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二章・十五節 その者、前生徒会長

【前節のあらすじ】

事件の解明のため涼は誠明へ重要参考人である紫涅和泉の身柄引き渡しを要求する。

重大な規約違反の疑いがある和泉を、しかし誠明は庇い、涼に刃を突き立てる。これ即ち誠明の監視任務の放棄に等しく、誠明は涼に大きく劣る立場に立たされる。

個人的な和泉への恩赦と引き換えに涼はとある命令を誠明へ下す。

その内容は、もう一人の重要参考人の七榊翡翠への結婚の申し込みであった。

 百瀬智巳は五輪市内の大学生でありながら宵波涼の紹介でアストレアの非正社員として働く青年だ。

 外見から得られる第一印象は不良そのもの。跳ね上げた毛髪は赤と銀に染め上げられ、髪を留める無数のヘアピンが檻のように連なっている。髪型とは対照的に黒一色の地味なスーツに袖を通しているが、肩に掛ける極彩色の万寿菊柄の着物が不思議と調和している。


 ただその見た目に反して彼は今年卒業した五輪高校の前生徒会長を務めるほどの器量と能力を有しており、存外に教員からの信頼も厚く学内の問題をその手腕で片付けてきた。


 それもそのはず。

 彼の実家はその手の界隈では有名な極道の一族。それも歴史ある魔術師の家系でもある。智巳は次期組長であり、それに相応しい教養を幼少期から叩き込まれている。

 敵対組織の抗争が激しくなったことをキッカケに一六歳の秋から一時的に五輪市に身を置き、昨年に涼と知り合ったことで現在はアストレアに身を置いている。


 極道といえば犯罪の温床であり苗床。正義を名乗るアストレアとは本来交わる事さえない存在である智巳が何故一組織に組しているのか。当然ながら同級生でもあった涼が関係しているのだが、この場では割愛する。


 いまの彼は潜入調査を請け負う諜報官候補生。立場上、上司に当たる涼からの依頼を受け、智巳は中心街からやや離れた商店街に脚を運んでいた。

 駅前の都市開発が進み大型の商業施設が次々開業していくようになってから、日に日に客足が遠のき固くシャッターが降りる店が目立つようになった。

 奥まった場所にある店ほどその傾向が強く、不良の溜まり場になった空家も多い。


 家柄が影響したのか、智巳はこういった日の当たらない裏の情報に鼻が利く。特に武器や麻薬の横流しなどに関しては組の誰よりも鋭敏に感じ取っていた。

 今回舞い込んだ依頼関係なしに、遅かれ早かれ智巳は此処を嗅ぎ取っていただろう。

 どのような極道であれ、自分の縄張りを荒らす薬物を放置するほど気の長い奴はいない。

 ネットと聞き込みで仕入れた情報を元に迷いなく進む智巳は細い路地裏へ踏み込む。


 薄暗いが表通りと違い電気が灯る店は存外に多く、いかにもといった妖しい店が点在することを除けば思わぬ掘り出し物が見つかりそうな穴場スポットだろう。

 その一角にひっそりと建つ雑居ビルの前に立つと、ビルの名前だけ確認して地下へ通じる階段を迷いなく降りていく。直ぐにドアが現れ、今度はプレートに刻まれた店名も確認せずにドアノブに手を伸ばす。


「邪魔するぜ」


 立て付けの悪いドアが悲鳴めいた軋みを上げて、智巳を招き入れる。

 途端、悪臭が鼻を突き思わず鼻をつまむ。

 何か発生源がある類のものではなく、単に部屋にこびり付いた類のものだ。

 キツイ香料と酒、盛ったあとの独特な生臭さと、それを遥かに上回る甘ったるい何かの匂い。

 中は電気一つ付いておらず、地下であるため入口付近しか見えない。


「いるんだろ。出てこい」


 呼び掛けへの反応は無い。

 元はバーか何かだったのだろうか。

 ぼんやりと見え始めた室内はそう広くはなく、カウンターとテーブルを合わせても十人前後しか入れないレイアウトだ。あとはカウンターの奥にはスタッフルームと思しき扉が一枚。

 テーブルにはコンビニ弁当の空容器が袋に入れてまとめてある。少なくとも誰かが此処に出入りしていることは間違いないだろう。


 もう一度呼び掛けるも、返答はない。

 面倒くさそうに後ろ頭をガリガリ掻いた智巳は気乗りしない様子で敷居を跨ぐ。

 その瞬間、闇が質量を持ったように蠢き智巳へ殺到した。凄まじい魔力が込められた影が軌道上の霊子すら喰らい尽くし、命へ届くその前に智巳はぶっきらぼうに要件を伝えた。


「宵波涼からの使いだ」


 ピタッ、と影が制止する。

 智巳が涼の直筆名義が入った書状を見せると、影は霧散し室内に光が戻る。部屋全体に影を張り巡らせ、待機させていたのだ。元々照明は雰囲気に合わせて押さえているため、暗い事には変わりはないが。


「どうして此処が分かったのでしょうか?」


 扉はちょうど部屋の角に位置している。智巳から対角線を取る様にして隠形を解いた翡翠はそう問う。姿こそ見せたものの警戒心は解いていない。何しろ智巳はずっと翡翠へ視線を飛ばしていたのだ。照でさえ自陣の結界内の翡翠を一度として認知出来ずにいたというのに。


「あ~、そう警戒しなさんな。言ったろ、使いだって。別に嬢ちゃんをどうこうしに来たわけでもないし、する気もない」

「どうでしょうか。あの人には私を……私達を恨む理由も権利もある」

「知るかよ、んなこと。いざこざはよそ様にいらん手間掛けないのが常識だ。そこんとこ弁えているから私情を挟まねぇように俺に仲介させただろ。だいたいチキるぐらいなら手を出すな馬鹿たれ。同じ女術師でも、神崎とは肝っ玉のデカさが違うな」

「別に臆したわけではありません。臆病であることと警戒心が強いことは別物です」

「ハッ! 気の強い女は嫌いじゃないがペラペラの虚勢じゃ意味がない。それとも薬のキメすぎでボケたか? いや破れたのか。随分リスクのあるもんに手を出したそうだな。さっきの影、まるっきり覇気が籠もってねえ。ドーピングも身体が追いつかないんじゃ意味ねえな」


 書状をテーブルへ放った智巳はカウンター置かれたグラスに入ったチョコ菓子──魔薬をしげしげと眺める。

 見た目は何処にでもあるチョコ菓子。幼少期から少なからず非合法薬物を見てきた智巳には一目でヤバイと分かる“魔”がそれからは滲み出て見えた。


「だからなんだって言うんですか。私が何をしようと貴方には関係ないはずです」

「まあそうだな。こういうのは大体自業自得だ。どうあれ手を出した奴が悪い。嬢ちゃんだって、何もコレが初めてってわけじゃねえよな。榎本からは最初何を勧められた? それともただ魅了されたか? 口だけは達者だったよな、アイツは。ナイーブな女落とすなんざ、わけもない」


 榎本の名を聞き、翡翠の敵意が剥き出しになる。智巳と言えばさして気にした様子もなく飄々と棚から拝借したジンジャーエールを仰ぐ。余裕ではなく、慣れからくる胆力だろう。自分ではない誰かに怒る人間というのは、得てして御しやすいことを智巳は経験から知っていた。


「彼を気安く語らないで下さい。どうあれ私は彼に救われました」

「救った? 馬鹿言うなよ。嬢ちゃんはただ抱えた問題から眼を背ける為に一時の快楽に身を窶しただけだろうが。才能と実績じゃない、ただ女として求められたのがそんなに嬉しかったか。薬漬けにされて、腹のガキを弄られた挙句身体蝕まれて救われたとは笑えない冗談だ」

「その程度分かっています。分かった上で私はこの身を捧げました。求められたのが身体であれ血筋であれ、それで良かった。あの人に求められた時は家柄なんて全部忘れられた」

「救えねえな。その榎宮も死んじまった今、どうあれけじめは付けるべきだろうに。少なくとも紫涅って女は付けようとした。まあ、自分も孕み袋になった上に嬢ちゃん裏切った罰はこれから身をもって受けているだろうがな」


 心底理解に苦しむと吐き捨てた智巳は涼からの書状をぞんざいに投げ渡す。


「紫涅さんが何処にいるか、貴方は知っているのですか?」

「知らねえよ。言ったろ、俺はただの使いだ。その書状も中身は何も知らん。あとは言伝一つ預かっちゃいない」


 ただまあ、と前置きした智巳は魔薬入りのグラスを持ち上げる。


「こいつが何処から流れてきたのか、個人的に興味はある」


 智巳の視線が一段鋭くなる。


「普通に考えれば榎宮が仕入れたって事になるんだろうが、アイツの仕入れルートは安っすい業者を使ったもんだ。話術はあっても商売のセンスはからっきし。さらに言えば魔術の教養なんて一つとしてない。榎宮には高値の花以前に、無用の長物」


 詳細は不明だが魔薬は確かに魔術あるいは錬金術の産物であることは間違いない。そうであれば何らかの用途が存在する筈であり、その答えは服用者である紫涅や翡翠に集約されていく事になる。

 智巳は既存の密売ルートの大部分は押さえている。新規のルートがあるにせよ、五輪に入る以上はどこかしらで情報網を掠めてもおかしくはない。


 だがこの魔薬に関しては一切手掛りが無い。

 手掛りがないということは、智巳が把握していない独立したルートが存在する。例えば権力の庇護下にあるようなルートに関してはいまだ智巳は無知に等しい。

 つまるところ、ただの麻薬密売人が関わるような案件ではないのだ。


「嬢ちゃんが榎宮を間に噛ませたんじゃないか?」

「……」


 確信に迫る智巳の推察に対して翡翠は目立った反応を見せない。推察が外れたというより、バレたところで支障がないといった印象だ。

 つまるところ榎本はスケープゴートに利用されている、という事だ。


「適当な術式で洗脳して傀儡人形に仕立て上げたか? ああいう奴は死んだところで足も付きにくいうえ、警察も調査に乗り出すとは考えづらいが、嬢ちゃんと繋がっているってなればアストレアは無視出来ないわな。時間稼ぎにはいい誘導手段だよ」


 魔薬の出どころが翡翠であった場合、今回の事件は些か事情に変化が生じてくる。

 涼達は魔薬を服用した翡翠と紫涅は売人に唆された結果だと推測していたが、少なくとも翡翠と魔薬は何らかの形で癒着していた可能性が浮上した事になる。


「証拠はあるのですか?」

「いいや。残念ながら一個もないな。だが嬢ちゃんが紫涅を付け狙うのは結局は薬だろ?」

「そうですね。ただ紫涅さんが魔薬に関わったのは随分前の事ですよ」

「へえ。それは監視官の任務に関係があったりするのか?」

「彼女の監視対象はあの雨取さんですからね。何かの拍子に力の一端に触れて、任務への従事が難しくなったらしいです。だから、ええ。不安を取り除いてあげた」

「それがコレと榎宮か。随分変わったセラピーだな。正気と快楽の谷に落とし込んだようなもんだ。それが結果として牙を剥かれて、こんな湿気たところに追い込まれちゃ意味ねえな」

「ええ。紫涅さんも喜んで破瓜の血を捧げていただけに残念だわ。だからお仕置きはしっかりしなくちゃいけない。誰が邪魔しようと、ええ」

「……ああ、そうかい。それよか書状に眼を通してくんねえか。そこまで見届けるのが俺の役割でね」


 戦力的に孤立し不利な状況に陥っているはずの翡翠から漂う余裕に、智巳は疑問を抱きつつも書状の開封を促す。

 古風にも蝋封が施された書状は名義以外にも涼が差出人と分かるよう、僅かに霊力が込められていることを除けば罠の類は一切ない。

 潜伏先とはいえ王陵に通っているだけに、紙を破かぬよう封を丁寧に剥した翡翠は書面を検めると、直ぐに眼に見えて硬直した。


「あん、どした?」


 内容を知らない智巳からすれば初めて見せた敵意以外の人間らしさに興味をそそられた。


「不愉快です!」


 今日一番の大声で書状を放り投げた翡翠は、滅多裂きにせんと影を振るうが寸前で智巳に回収されてしまう。


「ああ!?」

「えー、何々……


 拝啓 七榊翡翠 様

まだまだ残暑が厳しく照り付ける日々が続きますが、ようやく秋の声が届き始める季節となりました。今年は自然災害が多発しましたが、実りを迎えた穀物が食卓へ並ぶ日ももう直ぐそこです。

 さて、この度は明後日に開催されます第三七期王陵女学院舞踏会の場に置いて、お見合いの場を設置致しました。

 つきましては、別紙に記載致します日時、場所への御足労をお願い致します。

 また御相手の御写真と経歴を同封致しますので、御参照下さい。

 立会人は不肖ながら私、宵波涼が務めさせて頂きます。

 当日は宜しくお願い申上げます。

                                          敬具


……なんだこれ?」


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