間章 臨時開設五輪高校生徒会恋愛相談所④(完)
「まったく。上手くいっちゃって。末恐ろしいプロデュースだったよ」
「元々芽があったんだ。彼の頑張りが花開いただけだろう」
屋上のフェンスに寄りかかる智巳の感嘆に、涼は特に誇るでもなく淡白に自身の見解を述べる。
彼等の視線の先は図書室の一つの窓。採光に重きを置いた大きな窓は先日清掃したばかりで透明度は抜群。
窓際に設置された数台の六人掛けテーブルは期末テストが近いこともあり、そこそこ埋まっていた。
試験勉強に勤しむ生徒は勿論、気ままに読書をする者、中には机の下にゲーム機を忍ばせて通信プレイを楽しむ一団も見受けられる。
そんな中で六人掛けテーブルを僅か二人で占拠する男女がいた。
彼らの周辺は何故か不自然に空間が空いており、外から観察している涼達からは良く分かるが、チラチラと負の周りの生徒から負の視線を集めている。
――まあ、要するに人気も憚らないでイチャ付いているカップルにヘイトが集中しているわけである。
針の筵になっているカップルはといえば、気付いた素振りは全くない。
ただ彼らの名誉のために訂正するならば、二人は肩を並べて勉強をしているだけ。それも至極真面目に、お互いの苦手科目を教え合っている。そんな雰囲気すらある。
どちらも涼と智巳に覚えのある顔。
即ち、大迫博之と薬利摩理である。
「いたいた。会長、そろそろ会議始めますよ。あ、宵波先輩も同席します?」
屋上扉から現れた那月が軽快な足取りで智巳と涼を呼びに来た。
扉から呼び掛けるのではなく、傍まで来てから声を掛けるあたりに涼はひっそりと好感を寄せる。
「お! いい雰囲気ですね。私達の間でも結構話題ですよ。体育会系部活を牽引するアスリートカップル誕生! って」
そう。大凡一月前。
恋愛相談に生徒会室――正確には其処にいた涼を訪れた博之は見事意中の相手を射止めていた。
先程涼が推論を述べた通り、元々芽はあり、更には相手方の薬利にも少なからず気が合ったようだった。
急接近した彼等は先週見事にゴールイン。時期が時期なだけに、カップルとして最初に経験するイベントが期末テストなのは少々色気に欠けるが、学生らしいと言えばらしいだろう。
「それにしてもトントン拍子に進みましたね。先輩のプラン末恐ろし」
「それな。なんなんだお前は。東京でナンパ塾でも開講してたのか」
「人聞きの悪い……」
散々な言われようにムスっと涼は若干機嫌を損ねる。
涼が博之に手解きした内容は、実はそこまで多くは無い。寧ろ涼の講義を正しく解釈し、自分の中に落とし込んだ博之の勤勉姿勢の純粋な賜物だろう。
ただ智巳たちは涼の自己評価の低さに納得出来ていないのも、また事実。
自然と三人の思考はあの日の紅鹿亭に遡っていた。
「まず明日不自然じゃない程度に俺が薬利さんを君が作業する資料倉庫へ誘導する」
「先輩先輩、勝手な印象ですけど、多分彼女は頼まれごとは断れないタイプですよ!」
「弓道部は木曜定休。俺の知り得る限りじゃ、他に習い事は無し。明日は直帰だろうよ」
博之が涼を訪れたその日に紅鹿亭で開かれた【薬利摩理篭絡作戦会議(※命名・百瀬智巳、非公式議事録より参照)】は、涼のプランに那月の女の勘、そして異様に正確な智巳の具体的な薬利女史の行動記録を加えて博之にレクチャーされていた。
事前に涼が断りを入れた様に、薬利を射止められるかは博之の頑張り次第だ。
入知恵や仕込みはあっても見栄は張らず背伸びも無し。
等身大の大迫博之で挑むことが最低条件であり、必須項目でもある。
故に博之は少々ヤバめな部分は努めて無視し、一言一句聞き漏らさないよう全神経を尖らせる。
「具体的にはどうやって誘導するんですか?」
「そうだな……まあ、智巳に仕事の手伝いを頼まれたが、神崎の呼び出しがあったことにでもしようか」
「そこは無難な教員ではなく神崎ですね。説得力はありますけど」
博之の質問に答えた涼に、隣の那月が含みのある言葉を投げる。
那月の鼻頭を指で弾いた涼は、可愛い悲鳴を無視して話を進める。
「大迫君。君は予め資料倉庫の下見をして仕事の予習を済ませておくんだ」
「それは出来る男を演出する、ってことですか?」
「結果的にはそうなるかも知れないが、目的は違う」
博之の解釈を涼は丁寧に訂正していく。
「目的は二つ。一つはあまり作業に時間を掛けないためだ。顔見知りとはいえ、慣れない作業を二人だけで熟すのはキツイものがあるだろう」
いくら決まった予定が無いとはいえ、薬利女史からしてみれば突然頼まれた仕事だ。自分の時間を悪戯に削られたくはないだろう。
「もう一つの目的というのは?」
「会話の余裕を持たせる為だ。君が多少でも作業に余裕を見せれば、彼女も頼りやすいだろう。もし彼女が上手く仕事を捌いていたなら、後学の為にとでも理由を付けて聞けばいい」
「な、なるほど……」
先程涼はコミュニケーションというのは共感に強く依存していると言ったが、相互理解のツールとしてはやはり言葉は大きな力となる。
その時に重要になってくるのは、話題の選択だ。
現状と相対した者に何ら因果関係の無い話題では、不自然な会話になりかねない。
その点、協力して進める仕事であれば話も切り出しやすい筈だ。
「じゃあ、その話題が尽きたらどうすれば。ぶっちゃけ、俺には気の利いた話なんて触れる自信が……」
「その時は俺の事でも持ち出せばいい」
「は?」
「君も薬利さんと同じく俺の仕事の代理を頼まれた、という事にしておく。一応話題性のあるカミングアウトは今日はそこそこあったと思うし……」
涼にしては珍しく言葉尻を萎ませてしまう。
平然と暴露していたが、やはり多少の気恥ずかしさはあったようだ。
神崎副会長との噂話に留めておこう――と博之は心に決めておく。
「ただあくまでも予防的な選択肢の一つに留めておくように。君達は交流こそ少ないが、接点はあるんだろう? 幾つか候補を出しておくといい」
「は、はい!」
「んで、プランにある校外接点ってのは何なんだ?」
「それに関してはだ。有澤、悪いが鞄取ってくれ……」
滑り出しの確認を終えたところで、智巳がノートの次の項目を指差す。
窓際に寄せていた鞄を那月から受け取った涼は中から財布を取り出すと、一枚の紙を引き抜く。
「それってうちの無料券ですか?」
「そう。スタンプ百個で貰える千円分の商品券。確か薬利さんも此処をよく利用していただろう?」
「あ、言われてみれば確かに」
「! なるほど、仕事が片付いたらそれを理由に食事に誘うんですね」
食品権を指差す博之が得意げに言い当てて見せる、が――
「違う」
「そんなストレートに食事に誘えるなら、お前はなんで相談なんて持ち掛けてんだ」
今度はバッサリと間違いと切り捨てられる。
鼻で笑う智巳の追撃に至っては反論の余地すらない。
「これは俺から薬利さんへ御礼という形で、彼女に事前に渡しておく。そしてその事実を知るのは俺達三人を除けば、君のみだ、大迫君」
「……!」
今度こそ涼の思惑に理解が及び、博之に電撃めいた衝撃が走る。
それはつまり――偶然を装ってプライベートを一緒に出来るという事。
そう偶然。あくまでも、偶然である。
涼の記憶が正しければ、基本的に薬利女史は一人でこの場に脚を運ぶ。涼がそれを把握しているという事は、来店時間の把握も容易であるという裏返し。
学生もそれなりに脚を運んでいる為に、博之が訪れても決して不自然ではない。
『あれ? 薬利じゃん。よく此処には来るのか?』
『それなりかな。大迫君は? あまり喫茶店のイメージは無いけど』
『最近知ったぐらいかな。宵波先輩にな、ここのラザニアは絶品だぞって教えて貰って食べて以来すっかり虜だわ。……良かったら席、一緒してもいいか?』
『どうぞ。せっかくだもの』
「――みたいな流れでご一緒することも夢ではない、というわけですよね先輩!」
「……まあ概ねそんなところだ」
那月と涼の即興の寸劇――しかも男女逆――を前にして、博之に二度目の衝撃が突き抜ける。
出来る。これなら自分にも十分に出来そうだ。
流石に初手で相席を求めるのはハードルが高いが、何度か店で顔を合わせれば必然的にハードルも下がりそうだ。
そして今、博之は涼が頼んだラザニアを食している。超美味い。
更に言えば、此処は那月のアルバイト先。混雑しやすい夕方や週末であれば、相席を誘導することも容易。
博之はいま信じ難いものを見た気分だ。
涼と対面してから、まだ半日も経っていない。いやそれどころか、本格的に相談内容を切り出したのはつい数十分前。
馬鹿な。たったそれだけの時間で此処まで計算したというのか。それも博之の身の丈に合わせた無理のないプランだ。
これで恋愛経験ゼロなど、とんでもない。
博之は唯一その点だけに懐疑的な想いを抱くも、そっと胸の奥に仕舞っておくことにする。
「とまあ、初めの一歩はこんなプランだが。乗るか反るか、どうする?」
意志決定の最終確認を求められ、博之は残りのお冷を一気に仰ぐと、真っ直ぐに涼を見つめ、答えた。
「やります。よろしく、お願いします!」
「そして宵波涼プロデュースで見事カップル爆誕。めでたしめでたし」
「以降大迫君たちの話を聞いた悩める若者が生徒会室の門戸を次々叩き始め、私達生徒会一同は大変困っています」
「それで成就している組がいるんだから、君達の手腕は本物だな」
時間は再び現在へ。
多少の紆余曲折はあったが、博之は涼達の視線の先にある様に薬利女史のハートを射止めるに至った。
屋上の涼達に気付いた博之と薬利が気恥ずかしそうに手を振ってきた。
手を振り返しながら涼は那月の遠回しの非難を、微妙に話を逸らしてあしらう。
余談だが博之たちの成果が涼ではなく生徒会のものにすり替わっているのは、あの日博之が生徒会室を訪れた事に起因する。
次期サッカー部の部長が泣き喚いて飛び出せば、気付かれない筈もなく。
様々な憶測が飛び交う中で、博之と薬利の仲が急接近すれば結果は見えたようなもの。
都合の良い部分だけに尾ひれが着きまくった事で「恋の悩みは生徒会へ持ち込めば万事OK」という着地点を得た。
あの場に涼がいたことは、あまり知られていない。
「ちょっと有澤さん! 会長呼びに行くのに何時まで掛かってるのッ」
ついつい三人で駄弁っていると、屋上に怒鳴り声が奔る。
振り返れば扉に仁王立ちするのは、刃物の如き眼光を湛える堂々たる佇まいの少女。
舌切り雀の異名で恐れられる五輪高校の触らぬ神・神崎雀だ。
「やばっ。そう言えば会長を呼びに来たんだった。行きますよ、会長。失礼しますね、先輩」
「へいへい。んじゃ、またな宵波。明日の昼飯楽しみにしているぜ」
那月にせっつかれ智巳は後輩と共に屋上扉へと消えていった。
「――」
雀はといえば一瞬だけ屋上の外へ視線を飛ばすと、そのまま髪を翻して智巳たちの後を追っていった。
残ったのは涼一人。
間もなく日が沈む時間帯。
夕と夜の狭間にある街はぽつぽつと明かりがつき始めている。
住宅街を越え、丘陵地になるにつれ建物はまばらになり、その先は原生林が一足早い夜を育んでいた。
先程の雀の視線を辿れば、原生林の中にひっそりと隠れる様にある、涼には最早馴染み深い輪郭が一つ。
高い木々に囲われる、この街で最も有名な噂話が顔を覗かせていた。
――あの丘の上の洋館には魔法使いが住んでいる。
屋上を後にした涼が、両手いっぱいのスーパーの袋を下げてその丘を登っても、誰も気には止めない。
「魔法使いよりも色恋、か。噂ってのは分からないものだ」
苦笑交じりの独白はすっかり日が落ちた空へ吸い込まれていった。
洋館に明かりが灯る。
程なくして二人の少女が白息を吐きながら丘の坂道を登っていく。
古びた噂話は、今日も変わらない。
これにて間章は終了です。




