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間章 臨時開設五輪高校生徒会恋愛相談所①

 これは政府公認執行機関アストレアから派遣された監視官・宵波涼と、この霊地の管理者である魔術師・神崎雀と、同じく稀代の魔術師である雀の同盟者・雨取照が出会って、7か月が過ぎようとしていたある日の五輪高校での一幕。


 有澤那月は四時限目の授業が終わり、さあ今日は誰とお昼を一緒にしようかと悩んでいた。


 普段であれば入学以来の付き合いである砂純建人や大和屋鉄平がいる隣クラスへお邪魔するか、水泳部の部活仲間と和を囲むのだが、この日は少々その選択肢は取りにくかった。


(お弁当……忘れた)


 その事実に気付いたのは、つい先程。


 いつも机横のフックに掛けている弁当用の手提げ袋が妙に軽い。


 嫌な予感を覚え恐る恐る中を覗いてみると、マイ醤油とマイマヨネースだけが仲良くこんにちは。


 今朝は一年に一回あるかないかの寝坊をブチかましてしまい、飛び出す様に家を出たために中身も確認せず手提げ袋だけ引っ掴んでいたのだろう。


 何たる失態。


 時間も無かったので朝食も碌に取っていないのだ。


 那月の胃袋は空を通り越して空気が抜けた風船の様な有様、の気分である。


(くぅ……でも購買でお昼を買う余裕もあんまり)


 今月は何かと出費が嵩み、週末にはお気に入りの作家の新作も出る予定。


 加えてバイト代の殆どを家庭に入れているのだ。


 ぶっちゃけ此処での出費はかなり痛い。


 かといって友達に昼食を分けて貰うのもカッコが付かない。


 次期水泳部部長という見栄もあるわけで、何処に後輩の眼があるか分かったものではない。


 それにこれは自分でも大変気恥ずかしい評価だが、校内で生徒教員共に等しく恐れられる“舌切り雀”の異名を持つ神崎雀と渡り合う傑物とも称えられているのだ。


 まあ別に、そう評価されることは決して嬉しくないわけではないし?


 むしろ自分でも良く付き合っている方だと思うし?


 一人の例外を除けば自分が一番彼女と上手く合わせられる自身があるし?


 そんなナルシストじみた思考に腹を立てたのか、ぎゅるるるる~という情けない悲鳴がお腹から上がった。


 那月は気恥ずかしさに机に突っ伏す。


 早いことこの爆弾(くうふく)を解除せねば、何時恥をかくか分かったものではない。


 しかしどうしたものかと、顔を上げると窓の外に見覚えのある背中が目に付いた。


 那月の席は窓際で、この位置からだと那月のいる北校舎と南校舎を結ぶ渡り廊下がよく見えるのだ。


 木枯らしが吹きつける渡り廊下には何人かの生徒が行き交っているが、その男子生徒は少々印象に残り易い。


 遠目からでも分かる一本の柱を思わせる落ち着いた雰囲気と、制服の上から羽織るロングコート。何より眼を惹くのが手入れの行き届いた長髪を束ねる赤いリボン。


 彼の前では生徒教員問わず誰もが自然と道を譲っていく。ただそれが鼻に突く事が無いのは、彼もまた廊下の端を歩き、軽く会釈を返していくからだろう。


 今年の四月に転校してきた那月の一学年上、つまり三年生の先輩である。


 九月の文化祭で歴代最高売り上げに貢献し、現在ではある噂によって秘かに学内で時の人となっている人物だ。


 その彼は風呂敷包を片手に迷いの無い足取りで南校舎の扉を潜って行った。


(そうだ。今日は水曜日か)


 ポンッ、と那月は脳裏に閃いた妙案に手鼓を打つ。


 これならば多少の恥を忍ぶことも許容できる。


 そうと決まれば行動は早かった。


 空の手提げ袋を手に那月は席を立つ。


「那月。お昼一緒にどうよ」

「ごめん。ちょっと生徒会の雑務があるから」


 教室を出る直前の友達からのお誘いをそう言って丁重にお断りした。


 水泳部と兼任し生徒会書紀を務める事は周知の事実。友達はその理由にあっさりと身を引いてくれた。


 ほんの少し罪悪感もあったが、醤油とマヨネースを昼食だと言い張るわけにもいかない。


 早足に階段を降りると、昇降口を素通りして渡り廊下に出る。冬の気配が日に日に存在感を増しているだけに、無防備な脚が中々に辛い。この季節だけはズボンの男子が羨ましい。


 この世で一番醜いことは他人の生活を羨む事です、とは誰の言葉だったか。


 ただ少なくとも、その人物はスカートで冬を過ごした事はあるまい。


 たまたま擦れ違った後輩部員に軽く挨拶を済ませ、那月は校則ギリギリの速度で南校舎に居を構える生徒会室に辿り着いた。


「宵波先輩、百瀬会長、こんにちは!」


 ドアを開け放ちながら、那月は二人の三年生の名を呼ぶ。


「おいこら有澤。なんで付き合いの短い宵波の方を先に呼ぶんだ」

「こんにちは。打ち合わせか何かか?」


 予想通りそこには二人の男子生徒がいた。


 一人はこの生徒会室の実質的主にして、生徒会のトップたる百瀬智巳だ。校則などガン無視の赤と銀に染め上げた髪の毛を跳ね上げ、無数のヘアピンでセットされたヘアスタイルは目付きも含め獅子の様だ。


 厳つい容貌に加え革張りの椅子に身を預ける佇まいと、後ろに衣桁と呼ばれる道具に掛けられた極彩色の万寿菊の着物の取り合わせ。


 勘の悪い者でもこの百瀬智巳が堅気の人間ではない事は容易に察せることであろう。


 しかしそんな第一印象を裏切る様に、去年今年と生徒会選挙ではぶっちぎりの得票率を叩き出して生徒会長の座に君臨している。


 その理由の最たるものが人情に厚いことだろう。


 手段こそ少々荒っぽいが、学内外問わず生徒間に起こった問題・課題に積極的に関わり、悉くを解決してきた敏腕会長である。


「何しに来たんだ。お前の分の飯は無い。茶でも飲んだらとっとと帰れ」


 そしてこの通り、大変カンも良い。


 サッと執務机に広げられていた重箱を掻き抱く。


 小さいながら重箱には正月にしても豪勢な色とりどりの料理がギッシリと詰まっており、いまの那月にとっては眼の毒にしかならない。


 それも見る限り高級食材の類は一切使っておらず、一般的に手に入る食材を知恵と工夫で着飾っている様子。


「いいじゃないですか。どうせ宵波先輩に作ってきてもらったものでしょ。会長に拒否する権限はありませんよ~」

「こいつは正当な報酬を条件に成立した取引だ。見栄だけ一丁前の小娘には唐揚げ一つくれてやらん」


 まったく膨らみの無い那月の手提げ袋を指差し、智巳はふんぞり返りながら実に美味そうに唐揚げを咀嚼していく。


「ぐぬぬ……」


 その様子を那月は口悔しそうに見るしかない。


 残念な事に、智巳の発言は全く持って正論。おこぼれに預かろうとした後輩の浅知恵など御見通しというわけだ。


 それでも救いの手というは何処にでもあるものだ。


 長机で食事を取っていたもう一人の男子生徒が口を開く。


「有澤、ご飯を忘れたのか?」

「恥ずかしながら……。もうお腹と背中がくっつきそうです」

「そうか。口を付けてしまったが、俺の弁当でよければ食べるか?」

「せんぱぁい」


 助け舟を出したのは、先程教室から見かけた赤いリボンの男子生徒、宵波涼だった。


 差し出されたのはバスケットに入っていたのは、新鮮な野菜やハム、卵やチーズが挟まれたバゲットだ。


 涼は口を付けた一切れだけを避けると、小瓶の粒マスタードやジャムと一緒に全て那月に譲った。


「うう……。ありがとう先輩。地獄に仏とはまさにこの事」

「甘やかすなよ宵波。自己管理が出来ていない奴に施しは無用だ」

「空腹で顔色の悪い子に最近敏感なんだ。その内埋め合わせして貰うという事で、今は見逃せ」


 孤児院の職員みたいな事をいうと涼は3人分のお茶の準備を始める。


 この生徒会室、何故かキッチンが併設してある為、食材さえあれば簡単な調理なら可能である。


「全く……。先週も神崎に全部譲ってただろうが。男なら搾取されるよりする側だろ」

「む。会長それは女性軽視発言ですよ」

「馬ッ鹿オメー。アイツは必ず取った分には色を付けて返す紳士だぞ。寧ろ、そう言った面では俺は女に生れたかった」

「んん~。確かに正鵠を射ている気も……」


 涼に向けられた小言か褒め言葉か曖昧なボヤキに那月が反応する横で、勝手知ったる様子で涼は棚から那月のマグカップ、智巳の湯呑を取り出す。


 電気ケトルがお湯の沸騰が知らされると、すぐに紅茶と緑茶の匂いが届く。


 和と洋の匂いが混然一体となり喧嘩を始めているが、智巳は緑茶しか呑まず、そして那月は緑茶が苦手なのだ。


 子供の頃、お茶葉は多ければ多いほどいいという根拠のない理論を元に、丸々一袋を使用して入れた渋み爆弾が今も尚トラウマとして刻み込まれている。


 当然親には怒られ、以来日本茶の類すら一度も手を付けていない。


「有澤は少し薄めが好みだったか?」

「あ、ありがとうございます」


 そんな過去を知ってか知らずが、アルバイト先の喫茶店・紅鹿亭での世間話を覚えていた涼がマグカップを那月に差し出してくる。


 キチンと温度調節された紅茶はエグ味も全くなく、芳醇な香りが胸に浸透していくようだ。


 サニーレタスと胡椒の効いたチキンのバゲットも美味だ。パンの内側に塗られているエシレバターが実にいい仕事をしている。


 適温に保たれたこの環境も相まって多幸感で身体が解れるようだ。


 控えめにいって、だらけ切ってしまいそうだ。


 智巳が涼への昼食依頼を週一と戒めている理由も理解できるというもの。


(しかも確証が定かじゃないけど、女の人を連れてるって話も聞くしね)


 不自然ではない程度に涼を見やれば、智巳の御小言に相槌を打ちながら湯呑を傾けている。


 誰隔てなく平等に接する執事気質というのが、那月の涼へ対する率直な意見だが、存外にもゴシップネタに富んだ人物でもあった。


 その最たるものが女性関係である。


 那月は実際に目撃したことはないが、街中で女性を連れているという目撃情報は存外に多い。


 ある日は中学生ぐらいの着物の少女。

 ある日は番傘を差した年上の女性。

 またある日は滅多に見ない王陵女学院の女生徒と一緒にいたという話もある。


 不思議な事に涼に侮蔑や蔑視といった類の非難を一切聞かないのは、やはり彼の人柄なのだろうか。


 あるいは、もっと別の敬意の様なものがそうさせるのか。


(――もしかして彼女(・・)と本当に?)


 那月自身も気になって仕方がない、文化祭以降秘かに話題となっている噂の審議。


 きっと涼に直接問い掛ければ答えてくれるだろうが、それではゴシップに飛びつくハイエナの様ではないか。


 水泳部部長と生徒会書紀として、そのようなはしたない真似は断じて出来ない。


 でも気になる!


 那月とて花よ恋よの女子高生。堅苦しい実務よりも甘酸っぱい恋バナの方が当然好みだ。


 そんなことで悶々としていると手が止まっていたようで、涼が心配そうに声をかけてきた。


「? 何か食べられないものでも入っていたか?」

「……え、あ、全然大丈夫です! 好き嫌いは殆どないので!」

「そうか。緑茶は数少ない例外なんだな」


 良いことだと、涼は微笑む。


 ほんの少し跳ねた心臓を那月は「分かり易すぎる」と嗜める。


 インターハイをはじめとした試合舞台で自制心は散々鍛えられている。呼吸を一つ入れれば、忽ち心臓は規則正しくリズムを刻む。


「たらしめ」

「レンコンとサツマイモのみらたし和えなら3段目に用意してある」

「あーはいはい。みたらしみたらし……ちっ、ウマいな」


 当の涼はといえば、智巳の嫌味も気付くことなく美味の言質取りに満足げである。


 食事が終わる頃には昼休みも半分が過ぎていた。


 ゆったりと食後の余韻に浸っていると、コンコンと扉がノックされた。扉には擦りガラスが嵌っており、そこには人影が映っている。


 食事終わりを見計らった様なタイミングだった。


「ああん? 憩いの時間に不躾な」


 不機嫌そうに人影を睨む智巳に代わり、那月が応対する。


「あの、お昼休み中にすみません。こちらに、よ、宵波先輩はいらっしゃいますか!?」


 扉の前に立っていたのは一人の男子生徒だった。


 学校指定の上履きを見ると赤色だ。


 五輪高校では学年カラーが当てられており、上履きや体操着などにこれが反映されている。

 今年の赤色は二年生。つまりは那月と同級生だ。


「あれ、大迫君じゃん。どうしたの」


 よく見れば男子生徒は那月の顔見知りだった。


 サッカー部次期部長の大迫博之だ。


 親しいとまではいかないが、お互いに次期部長である為に部活動総会では最近よく顔を合わせる仲。


 普段は気さくに声を掛けて来る彼だが、今日は些か様子が変だ。


 具体的には傍目から見ても分かるほど緊張し、那月にも遅れて気付くほどに。


「いや、その。水曜はいつも宵波先輩が此処にいるって聞いたんだが……」

「確かにいるけど」


 生徒会に用があるわけではなく、涼に用があるとはどういう事だろう。


「俺に何か?」


「あ、はい。実は相談に乗って欲しいのですが……」

「ほほう。いいね、若人の悩み聞こうじゃないか」


 何故か智巳が興味を示し、博之を招き入れる。


 博之はどうにも落ち着かない様子だったので、那月は席を外そうかと聞くと


「いや。有澤だったら別に聞いて貰っても構わない。むしろいてくれる方がアウェー感も少し和らぐし」


 と引き止められたので、那月も流れで同席することとなった。


 博之を座らせると、涼は机を挟まずにやや距離を置いて博之へ付く。


 近すぎず、遠すぎず。そして上級生と下級生の関係をあまり意識させない様にと、涼の気遣いだろう。


 那月は涼と博之で三角形を作る様に座り、智巳は執務机から傍観している図だ。


「あの。突然押しかけてしまって、すみません。友達にも相談したんですが、色々あって宵波先輩に頼った方がいいと言われたので」

「うん。内容にもよるが、俺に出来る事なら善処はしよう」

「あ、ありがとうございます」


 初対面にも限らず涼は嫌な顔見せずに博之と向かい合う。


 よほど悩んだ末に涼の元を訪れたのだろう。那月にも博之の緊張が伝わるほどだ。


 汗が滲むほどズボンを固く握りしめ、俯き加減の博之の顔は紅潮している。


 ――まさか。


 那月に確信に近い予感が去来する。


 途端に胸中がムズムズと疼き出し、喜色に口角が上がるのを必死に自制する。


「じ、実は……」

「うん」


 博之が強張る口を開き、涼はじっと彼の言葉を待つ。ごくりと那月は生唾を飲み込み、智巳はひっそりと議事録を取ろうとしていた。


 かくして、ひと時の波乱が幕を開ける。


「先輩に……神崎副会長を落した宵波先輩にぜひ、恋愛の何たるかをご教授頂きたいです!」


 キャッ――――!!


 自分はいまの歓声をちゃんと抑えられたのか、那月は自信が無かった。


 それ以上に感慨深いものがあったのだ。


(遂に動くのね、大迫君!)


 那月の予感は的中だった。


 博之には意中の相手がいるという話は小耳に挟んだ事はあったが、なるほど事実であったか。


(それにしても。やっぱり先輩と神崎は付き合っているのかしら?)


 宵波涼と神崎雀は付き合っている。


 文化祭が終了してから間もなくして広まっていったこの噂は、誰もが真実を確かめる事無く現在まで放置されていた。


 涼は兎も角として、大ぴらにこの件を口にしている現場を雀に抑えられれば、どんな報復を受けるか分かったものではないからだ。


 質の悪いことに、真相が事実であれ虚偽であれ、辿る結末は同じであろう。


 であれば、気になるのは涼の反応。


 一体彼はどう反応するのか、那月は博之そっちのけで抑えきれない好奇心に突き動かされ涼へ向き直る。


「……つまり、恋愛相談と」


 その当人はといえば、予想に反して困り顔。しかも真剣に悩んでいる様子だ。


 那月もそれなりに涼とは会話を重ねているだけに、これには戸惑いを隠せない。


「だめ、ですか?」

「んん……ダメというか、まあまずは誤解と前提を正す所から始めようか」


 涼は一つ咳ばらいを挟むと、博之、そして那月へ向けて説明を始める。


「まず一つ。俺と神崎は付き合っていない」

「「そうなんですか!?」」


 ハモる那月と博之。


 涼と雀は学校でも度々二人でいるところを目撃されているだけに『噂が本当だったとしても、あの人なら有り得るかも?』と勝手に評してした為に、この告白はガッカr……少々意外だった。


 そうだ、と淡々と返す涼は、しかしてこの衝撃を吹き飛ばすミサイル級の事実を投下。


「加えて言うなら俺は恋愛経験すらない。所謂、童貞という奴だ」


 この日、五輪高校に小さな伝説が生まれた。


 智巳が静かに付けていた議事録のタイトルが一人歩きし、後の歴代生徒会は大変な迷惑を被る事になるとは、那月たちも含め誰も知らない。


 臨時開設五輪高校生徒会恋愛相談所の爆誕だ。


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