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三章・序説 プロローグ

三章開幕

 ──流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴。

                        童話 『マッチ売りの少女』より。



 故郷の星空を最後に見たのは、今よりもこの手がずっと小さかった頃。


 電気も引かれていないその村は、広大な森と渓谷と共に生きた。


 科学文明がこの星の神秘を次々に詳らかにし、未知は解体され人知に落とし込まれていく中で、私が生まれ育った村は時を止めたまま。


 何の疑問もなく私は故郷の森で一生を終えるものだと、そう思っていた。


 春は次々に芽吹いた草木の恵みで籘籠を一杯にして家に帰り、夏は山から注ぐ川の冷たさにはしゃぎ、秋は冬備えの狩りで命の尊さを学び、冬は猟犬の体躯に身を沈めて暖炉の前で次の春を待ち望む。


 歳を重ねて、成人すれば何処かの家に嫁いで旦那様と家庭を築く。やがては祖父母たちの様に森の糧となり、寿命の後押しを受けて旅立つ。


 子供ながらに村の営みが染み付いた私は、そうした人生をぼんやりと夢に描いていた。


 魔杖職人の父の程ではないにしても外の街へ繰り出す事は時たまあったが、外で暮らす事を望んだことは不思議と無かった。


 外界での生活を望み、村を出る者は毎年数人はいる。殆どが成人したての若者で、子供時代から街に強く憧れていた。

 誰もが見て見ぬフリをして、去る者は消えるように村を後にする。


 ──流星は同族の光が奪われた証だ。


 夜空を見上げる時は、決まって亡くなった祖母の言葉が蘇る。

 昔話を沢山する人だったが、ふと思い出したように口にするその言葉が今も耳に残響している。


 何を伝えようと聞かせたのか子供の私には理解が及ばず、けれども真意を訊ねる勇気も無かった。

 祖母の言葉が蘇る度に、チクと喉に小骨が刺さったように過る不安を呑み込んだ。


 その夜も母の言いつけを破り、コッソリと一本杉の聳える高台に足を運んだ。


 森を一望できる一本杉に登り、変わらない星空に見上げて安堵に胸を撫で下ろす。

 なみなみと星が注がれた夜天は銀の光を静かに降り注いでいる。静寂の中であっても、森の営みは音となって私の耳に届いている。


 ああ、良かった。今日も何も変わっていない。星は皆同じ場所で輝いている。


 明日も平穏でありますように。


 村で根付く月への信仰に従い、この日も祈りを捧げようと手を組んだが、どこを見渡しても黄金の光は見当たらない。


 今晩は新月だったと、夕刻に母に告げられた事を思い出す。

 月の加護を失い、星明りだけのぼんやりとした夜。


 慣れた道のりとはいえ、やはり夜の森が危険な事には変わりはない。

 思い出したような眠気に後押しされるように、私が一本杉を降りようとした時だった。


 ギャアギャアと喧しい鳴き声が押し寄せたのは。


 一瞬木々が膨らんだと錯覚したそれは、一斉に飛び立った無数の鳥たち。


 空を覆い尽くす鳥の大群の影に相反するように、眩い光が溢れたのはその直後だった。


 たったいま、私が帰ろうとした方向で爆ぜた赤。

 生まれ育った村が紅蓮の炎に包まれていた。



 動けずにいる私が眼にしたのは炎の中であって尚、妖しく赤に揺らめく十数の双眸。そこから放たれる父の魔力とは比較にならない、禍々しい魔力が肌を鑢の様に嬲った。

 森で生きた短い人生では味わうことは無かった、濃厚な死の気配が運ばれてくる。


 それがキッカケだったのだろう。

 無意識に現実と重ねて視ていた別の空(・・・)を、私はこの時初めて自覚した。


 ――ただ一つとして同じ輝きを見せない星々は、その日故郷の消滅と共に堕ちていった。


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