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二章・十七節 一矢報いる、獅子身中の虫

【前節のあらすじ】

年に一度だけ王陵女学院の堅い門扉が開かれる、舞踏会。

和泉の治療で八坂の時以上の侵食を受けた涼は満身創痍になりながらも、翡翠を迎え撃つべく参加していた。

一方ガチガチに緊張しながらも誠明は翡翠へお見合いへの足掛かりのダンスへ誘うが、翡翠は影の術式を解放し交渉の余地を断つ。

影の嵐が吹き荒れる中で、涼が見据えるのは翡翠ではなくシスター・オノデラだった。

 時は遡り、舞踏会の数日前。

 神崎邸にてほんの小一時間前まで行われていた紫涅和泉の治療は成功を収めていた。

 夜陰に包まれた屋敷は居間だけに明かりが灯っていた。


「こいつは一種の変幻魔術(メタモル・マギア)に近い代物だな。成長と生殖をそれぞれ最適化した形態をとる昆虫から発想を得た魔術。錬金術の流れを汲むこの魔術の特色は、その名の通り変容にある」


 そう語るのは埃を被っていた年代物のコーヒーミルに豆を投入する国枝だ。

 車輪のようなハンドルが回り始めると、ガリガリと豆が挽かれていく。その間も国枝の口は動き続け、変幻魔術の概要をつらつらと述べる。

 聞き手は窓際の肘掛け椅子に座る照と、ソファにぐったりと横になる涼。


「この魔術を研究する術師の目的は実に様々だが、その大半は似たり寄ったりだ。大雑把に括っちまえば、“人間という芋虫を蝶へ”って感じだな。個体数こそ少ないが起源が解明されていないエルフなんかは、集落規模の変幻魔術が原因なんて仮説もある」


 フィルターにセットされた粉末にポットからお湯が注がれる。普段であれば香り立つ匂いに鼻を擽られるだろうが、いまの三人は脳裏にこびり付いた醜気で食指は全く動きそうにない。


「対象が何であれ、共通しているのはいまより優れた何かを生み出そうって思想だ。鉛を金へ、海水を水へ、人間を進化の道へ。はっ、とんだ誇大妄想だ」


 サーバーに溜まったコーヒーを国枝は人数分のカップへ注いでいく。用意されたソーサーへ置くも、涼達はおろか国枝も手を付けようとしない。


「科学と魔術では手段こそ違うが、大前提として何かを作り替えようとすれば、外から機能を付けたすんじゃなく、一度土台を壊す必要がある。そういった意味じゃ、砂純ら“人獣”は機能の増設と評して間違いないだろうな。ちょうどこんな感じだ」


 国枝はシュガーポットから角砂糖を一つ摘まむと、自分のコーヒーへ落とす。

 砂糖を加えられたコーヒーは甘みを付与されたが、コーヒー自体が変質したわけではない。

 変幻魔術はAをA´へ機能増設する魔術ではなく、AからBへと全く別物へと変貌させるものだ。得られる結果が同じだったとしても、本質はまるで異なる。


 国枝の迂遠な説明に涼は唇を噛む。

 以前涼はこの場で紫涅和泉と七榊翡翠に刻まれた影の術式をこう推測した。

 魔薬で母胎に適応させた赤子を駆動源にしたものだと。

 妊娠という例外で強引に押し通した術理であるが、突き詰めればこれは“赤子”という機能増設に他ならない。

 推察は事実の一端を捉えたに過ぎなかった。


 そして今日、涼達は実際にその眼で見た。

 母胎の中で辛うじて輪郭があるだけのドロドロに蠢く、泥の胎児を。

 筋線維レベルで癒着し絶えず母胎から栄養と霊力を吸い取るそれは、自らに刻まれた術式に従い胎動していた。


 蛹だ。

 眼にした瞬間、涼の脳裏には吐気よりも、共鳴で身体を蝕む痛みよりも先に、そんな言葉が思い浮んだ。


 子供の頃に何らかの不幸で木から落ちてしまった蛹が、破れ目から液体を零しているのを目撃したことがある。

 紫涅はちょうどそんな感じだった。

 “何か”へ変貌するための設計図を組み込まれ、病巣を抱えた身体は材料と栄養源となっていた。


 一体、“何”へ。

 疑問を無理矢理追い遣った涼は照たちの制止に構わず、泥の胎児を摘出しに掛かった。

 触れるだけで腕は瞬時にボロ屑になり、侵食は一部内臓にまで達し壊死し始める。まるでウィルスへ反応する白血球のように、泥の胎児は涼を拒み、逃れようとした。

 母胎へ潜航で紫涅の血反吐混じる絶叫が小さな部屋を埋め尽くす。悲鳴は何時しか“死”を求める懇願へと成り変わっていた。麻酔なんて効きやしない。

 八坂の治療から影の術式を感覚として捉えていた為に、治療の成果あって紫涅は一命を取りとめる事は出来たものの、油断を赦さない状況だ。


「蜘蛛の一種は生まれてすぐ母親を食い殺す。あの嬢ちゃんは蛹の烙印を押された器だ。羽化を待つのはは嬢ちゃんじゃなくて、十中八九胎児だ。宵波、例の魔薬ってのは服用すれば皆ああなっちまうのか? 娘が住む街にこんな代物うろつかせるのは承知できんぞ」

「……あれが出回り始めたのはここ半年ほどだ。調査をしていた前任の諜報官は殉職して間もない。魔薬自体に固有の魔力が含まれていることは判明しているが、こんな症例はアストレアとしても初めて遭遇する。ただ魔薬は劇薬だが術式そのものじゃない。胎児に身体を馴染ませる触媒の役割に近いはずだ」


 必ず術者がいるはず。

 そしてそれは紫涅たちへ魔薬を卸した売人、あるいはその仲間である可能性が非常に高い。

 容疑者の最有力候補は、八坂達が翡翠と対面したという青年だろうが、こちらは早々に捜査線上から消える事となる。智巳の報告によれば唯の密売人。スケープゴートにされただけの青年だ。


「警察からの報告は上がってないのか? あっちもあっちで紫涅の嬢ちゃんの足取りを調査してんだろ」

「聞いた限りでは夜遊びを繰り返していたって事ぐらいだ。若い男と一緒にいたって証言もあるが、こっちは聞く限り七榊翡翠と一緒にいた男と同じっぽい」

「ならそいつが術師って可能性はないのか」

「さっき紫涅さんの中身を見たでしょう。あれほど複雑で高度な術式を構築できるにしては、軽々にアストレアの前に身を曝すのは不用心」


 ぴしゃりと国枝の発言を切って捨てたのは照だ。

 便宜上、烙蛹(らくよう)魔術と呼称する胎児を利用した術式は法的にも倫理的にも間違いなく違法だ。照の言う通り簡単に表に出るような真似をするとは考えにくい。


「烙蛹魔術はお前さんの肉体代替に似通った発想だ。ジワリジワリと中身を取り換える。妊娠といっても体型に目立った変化は無かった。とは言っても本人が望まない限り術式の施術を受けることなんてないだろうさ。術者と嬢ちゃんの認識の齟齬があっただろうが……」


 涼の肉体代替は欠損した肉体を式神で代用し、細胞分裂で上書きし復元治療する技術だ。

 烙蛹魔術はその逆。肉体を内側から別のものへ置き換えていく術式と言える。

 三人の見解ではそもそも妊娠が大前提となる烙蛹魔術の性質上、定期観察が必須項目になる。

 つまり、


「王陵に中に術師がいる?」

「恐らくは、そうなる。工房(アトリエ)を構えているにしても、そう考えて探さない限り見付けにくいだろうな」


 一応フォローはしてみたが、照の纏う雰囲気が一段とげとげしくなる。

 自分の庭に害虫の巣があれば、誰であれ不快感を抱くのも当然だろう。

 虱潰しに学内を調査するにしても、あの学院は何かと外部からの干渉が難しい。全容を解明するにはもう少し糸口が欲しいものだ。


「……」


 全身に圧し掛かる倦怠感を思考の隅に追い遣り、涼は改めて手掛りを整理する。

 残っている手掛りは七榊翡翠、そしてテーブルに放ってある彼女のものと思われるネックレス。紫涅も選択肢にはあるにはあるが、集中治療の身では期待も薄い。


 ネックレスの調査は存外早く片付いた。

 というか照が知っていた。

 王陵女学院で四年程前から信仰されるモルトレ教という小さな宗教で用いられるものだ。裏も取ってある。


 この手の分野には疎い涼だが、調べた限りでは特別変わった活動をしているわけでもない。

 活動自体も質素なもので外部から牧師を招き週に二回ほど祈祷を捧げ、人によっては告解室で懺悔をする程度。信者には紫涅と七榊もいるが、王陵では多くの生徒が何らかの信仰を持っている。

 何より王陵での布教者はシスター・オノデラだ。厳格と規律の権化のような彼女が中核を担っているのであれば、問題などビンタ一つで吹き飛ぶだろう。


(モルトレ教は百瀬に調査を指示している。アイツなら何か掴んできそうだが……)


 現状やはり手掛りが少ない。これでは翡翠本人を捕縛出来たとしても自害でもされてしまえば全容の解明にさらに遠のく。

 初動で出遅れた事が此処に来て響いてきている。


「……ん?」


 何か妙な引っ掛かりを覚え、首を捻る涼。

 身を起こしてこめかみを指で叩き、違和感の正体を探る。何か、重大な見落としをしている気がする。

 しかしその答えは別の所から舞い込んだ。


「にしても妙というか、冒涜的というか。仮にも宗教にしては奇抜なデザインだな」


 無精髭を摩りながら国枝が胡乱気にモルトレ教のネックレスを摘み上げる。

 一見すれば少し大ぶりな十字架であるが、少々異なる造りをしていた。


 端的に表現すれば、これは十字架型の檻だ。

 よほど優れた彫金師が手掛けたものなのだろう。銀を削り出された十字架の檻には雄神が捕えられ、張り付けにされている。


 十字架は世界的にも最も有名な宗教的象徴であり、また神の子を処刑した際に用いられた刑具としても伝えられている。象徴としての意味は様々だが主に神の子の復活、あるいは死や地獄への勝利などが上げられる。

 十字架単体であればそう珍しい聖具ではないだろうが、檻で形作り、そこに雄神を捕えるとなれば穏やかではない。


 檻もまた刑罰の象徴といえるものだろう。罪人を捕縛し、閉じ込める部屋。

 一般的な十字架の象徴とは真逆の印象、神への強い不信感、あるいは決別のような意志が見て取れる。

 中の雄神を神の子と解釈すれば、やや変則的なデザインと考えられることもないが、やはり違和感は拭えない。


「ん、なんだこれ……って、あっ、やべ」


 国枝の焦った声の後、カランッ、と何かが落ちる音が鳴る。

 テーブルには十字架(ロザリオ)の一部が転がっていた。


「……アンタ」

「スマン……まさか壊れるとは」


 天上を仰ぐ国枝だが、彼も疲労の色が濃い。

 咎めたい衝動を抑え、義手の調整がてらお茶を入れようとソファを立つと、十字架の破片を手に取る照が難しい表情を浮かべる。


「これ、霊気が変化していないかしら」

「なに?」


 言葉を受けたと同時に、半ば反射的に視覚を霊視に切り替える。

 紫涅和泉の部屋で発見した十字架は確認した限り、残留していた霊気は七榊翡翠のものと結論付けられている。


 通常、残留霊気は霧散することはあっても、変化することはまずない。

 だが照の指摘は事実を示していた。

 つまり、霊気の変化は全く別の要因。


「なるほど。あのお嬢ちゃん、保険を掛けてたか」

「その様だな。常套手段だが、いい手だ。隠し方も上手い」


 手放しで称賛する涼が捉える霊気はいまや紫涅和泉のそれへ変質していた。

 恐らくは隠形術の応用術。

 七榊翡翠の霊気に擬装した術式で十字架を隠し通したのだろう。

 紫涅の部屋は何者かが結侵入し、パソコンをはじめとしたあらゆる情報の抹消が成されていた。これは十中八九、七榊翡翠と見て間違いない。


 照の眼から逃れるため日常的に隠形術を行使していた七榊翡翠に紛れるように隠されたのだろう。自分の身に何があっても、最悪の事態を避けるべく打たれていた布石だ。

 霊気が変化したのは術式の効力が切れたか、あるいは解除条件が満たされたかのどちらかだろう。後者であれば時間経過か、紫涅本人の容態にリンクしているものか。

 そして一見国枝が壊したように見える十字架も、何らかの細工があるはず。


「これか」


 壊れた十字架の部分を観察すると、直ぐにそれは見つかった。

 マイクロSDカード。和泉が守り抜いた情報だ。

 涼達は直ぐにタブレット端末で中のデータを検める。クラッキング対策に念のためモバイル通信をカットし、Wi-Fiも切った上でだ。


「動画ファイルと……あとはPDFが幾つか、か」


 操作は国枝に任せ、涼と照は後ろから眺める構図だ。義手の涼はそもそも操作が出来ず、照はいまだガラケー持ちで扱いに不慣れなのだ。


「お約束だが、動画からいくぜ」

「いいから早くして頂戴」


 せっつく照に苦笑を浮かべつつ国枝は動画ファイルを再生する。

 画面に最初に現れたのはこの情報を残した本人、紫涅和泉だ。

 王陵の寮部屋で撮影したものだろう。夜に撮られたものなのか部屋の中は暗く、照明は電気スタンドの光ぐらいだ。


『私は政府公認執行機関アストレア東京本部所属。紫涅和泉五等監視官です』

「五等監視官?」

「アストレアの官職には階級があって一等から五等まである。幸白も同じ五等監視官だ」

「ちなみにお前さんは?」

「三等だが、いまはどうでもいいだろ」


 国枝の疑問に捕捉を加えるも涼は直ぐにこれ以上は些事と投げ出す。

 三等監視官であるという事実に照から微かに驚愕の相が零れるも、涼は気付いた様子もなくタブレットに注視していた。


『これが再生されているということは、私は既に死亡しているか、最低でも再起不能の状態に陥っていることでしょう』


 沈鬱な表情で語り出す紫涅の顔色は画面越しからでも分かるほどに悪化していた。血の気が一切失せ、唇は乾燥し罅割れている。烙蛹魔術へ身体が耐えられず、栄養も泥の胎児へ奪われているのだろう。


『私は、罪を犯しました。甘言にかどわかされ、誘惑に屈し、最後には自ら快楽へ溺れました。ひとえに任務への重責に耐え兼ねた、私の弱さが原因です』


 途中何度も咳き込みながら彼女は懺悔するように口を動かす。


『この動画がどうか真にアストレアを背負う……法と正義の代行者に届いていると信じ、此処に王陵女学院で育つ陰謀を告発します。いまの私と膝を合わせている人が彼だったら嬉しいけど……きっと違う。貴方でしょう、宵波君?』


 呼び掛けられ涼は眼を見開く。

 何処か確信を抱いたような紫涅の呼び掛けは完全に涼の虚を突いたものだった。お互い交流は無いに等しく、二人が同じ土地へ足を踏み入れてもそれは変わらなかったはずだ。


『同期だったはずなのに、私たち随分差が付いたと思わない。ああでも、でもこんな僻みを覚えている時点で私に監視官の素質なんて無いに等しいか。雨取さんの監視官に付いて一月も経たない内に、監視官へ抜擢された自信なんて砕け散ったもの。だから簡単に弱みに付け入られて、未熟を呪うことすら満足にできない』

「……」


 いまにも消え入りそうな、か細く、弱々しい少女のその姿はもはや術師としての命の終わりを物語っていた。

 こうしてメッセージを残すだけでも意地と誇りを掻き集めた精一杯の足掻きだ。

 彼女からしてみれば純粋な実力の評価だけであれば自分より大きく劣る涼が、雨取照のみならず、神崎雀両名の監視任務を完遂した事実に少なくない衝撃と動揺を覚えたことだろう。


 ならば自分達にも勤まらない筈がない。それは至極当然な結論であり、驕りへと帰結した。

 だが現実はどうだ。

 体を装うばかりだった任務は事実上の放棄。自身は魔導犯罪の苗床となり、正義の代行者として武器を取る手は慰めを欲し、犯罪を告発を紡ぐ口は己が責務を他者へなすり付ける。

 結局のところ、彼女は正義の眷属たる責務に耐え切れず堕落に身を窶した。例えその代償が自身の喪失であっても、蕩けるような不埒から逃れることを拒んだ。

 八坂たちを見殺しにし、涼達から姿をくらまし続けたのもその浅ましさ故。


 国枝から興味が失せ、照は侮蔑を抱き、涼は少女をただの情報と認識していた。

 三人は最早紫涅和泉に情報源以上の価値を見出さず、傾ける意識は希薄していく。


 惰弱を嫌い、英知を求めた結果失墜したのなら同情もしよう。例え身の丈にそぐわない願いだったとしても、霊能力者(・・・・)である涼には共感は出来る。

 だがそれだけだ。

 同情も憐憫も哀憫もない。人として、術師として、監視官としても紫涅和泉という少女は一線を踏み外した。


『多分、いま貴方は酷く落胆していると思う。失望していると思う。貴方のキャリアに傷を付けた人間の結末がこうも醜悪じゃそれもしょうがない。でも、どうか此処での告発だけはどうか信じて下さい』


 少女は眼の縁に溜まる滴を拭い、画面に数枚のレポートを表示させる。


『七榊さんと烙蛹魔術と呼称される術式については把握していると仮定してお話します。これは私が調査した魔薬に関する密売人と販売ルート』

「……ふむ」


 情報の精度こそ荒いがざっと検めた限りでは不審な点は見られない。

 資料は全てマイクロSDカード保存されているとの事なので、これは後程改めて検分する必要があるだろう。

 売人と販売ルートの情報はかなり貴重といっていい。調査が頓挫しているのはミイラ取りがミイラになったといったところか。

 だが問題はそんな所ではない。


「おいおい、なんだこりゃ。どいつも政治家に大企業の重鎮かその関係者じゃねえか」

「違法取引の巣窟ね」


 リストアップされているのはほんの数人。しかしながら誰もが各分野に多大な影響力を有する人物であり、中には連日テレビに出演しているタレントまでいる。全員王陵女学院の在校生や卒業生の親族だ。


 思わず涼から盛大な舌打ちが漏れる。

 捜査の進展が遅い絡繰りがこれだ。

 権力を持った人間が裏から糸を引き、不都合な事実を握りつぶしているのだ。鴉森諜報官の不可解な死もこれで説明できる。


 しかしながら王陵は将来国を背負う人材の宝庫。警備会社と提携したセキュリティ面に関しては空港クラスだ。生徒である照でさえ通学の度に厳しいセキュリティチェックを受けるほど。

 そう頻繁に外部の人間の出入りは出来ない筈。はずであるが、先程王陵の内部に術師が潜伏している可能性を上げたばかり。内通者がいればどうとでもなる。

 点と点が線を結び始め、王陵を取り巻いた全体像が現れ始める。


『王陵は実質的に陸の孤島です。例え犯罪の温床になっていても、王陵の名で蓋をされてしまう。その最たるものがこの魔薬です。確証はありませんが流出は国内全土に広がっていると思われます』


 そうだろうとも。

 いつの時代に限らず権力と薬は影の(しとね)を共にしてきた。連中からすれば王陵は取引現場にはいい隠れ蓑だろう。


『私が手にした魔薬も王陵で手に入れたものです。このモルトレ教へ入信して暫く後、告解室で監視官の重責から逃れたいと告白して直ぐの事です。寮のポストに手紙と一緒に投函されていました。最初こそ躊躇いましたが、直近に接触していた七榊さんからの勧めで私は……あ、ああッ……!?』


 突然紫涅が苦悶に表情を歪ませ、椅子から転げ落ちる。

 思わず身構える三人は直後に画面端に映り込む黒い揺らぎを見た。

 影だ。烙蛹魔術が紫涅の制御を振り払い暴走しているのだろう。


『ああぐ、はッあ、グ――――――――……!!』


 苦悶がくぐもる。

 腕を噛んで悲鳴を押し殺しているのだろう。

 涼が彼女を治療した際、腕に何か所も噛み傷があるのを確認している。


「見ちゃいられん」


 耐え兼ねた国枝が席を離れる。

 同年代の子を持つ身としては然しもの直視は出来なかったか。


 動画はそこで終わっていた。

 撮影された日付は彼女が失踪する前日だった。

 この後マイクロSDカードをネックレスに仕込み、七榊翡翠の隠形術に擬装し部屋に隠したのだろう。その後の顛末は誠明から聞いた通り。


 慣れない手つきで照がPDFを順次開いていく。

 先程の魔薬の売人と販売ルートのレポート、王陵内でのモルトレ教の信者リスト。モルトレ教の創設からの遍歴及び関係者の書類の写し。自身の変容過程のレポート。七榊翡翠の霊波グラフ。そして白衣を着た奇妙な出で立ちのミイラの写真が一枚。


「……小野寺叡治? 転生?」


 モルトレ教の信者リスト、創設者の一人に挙げられる男の名に涼の眼が止まる。その横には転生とだけ注釈が添えられているが、意味は図りかねる。


「知っている人?」

「いや、面識はないが確かシスター・オノデラの御子息だったはずだ。彼自身も霊能力者だったが、確か数年前に亡くなっているはず……」


 アストレアの攻城官であり殉職によって四等に昇進していたか。だが遺体は発見されておらず、シスター・オノデラの意向で詳しい捜査は行われなかった。


 いま思えば不自然と言える。

 実の息子が行方不明になりながら、何故捜査を拒んだのか。

 何故小野寺叡治はモルトレ教の創設に関わっているのか。


「いや、違う。魔薬密売の組織として設立されたのがモルトレ教なのか」


 その推測を裏付ける様にモルトレ教の信者と魔薬の密売人は親族だ。さぞ内部工作もし易いことだろう。物的証拠さえ押さえればモルトレ教の一斉摘発は時間の問題だろう。


「ああ、そうか貴女か。貴女が糸を引いているのか、シスター・オノデラ。最初から気付くべきだった」


 涼の中でこの事件の全容が像を結び始める。

 なぜこのような組織が設立され、魔導犯罪の温床となっているのか。もし涼の予想が正しければその動機は至ってシンプルな“浅ましい羨望”であろう。


 確証はないが確信はあった。

 きっと紫涅和泉が落ちた理由もそれであり、七榊翡翠も同義であろう。

 もしかしたら常人には理解し得ない愛情がそうさせたのかも知れないが、仮に涼以外の監視官であっても失望以上の念を抱かなかっただろう。


「どうするの宵波君。舞踏会で仕掛けるのやめる?」

「いや。このまま進めよう。棚ぼたで捜査の順序が前後したが、やることは変わらない。ただ舞台の調整はした方が無難だが」

「具体的に」


 説明を求める照に涼は舞踏会場に展開している結界術式の調整内容を伝える。


「それ貴方の負担が大きすぎないかしら」

「そこは合理性を優先しなさい。たぶん去年に引き続いて君達は当て馬だ。以前のような失態を曝せば、此処は有象無象に集られること請け合いだ」

「あれは元はといえば雀の……いえ遅れを取った言いわけではなくて……」


 彼女にしては歯切れの悪い反論だが、頭を一つ振ると涼の提案を受け入れる。ただ不満が無いわけではない様子で、必要な材料を受け取るとサッサと自室へ向かってしまった。

 去年の手痛い敗北は彼女のプライドに遺恨を刻んでいるようだ。


 ちなみに同様の件で雀を焚き付けると、プロレス技が飛んでくるので要注意である。やる気は三倍増しにはなるが。

 別行動中の雀に電話で照と同様の内容を伝え、上層部に現時点で判明している事件の概要を報告した涼はソファに身を預ける。


 気付けばもう日の出も近い時間帯だ。窓の外はまだ闇に沈んでいるが、あと小一時間もすれば空が白みだすだろう。

 ドッと押し寄せた疲労感と眠気に呑まれる直前、眼の前にカップが差し出される。

 湯気を立たせるのは黒々としたコーヒーだ。ソーサーには角砂糖とミルクが添えられている。

 見れば差出人は国枝だ。反対の手で自分用のカップが乗っていた。


「それ飲んだら一度身体を診させろ」

「何故?」


 震える義手で有難く受け取りつつ涼はそう返す。


「何でもあるか。あれだけ泥の胎児に触れ続けたんだ。肉体的な損傷もそうだが、嬢ちゃんほどではないにしても肉体の変容が起きていてもおかしくない」


 なるほど、確かにそれは道理だ。

 しかしそうなれば今度は少なからず国枝に二次被害が及ぶ可能性もあるのだが、それを考慮していない発言ではないだろう。根がお人好しということだ。


「懸念は最もだが遠慮しておく」

「何故だ? どう見ても健康体には程遠い」


 今度は国枝が問い返す。

 対して涼はおもむろにコーヒーカップの淵を撫でる。

 僅かにコーヒーに波紋が広がると、液面が膨らみ、中から一本の茎が顔を覗かせた。


 瞠目する国枝。

 茎はコーヒーを栄養源に瞬く間に背を伸ばしていき、葉をつけ、カップを飛び出し根を張る。

 そうして現れたのは、鮮烈な赤を湛える一輪の彼岸花。

 勿論彼はコーヒーを淹れる際に何の細工もしていない。

 それ以上に信じ難い事に涼に喰い込む“影”の魔力が僅かではあるが、しかし確実に消滅している。


「……ッ!?」


 問いただそうと視線を上げた国枝は、そこで息を詰まらせる。

 一体いつ実体化したのか。

 菊柄の和服美女の式神・連鶴が涼の後ろから腕を回し、しなだれかかっている。

 彼女の独特の青みがった黒瞳に魂を絡めとられ、既朔の如き薄く冷たいその笑みを国枝は生涯忘れることは無かった。


「私にとって――」


 言葉と共に抜き取られる彼岸花。

 その声が涼と連鶴、一体どちらから発せられたものなのか、国枝には分からなかった。


「――私にとってこの程度(・・・・)の身体の喰い合いは日課のようなものだ」


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