にシャノン達との戦闘に割り込んだ幸白に、俺は虎の子の雷の霊術を奴の迦楼羅炎で完封されている」

『……雨取照に付いた紫涅和泉は確か金気の扱いに秀でてたね。資料では、地中の鉱物を利用した波状攻撃には特に高い評価とある。金剋木、か。なんで能力に偏りがある子らを五等監視官におだて上げたかと思っていたが、狙いはスーザンたちだったか』


 弱っている所を襲撃されたとはいえ、シャノンとアルベルトの戦闘スタイルは涼に対抗しうるには決して十全とはいえるものではなかった。実際シャノン達は誠明の助太刀無くして常磐津の雷撃を防げたかは疑わしい。


 逆に言えば幸白誠明という補助役がシャノン達についている限り、涼は必ず劣勢を強いられる構図が敷かれているのだ。どこまでも伊調銀治の蜘蛛の糸に絡め捕られている気分である。


『本格的な衝突に備えているのは、協会派(あちら)も同じか。そうなると監視期間の延長自体も隠れ蓑代わりだったというわけか。チッ。手札の隠し方……いや誤魔化し方が上手いね』


 口惜し気に爪を噛むフラン。


 補佐役の大柳を初めとして彼女の周りには政治に秀でた重鎮が多く控えている。フラン自身もユースティア家の長女として幼き頃から格方面で揉まれている故、下手な政治家よりよほど言動は達者だ。


 その彼女達を巧みに翻弄している伊調の手腕には、悔しいが涼も保守派が劣勢を強いられている事を認めざる得ない。


 嘆かわしい事に銀治に関する懸念事項はもう一つある。


「フラン、今更だがこの通信は安全だな?」

『当たり前だろう。僕が使う回線だぜ? 傍受対策は万全だとも。声にもフィルターを噛ませているしね』


 アストレアの通信規格は専用回線を利用した特別性であり、更に術式で肉声を暗号化している。事前に解除コードを共有している為、たとえ傍受されても他人にはノイズにしか聞こえない仕様だ。


 無論の事、それは涼も承知済み。


 それでも確認を取ったのは、伊調銀治という男の底が知れない故。

 ──アストレアはまだ伊調銀治の脅威判定を見誤っている可能性がある。


「よく聞けフラン。その伊調と接触した雨取によれば──あの男、人獣(・・)の可能性がある」

『何だって!?』


 画面の向こうでフランが腰を浮かせる。初めて彼女から泰然とした表情が崩れ、カメラへ詰め寄る。


『何故事前の報告書に……いや、そうか。内通者の可能性を先程挙げたばかりだったな。……しかし人獣だってっ? 詳しく報告したまえ』


 念のために更に二重に肉声を暗号化させ、涼は照からの話を詳細に伝える。


「雨取自身は人獣とは見接触だから、実際には確証はない。だが人獣特有の白肌を彼女は確かに見たそうだ」

『……不味いね、相当根が深そうだ。人獣といえば──』

「──魔術翁。彼の大魔術師の傀儡、という線もあり得る」


 吸血鬼の王・真祖と繋がりがあると言われる国際魔導犯罪者、通称を魔術翁。


 痕跡は多々見付かれど、その正体は長年に渡って不明。性別すら判然としない中で、八月に五輪市に現れた人獣は魔術翁の傀儡と推測されている。


 素体にされたのは術師とは無縁の唯の学生であったにも関わらず、生粋の魔術師である雀に深手を負わせるほどの戦闘力を示した。


 さらに人獣はその体内に途方もない呪詛を蓄積させており、炸裂すれば人間どころか霊脈まで汚染しかねず、重大な霊地汚染を引き起こしかねない。


 霊地の汚染は霊気の均衡を崩し、生命のサイクルに狂いを齎す。古来日本に跳梁跋扈していた物の怪の類は、偏在する霊気が淀み瘴気となって生物が変質してしまった姿だ。


 もし銀治程の術師が人獣となっていれば、その呪詛の威力も計り知れない。彼以外にも魔術翁の傀儡となっている者が多数いれば、その脅威は計り知れない。


 大粒の汗を浮かべるフランは、しかしそれとは別の問題を危惧していた。


『聖王協会には魔術翁の信奉者が多いと聞く。例え伊調が人獣ではなかったとしても、可能性がある限り下手に彼を捉えれば聖王協会(あちら)の顰蹙を買いかねない』


 血が滲むほど苛立ち気に指を噛むフランの心境は察して余りある。


 まるで幾重にも絡まった蔓だ。

 一本一本は力技で引き千切る事は容易でも、どうしても歩みは鈍る。


 伊調が魔術翁の手先であれないにせよ、必然的に慎重に調査をしてからでは無ければ迂闊に動けない。


 保守派の実害は微々たるものだが、じわじわと取れる手が潰されていくこの感覚に涼は怖気を誤魔化せない。


『伊調の身辺調査は此方で手配しておく。この件は当面内密にしておいてくれ』

「御意。俺からの追加報告は以上だ」

『ん、ご苦労』


 聖王協会との交渉はまだまだ序盤だ。

 ここで組織としての力量を示さなければ、最悪全面衝突の危機さえあり得る。現状を如何に上手く処理できるかが、今後の方針を大きく左右するだろう。


『……それにしても、心底困ったね。直嗣は外交部署へ半ば強制転属だし、動かせる人にも限りがある』


 此処まで明るいニュースが皆無。

 幼馴染の仲である事をいいことに、フランはトップの立場を忘れ机に突っ伏す。


 よく見れば髪の艶が引けて、血色もやや悪い。何日も真面な休みを取っていないのだろう。

 組織の長として体裁は重要だが、涼は特に注意もする事無くかねてより気になっていた事を口にする。


「まだ聞いていなかったが外交部署の設置交渉自体は上手くいったのか?」

『……ん? まあ一応ね。現状はクレームを投函するポストがお互いに作られたぐらいの意味だけどね』


 はあ、と思い溜息を零したフランはボソボソと語り出す。


『今回の聖王協会との交渉でより明確になった点は幾つかあったけど、中でも国の後ろ盾の有無がより浮き彫りになったよ。現代でもアングラな側面が色濃い術師を、アストレアは限定的だが国に容認させ、監視下に置いているんだ。典型的な所謂秘密結社的なあちらからすれば反りも合わないわけだ。ぶっちゃけお互い目障りなんだよね』

「身も蓋もないことを……」

『君の所に来たシズの一族なんて正にその代表例だろ? 我々がヴラドを第一級指定魔族に制定したばかりに魔眼の素体を牛耳られ、聖王協会は貴重な研究対象が失われていく様を、黙って指を咥えて見ているしかないんだ。かといってヴラドに手を出せば彼等には法の名の元に罰が下る。ああまったく、創設者様は素敵な八方塞がりを考案したものさ』


 ざまあないね、と恐らく本心からの毒を吐くフラン。


 フランが若干十五歳にという事もあり、外部からの評価が手厳しいものであるのは想像に難くない。涼の知らない所で散々煮え湯を飲まされているのだろう。


 時間があれば労ってやりたいところだが、いまは優先事項が他にある。話も微妙に逸れ掛けているので戻さなくては。


「俺の能力が及ぶ範囲であれば幾らでも動くが、まずはGHCの祓魔師たちの対応方針を仰ぎたい。俺達はどう動けばいい?」

『いま大柳と分担して指示を飛ばしているところだ。君には私から伝えるが、基本的には君の判断に委ねる。こういった非常事態に対して柔軟に、そして厳格に対応してこその監視官だ。誰よりも与えられた権限に相応しい評価を、君達は示してこそだ』

「しかしオークションへの参加はまだしも、ヴラド・オルギアに関しては俺の権限の範疇を越えている。アストレアが奴に介入すれば、魔族を快くなく思っている組織は指定魔族制度への懐疑心を深める要因になりかねない」


 先程フランが述べた通り、聖王協会やGHCはこれを機に指定魔族制度への批難を強めるだろう。

 一度前例が生まれてしまえば、後に続く事は容易い。


『まあ指定魔族制度は内部でも色々な意見があるけれど、君は当該の魔族を眼にした事がないだろう? 実際にその眼で相対し、彼の吸血鬼の存在意義を熟慮したまえ』


 遠回しに突き放すフランの言い回しに涼は疑念を覚える。


 涼の知る彼女は生来の嗜虐心で人を翻弄する事はあっても、必ず明瞭な指令を下す指揮官であったはずだ。特に人命と組織を左右する場合は責任の所在を全て自分に置き、現場の人間の憂慮を全て取り払う。


 今後の展望を視野に入れればシャノン達GHCを上手く捌かなければいけない筈だ。この手の状況処理に経験豊富な大柳や他の重鎮は何をしているのか、涼には全く読めない。


 信用は置かれているのだろう。

 だがフランチェスカらしくない、というのが涼の偽らざる心内だ。


「フラン、何を……」

『君の言いたいことは察しているとも』


 涼の言葉を遮ったフランはWEBカメラを自分から外してしまう。後には彼女の音声だけが届く。


『スーザン。我々は正義の女神(レディ・ジャスティス)を名乗っているけれど、我々が手にする天秤は人間製だ。我々の価値観で見限られた命は膿となって必ず僕らに帰って来る』


 それはアルベルトの憤怒を受けた涼には痛みと共に刻まれている。


 どれだけ立派な思想を掲げようとも、強力な権限が与えられようとも掬い取れる命には限りがあり、払拭できない闇は確実に存在する。


 日々激化する魔導犯罪に対応しきれず、時には命に優先順位を付け正義の名の元切り捨てられた犠牲は数知れず。


 それは涼とて一度や二度ではない。


 魔術翁の手によって人外の傀儡となった学生を、霊地の安全を優先して処刑した。

 正体不明の術師を暴くため半死半生の術師を無理矢理生かし、情報を優先した。


 全て正しい判断だったと涼は自負しているが、傷痕は必ず何処かに残る。


『間違いなくシズの一族はアストレアの闇と君を対峙させるはずだ。その時何を思い、何を成し、何と戦うか。全ては宵波涼に委ねる。覚えておきたまえよ。事の次第によっては神崎雀もシャノン・コーデリオンも──宮藤カイ君(・・・・・・・)の様に死ぬことになるよ?』

「──何を言っているんだッ!?」


 椅子を蹴飛ばし涼はパソコン画面に掴みかかる。


 フランの言っている事は終始イマイチ要領を得ないものであったが、最後の言葉だけは聞き流す事は出来なかった。


「宮藤と……あの事件と神崎達は何の関係もないはずだろう! 何故今アイツの名が此処で出るんだッ!? 答えろフラン!」


 マイクに怒鳴り散らすも、画面は無機質な文字で【通話終了】を告げる。

 直ぐに通話申請を掛けるも、フラン側から通信自体を拒否されていた。質問、抗議は受け付けないという事らしい。


 携帯や式神でも連絡を付けようと試みたがどれも失敗に終わり、諦めた涼はどっかりと椅子に身体を預ける。


 その弾みで髪を束ねる赤いリボンが視界を過ると、無意識に涼は手に取る。


 長年使い込んだ布地は何度も縫って補修を重ねており、ほつれてはみ出た糸が多く目立つ。

 風呂と就寝時以外は戦闘であろうと肌身離さなかったこのリボンには、涼も知らない補修痕が何か所かある。


「……宮藤」


 フランの忠告は宵波(・・)涼の原点ともいえる忌々しい記憶を疼かせる。


 ──四年前。


 涼がまだ監視官どころか、霊能力者の端くれにすら立っていなかった頃。


 もしかしたら、親友と呼んでいたかも知れない若き監視官候補生が殉職する惨劇が起きた。


 早すぎる死を迎えた候補生のトレードマークは眼が覚める様な──赤いリボン(・・・・・)だった。


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