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二章・十九節 野の白くなる冬に、枯れよ涙

【前節のあらすじ】

翡翠が身籠る赤子の正体は烙蛹魔術で魔術師に転生する小野寺叡治であった。

技術発展の限界に達した霊術に落胆した叡治は、未知を多分に含む魔術へ触れる為、犠牲者を積み上げ烙蛹魔術を造り上げ、和泉や翡翠を苗床に選んだ。

しかしながら涼は叡治らの魔術師への執着を妄執と一蹴し、迫りくる影に身をさらす。

 殺到する死の影。

 当たれば即死。しかして満身創痍の宵波涼には飛び退く体力はなく。


「宵波ッ!?」


 誠明が咄嗟に倶利伽羅剣を構えるも、間に合わない。


 対して迫る死を前にした涼は焦るでもなく、死を覚悟するでもない。


 肺一杯に不味い紫煙を吸い込み、煙草に蓄えた呪詛を体内で爆燃。体内に残留する影に喰い尽くされるより早く、術式を構築。生成された魔力(・・)を煙草に刻んだ文字へ叩き込む。


「“ ᛇ (エイワズ)”」


 ピン、と指先で弾かれた煙草が影に接触した途端、影の軌道が揺らぐ。

 影は涼の胴体一つ分脇へ逸れ、彼の背後の壁を吹き飛ばした。


「……!?」


 まるで影そのものが涼を避けたような軌道だった。

 涼の身にはかすり傷一つ付いておらず、その場から一歩も移動していない。


 眼を見張る翡翠が忌々し気に再び影を差し向けるも、今度は割り込んだ誠明の迦楼羅炎に押し留められる。影の侵食も術者と切り離された炎が相手では、決定打には一歩遠い。


「協会派の君が俺を救けていいのか? というか生臭い、嫌だ寄るな」

「うっさい! 誰のせいでこうなったと思っている。それよりさっきの術式――」


 涼の苦情に噛み付きながらも誠明は彼が行使した術式に舌を巻いていた。


 煙草と影が接触したその瞬間、刹那ではあるが煙草の刻まれた文字が影に投影され、まるで涼を避けるように影が逸れたのだ。


「ルーン魔術か」

「……そう見えたのなら我ながら滑らかな駆動したものだ」


 なげやりに自画自賛しながら涼は足元に転がる吸殻を拾い上げる。


 フィルターに刻まれた ᛇ (エイワズ)の文字―――危機回避の刻印が真っ黒に焼け焦げているのを見ると、涼はつまらなそうに鼻を鳴らし新しい煙草に火を着ける。


 誠明が看破した通り、涼が行使したのは北欧を起源とする魔術。文字自体が術式となり、正しく魔力を通すことで起動する魔術だ。


 霊能力者は魔力を持ち得ない。それは変わらぬ事実であるが、膨大な霊力を術式で加工することで精製する手法は一七世紀後半には確立されていた。


 先程の涼はその術理に乗っ取り、煙草に充填した呪詛を材料にルーン魔術を行使してみせた。

 ただ一文字のルーンを行使するために、呪術であれば十以上の術式の並列起動が叶う莫大な霊力を注ぎ込んで。


「叡治さんが魔術に触れることを貶しておいて、恥も外聞もなくよく行使出来たものです」

「魔術? いまのが魔術師の真似事に見えたようなら、本職と君らは月と獣程の差があるぞ。猿猴取月という言葉を知らないのか?」


 こんなものは魔術に程遠いと、涼は焦げた吸殻をひけらかす。

 涼の知るルーン術師であればより巧妙に魔力を通し、翡翠と影の術式にまで干渉し起動不良にまで追い込んでいても不思議ではない。


 翡翠が先のルーン魔術を魔術と称した時点で、翡翠の認識能力は到底魔術には達していないということだ。


 皮肉を込めた涼のルーン魔術の真意に触れ、翡翠は柳眉を逆立てる。自制心の鉄仮面を被るシスター・オノデラでさえ表情こそ崩さなかったものの両眼に鋭い光が奔る。


「流石は監視官様。随分上から目線なことですね。この程度の魔術は見飽きているということですか。ですが今ご自身を蝕んでいるものが一体何なのかお忘れですか?」

「術理自体は確かに見事だ。俺個人の価値観を無視して、尚且つ法や倫理を除外すれば烙蛹魔術はそれこそ停滞する霊能力者を進化させる超技術。勢力図さえ塗り替え、歴史の転換点(パラダイムシフト)さえ起こし得る力を秘めている」


 霊力の魔力変換術式が存在するように体質そのものを魔術師のそれへ転換する試みは、過去を見ても例に事欠かない。そして今日まで正道、外道問わずその術は芽吹く事は無かった。


 烙蛹魔術は過去から現在まで数多の霊能力者の悲願ともいえよう。


 当然涼が許容する心積もりは毛頭ないが。


「ええ、ええ、そうですとも。移植の課題さえクリアできれば男性でさえこの術式は適応される。もう誰もが生まれながらの格差に怯えなくともいいんです。

 貴方ならこの気持ち分かりますよね、幸白監視官? 私やこの術式を構築した小野寺叡治さん、何より雨取照という化物を相手にしていた紫涅和泉さんのお気持ちが」

「……ッ」


 烙蛹魔術の是非を問うて、翡翠に水を向けられた誠明は動揺を露わにしていた。


 烙蛹魔術の概略を涼から聞かされた時から、彼は意図的にこの魔術から距離を置いていた。幼馴染の治療中でさえ彼女の傍にいようとさえしない程に。


 直視すれば自分は必ず揺れる、その確信があったからだ。


 紫涅和泉が雨取照との術師としての圧倒的な力量差に心を摩耗していたように、誠明もまた神崎雀という魔術師に対する畏怖を募らせていた。


 もし処分に踏み切るその日が来たとして、果たして幸白誠明は任務を完遂出来るのか。


 翡翠の問い掛けは誠明の心の脆さを確実に見抜いていた。監視官という立場からどれだけ高圧的な姿勢を示しても、雀は一度として臆することは無かった。それは虎の威を借りる狐が如く、自分自身に裏付けされた自信がないと見抜かれていたからではないのか。


「俺は……」


 答えが紡げない。いや大前提として烙蛹魔術そのものを本心から否定できない。


「こっちにいらして。幸白さん。叡治さんはきっと貴方の不安も取り払って下さる」

「う……」


 囁く様な誘惑に身体が痺れる。


 差し伸ばされたあの手を取れば、形容し難いこの不安は無くなるのか。


 喉がどうしようもなく乾く。視野は狭まり、翡翠の手を取る事しか考えられなくなる。


 何時しか幻聴さえ木霊し始め、幼い声が、怖いのは嫌だ。欲しい。どんな任務にも臆さない力が欲しい、と叫ぶ。

抗いがたい渇望は一歩、誠明の脚を前へ引き寄せる。


 彼の靴が床を踏むその直前、誠明の視界がワインレッドに染まり、顎下から猛烈な激力が駆け上がった。


「ごばっ……!!?」


 舞踏会場に何かが砕ける嫌な音が鳴る。

 その場にいた誰もが誠明の上へ視線を吸われる。


 見上げる視線の先には、ワインレッドのドレスを翻し、振り抜いた脚で孤を描く神崎雀の姿があった。


 ドタン、シュタ、という両極端な着地音が一拍遅れて鳴る。


 サマーソルトキック。プロレス技にも数えられる、言わずと知れた蹴り技の一種。


 雀は誠明が踏み出す挙動を見るや走り出し、勢いそのままに誠明の顎を蹴り上げたのだ。


 プロレスでは相手をコーナーに追い詰めロープを使用する技であるが、雀はその身一つで三メートル以上飛び上がって見せた。


 突然の事で翡翠はおろか涼でさえ静止が間に合わず。

 当然威力もそれなりであり、蹴り上げられた当人も数cmではあるが浮き上がるほど。


 つい最近掌底を喰らったばかりの涼は苦々しい面持ちで顎を押さえ、根っからの術師である照は呆れたように嘆息を零す。


 雀といえば涼しい顔で乱れたドレスを直していたが、ピクリとも動かない誠明に気付くや「あれ、もしかして殺っちゃった?」ととぼけ顔。


 誠明の身体がピクリと動いたかと思うと、グシャグシャになった口から血を零しながら、憤怒の形相で雀に詰め寄ってくる。


「な……にを、するんだ……神崎貴様あああああああああ!」

「あら、生きてたの?」

「何のつもりだと聞いているッ」

「守ってあげたのよ。分からない?」

「人の顎を砕いて、俺が七榊に堕ちることからか!?」

「最後の最後に、あんた達の言う“不安”に抗ってみせた紫涅さんをよ」

「!」

「余計な事を……」


 誠明はハッと我に返り、翡翠は苛立ちに歯を軋る。


 烙蛹魔術は被験者の同意が無くては成立しない。無理矢理子を孕ませたところで、子を殺されてしまえば意味もなく、自由を奪ったところで母胎のストレスは流産を招いてしまう可能性がある。


 育まなければならないのだ、子を、術式を。

 きっと紫涅も途中までは受け入れていたのだろう。


 だが最後には不安の呪縛から自ら抜け出し、八坂達に翡翠を当て、最後に涼へメッセージを残しモルトレ教の罪を告発した。


 抗ってみせた。非力に打ちのめされようとも、背負った正義(アストレア)に準じて。


「和泉……」

「私達は同情なんて抱いて上げないけど、同じ立場の幸白君があっちに行っちゃまずいでしょ」


 涼に残したメッセージにも紫涅は誠明に気付いてほしいと本音を漏らしていた。それはどうか誠明だけは道を踏み間違えない様にという、切なる願いでもある。


「すまない、恩に着る」

「そうね。ただでさえ文化祭の準備に忙しくて猫の手も借りたいんだから、しゃんとして頂戴」


 軽口を叩きつつ雀は背後に腕を突き出す。


 瞬時に展開された術式陣(サークル)が激しいスパークを散らし回転。迫る影へノールックで魔弾が叩き込まれる。


 選択した弾種は擲弾(グレネード)。影の侵食能力を考慮して威力を重視し、炸裂性能を付与した魔弾だ。


 炸裂する魔弾は爆炎の華で影を彩る。影を悉く力技で弾くが、一本の影を撃ち漏らした。


 死神の鎌の如く薙ぎ払われる影を再び誠明の倶利伽羅剣が受け止める。


「んんッ」


 火炎一閃。霊力由来とはいえ蛇神さえ滅ぼす迦楼羅炎を突破することは、魔術であれ簡単ではない。それは既に二度に渡って実証されている。


 だからこそ油断があったのだろう。


「なに、!?」


 ガシャリと誠明の手から剣が落ちる。

 苦悶を上げる誠明の手が斑にどす黒く爛れ、皮膚が崩れ始める。迦楼羅炎が突破されたのだ。


「パワーが上がっている!?」

「みたいね。私の擲弾も大半が崩されたみたいだし」


 誠明と雀の見立て通り、影に通される魔力量は加速度的に増加している。


 翡翠を取り巻く影もそれに比例するよう犠牲者の影を取り込み、今では一本一本が樹木ほどの体積を有している。


「どうして」

「?」

「どうしてどうしてどうしてどうして、どうして理解してくれないの、私達の気持ちを!!」


 突然翡翠がヒステリックに叫び出し、感情の昂りに呼応するように樹影が破裂した。制御は掛かっておらず、癇癪を起したように樹影が暴れまくる。


 堪らず回避する雀たち。

 動けない涼を誠明が体当たり気味に抱えて飛び退く。


「皆毎日怯えているのよ。此処にいる子たちは家柄や親に決められた顔も知らない結婚相手、漠然とした何かから。守って貰いたい。でも此処には騎士(ナイト)なっていない。

 紫涅さんだってそう。毎晩ずっと不安を押し殺して監視官の仮面を被り続けた。一目見て私には分かりました。だから私は教えてあげた。自分を守る、守れる魔術(ちから)を!

 それなのに、どうして貴方たちはそれを否定するんですかッ」

「和泉と……俺達と貴女は違うでしょ。貴女はあの七榊家の御令嬢だ。数少ない魔術師と真正面から渡り合う英傑の血を引く、我々霊能力者の誇りである貴女がどうしてこのような外法に手を染めたのです」

「貴方の言う七榊とは私の御兄様や御姉様、そして今は亡き御父様でしょう。私や双子の兄・響は御兄様らに万が一があった時のスペアでしかなかった。御爺様からすれば私達に求められる役割は精々が他家との政略結婚の道具です。そんなのは耐えられない!」


 翡翠の話は術師の界隈ではそう珍しい話ではない。

 強大な力を持つ家系程、他家からの接触や干渉は避けられない問題だ。


 より優れた血筋を後世に残し繁栄を実現するには、必然的にコネクションが重要になり、古来より政略結婚は最も強力な外交手段として今も用いられている。


 奇しくもこの舞踏会に集まるお歴々と同じように。

 翡翠のように家督の継承順位に遠い子供は、必然的にそういった外交手段のカードに切られ易い。


「御爺様の元から離れたこの一年間は安住の時でした。けれどいつ刺客が向けられるかとずっと怯えていました。血統の流出を御爺様は決して許さない。自衛の術が、強力な力が必要だった。それを与えてくれたのが叡治さんです。ずっとずっと私を見守ってくれている」


 恍惚とした表情で下腹部を撫でる翡翠。

 言葉の端々から感じられる小野寺叡治への盲目的な信頼と絶大な力への陶酔感。


 もはやそれは洗脳に等しく。真っ当な会話など望むべくもない。


「可哀想な子」


 だからなのだろうか。

 鈴を転がすような小さな声であったが、それは不思議と響き渡った。


「いま、いま何と言ったんです、雨取照ッ」

「可哀想、そういったのよ。レディ」


 コツコツとヒールを鳴らし歩く照。

 明確な侮蔑ととった翡翠が照へ向け影を滅多打ちにする。が――


「……なんで!?」


 影の暴風の中からカツンッ、カツンッと靴音を鳴り響かせ、雨取照はかすり傷一つ負わずに姿を見せた。


 確かに命中した。かすりでもすれば忽ち影に侵食され死に至るはずなのに、何故。


「カワイソウ。カワイソウ。カワイソウ ナ ヒスイ。アワレ ナ シスター」


 いつの間にか翡翠とシスターの周囲にフードを被った小人が群がり、キイキイと喚き出している。


「何なの、こいつら。消えて、消えろ」


 影で小人を薙ぎ払う。


 キャーと悲鳴を上げて霧散するも、気付けばフードの小人はまた現れる。


 カイワイソウ。アワレ。カイワイソウ。アワレ。カイワイソウ。アワレ。


「才能も、ルーツも、立ち位置も。七榊翡翠には確固たるものがある。なのに何故生まればかりを理由にして努力を投げ出すのかしら」


 憐れむような口調に関わらず、照の瞳に感情は乏しい。

 興味ではなく気紛れに問うてみた。そんな感じだ。


 ドウシテ。ドウシテ。ドウシテ。


「うるさい! お前に何が解る!!」


 金切り声で翡翠が再び影を振るう。

 だが今度は攻撃以前に影が照に届かず、照の大きく手前に着弾する。もう一度おう仕掛けても、次は明後日の方向へ飛んでいった。


「なっ、なんで。空間認識の阻害魔術か何かなの!?」


 つくづく甘い。

 認識からして翡翠は二つ間違えている。


 一つ。これは阻害魔術なんてちんけな代物ではない。


 二つ。まだ雨取照は魔術を発動させておらず、これはただの予兆に過ぎない。


 昨年の七榊響が張り巡らした智謀と戦略はほぼ完璧だった。一方的に等しい攻勢で照は実力を発揮できないままに撤退を余儀なくされたのだから。


 しかし、一年の時を経て致命的な仇となる。


 もし昨年の段階で照の魔術を直視していれば、きっと潜伏する選択肢すら無かっただろう。


 初めて涼は翡翠に同情の念を抱く。

 祖父からの呪縛から逃れるのなら、雨取照を擁する五輪に留まるべきではなかった。


「以前の貴女は私達の前に一度として姿を現さず、主導権を一方的に握る完璧なゲームメイクを構築してみせた。でも私の眼はいまの貴女を脅威と認識していない」

「黙れ。黙れ黙れ。此処が貴女のホームグランドなのは百も承知で来ているのよ。だったら全部力ずくで引き千切ってやる!」


 照への攻撃を諦め、翡翠は樹影を出鱈目に振り回し始める。


 招待客の幻影を蹴散らし、術式の消去を求め縦横無尽に樹影を振るう。


 翡翠の下腹部が赤く染まる。出血だ。魔術師に成り切れていない身体が樹影の操作についていけていないのだ。


 周囲の変化は、無い。


「可愛そうな子。仮初の自由を得た代償に、貴女は本来の強かさを見失ったのね」


 翡翠から視線を切り、照は涼の元へ歩み寄る。


「いいかしら?」

「ああ。幸白、君は別会場に誘導している招待客を見張れ。まだ想定外(イレギュラー)が混じっているかも知れない」

「……了解」


 やや不自然な間があったものの、指示に従い誠明は舞踏会場を出る。


 この場で歓談を楽しんでいた招待客は全て幻覚。術師であれば弾かれる程度の弱い暗示を掛けて、別の場所に誘導している。いまもこちらの騒ぎなど気付きもせずに食事とダンスを楽しんでいる事だろう。


 事前の調査では確認されていない、涼にダンスの申し出をしてきた金髪碧眼の美女が気掛かりではあるが、全てはこの場を治めてからだ。


「本当にやるの? 下手しなくても死ぬんじゃ?」

「まあ確実に血反吐撒き散らす醜態を曝す事にはなるとは思うが、やるなら徹底的にやるべきだ。散々貶しはしたが、あちらもまだ本領発揮ではない様子だしな」


 翡翠の後ろにはいまだシスター・オノデラが控えている。

 叡治への罵倒で荒波を立てていた胸中も凪いだ様子。取り出したハードカバーの魔導書を手に、涼と視線を交錯させている。


「合図は要らない。好きな時にはじめるといい。過去の清算は大事だ」

「そうさせて貰うわ」


 その言葉を待たずして会場中の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 光を乱反射する無数のガラス片が降り注ぐ中、雨取照の魔術が駆動する。


Lost(迷え).  Lost(迷え).  Lost(迷え).」


 紡がれる、神秘を呼びよせる呪文。


 冷たく、重く、静に満ち。


 薄く、早く、影に富む。


 さざ波のように寄せては返す鈴の声音にフードの小人たちが騒ぎ出す。


「サムクナル。サムクナル。ミンナ テルト サムクナル」


 寒い、寒いと逃げ出す小人たちを床から生えた細い茨の蔓が絡めとる。

 楽しそうに、必死にのた打ち回る小人たち。


 ――Lost(迷え).  Lost(迷え).  Lost.(迷え)


 世界の侵食が始まる。


 絢爛豪華な会場は急速に色を失い始め、その形を失っていく。


 上を見上げればシャンデリアが輝く天井は白化し、サラサラと崩れ始め、鈍色の厚い雲に覆われた空を覗かせる。


 頬を撫でる晩夏の夜気はいつしか引き裂く様な冷気に成り果てる。


 呼気が白み、身体は凍え、骨が軋みを上げる。


「サムイ。イタイ。サムイ。イタイ。サムイ。イタイ。サムイ。イタイ」


 自由を奪われた喚き散らす小人たちに遂には霜が降り始める。


 寒さに震える彼等が一際甲高い悲鳴を上げて上空を指差す。


 重く垂れ下がる鈍色の雲から、散り始める白、白、白。


「雪」


 誰ともなく呟く。


 儚くも、美しくも、しかして数多の生命を停止させる死を。


「なんなの、これ……」


 茫然と立ち尽くす翡翠に、果たしてこの光景がどう映っただろうか。


 世界が白く染まる。


 境界線は失われ、死んだように静に満ちた世界がそこには広がっていた。


 ただの雪原。しかして脆弱な人間が一度放り込まれれば、命の灯ごと雪に均される平等な世界。


 あらゆる霊術、魔術を侵食し壊す樹影でさえ、なんとちっぽけなことだろう。


 此処は狂喜に満ちた母の愛は尊重されず、悲壮に膿んだ憐れな少女を包み込むには情に欠く。


「In winter when the fields are white, wither tears.」


 ――野の白くなる冬に、枯れよ涙。


 顕現する。雨取照に赦された大魔術。


 編纂魔術。


 世界の理を書き換え騙しとおす、この世に二つとない神秘の具現。


「鬼ごっこをしましょう。全部の私を見付ければ、貴女は自由」


うまいこと英文にルビを振る方法が知りたい・・・

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