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二章・終節 神聖白騎士団

【前節のあらすじ】

編纂魔術の空間で繰り広げられる照と翡翠の戦いは一方的な蹂躙に等しかった。

如何なる術式をも侵食する影であろうとも、支配者である照の前では脅威にすらなり得ず。

羽化しかけた叡治は氷の粒となって砕け散り、翡翠は照が隠し持っていた涼の彼岸花によってその生涯に幕を降ろした。

「両腕はもう元には戻らないのか?」

「不可能ではないが、正直難しい。欠損ならともかく全損では霊力の消費が馬鹿にならん。そもそも腕を無くしたのは俺の未熟が原因。治すつもりはあまりない」

「それは穿ち過ぎやしないか? 避けられた負傷かもしれねえが、人間ってのは論理と情に揺れる生物だ。救えた命もそうじゃない奴にも、文字通り身を削って治療した。派閥争いに投じられたこの一石は大局に影響を及ぼす……とまではいかねえが無視できるほど小さい石ころでも無いだろうよ」

「名誉の負傷とでも?」

「内外に問題ありまくりのわが社は三等以上の官職を失う訳にはいかないんだ、ってのがロリ社長の忌憚のない意見だ。腕のいい義肢職人を手配済みだ。そんな有り合わせの義手じゃ朝飯も満足に食えねえだろ。神崎にでもあーんして貰うつもりか?

 ……マジな話とっとと現場復帰してくれ。人手不足はいまや日本の伝統芸だ。俺は過労死までワンセットでこなす気はないぜ」

「努力する」


 王陵女学院主催舞踏会から二週間が経過しようとしていた。


 小野寺叡治の工房(アトリエ)から諸々の魔導犯罪の証拠を押収した涼は、無理が祟り意識を失ってしまった。


 待機していた国枝によって病院に緊急搬送されたと思いきや、駆け付けたアストレア構成員が後を引き継いだという。ゴタゴタですっかり忘れていたが細胞同化型の監視式神・のぞき窓を埋め込まれていた。


 早い段階で涼のバイタル低下を観測しており救援が向かっていたのだ。

 一時期は心停止まで陥った涼は直ぐに医療術師を要する専門病院に緊急搬送された。


 紫涅の治療時に内蔵こそ保護していたものの、涼の身体は生きているのが不思議なほどボロボロだったという。特に長時間泥の胎児に触れ続けた腕は神経が焼き切れ、切断面は縫合も満足に出来ない程にボロボロだったという。


 意識が戻らずバイタルも不安定な中、担当医は最悪の事態を想定して家族への連絡準備すらされていた。

 幸いにもなんとか一命を取りとめ、一週間で意識を取り戻した涼は治療補助用機構を備えた式神・常磐津の恩恵を得たことで順調に回復し、本日退院の許しを得ていた。


 そうは言っても身体は全くもって思うように動かず、医者からは車の運転すら禁止されている御身分。長らくベット生活で凝り固まった筋肉を近場の公園でほぐす傍ら、現在は事後処理に当たっていた百瀬智巳から事の顛末を聞いていたところだった。


 翡翠へのお使いを頼んだ時より、些かやつれているあたり相当走り回されたのだろう。


「くっそ……こっちは学生の身分でアルバイトみたいなモンだぞ。体良くコキ使いやがって。組のゴタゴタが片付いた暁にはたんまり所場代請求してやるよ」

「それじゃヤ〇ザだろ。それでさっきの続きだが……」

「あー、小野寺叡治な。工房で発見された奴さんはベーコンみたいな仏になってたよ。全身に経典を刻まれた状態で祭壇術式の中核を担ってたから、正確には有機物儀式装置って感じだったがな。あれで女を孕ませるとか、趣味が悪すぎるぜ」


 涼は工房には侵入したものの、叡治の遺骸まではその眼で見ていなかった。厳重に幾重もの結界が張られており、他の証拠品の押収に注力していたためだ。

 子種の身を残して後は術式そのものになるとは、改めて狂気を覚える。


「犠牲者の数は?」

「重体の紫涅和泉を除けば、七榊翡翠を含めて二十六名。犠牲者の血族の中には娘を実験台に提供することで、ここ数年各方面で急速にのし上がった正真正銘のクズ野郎までいた。魔薬との癒着も含めて連日豚箱にぶち込まれているところだ。表向きは初動捜査でご一緒したっつー籾蠣警部の御手柄に挿げ替えておいたから、警察はいまマスメディアでごった返してるぜ」


 連日報道されている大物政治家をはじめとした各分野の大物たちの一斉摘発は、入院中の涼の耳にも入っていた。テレビ、新聞、雑誌、ネット。何処を見てもこの話題で持ちきりだ。


 検挙された人物らの共通点である王陵女学院も対応に追われている、と思いきやこちらは平常運転だという。元々人の出入りが極端に制限されている学校だ。張り込み取材もそう長くは続かなかったという。


 ベンチに腰掛けぞんざいな手付きで鳩に餌を巻く智巳の横で、彼が纏めた報告書に眼を通す涼の手が止まる。


「……そうか。シスター・オノデラもやはり逮捕されているか」

「ったりめーだろ。主犯の一人だぞ。黙秘を貫いているらしいが、余生を楽しむような判決は絶望的だろうさ。子供の暴走を身体張って止めんのが親の役目だ。……おい、お前、まさかとは思うが同情か?」

「まさか。俺は散々口汚くシスターらを罵ったんだぞ。だがまあ袋小路に入った霊能力者の現状に危機感を抱いている奴はそれなりに多い」


 小野寺叡治は方法を間違えたが、彼を駆り立てた問題自体は間違いではない。彼の様な思想犯がまた現れないとも限らない。


 しかし霊能力者の能力限界が容易く突破されることは無い。何かしらの技術革新でもない限り、根本的な解決は困難だ。涼の様な一般術師に出来るのは犯罪への地道な対症療法と抑止の徹底ぐらいか。


 アストレアも人員確保と育成に大きく力を入れる事となるだろう。


 何しろ今回は犠牲者が多すぎた。

 八坂慎一郎攻城官含め十一名の殉職者を出す大惨事。


 そして紫涅和泉、幸白誠明、両監視官による重篤な規約違反。前者は任務放棄、魔導犯罪への加担・幇助の疑い。後者は現場監視官の捜査妨害・隠蔽工作の疑い。両名とも監視官権限の剥奪は確実とされている。


 組織とは規律だ。規律を失えば統率を失い、有象無象の集団となんら変わりない。誠明は情状酌量の余地を認められる可能性もあるが、紫涅和泉は権限剥奪は確実だろう。


「七榊家は翡翠嬢の依頼自体は肯定しているが、協会派とのコネクション自体は否定している。客観的な証拠も挙がってない以上、あの家には深入り得策じゃねえな。

 死んだ協会派の連中も、たまたま巻き込まれたってだけか?」

「……七榊家に関してはそうだろうが、協会派とモルトレ教は何かしらの接点か意思疎通があったはずだ」

「アぁ? どういうこった?」

「よく考えてみろ。迷子の小娘一人連れ戻すのに分隊規模の術師を寄越す理由が何処にある? 明らかに過剰な戦力だ」

「だが実際に分隊は全滅しているだろうが」

「もし烙蛹魔術の売り込み(・・・・)が視野に入っていれば、八坂分隊はちょうどいい相手に見えないか」

「本気で言ってんのか? モルトレ教はもう御仕舞だぞ」

「あれほどの術式を独学で構築することは不可能だ。誰かが小野寺叡治に余計な入れ知恵をしたに違いない。恐らく魔導書の蒐集を始めた時期と四年前の擬装死亡の間。誰かが奴と接触しているはずだ」


 実際に術式に触れ、その身に受け、工房に踏み込んだ涼には確信があった。


 叡治の烙蛹魔術は不完全だ。

 高度な術式と評価こそしたが実際は随所に荒、もっと言えば付け焼刃の様な印象を受けた。

 魔薬で無理矢理に母胎を活性化して胎児を育てているのが良い証拠だ。


 本来の烙蛹魔術はもっと高度な術式であるはずだ。それこそ完全な転生と魔術師化を実現するに足る術理を備えるほどに。


「もしあれが世に出回れば魔術を求める不特定多数の人間が“誰”かの血族になる。なんて事も有り得るな」

「ハッ! 何とも人情の無い話だな。盃一つ交わせば済むもんを、御大層な祭りに仕立て上げたなおい」


 理解に苦しむ、と智巳が残りのパンくずを全て投げる。それを追って無邪気に餌をつつく鳩たち。


「つまりモルトレ教は単なるデモンストレーションの場で、死んだ奴ら相手に試験運用でも慕って事か。なら神崎達との衝突も織り込みずみって事か。雨取嬢の編纂魔術で仕留めさせたのはそれが理由か?」

「彼女たちの保身のためだ」

「用意周到なこって」


 編纂魔術で顕現したあの雪原空間は外部とは隔離されており、外部から内部を観測することは不可能だ。


 涼は第三者への情報遮断・抹消の目的で照に編纂魔術の使用を促した。

 誠明が任務放棄した時点でこの件に関して協会派は雀と照に対して事情聴取の権限を失っている。協会派はこれ以上五輪へ介入するメリットはない。


「俺からの業務引き継ぎは全部紙に起こしてある。後の細々とした部分は全部任せんぜ」

「ん、助かった。直ぐに支社へ戻るのか?」

「ああ。お前の危惧は上官殿も同じなんだろうよ。これから楽しい洞窟探検に行こうって話だ。ったく黴臭いとこだけは御免だぜ。神崎によろしくな」


 ベンチに掛けていた万寿菊柄の着物を手に取り、智巳は別れを告げ駅方向へ向かっていった。


 報告書にもう少し眼を通してから涼も自宅へ向けて公園を後にする。


 体調と相談しながらのゆっくりとした足取り。九月末に差し掛かりようやく日差しも遠慮を覚え始めていた。病み上がりには丁度いい。

 医者には最低でもあと一週間の自宅療養を念押しされているので、現場復帰はそれ以降だ。


 電車とバスを乗り継ぎ、五輪駅に着く頃には正午に差し掛かろうという時間帯であった。

 日曜であるため駅前は人通りが多い。

 数日前まではテレビ局の人間が盛んに此処でテレビ中継をしていたそうだが、その様子もすっかりない。見慣れた日常の風景だ。


「退院おめでとう、涼」

「……待っていたのか?」

「残念。昼食帰りにたまたま通り掛かっただけよ。アンタ事務的な連絡ばっかで、退院日とか言わなかったじゃない」

「そうだったか?」

「白々しい。入院場所すら知らせないで、眼の前で倒れられたこっちの身にもなってよね。お詫びに一件奢って頂戴。お昼まだでしょ?」

「そうだが。さっき昼食帰りっていって無かったか?」


 ファーストフード店を指差し上機嫌に歩き出す少女・神崎雀の後に涼は続く。


 入院中はずっと面会謝絶だったうえ、連絡も基本的に支社から出向いてきた事務員を通じてのものが殆どだった。それも監視期間の終了に伴う諸々の通知書類に涼がサインする類が殆ど。


 軽く十人前はあるバーガーとポテトの山を次々と消しながら、雀はその通知書類を突き付けくる。


「これで正真正銘、監視期間は終了ってことで間違いない?」

「問題ない。こちらの不手際で不自由を強いた事、改めてお詫びする」

「たいした支障は出なかったし、別にそこはいいのよ。元はといえば照との協定内容を開示しなかったこっちにも責任があるし。協会派にその辺突かれた結果なんじゃない?」


 やや視線を逸らしながら罰が悪そうに雀は監視期間の延長理由を言い当てた。

 不要な気遣いをさせてしまった涼は恥じるようにもう一度陳謝する。協会派に付け入られる隙を作ってしまったのは、正にその点であった。


 術師間の協定内容の開示に関しては保守派と協会派で意見が分かれている。


 力の弱い術師にとっては時として協定が管理者としての生命線にもなり得る点から、保守派は加盟後の補助範囲の縮小や別途査定項目を設けるなどして対応している。


 厳格な管理体制を望む協会派は開示必須と判断した術師には、所定期間内に開示が成されなかった場合は監視期間延長又はアストレアへの加盟そのものを禁止する措置を主張している。


 雀たちの監視期間延長は神崎家の影響力、照の類稀なる魔術系統を加味して半ば強制的に協会派が可決してしまったのが主たる原因だ。


 というのが、協会派の表向きの理由だろう。


 ある種の観測視に秀でたものなら五輪市の大霊脈。そこに僅かに顔を覗かせる歪みに潜む“鏡海”の可能性に勘づく者が必ずいるはず。


(まだ何かしら仕掛けては来るはずだが……)


 協会派が五輪へ介入する大義名分は喪失し、上層部は本格的に協会派の洗い出しに掛かるだろう。直近の脅威はこの地をより去ったと判断出来る。

 仕掛けて来るなら、まともな手段ではないだろう。


 その為には今しばらくは――


「それで涼……」

「神崎。少しいい――」


 二人が切り出したタイミングが被る。


 先を譲る涼に、雀もまた譲ってくる。


 彼女の性格上こういう時は会話の主導権を握る為に先手を取りたがるだろうに、と内心首を傾げつつも涼は姿勢を直しとある交渉を切り出す。


「まずこれは管理者としての神崎雀に対する、アストレアからの正式な申請だ。雨取を交えて改めて話すが、まずは此処で概略を伝えておく」

「……仰々しいわね」

「仰々しい話だからな。まあ内容は単純だ。これを」


 涼が提示したのは一枚の書状。そこには宵波涼、直属の上司である宵波直嗣、そしてアストレアのトップであるフランチェスカの署名があった。


 ただ事ではない雰囲気を察した雀はトレーを脇にどけ、書状に眼を走らせる。


「えーっと……特別捜査号令二〇三号の発効申請。当該監視官一名の滞在許可と第二種戦闘体制の許可を当該地域管轄者・神崎雀殿に許可頂きたい」

「要はこの街に事務所を構えて俺が監視官として活動する許可を、君に貰いたい旨がそこに書いてある」


 誠明たちが去ったいま涼の任も自動的に解かれ、五輪市を離れる必要がある。


 ところが先日殉職した鴉森諜報官の任務を引き継いだ事で、涼は関西支社へ転属の指令が降りていた。

 だが五輪市は関西支社がある大阪より距離もあり、諜報官の次に単独任務が多い監視官には支社へ赴く機会があまりない。それゆえ監視官には必要に応じて派遣事務所の設営が許可されている。


 今回の申請は個人的な融資契約も踏まえて、五輪市への正式な滞在を雀へ願い出たもの。

 ざっくり言えばは貴女の御庭下でお仕事をする許可を下さい、ということだ。


「事務所って?」

「俺が借りている部屋だ。事務所といってもただの住所登録だが」

「他の人への適応は?」

「その場合は別途俺が要請し君が許可しないは出来ない」


 任務に応じて涼が応援を呼ぶことはあっても、五輪市への滞在は基本的に涼一人。

 何度か質問をぶつける雀に、つまる事もなくスラスラと涼は解答していく。


 概ね申請への理解は達したのか、一つ頷くと書状に署名を記す。


「……そうね。管理者としては特に問題もなさそうだから、後は照に確認して頂戴。私は今まで通りあの部屋には上がらせて貰うけど」

「それ自体は構わない。それで、君の要件は?」

「ん?」

「? さっき何か言いかけただろう」

「ああ。なんだっけ、忘れたわ。多分大したことじゃないから、気にしないで」


 それだけ言うと上機嫌に雀は再びバーガーを胃袋に落し始める。

 腑に落ちないものがあるが、本人がいいというのなら追及することもないだろう。


 三十個はあってであろうジャンクフードをニ十分足らずで完食するという怪奇現象に我が目を疑いつつも、涼達は店を出た。


 病み上がり故にまだ脚が重い涼に合わせて、隣を歩く雀が先週終了した文化際での愚痴や珍事を話題にしていた。


 去年涼のクラスが開いたメイド喫茶は今年もめでたく開業。

 涼がばら撒いた本業の家政婦を抱えるアストレア名物淑女教育は健在。妙にクオリティの高い生JKメイドを写真に収めようとする輩を取締るのに苦労したらしい。不謹慎甚だしい事に王陵女学院のコスプレで接客した者もいたらしく、今年は悪い意味で話題であった。


「ハンコを取って来るから、先に帰ってて。照はまだ寝てるだろうから、厳重注意よ」


 途中そう言って丘の屋敷へ向かった雀と別れ、涼は一人自宅へ。


 照への注意喚起は編纂魔術の反動に起因している。


 大規模な魔術故に使用後は半月ほど平均睡眠時間が五、六時間伸びるのだ。そして睡眠を妨げられた時の彼女は荒神人そのもの。涼は実際に見たことは無いが「なんかよく分かんない物が延々召喚され続けた」とは雀談である。意味不明。


「ふう……」


 自宅のマンションへ辿り着き、思わず短息が零れる。やはり身体は訛り果てている。僅かだが乱れた呼吸が良い証左だ。


 ロビーを通過し今日ばかりはエレベーターを使おうと、随分慣れてきた義手をボタンに伸ばしかけた時だった。


「――ッ!」


 脳内に雷鳴の如く奔る警鐘。

 本能が察知した危機は涼を柱の陰に飛び込ませた。


 直後、一瞬前に涼が立っていたタイル床が爆発した様に粉々になる。同時にロビーに響いた小規模ながら連続した爆音――銃声だ。


(AK-47(カラシニコフ)!? こんな街中で、どこの馬鹿だ)


 銃声から涼は即座に銃を断定。


 世界で最も有名な自動小銃・AK-47。戦場で最も多く運用された軍用銃であり、今も尚信頼性に富んだ実践兵器。間違っても日本の市街地で眼にすることない、戦争の代名詞だ。


 銃声は止まず、柱の涼を釘付けにするように銃弾の雨が降り注いでいる。


 涼はレッグホルダーから土行符と金行符を引き抜き、柱に叩き付けると同時に柱を強化する。


 途端、ドンッドンッ――と柱への着弾音が一段重くなり、背中越へ衝撃が伝播してくる。


 刀剣の刺突から銃撃まで広く用いられる汎用霊術式、貫通術式だ。


 強化が間に合って無ければ今頃涼は柱ごと射抜かれていた事だろう。


 いまの涼のように釘付けにした敵を、貫通術式を付与した弾丸で障害物越しに蜂の巣にする術師の射撃手が用いる常套手段。


 手練れだ。術式の起動が滑らか過ぎてタイミングが分からなかった。かなりの実戦経験を積んでいる。


 だが襲撃者も予想以上に早く対応され動揺したか、一瞬だけ射撃が途絶える。


 そしてそれを見逃す涼ではない。

 手早く脱いだコートを柱の外へ投げると、一拍置いて反対側から飛び出る。


 即座に穴だらけになるコート。狙い通り襲撃者は反射的にコートを撃ち抜いた。


 実に簡単な射線誘導の罠であるが、動揺直後に畳み掛けると面白い様に引っ掛かる。

 ハメられたことに襲撃者が気付くよりも尚早く、涼の愛銃・コルトSAAは正確に襲撃者を捉えていた。


 一息に放たれた銃弾は三発。

 自動小銃に一発、襲撃者の胴へ向けて二発。が――


(くそ、外した……ッ)


 刹那の時間、涼は鈍すぎる自分を激しく嫌悪した。原因は明白であり、まだ慣れ切っていない義手だ。


 全快であれば仕留めている一手だったはずが、感覚のズレが照準を乱し、襲撃者の自動小銃を弾くに留まった。それも涼が弾いたというより、元より放棄しようとしていた所に命中したといった具合。


 だがいまので自分がどの程度動けるかは計れた。


 フーデットローブで全身を覆った襲撃者は弾かれた銃には固執せず、背負っていた槍に武器を切り替え、独特のステップで涼の射線から逃れる。


「ちっ……」


 襲撃者を捉えられず涼は残弾三発全てを撃ち尽くしてしまった。リボルバー拳銃の多くは装填弾数が五、六発。自動式拳銃(オートマティック)と比較するまでもなく圧倒的に装弾数は少ない。


 そして涼のリロードを悠長に待つ相手ではない。


 回避運動から襲撃者の流れるような動作で槍の突きが放たれる。武道のそれとは異なり、実戦を想定し練り上げられたであろう技術を匂わせる。


 狙いは心臓。いまの涼では回避は間に合わない。


 幸か不幸か似たようなシチュエーションについ最近舞踏会で立ち会ったばかり。加えて今回の相手は随分と“お利口さん”の様だ。


 現在の体調で決め手に欠ける銃撃を、馬鹿正直に避けてくれたものだ。

 涼の腕が何かを引き寄せるように真横に振られる。


「……っ!?」


 突きを放つ襲撃者へ横合いから突如布の様なものが覆い被さる。


 無論涼の仕業であり、引き寄せたのは先程脱ぎ捨てたコートだ。普段からたっぷり呪詛の紫煙を吸い込んでいるだけあり、ただ引っ張るだけなら術式を用いずとも容易い。


 視界を奪うだけの単純な目暗ましだが、動きを乱すには十分。


 槍が脇へ逸れると、涼は足払いを掛けつつ襲撃者の背後に回り込み、突きで伸びきった腕を捻りあげ組み伏せる……事は少し義手では難しいので、霊力で肩回り筋肉を適当に断ち切った。


「ああっ……」


 短い悲鳴を上げる襲撃者の後頭部を掴み取り、涼は力任せに叩き伏せる。

 指先の力が入りにくいため、先程の様に体内へ干渉し中枢神経を一時的に麻痺。身体の自由を奪う。


「病み上がりにしては中々のキレだな……」


 今までになく霊力が滑らかに身体へ浸透した手応えに、我が事ながら涼は驚く。


 筋肉の切断も中枢神経の麻痺も肉体代替の応用技術だが、過去に覚えのない理想的な霊力操作だった。短期間で二人も他者の身体へ干渉した経験値なのだろが、治療は甚だしく苦心し、破壊は容易いという事実に、喜ぶ気には到底なれそうになかった。


「じゃれ合いにしては過激すぎやしないか。人払いの結界を張っている様だが、それにも限度がある」


 軽口を叩きつつ涼は槍を壁際に蹴り飛ばす。


 その間も片手間に記憶を弄るが命を狙われる覚えは、残念ながらそこそこ思い当たる節がある。

 実地訓練で諸先輩方と潰し回った組織は数知れず。その中で命を奪うに至った現場も少なくはない。その報復で襲撃された、というのであれば話は極シンプルなのだが。


「名前、所属、目的を吐け。僅かでも抵抗を見せたら素敵な長期入院休暇をくれてやる。きっと暇すぎて死ねるぞ?」


 簡単な尋問をしつつ、ローブの上からボディチェックをする。他に武器の様なものは無さそうだが『術師は裸に剥いても油断するな』とは氷杜由良監視官の教えである。


 しかしながら薄々感づいてはいたが、この襲撃者、女だ。


 俯せ故に要所の接触は無かったが、あまり世間体の良い絵面ではない。かといって手を緩める甘さは持ち合わせておらず、黙りこくる女の頭を掴む手にやや体重を乗せる。


「……」

「口は動くはずだ。それとも日本語が分からないか?」


 英語、中国語、韓国語、イタリア語、ロシア語、スペイン語……

 幾つかの言語で先と同じ質問を繰り返すも、返答は無言。


 であるが本気で言葉が通じていない可能性を信じたわけでもない。ただの形式質問の一つであり、返答が無ければ指か腕を何本か貰うのが常だ。


「だんまりか。ではまず顔を見せて貰おう」

「……っ」


 襲撃者のローブを霊力で適当に引き裂いてから、涼は乱雑にフーデットローブを剥いだ。由良の教えは、流石にTPOを弁えねばなるまい。


 無数の布切れとなったローブから現れたのは、やはり女性だった。それも若い、涼と年齢が近いであろう。それも一目見れば忘れることの無いであろう美女だ。


 複雑に編みこまれた月女神すら嫉妬するであろう白金髪(プラチナブロンド)。万華鏡の様な深き輝きを湛える特徴的な碧眼、うっすらと化粧の乗った肌は細雪の様な純白。


 いや待て。この女は何処かで。


「お前は……!?」


 涼の警戒心が一層高まる。


 以前会ったことがある。それもつい最近。


 王陵での舞踏会で、涼にダンスを申し込んできたあの女性だ。


 あの時、事前に仕込んだ暗示術式で一般の招待客は別会場に誘導していたにも関わらず、涼達の前に現れダンスを申し込んできた想定外(イレギュラー)

 追跡の式神は直ぐに彼女の姿を見失い、行方知らずとなっていたが此処に来て姿を現すとは完全に油断していた。


 思考より先に培われた経験が警鐘と共に涼を突き動かす。

 麻痺ではなく、完全な無力化のため女の脊髄を粉砕しに霊力を流し込む。


 だが一瞬遅かった。


 バカァン、というけたたましい破砕音。


 ロビーの自動ドアを突き破り猛スピードで斬りかかって来る新手の襲撃に、涼は間一髪逃れるものの、勢いままにゴオっという風切り音を巻き上げる新手の凄まじい刺突が迫る。

 首を狙った剣の刺突に義手を割り込ませることが出来たのは奇跡だった。


 致命傷こそ免れたものの、その突進力は凄まじく涼は殆ど滑空するようにして壁に叩き付けられる。


「がはっ」


 背中を強打し、肺の空気が吐き出される。

 ふざけた馬鹿力だ。着壁まで防護術式一つ展開する間も無かった。対ショック加工を施しているコートを着ていなかった事も災いし、体内の傷口が開き激痛が奔る。


 止めとばかりに新手は涼の首を締め上げる。これもまた凄まじい力だ。


 分かり易く殺意に染まる新手はこちらも金髪碧眼の若い男。こちらに見覚えは無いが、どこか女と同じ印象を受ける。


「何、ものだっ……!?」


 気道が絞られ急速に遠のいていく意識を辛うじて留め、少しでも反撃への時間を稼ぐために正体を問いただす。


 生殺与奪の権を握られながらのその態度を不遜と取ったのか、男の指に更に力が籠る。応える気は無いらしい。少なくともこの男は。


 麻痺が解けたのか肩を押さえながらゆっくりと身を起こした女が真っ直ぐ涼を見つめながら、その玲瓏な声で所属を明らかにした。


「私達はGHC、グレート・ホワイト・キャバリーEU支部に属する祓魔師です」


(──神聖白騎士団っ!? 聖王協会の姉妹機関がなぜ俺をっ)


 ようやく得る事の出来た所属を聞き、涼は一気に危機感を募らせる。


 騎士団などと名乗っているがGHCはその実、異端者狩りと称して独自の判断基準で術師に処刑を下す殺人集団。狙われたが最後、その首を刎ねるまで手段を選ばず地獄まで追い立てるという。


 そのGHCの構成員の二人がこうして襲撃してきた以上、その標的は言うまでもなく。

 聖典儀礼を受けた武器特有の霊気・熾清気を纏う槍を手に、女は粛々と涼へ告げる。


「宵波涼。貴方の命を頂戴しに上がりました。どうぞ、御覚悟を」

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