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三章・一節 美しき祓魔師

「私達はGHC、グレート・ホワイト・キャバリーEU支部に属する祓魔師です」


 武骨な槍を手にした女は、仲間の男が気道を締上げる涼へ玲瓏な声で所属を告げる。


 GHC。アストレアとは異なる独自の判断基準を元に、死という異端者の烙印を告げる殺人集団。

 審判が下ったが最後。GHCが誇る聖典儀礼を施された武器はあらゆる術式を斬り裂き、異端者を地獄の果てまで追い立てる。


 安易な戦力比較は出来ないものの、装備格差だけに焦点を当てればGHCの祓魔師一人に対しアストレアの攻城官三人で釣り合いと言われるほどだ。


 その祓魔師が今涼の眼前に二人。

 自宅のマンションのエントランスで女祓魔師に奇襲を受けた涼は、一旦は女を追い詰めたものの潜伏していた男祓魔師の急襲を許してしまった。


 壁に叩きつけられるまでなら良かったが、体内の治りかけの傷が開いた。雷撃の如き凄まじい剣の刺突で片腕の義手は破損、壁に涼と共に刺し止められている。


(──……っ)


 更に不味いことに軽い脳震盪を起こしているのか、視界が定まらず身体に力が入らない。肺が酸素を渇望し、内臓が悲鳴を上げる。頸椎は今にも馬鹿力の圧力に屈しかねない。

 どっどっどっ、と死の淵を鋭敏に察した心臓が煩い。


(GHCが何故俺を……!?)


 湧きあがる疑念をしかして涼は痛み諸共に些事と切り捨てる。そんなものはこの場を切り抜けた後で如何とでも検討するなり調査すればいい。


 苦痛を理性で咬み殺し、秒単位で這い寄る死神を飼い慣らせ。


「宵波涼。貴方の命を頂戴しに上がりました。どうぞ、御覚悟を」


 槍を手に優雅に告げるのは、女祓魔師。

 処刑宣告を申し渡される涼はこんな状況にも関わらず、女の美しさに息を詰まらせる。いや物理的に呼吸は封じられているが。


 年の頃は恐らく涼に近しい二十歳前後。些細な動作で綺羅と揺れる白金髪。異国の海を彷彿とさせる透いた碧の瞳。百合の様な白肌と好対照に、曲線美を体現した様な口元は薄っすらと紅が差されている。

 神の寵愛を賜った命ある人形。そう称して差し支えない人間放れした美しさだ。


 状況が違えば、涼は不躾なボディチェックをした自分を恥じたかも知れない。


(あの瞳、何処かで……)


 何かが涼の中で引っ掛かる。

 女だけでなく、彼女と同じ色を湛える眼前の男の特徴的な碧眼。万華鏡のように光の加減で独特な色合いを覗かせる宝石の様な瞳だ。


 先日の舞踏会では外見的な美しさばかりに気を取られていたが、確かに何処かで眼にしていた筈。


「貴殿はこれから死ぬのだ。雑念は苦しみを助長するだけだ」

「ぐっ……」


 涼の疑念を察したのか、絞首台と化した男の力が強まる。

 涼がいくら霊力で首まわりの筋肉を強化しようと、男は表情一つ変える事無く涼の首を握り潰してくる。


 肉が圧潰していき、頸椎が軋む。


 涼ががむしゃらに手足を振り回し拘束を抜け出そうともがくも、男の身体は小動もしない。元々脳震盪で力が碌に入らず、腕に関しては不慣れな義手だ。効くはずがない。


「本来であれば正式に名乗りを上げるところですが、一身上の都合によりこの場では控えさせて頂きます。どうかご理解ください」


 嘘は無いのだろう。心苦しそうに目を伏せた女だが、次の瞬間には甘さは綺麗に削がれていた。涼が筋肉を断ち切った片腕をだらりと下げたまま、しかして見惚れるほど洗練された構えを取る。


 半身になった身体に隠す様に槍を保持した前傾姿勢。間違いなく薙ぎ払いの構えだ。


 一般的に刺突武器と捉えられる槍だが、その真価は叩き付けや薙ぎ払いにある。

 例えば合戦場において刺突というのは鎧を纏い尚且つ動いている相手にあてるのは難しく、さらに言えば効果が薄い。ピンポイントで関節や首元を狙う技量があるのであれば話は別だが、腕力のみに頼る刺突というのは鎧に容易に防がれてしまう。


 付け加えるならば長柄武器を突き出すのは非常に腕への負担が大きく、かつリーチを生かそうと柄を長く持てば必然的に取り回しも悪くなる。


 だが薙ぎ払いや叩き付けでは、話は別だ。

 遠心力や重量、しなりが生み出す破壊力は凄まじく、例え鎧の上にヒットしようと衝撃は身体を突き抜ける。骨は折れ、肉や内臓は傷つき、即死ならずとも相手を死に至らしめる。


 女祓魔師の構えはそれを熟知したものだ。

 薙ぎ払いの破壊力に加えて、助走で更に槍を加速させるつもりだ。ダメ押しとばかりに獲物は聖典儀礼の聖槍。あれを防ぎ切る術式は万全の涼といえども持ち合わせていない。


 涼を張り付けにする男は直前に退くだろうが、義手を壁に縫い付ける剣が涼を逃さない。


「──では、行きます」


 女祓魔師の脚が大きく後ろへ引かれ、前傾姿勢になる。

 槍から蒼い燐光が立ち上り、刃先からキュイィィィンという甲高い高周波音が鳴り渡る。女の髪と服が僅かに揺蕩っているのは凄まじい霊力の波動が重力を打ち消している証左か。


 必死だ。手を打たなければ間違いなく宵波涼は此処で死ぬ。


 だが既に意識は半分以上離れ、痙攣する身体は命令を聞き付けない。霊力は千々に切れ、札術一つすら満足に望めない。


 そして、あっさりと処刑は執行されようとしていた。


 女祓魔師の脚が凄まじい爆音と共に蹴り出され、刹那を待たずして涼を射程圏内に捉える。


「安心召されよ。彼女の一撃は貴殿の赤服の呪い(・・・・・)ごと浄化して退ける」


 耳元で囁いた男術師はせめてもの慈悲か、離れ際に涼の首を一息に圧し折った。


 ゴキっ、という頸椎が砕ける重音。


 支えを失った涼の頭が力なく落ちていく。


 瞳から光が失われるより早く迫るは、女祓魔師の薙ぎ払い。

 空気を逆巻くその一撃はまさしく必殺。槍先は音速にまで達し、聖典儀礼を施された武具特有の霊気・熾清気が極光を放つ。


 獣人すら屠るであろう高貴なる死が、男祓魔師の言葉を正しく体現するだろう。


 ──本来であれば。


 直後、二つの事が同時に起きた。


 一つ目はエントランスのありとあらゆるガラス製品が、何の前触れもなく一斉に砕け散った。採光窓から警備室の窓、果ては電球に至るまで例外なく。


 GHCの祓魔師らは聞いた事だろう。

 音としてではなく、空間に染み込んだように紡がれる呪文の起句を。


 ──Lost(迷え).  Lost(迷え).  Lost.(迷え)


 満ち満ちる魔力の波動はエントランスを異界へと誘い始める。


 世界は境界を見失い、静と冷が支配する残酷に平等な理が敷かれていく。

 空気は凍え、景色は白以外の色を失い、迷い人は果ての無い雪原に身を固くする。


 稀代の魔術師・雨取照の編纂魔術だ。


 戦闘音を聞き付け、涼ごとGHCの二人を彼女が展開する雪原空間へ引き摺り込みにかかったのだろう。


 マイナス二十度の極寒の世界は、直接照が手を下さずとも祓魔師を穏やかな死へ誘うだろう。


 だが祓魔師たちが震撼した理由は、もう一つの異常事態。


「……──視たな、私を」


 雪より冷たき女の声(・・・)で宵波涼の口が動く。


 瞠目する祓魔師の二人。


 だが女祓魔師の槍は最早止まらない。


 極光放つ槍先は正確に涼の首を捉えていた。


 照の編纂魔術に捕われようとも、この一撃は確実に涼の命を絶つに足る威力を誇り、勝利の天秤は確実に彼女へ傾いていた。


 ましてや相手は頸椎を砕かれている。普通であれば即死。言葉を発する事など不可能。


 だからこそ動揺した。

 熾清気のコントロールが毛先程ではあるが乱れ、必殺の刃に反撃の隙を生んだ。


 涼の霊力が突如跳ね上がる。常識では考えられない勢いと、圧倒的な純度を誇る霊力は彼の内側に一体の式神を顕現させる。


 監視官の双眸は怨敵を射抜き、砕かれた頸椎から真紅の彼岸花が噴き出す。


 槍と彼岸花。極光と真紅。凄まじい霊力を内包する両者が接触した瞬間、瞬きの間に圧力限界に達した。荒れ狂う霊力の奔流は一点に凝縮したのち、大爆発を引き起こす。


 展開しかけの編纂魔術が悲鳴を上げ、雪原が軋む。しかし極狭い範囲に展開した為か、辛うじて持ちこたえた。


 爆炎を引き裂いて出てきたのは、二人の祓魔師。

 何度も身を捩らせて受け身で速度を殺し着地した彼等は、雪原に何メートルも轍を引きようやく止まる。無傷、とはいかないまでも軽傷だ。


「アルベルト!」

「問題ありません、シャノン様。しかし……」


 互いの無事を確かめる二人に先程までの余裕は無い。


 アルベルトと呼ばれた男祓魔師は女祓魔師──シャノンの聖槍の有様に言葉を失う。


 聖槍と激突した彼岸花は深き爪痕を残していた。


 GHCが七日七晩の儀式を持って施す聖典儀礼の術式は無残なほどに侵食され、見る影もなく。修復は望めそうにない。


 特に外見上の欠損は顕著だ。穂と呼ばれる刀身から柄の中腹まで微細な真紅の罅割れが走っており、徐々に崩壊している。あと数分もしない内に、槍は痩せ細り、崩壊することだろう。じっくり観察すればその罅模様から強力な呪詛を内包している事が確認できる。


 早々に見切りを付けたシャノンは槍を放棄。先程涼に弾かれた自動小銃・AK‐47に飛びつき、片腕で器用に弾倉を交換。アルベルトが新たに構えたのは二挺の自動拳銃・ワルサーP99。


 照準はさきの爆炎で立ち込める煙塊。


 槍と彼岸花が衝突した際、涼は壁に拘束されたままであった。普通に考えれば編纂魔術の空間侵食を揺るがす程の爆発の渦中に身を置いて無事であるはずがない。


 祓魔師たちはそんな常識的判断をかなぐり捨て、煙塊へ向け引き金を引きまくった。耳をつんざく発砲音と空薬莢のシャワーが雪原に降り注ぐ。


 既に頸椎を砕かれた相手に手痛い反撃を受けた今、常識なぞ役に立つはずもなく。


 非常識はもう一度形となって牙を剥く。


 撤退ではなく、追撃を選択した致命的な判断ミスを罰するかのように、反撃の鉄槌が下る。


「──散れ」


 パンッと柏手を打つ音。同時に強力な霊力が空間を迸る。


「! 距離を取ってッ」


 シャノンの声に初めて焦燥が入り混じる。


 二人が左右に別々に飛び退いた直後、煙を引き裂いて幾条もの稲妻が襲い掛かる。


 無秩序に暴れ回る紫電は咄嗟にシャノンらが組み上げた簡易結界を打つ。まさしく雷が落ちたようなドンッという轟音と衝撃が駆け抜け、眩い白光が視界を焼く。


 論ずるまでもなく稲妻は涼が仕向けたものだろう。


 雪を巻き上げ怒涛の如く押し寄せる稲妻の津波に軋む結界。シャノンらは羊皮紙を触媒に山羊座の疑似恩恵術式を結界に差し込む。


 山羊座はギリシャ神話の主神ゼウスの育ての親であるアマルテイアと同一視されている。神話においてアマルテイアの皮からはあらゆる厄災・邪悪を払うギリシヤ最高峰の防具──アイギスの楯が鍛造されている。


 シャノンらが構築したのは、神話を元にした疑似恩恵。当然本物(オリジナル)とは比較にすらならないが、その効力は絶大。即席の結界を不動のものとし、稲妻の乱舞を見事凌ぎ切った。


「……流石、といったところか。騎士団と名乗るだけはあって上等な楯を有している」


 手放しの称賛。雷撃で巻き上がった雪煙からパチパチと場違いな拍手がなる。


 その音にシャノンは退魔の純化銀弾(シルバー)を込めた拳銃を引き抜き、アルベルトは予備の長剣を構えシャノンの前に出る。


 彼等の眼にはいまだ戦意衰えておらず、極寒の世界に引き摺り込まれようともそれは変わらない。


 姿を見せない雨取照に注意を払いつつ、祓魔師は雪煙にぼんやりと見え始めた人影に注視する。稲妻の乱打こそ止んだが空気を引き裂く様な放電音は健在。偽アイギスの楯結界は維持したまま、標的を睨む。


「黄道十二星座の疑似恩恵に聖王協会の聖典儀礼。何故()の命を狙うかのか知れないが、たかが監視官一人殺すのに随分入念な準備をされている。最盛期は過ぎても、流石は栄華を極めた西欧はやる事が違う」


 雪煙が晴れる。


「なっ……!?」

「何者だ、貴様ッ」


 再び姿を見せた宵波涼の出で立ちに、シャノンは言葉を失い、アルベルトは自身の視覚に確証が持てず疑問を口走る。


 宵波涼は彼であって彼の姿を取っていなかった。


 祓魔師が視て取る霊気の波長は確かに宵波涼のもの。しかし男性特有の『陽の気』が反転、その身から放たれる霊気は女性(・・)の『陰の気』を示していた。


「動揺してくれるな。私は確かに、貴方たちの標的に違いない」


 ──即ち現れた涼は女性へと変貌していた。


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