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三章・二節 三番目の式神

 古今東西問わず宗派や地域によって解釈に多少の差異はあれど、魔力・霊力は二つに大分されてきた。


 古代中国に端を発する陰陽説では、この世の森羅万象は対立する二つの観点に分類されると解釈されている。


 術師の世界でもこの思想は取入れられ、その代表例が性別によるもの。即ち男性は『陽の気』を纏い、女性は『陰の気』を宿す。此処に魔力・霊力の区分は存在せず、陰と陽に優劣の関係もまた無い。身体と同じく、ただ特徴を示すだけのもの。


 一つの鉄則として生まれ持った霊力が魔力へ変化、またはその逆が起こり得ぬ様に、生来の陰陽が逆転することはあり得ない。如何なる理由で性別が反転しようともだ。


 だがその定説を覆す実例が神聖白騎士団(GHC)の祓魔師、シャノン・コーデリオンとアルベルト・ブリアードの眼前に現れた。


「動揺してくれるな。私は確かに、貴方たちの標的に違いない」


 編纂魔術が生み出す雪原に佇むは、宵波涼の霊気波長を有しながら『陰の気』を纏う一人の女性。


 健康的な引き締まった長身によく映えるパンツスーツを隙無く着こなし、カーキーのトレンチコートを合わせている。切れ長の瞳は猫科の猛獣を思わせ、長く伸ばされた黒髪を眼も映える様な赤いリボンでポニーテールに結っている。


 幻覚の類ではない。


 現に黒髪の女性に頬に触れた雪は溶け、滴となって首筋へ伝っていく。呼気はシャノン達と同じく白く濁り、試しにとアルベルトが投擲した短剣は煩わし気に稲妻で迎撃される。


 少なくとも、この黒髪の女性は実体として此処にいる。


 しかし同時にシャノン達の術師としての感覚は彼女を宵波涼と認識し、外見や『陰の気』から別人とも訴えている。矛盾だ。


 疑問は残るが、現時点で導き出せる答えは一つ。


「その姿は貴方の式神ですか?」

「さあ、どうでしょうね。呼び名に困るなら常磐津と呼べ」


 黒髪の女性──常磐津はぶっきらぼうに答えると、呪符を無造作にばら撒く。


 撒かれた呪符は木行符を原型にした雷行符。オリジナルの術式が刻印された特製品だ。

 常磐津が複雑な印を次々と結ぶ。呼応した呪符が莫大な紫電へ変じ、急速に収斂していく。


 その霊力の純度と質量を眼にし、祓魔師に初めて明確な危機感が露わになる。


 信じ難い事に常磐津が練り上がた霊力は、シャノンとアルベルト両者のそれを掛け合わせても遠く及ばない規模へ膨れ上がっていた。


 結界越しであっても肌を炙る強烈な霊気の波動は、編纂魔術の空間を再び揺るがし始める。編纂魔術の展開中に彼岸花と聖槍の激突で生じていた空間亀裂が拡大し、修復が追いつかなくなる。


 元々照が起き抜けで手順を大きく飛ばして行使した編纂魔術だったことも相まって、強度は著しく低い。


 術式の再構成を諦め観察に徹した照は視ていたであろう。


 常磐津と名乗る女性の霊気に『陰の気』だけでなく『陽の気』が混在し、互いを触媒に一対と成る様を。


 稀代の魔術師である少女は確信を得る。あの常磐津は間違いなく宵波涼その人であり、同時に宵波涼もまた常磐津であるのだと。


 照の分析力をもってしても正確な絡繰りまでは見破れないが、あれは術式の一つの究極。


 万物の根源である両極から生じた二極、陽と陰に別たれた一の存在──『両儀』の霊気だ。


 一つの感覚しか有さない照やシャノン達からすれば、ただただ常磐津の霊力が膨れ上がっているとしか捉えられない。


 同情しよう。GHCの敗北は決した。あれの対抗出来るのは同じ極致に達した力のみ。


 安堵し、そして戦慄を刻もう。あの監視官が雨取照と同盟者の神崎雀の担当で良かったと。


「アルベルト、私の『眼』で秘術を使います。下がりなさい!」

「! なりません。我が一族の長である貴女様の御役目をお忘れですかッ。魔に落ちた血筋である私が此処で身を削ります」

「それでは貴方の身が持たない!」


 アルベルトの制止を振り切り、シャノンが前へ出る。その手には精緻な彫金細工が施されたブローチが握られ、注がれた霊力を贄に何らかの術式が起動しつつあった。


 ブローチから展開される複雑な術式模様がシャノンの片目へと伸びていく最中も、アルベルトはシャノンの肩を掴み必死に制止を試みる。


 だが祓魔師は遅きに失した。


「何を揉めているか知らないが、GHCの聖典儀礼を拝謁したついでだ。西欧(そっち)の術式をパクったこの一撃の採点を乞おう。点数は勝手ながら──貴様らがぶちまける血反吐の量で計らせて貰う。精々派手にぶちまけろ!」


 命を狙った代価だ、と妖艶な笑みを浮かべ常磐津が空へ腕を伸ばすと、稲妻が飛翔。分厚い雲海に大穴を空け、莫大な霊力が蜷局を巻き、雷轟となって雪原を震撼させる。


「──マズイッ」


 ありったけの羊皮紙に用いてアルベルトは頭上に疑似アイギスの楯を幾重にも張る。

 もっともそれを悠長に待つ相手ではない。


「遅い!」


 常磐津の腕が振り下ろされる。その手が結ぶのは帝釈天印。インド神話のインドラと同一視されており、インドラは実に様々な側面を持つ。その内の一つが雷霆神。ギリシャ神話の最高神・ゼウスに同じく雷は神々の中であっても容易には操れない、力の象徴。


 雷を神鳴りとも表記される理由が、これだ。


 両儀へ至った常磐津の雷撃は、最強の雷霆神の御業の顕現。インドラの矢の再来を此処に宣言する。


「砕け散れ──ノウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ!」


 真言と共に放たれる一条の稲妻。大気を斬り裂き、音を置き去りに。雪原を雷光で塗り潰した怒涛の雷撃はアルベルトが展開した都合十五枚の疑似アイギスの楯に直撃。十四枚が一切の抵抗を許さず粉砕される。


「ぐっ……舐めるな、極東の術師風情がッ!」


 アルベルトの大喝。同時に砕けた十四枚の楯の内、六枚分の楯を瞬時に再構築。彼もまた西欧に名を馳せる聖王協会の姉妹機関の祓魔師。十四枚の楯を犠牲にした僅かな時間で、聖典儀礼を施された長剣を主軸に組み上げたのは、ギリシャ神話の叙事詩『イーリアス』に語られる大英雄の楯。その模倣術式。トロイア戦争最強の戦士・ヘクトールの槍を防ぎ切った英雄アイアスの楯だ。


 逸話を準えるように雷撃は新たに展開された六枚の楯を貫くも、最高硬度を誇る七枚目に押し留められる。


 さらにアルベルトは楯を更に加工。衝撃をもろに受ける平面構造から威力を分散しやすい円形楯へ移行させた。


 効果は覿面。稲妻は楯から放射状に分散し、威力が格段に落ちた。


 これならイケる。アルベルトに一筋の光明が差したに思えたその時、


「それで凌げるとでも?」


 ビシッと、アイアスの楯に罅が入る。


 アルベルトから血の気が失せ、後方でブローチの術式を構築するシャノンもまた我が目を疑う。


 これが当事者であるアルベルト達と俯瞰者である照との違いだ。


 常磐津の霊力は陽と陰を兼ね備えた『両儀』。一方でアルベルトのそれは陽一方のみ。例え同じ術式を象ろうとも、どちらに軍配が上がるかなど、論ずるまでもない。


 最初から選択を誤っていたのだ。アルベルトが常磐津の一撃から生還する為には、防御ではなく回避しか選択肢はなかった。


「お、オオオオオォォォォォ!!」


 失策を悟ったアルベルトだが引き際は遥か過去。シャノンの準備も荒れ狂う雷気が強力なジャミング波となって遅々として進まない。


 爪先に至るまで文字通り全身全霊の霊力を楯に注ぎ込む。シャノンもまた注ぎ込む。だが崩壊は止まらない。


「フランでさえ私の“赤服の呪い”には気軽に触れない。何処で知ったかはこの際どうでもいいい」


 静かに告げる常磐津から更に膨大な霊力が練り上げられる。柏手を打った両手に蓄えられるのは眩い電光。複雑な陰影に揺れる常磐津の双眸は油断なく祓魔師を射抜いている。


 此処に来て二撃目。


 つい数分前に立場を逆にして展開された状況。


 天からの雷撃に貼り付けにされるアルベルト達に、トドメを迫る常磐津。因果応報とはこのことか。


「宵波……常磐津、監視官! 矛をお納め下さい。我々は──」

「問答無用ッ」


 何かを言いかけたシャノンを無視し、常磐津は術式を解放。黒髪を振り乱し、鉤爪の様に指を折り曲げた腕を振るう。


「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン!」


 唱えるは金剛夜叉明王の真言。雷の象徴たる金剛杵の名を関する五大明王の一柱。あらゆる障害・外敵を打ち破る戦勝祈願の象徴だ。


 放たれたのは都合五条の雷の爪撃。正面、左右、上下の五方向から差し迫る攻撃に対し、既にシャノンらに打つ手はない。


 硝子が砕ける様な音と共に、遂に編纂魔術が砕け現実世界が垣間見える。


 それとほぼ同時に天撃を防いでいたアイアスの楯も力尽き、人二人を屠るには過剰な破滅が降り注ぐ。


 万事休す。アルベルトが咄嗟にシャノンを我が身で庇う。もうそれしか彼に打てる手は残っていなかった。


 電光に焼き尽くされる視界。音さえ掻き消える轟音に呑まれようとする祓魔師の二人。


 圧倒的な死を前に、その顔を染め上げたのは“恐怖”でも“悲痛”でも無く、飛び込んで来た人影(・・)への“驚愕”。


「木気から出ずる雷、五行相生の理に乗っ取り我が火気とならん。木生火ッ」


 シャノン達の前へ乱入した人影──幸白誠明は手にする倶利伽羅剣を抜き放ち、迫る雷撃を焼き払った(・・・・・)


「──!?」


 そこに比喩は無い。より正確に言うならば、五行思想に準える火気と木気の性質関係に乗っ取り、雷撃の大部分が火気へと転じたのだ。即ち五行相生。


 相生とは自身の性質を転じさせる相性関係の意味。土気は金気へ転じ、金気は水気へ、水気は木気を生み出し、そして木気は火気を生じさせる。


 雷気は木気に属しており、誠明はこれを火気に転じた。『両儀』へ至った雷気を、不動明王の加護を賜る迦楼羅炎での五行相生(・・・・・・・・・・)


 生れ出たのは火山噴火もかくやという猛り吠える炎海。直視すれば眼球を潰されかねない熱線を放ち、金羽の火の粉を散らす。その威容にまさしく蛇龍滅ぼす神の炎。


 ともすればシャノンらは元より、術者の誠明さえ自滅しかねない勢いだ。


 吸い込む空気さえ肺を焦がしかねない灼熱地獄。その只中で誠明は暴走寸前の迦楼羅炎に恐れる事無く呪文を口にする。


「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」


 唱えるは五大明王の一柱。不動明王の真言、金剛手最勝根本大陀羅尼──『火界咒』。


 霊術を通して炎へと感覚を投影。


 カッ、と誠明の眼が見開かれ、放たれた波動が倶利伽羅剣を通し、迦楼羅炎へ伝播する。


 それまで無秩序に燃え盛っていた火気の嵐は完全に掌握され、倶利伽羅剣の刀身へと集約されていった。


 火気の密度が極限にまで高められたその威容は、そこに神鳥が降り立った錯覚しかねない光景だ。


 不動明王の化身。誠明はその異名に相応しい見事な術捌きを示した。


「双方武器を納め、戦意を沈めよ!」


 誠明は倶利伽羅剣を掲げ、停戦を叫ぶ。

 編纂魔術は完全に霧散し、景色は五輪ハイムのエントランスに戻っていた。


「二人とも。失礼ながら異国ではしゃぎすぎるのは如何なものかと。貴方たちの流儀は存じ上げないが、これでは唯の殺し合いだ。たとえ影武者(・・・)といえど、これ以上は看過できない」

「申し訳ありません。御助力感謝致します」

「……申し開きようもない」


 数メートルも離れず常磐津と睨み合う誠明は、背中越しにシャノン達へ警告する。痛烈な批判を受けシャノンは目を伏せ、アルベルトは端正な顔立ちに苦渋を滲ませる。


「ここはお任せしても宜しいですか?」

「聞かれるまでもない。即刻離脱していただきたい」

「では。失礼致します」


 一礼したシャノン達の輪郭が激しくぶれる。無数の光粒が霧散した後には、祓魔師とは似ても似つかない人工生命(ホムンクルス)が転がる。痩せ細った裸体には電子回路を思わせる術式が刻まれ、淡い明滅の後に沈黙する。


 ──遠隔人形(マリオネット)


 汎用人工生命ホムンクルスに術者のDNA情報を掻き込み、一定時間分身として操作する術式だ。能力は本人には遠く及ばないが、式神と異なり実体を伴う為にバレにくいことが特徴だ。


 つまりはあの二人は偽物であり、何処かで物見遊山を決め込んでいるというわけだ。

 聖典儀礼の槍や銃は本物だっただけに、相手取った常磐津には盲点だった。


「宵波……常磐津……監視官も矛を納めろ」

「君に美男美女のお友達がいるとは知らなかったな。それもとびっきり危ない子達」


 誠明の要請を無視する常磐津の声が一層険を帯びていく。その手には火気相剋を狙った水行符が指に挟まれている。


 注視すれば熱波で揺れる常磐津の黒髪から滲むように墨色が零れている事が解るだろう。黒色を示す水気の術式が待機されている証拠だ。


「一度だけ忠告しよう。黙って退いて、あの野蛮人たちの居場所を吐け」


 警告ではない。

 殺意を潜めた、命令だ。


 つい二週間前、両監視官は同じような状況で対峙したばかりだ。


 重篤な任務違反の嫌疑を掛けられた紫涅和泉監視官を庇う誠明に、涼は入念な準備があったとはいえほぼ一方的に彼を完封してみせた。


 その時の苦痛が身体に克明に刻まれている誠明は冷や汗を滲ませる。


 涼/常磐津の警告に差し向ける殺気はあの時とは意味も質も全く異なる。警告を蹴れば今度こそ本気の殺し合いへと発展するだろう。


 別物だ。

 対峙する三等監視官の濃密な殺気を前に、五等監視官の誠明は改めて畏怖の念を抱く。


 今年の四月から大凡半年間。誠明は監視対象の神崎雀だけでなく、涼の動向を秘かに観察していた。式神越しに幾度か戦闘に立ち会う事もあったが、こうして自身に敵意を突き付けられるのは今日が初めて。


 和泉の一件はただの“躾”。不躾に地位実力共に上の監視官に立て付けば、鞭が飛ぶのは至極当然だ。


 ただしそれは個人の采配に大きく委ねられるもの。


 命を狙った刺客を庇うような真似をすればどうなるかなど、考えるまでもない。


 今回の“御勉強代”は果たして腕のニ、三本で済むだろうか。


 倶利伽羅剣に蓄えられる経験した事の莫大な火気でさえ、涼/常磐津の前では蝋燭の火の様に頼りない思いだ。


「──ッ」


 それでも誠明は一歩前へ踏み出す。


 地位も実力も、生立ちでさえ戦場では大した意味は持たない。任務に付いた以上は常に死を覚悟し武器を取る。


「申し訳ないが退くわけにはいかない。無理な相談だが納得がいかないというのなら──役不足ながら御相手仕る」


 さらに一歩前へ出た誠明は眼鏡をはぎ取り、短距離走のスタートダッシュに様に姿勢を低くすると剣を更に地面すれすれまで低く構える。


 単純であからさまな突進姿勢。故に初速の爆発力がものをいう単純な攻撃でもある。ましてや誠明が構えるのは不動明王の倶利伽羅剣であり、纏うは神鳥宿る迦楼羅炎。威力は折り紙つきだ。


 迦楼羅炎に勝るとも劣らぬ気迫を示す誠明に、シャノンとアルベルトは息を飲む。


「ああ。そう」


 命を賭す同期の烈火の如き覚悟を受け取り、涼/常磐津は凍える様な殺気で此れに応える。


 否。比喩では済まされない実態を伴う冷気が、常磐津の手によって編まれつつあった。


 常磐津の足元には霜が降り始め、パキパキと音を上げながらエントランスを白く染め上げている。白の侵食は常磐津と誠明との中間地点で止まる。


 照の編纂魔術ではない。純粋に常磐津が練り上げる水気がこの場の半分を掌握しているのだ。


 水気は五行において金気と同じくして冷と燥の宿す霊気。


 常磐津の『両儀』の霊力は通常よりも水気の性質を強く表出させ、濃密な冷気となって誠明の火気と鬩ぎ合っていた。


 睨み合う二人の監視官。


 一方は人剣一体の猛火と成り、一人は呪符を手に泰然と構える。


 停戦の余地は生まれず、交渉は元から議題の場に上がらず。勝者が敗者に首輪を繋げ生殺与奪の権を得る。


 空気が張り詰める。


 極限まで研ぎ澄まされた感覚は五感から余分を排除し、神経を研ぎ澄まし、同時にすり減らしていく。


「こらこら誠明。なんでお前が喧嘩腰になっとんねん。客人止めろって話やろ」


 突如殺伐としたこの場に飄々と響く何処か胡散臭い関西弁に、誠明は意表を突かれる。


「ッッ!!」


 唯一動いたのは常磐津のみ。


 そして常磐津の姿を取ってなお、その相貌が焦燥に歪む。


 誠明の乱入から新手を警戒して索敵網を張っていたにも関わらず、それをあっさりとすり抜けられた。


 破られたのではなく、すり抜けられた。


 つまりは索敵網を完璧に把握・看破し、術者ですら気付かない死角を通り常磐津に接近したという事。


 鍛え抜かれた感覚が常磐津に最大級の警報を鳴らす。


 退避を選択肢から瞬時に除外し、直ぐ真後ろに接近した“声の主”へ振り向きざまに隠し持った銃剣で斬りかかる。


 が──


「おわ! 符術(こっち)じゃなくってそっち(銃剣)かい。流石は史上二番目の最年少三等監視官っちゅうとこか。ええ判断能力やな」

「──なッッ!?」


 常磐津は我が目を疑う。


 手応えが無い。それまでは良いにしても、銃剣まで消失(・・)しているのはどういうことだ。


 盗られたか? だが手元にはその感覚すら無く、まるで最初から銃剣が無かったかのように突如として銃剣が消えていた。


「くッ……!」


 上手だ。涼/常磐津よりも遥かに勝る実力者。


 瞬時にそう悟った彼女は待機状態にある術式を最小工程で変更。目暗ましの霧を発生させ、攪乱と撤退を試みる。


「まあまあ、そう警戒せんでもええやん。僕らは本当に君らと揉めるつもりはないんや」


 こつん、と何かで額を小突かれた様な痛みが走る。それとほぼ同時に襲われた驚愕に常磐津は悲鳴を上げかける。


「どうして、霊気が……!?」


 練り上げた膨大な霊気が一切感じられない。


 まただ。先程の銃剣と同じく、まるで最初から存在しなかった様に一切の霊気が悉く消滅している。


 そして今度はそれだけでない。


 全身の力という力が抜け落ち、常磐津は床へ崩れ落ちる。

 如何なる術式か、それとも毒物の類さえ判別できない。


「堪忍な。どうも無理矢理にでも大人しくしてもらわんと、お喋りも出来へんみたいやし。にしても君本当に宵波涼君? どうみても本物のおっぱい付いとるけど」


 倒れた常磐津を声の主の影が覆う。


「──何故、貴方がッ!?」


 必死に混乱を押さえ、何とか首を動かし声の主を視界に捉えた常磐津は愕然とする。


 実力が桁違いな筈だ。


 いまの涼/常磐津では例え十人で挑んだところで勝てるビジョンが浮かばない。


 なにせ同格と言われる義父の宵波直嗣に同じ彼我の戦力差を抱いたのだ。


「おしゃべりしようか、涼お嬢ちゃん」


 耳元でそう囁く声の主は、アストレアでも屈指の実力者。


 その男はパタパタとわざとらしく扇子を仰ぎ、皺が寄った着流しをはだけさせている。狐の様に細長い糸目は片目に痣が浮かび、僅かに覗く眼球は白く濁っている。


 聖王協会への合流を説き、アストレアを二分する一派・協会派の先導者。『詐欺師』異名で内外で恐れられる宵波直嗣の宿敵がそこにはいた。


「何故貴方が此処にいるんだ。伊調銀治──!?」


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