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二章・十四節 任務か幼馴染か

【前節のあらすじ】

紫涅和泉監視官の失踪、魔薬の発見、謎の術師。

現状横たわる三つの問題の内、昨年雀らを襲撃した双子の術師の片割れである七榊翡翠が謎の術師と判明し、立場上は翡翠の捜査から脱退した涼。

いまだ全容の見えない事件の糸口として、和泉を庇う誠明へ涼は身柄の引き渡しを要求する。

「紫涅和泉をこちらに引き渡せ。君がやらないのなら、俺がやる」


 言霊で身動きを封じられ、彼岸花に霊力の大半を奪われ、生殺与奪の権を握られる誠明に涼は和泉の身柄を要求する。

 答えを誤れば宵波涼という人間は躊躇いもなく誠明の命を摘み取るだろう。それこそ華を手折ることと何ら変わらないように。

 その様な状況下にも関わらず、涼の最後通牒は千切れかけた誠明の意識をふき返す息吹となった。


 カッと見開かれる誠明の両眼。

 次の瞬間、誠明は二割の血液を触媒に精製した霊力を倶利伽羅剣に全投入。花達に奪われるより先に自らを迦楼羅炎で飲み込んだ。

 咄嗟に飛び退いた涼だったが、僅かに遅く腕からブスブスと焦げ臭い白煙が上がっている。


「焼身自殺でもするつもり?」

「暖炉を付けるにはまだ早いわ」


 迷惑気けなボヤキを漏らす雀に照が同調する。ともすれば火事にもなりかねない火炎柱を前にしても、彼女たちは表情一つ変えない。既に臨戦態勢を整えた二人は軽い口調とは裏腹にその視線は油断なく誠明に注がれていた。

 火炎柱はそのまま勢いを増して大爆発、とはならず数秒で霧散した。


「はあっ、はぁ……げほっげほっ、……ッ!!」


 炎から姿を現した誠明は満身創痍の体。

 迦楼羅炎で無理矢理花達を身体の内外から焼き払ったことで呪縛からは抜け出せたものの、全身に火傷を負った重症。体内にまで喰い込んだ彼岸花を除去するには確かに有効ではあるが、それ以上のダメージを負っていては本末転倒というものだ。

 しかし膝を着きながらも涼を射抜くその眼光は熱線のよう。


「恩赦と引き換えに仲間を売れと……貴様はそういうのか!?」


 激昂は炎となって再び誠明の身体から迦楼羅炎が噴き出す。炎は赤から金へとその色を変え、ゴオッと酸素を取り込む燃焼音が生物めいた息吹を想起させる。


「流石に国の至宝とまで謳われた肉親を見殺しにしただけの事はある。監視官としては正しくとも、貴様は人格が破綻している」


 誠明は倶利伽羅剣を抜き放ち、焼けた喉で涼への唾棄を叫び散らす。唸りあげる迦楼羅炎は満身創痍の身から放たれるとは思えない放射熱と霊気の嵐。解き放たれれば一薙ぎで辺り一帯は焦土と化すだろう。


 ここに来て誠明は覚悟を決めた。

 恩赦を踏みにじり道理に反する事になるが、幼馴染を差す出すよりはずっとマシだ。


「違法薬物に手を染めて尚、奴を引き渡す気はないと?」

「……一時とはいえ先輩を助けてくれた事には感謝している。だがそれで彼女を見捨てる理由にはならん」

「失策だな。監視官に抜擢された人間の判断だとは思えん。紫涅和泉が監視官の任務を放棄した時点で、審判はどうあれ下る。正式な手順で裁かれるか、現場判断で始末されるかの違いでしかない。俺が後者を選択すれば、それを邪魔する君の監視官権限までまとめてということになるぞ?」

「脅しのつもりかッ。冗談や脅しで剣を抜いているとでも思ったか」


 権限というのは力だ。立場を強固にし、権限の範囲内であれば発言と行動に確かな後ろ盾を得る事ができる。アストレアの中でも数ある役職の中で監視官の権限は強力な部類。

 それを投げ捨てると宣う誠明の浅慮を嘲るように鼻を鳴らした涼は、僅かに脚を開く。視る者が視ればそれが早撃ち(クイックドロー)の予備動作であると見抜くだろう。

 涼もまた臨戦態勢だ。


 烈火の如き闘志を放つ誠明とは対照的に、涼は驚くほど穏やかな気勢。毛先から爪先に至る全ての霊気が統率され、その一切に淀みが見られない。これは即ち術式への霊力の転換効率の高さを物語っている。並大抵の修練では辿り着けない、練達の技。

 激動と静寂。対照的な殺気は膨らみ続け、居間はキッカケを待つだけの戦場と化した。


「もう一度だけ聞くが、紫涅和泉の身柄を引き渡す気は?」

「ない!」

「それは任務放棄幇助と同義の従犯だぞ。意味を分かっているのか、幸白誠明監視官」

「くどいッ!」


 二度目の交渉拒絶をもって誠明の倶利伽羅剣が振り上げられる。熱波一つで居間を灼熱地獄へ一変させかねない爆炎が極光を放つ。

 ──ピロリンという電子音が鳴ったのと涼の殺気が失せたのはほぼ同時だった。


「は?」


 臨戦態勢まで解いてしまった涼はあっけに取られる誠明をよそにポケットから何かを取り出す。


「任務放棄の幇助、否定しなかったな幸白」


 そういって取り出したのはスマートフォン。画面にはマイクのアイコンが表示され、時間を表すシークバーと赤いボタンが並んでいる。

 つまりは録音モード。


「言質取ったり。頭に血が上りやすいその性格、直した方がいいわよ副会長。あと焦がした家具は後で弁償してもらいます」


 見れば雀も同じようにしてスマホをこれ見よがしに掲げ、こちらはビデオ撮影。


「貴様ら……!」


 事の重大さを遅ればせながら気付いた誠明だが、遅い。

 任務放棄の幇助。

 これは即ち誠明がいま監視官として振る舞える権限の全てを捨てたこと同義だ。


 どのような組織であれ任務の放棄は重大な違反。とりわけ違反者への幇助を進んだ者は、違反者への処罰妨害を意図して行ったことでアストレアでは特に重罪とされている。

 誠明が実際に紫涅を匿ってした物的証拠は、現段階で涼達は持ち合わせていない。ハッタリとカマ掛で涼は誠明から自白を誘導したのだ。


 同時にこれは誠明の監視官としての適性に多いな疑いが発生する。涼が音声証拠を上層部に提出すれば、誠明の監視官権限は即凍結されるだろう。アストレア協会派はこれ以上の神崎家への介入はこの前例が障害となる。涼の圧力も魔薬への関与の疑いがある紫涅和泉の引き渡しであり、十分な正当性が立証できる。


 そして重大な意味がもう一つ。


「これで幸白君は五輪ではただの部外者ということになるのよね。私には管理者としていつでも君を強制排除することが出来る。そっちの事情を汲む義理は私達にはないしね」

「神崎……!」


 五輪市は代々神崎家が管理してきた霊地。

 アストレアはその管理権の公的な証明を立てるだけであり、権利そのものへの関与は赦されていない。例外は社会適性と照らし合わせて管理者として相応しくないと、判断した場合のみ。

 いまの誠明はそれらの後ろ盾を失った一介の術師。雀からしてみれば庭をうろつく目障りな侵入者。排除に乗り出すかは彼女の裁量次第。


「最初からこれが狙いだったのか!?」

「単に君が墓穴を掘っただけだ。感情抑制は術利の基礎だぞ、未熟者め」


 掌で踊らされていた己の未熟さに誠明は火傷の痛みすら忘却し歯を食い軋る。

 四面楚歌だ。紫涅どころか自身の命すら危うい状況に陥ってしまった。危機的状況下にあったとはいえ、涼の指摘通り感情に身を任せた軽率な行動が立場を悪化させてしまった。

 そして宵波涼はここで手を緩めるような温い監視官ではない。


「さてどうする幸白。権限は実質消滅したいま、それ以上剣を振るおうとすれば上層部に通さずとも俺の独断での処分は可能だ。いいや、そもそも君はこのよう事に時間を浪費する余裕はあるのか? 七榊家は国内でも三本指に入る歴史と実力ある陰陽師の家系。何処に匿っているか知らんが、七榊翡翠は確実に標的を見付けるぞ」

「くっ……」


 誠明の動揺が反映されたように倶利伽羅剣の炎が眼に見えて減衰する。

 一つ、また一つと退路を断たれ、いつ訪れるかも分からないタイムリミットは誠明を確実に追い詰める。

 薄氷の上で危うく保たれていた力関係は崩れ去り、此処にあるのは純粋な弱肉強食の理のみ。弱者に陥った誠明に抵抗など赦されない。反抗の予兆一つで涼は今度こそ命を絶ちに来るだろう。


 事体はもはや誠明の手に余る。

 支援は望めず、独断で解決するには手札はあまりに貧弱かつ少ない。

 苦渋の決断の末、誠明は倶利伽羅剣の炎を消し鞘に納めると膝を着いた。剣は脇に置きやり、深々と頭を下げる。


「俺はどうなっても構わない。だから、どうか和泉だけは見逃してくれ。後生だ」


 恥も外聞も捨て、床に頭が着くほど深い懇願。

 生徒会でも監視官としても常に高圧的な態度を崩さない彼を知る雀は面を喰らい、涼もまた少なくない動揺を隠せずにいた。


「俺はあいつと研鑽を積んで来たからこそやって来れた。頭に血が上りやすい俺の短絡的な行動に手綱を付けてきたのは和泉なんだ。攻城官の任務ではそれで何度命を救われ、功績を上げられたことか分からない。功績は監視官への抜擢材料にもなった。お願いだ。俺はあいつにまだ恩を返せてない。どうか、この通りだ」


 誠明の声には湿り気が混じり、血を吐く様な懇願には虚飾や欺瞞といった意図は感じさせない必死さがあった。この場で涼達を欺いくメリットが無いことからも、誠明の言葉に裏は無いだろう。

 逃げ場を無くした人間が最後の従うのは己が最も優先する行動原理。分かり易く命を懇願する者もいれば、権力者や富豪によく見られる買収で難を逃れようとする者もいる。

 そうなれば俎板の鯉も同然である。


 誠明の場合、最後にはアストレアとしての責務を優先すると涼は予想していたのだが……


「はあ……」


 覇気も緊張感も失せた溜息が涼から漏れる。監視官としてではなく、素の彼のまま心底呆れたと言いたげな溜息。

 その様子にほんの一瞬だけ照が小さく噴き出すも、直ぐにすまし顔に戻ったのを雀は横目で捉えていた。一年以上涼の監視官としての顔を見てきた彼女たちにとって、涼が垣間見せた素の表情は照にとっては微妙にツボだったのだろう。


「……幸白。そこまでして紫涅を庇うのだったら、下手に任務を抱えずに五輪から彼女と脱出するべきだろうに。そうなれば神崎達の影響力も及ばず、俺と七榊の追跡に対する時間稼ぎにもなる」


 涼の指摘は合理性と実現性を兼ね備えた至極真っ当なものであった。

 五輪市から離れれば雀の監視任務が少々疎かになってしまうが、上手く立ち回れば七榊翡翠を誘き寄せ状況をコントロールすることも不可能ではない。

 五輪からの脱出だけならば監視任務の放棄とは認められず、紫涅和泉への嫌疑を魔薬服用から所持までには涼達に見つかるまで抑えられる。その間に偽装工作を企てることは幾らか可能であろう。


 大前提として八坂の治療を諦め、涼達の深入りを阻むという倫理のハードルを越える必要はあるが。若干十八歳の誠明には命の取捨選択は酷であろうが。

 一方で淡々とそれを踏み越えることこそが監視官に求められる素質でもある。


 涼は反論できずに押し黙る誠明への憐憫の視線を切ると、スマホと手帳を取り出しつつ涼は雀に呼び掛ける。


「神崎。悪いがまた治療に部屋を貸して貰えるか。今度は君の手も借りたい」


 はっ、と顔を上げる誠明をよそに涼は手帳にペンを走らせる。


「いいけど、自慢じゃないけど私は治療なんて繊細な仕事出来ないけど?」

「土地の力も少し借りたい。霊脈から治療経典の陣地を敷くためのな。雨取、君の力も貸して貰えるか。早速だがこの間の取引条件を活用させてもらう」

「いいわ」


 涼は二人への具体的な協力依頼は追って伝えると断りを入れてから、何処かに連絡を取り始めた。やり取りは短く、一分を跨がぬうちに通話を切った。


「宵波、お前……」

「同情ではないぞ。言っただろ。手遅れなら(・・・・・)、と。魔薬の入手経路も含めて聞き出したいことは山ほどある。弔い合戦は何もお前だけがしているわけではない」


 仲間を無くしているのは、何も誠明だけではない。

 殉職した鴉森諜報官の任務を引き受けた以上、生きた情報源は何が何でも欲しい。

 宣告通り同情は無く、あくまでも合理的な判断によるもの。


「先に断っておくが治療といっても、今回は摘出手術になるかもしれない」

「どういうことだ?」

「真っ当な赤子を孕んでいれば問題は無いが、そうでなかったらという話だ」


 涼の言わんとしている事を把握仕切れず渋い表情を浮かべる誠明に、涼はポケットから取り出した二つの小瓶を投げて寄越す。

 危なげなく小瓶をキャッチした誠明は中身を改めるなり、うっと喉を詰まらせる。


「これは、あの影に侵食された……?」

「そう。一つは八坂の、もう一つは俺の肉片。朽ちていないのはその小瓶が雨取製の魔導具だからだ」


 確かによくよく観察すると肉片は黒い靄のようなものに半ば侵食された状態で止まっている。

 涼が照へ治療の協力を依頼したのは、七榊の未知の力に対してもこうして対処が出来ていることも理由にあるのだろう。

 ふと、誠明は肉片に違和感を覚える。それが何なのか、答えは直ぐに涼の口から告げられた。


「その影、どういうわけか魔術由来の術式だ」

「……! いや、まてそれはおかしいだろ。七榊家は由緒ある霊能力者の家系だ。それは摂理に反している」

「そうだな。だが一方で霊力も少なからず観測されている。比率で言えば僅かなものだが……こちらは間違いなく七榊翡翠のものだろうな」


 通常人種問わずどのような人間であれ霊力か魔力の一方を備えて生まれてくる。霊力を宿した術師の総称を霊能力者、魔力であれば魔術師と呼称されるが、大原則としてこの二つの力は混在しない。

 魔術師の血筋と霊能力者の血筋を持つ者の子供からは、そのどちらか一方の能力が遺伝していく。その為、術師の家系は技術継承を確実にするため配偶者を己の家系と同じ能力者に選ぶ事が大多数だ。


 それほどまでに霊力と魔力の混成(ハイブリット)は不可能と広く周知されており、涼も誠明もまたそれを信じて疑うことすらなかった。今日までは。


「ならこの魔力は何だ? 例え魔術師の臓器を移植したとしても、霊能力者が魔力を練る事など出来ない。それどころか術利機構に不和が生じた症例だってある。何かの間違いだ」

「なら実際に君がその手に持っている事例をどう説明する。それと症例がないとは言うが、それは間違いだ。女性のある時期に限ってだが、有名な事例として確かにある」


 最後は吐き捨てるように断言する涼の言葉に眉を顰める誠明だったが、記憶に検索を掛ける内にその例外に思い至る。


「……まさか」


 サァと誠明の表情から血の気が引いていく。

 ある。確かに霊力と魔力の混在は一例のみだが、確かに証明されている。つい先ほど涼が口にしていた事だ。

 だがそんな馬鹿な話があっていいはずがない。産声すら上げられない命を資源にするような術師が、あっていいはずがない。


「この影の魔力の詳しい分析結果はまだ出ていないが、例の魔薬から検出された魔力の波長と似通った部分が多々見られる。それを服用したところでやはり霊能力者が魔力由来の術式を扱えるはずがない。だが影の術式を持った“誰か”と生体レベルで繋がっていれば、もしかしたら可能かも知れない」


 涼の言葉が遠い。

 火傷の痛みで灼熱地獄の様相を呈していた誠明の身体は、いまや這い上がる悪寒で冷え上がっていた。

 一体どういった思考回路を持てば、そんな発想に至るのか。

 これ以上は考えたくないと理性が悲鳴を上げるも、意思とプライドを総動員して震える口から何とか言葉を絞り出す。


「──まさか七榊は、赤子を影の術式駆動源にしているというのか!?」


 口にするだけで嘔吐感が込上げてくる。

 それは神をも畏れぬ命の冒涜。千の非難と罵倒でも言い表せぬ狂気の所業だろう。


「あくまでその可能性がある、という話だ。だが、雨取が観測していた紫涅の霊波と照らし合わせてみれば、その仮説に信憑性が増すばかりでな。調査を委託した奴の中間報告によれば、七榊と紫涅と思しき王陵の生徒が、若い男とホテル街に向かう所を見たなんて目撃情報もあるそうだ。仮説を全て真実として通すならその男が魔薬の売人で、孕ませた彼女たちに何らかの術式を書きこんだか──」

「涼、やめて。吐気がする」


 話を遮ったのは雀だ。批難の色が濃く浮かぶ双眸は涼を言葉以上に糾弾していた。

 確かに女性の前でするような話ではない。詫びを入れようと涼が口を開く前に、バンッと居間のドアが勢いよく開け放たれた。

 廊下に飛び出る誠明の姿が消えてすぐ、もう一度ドアの音が聞こえると直ぐに遠くくぐもった呻き声と吐瀉音が届く。


 思わずといった風に涼の口から嘆息が一つ漏れる。

 誠明の心境は察して余りあるが、この程度(・・・・)で一々嘔吐されてはこの件に関わるには荷が勝ちすぎると言わざる負えない。


「その話、信憑性は取れているの?」

「……確証は取れていないが、理論的には間違っていない筈だ。あの魔薬で過剰活性した経絡系を通して身体は内から魔力抵抗が極端に下がっているはずだ。副作用に眼を瞑ればそういうことも出来るかもしれない。先月の人獣のように人そのものを魔獣へ変異させる事例を考えれば十二分に可能性はある」

「確かに受精の段階から魔術基盤の方向性をコントロール出来れば十二分に可能ね。生物学的な原理に乗っ取っている分、人獣よりも無理はないかも。イラクのあたりではメソポタミア神話のティアマト神をルーツにした母胎魔術が確立されているから、理論としては確かに正しいわね」

「なんでアンタは平然としていられるのよ……」


 涼に追従するように考察を重ねる照に肩を落とすのは雀だ。

 術師の素質を図る簡単な指標の一つに“術師として人でなしでいられるか”というものがある。


 これは現代科学の発展にも通じる部分のあることだが、時として非人道的な所業が技術を飛躍させるというのは歴史が証明している。医学然り、軍事技術然り、そして術式もまたそう。


 指標であって術師としての資質を計れるものではないが、冷静に術式に当たりを付けることからも照は傑出しているといえよう。

 それでもやはり女性として思う所はあるのか「とっても不愉快ね」と最後に付け加えた。


「その仮説が本当だとしたら母胎への負担はかなりのはず。影の行使まで視野に入れるなら術式は胎児だけじゃなくて母胎へも癒着は最低条件。引き剥がせるの?」

「状態を見てみない事には何とも。脊髄に胎児の経絡系が癒着していたら、最悪は下半身不随になるかもしれないが、胎児が成長していけばどちらが主体となるか分かったものではない。その為に雨取、君の編纂魔術で捉えられる術式を解体していって貰いたいのさ。今更だが感化される危険も十分にある。協力を断ってもいいぞ?」

「無用な心配よ」


 遅まきながら開示されたリスクに照はノータイムで返答する。その同居人の反応の薄さに雀は頭痛を覚え思わず天を仰ぐ。

 胸糞の悪い考察を後回しにすべく、雀は話題を変える。


「それで幸白君の処分はどうするつもりなの。このまま強制送還?」

「君らにプランが無ければ彼には少し踊って貰うつもりだ」


 そういうと涼は雀と照に手招きし、一度咳ばらいを挟んでから何事か耳打ちをする。

 ゴニョゴニョ……。

 先日フランチェスカから授けられた秘策──それを現状に合わせた改案を二人に打ち明ける。


 二人の反応は実に両極端だった。

 反論こそ無かったものの雀は掌底を涼の顎に打ち込み静かに怒り、こういった策謀に理解のある照は手鼓を打つ。

 何の防御も備えもしていなかった涼は脳髄にまで響いた衝撃に視界に星を散らせていた。ひっそり実体化していた式神・淑艶が身体を支えていなければ倒れ伏していただろう。


「……痛いぞ」

「こういうのは私の土地では一度切りにして頂戴。いい?」

「分かったから、そのアルカイックスマイルは止せ……」

「未熟ね、雀」


 照の詰りに雀は返す言葉なく、ぐっと喉を詰まらせる。

 謀略や陰謀の渦中に身を置く事が常に術師において、涼の策略はマイルドな部類と言える。この程度で動揺する雀は確かに未熟と評価出来よう。


 ただ涼とてあまり乗り気のするものでもない。

 やんわりと仲裁に入り二人を宥めると、ちょうど誠明が居間へ戻ってきた。

 セットされた髪は乱れ青ざめた顔色は死人のよう。腕の火傷に刻まれた切り傷は無理矢理正気を保とうとしたものか。口元には唇の噛み傷からと思われる血の跡がある。

 その様子に少々気が引けたが、涼は命令を切り出す。


「幸白。さっきの言葉に偽りがない事、証明してもらうぞ」

「……何をすればいい」


 萎えた身体を起こし誠明は涼に向き直る。

 涼もまた式神を霊体化させ、ふらつきを気合でねじふせ身一つで対峙する。


「来る王陵女学院の舞踏会。そこで幸白、君は正式に──七榊翡翠に結婚を申し込みなさい」


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