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二章・十二節 裏庭の蛍族

【前節のあらすじ】

誠明の依頼を受け、涼は八坂攻城官の治療を請け負った。

それは命を救う為ではなく、彼が持つ情報を優先した非情な判断だった。

甘さを捨てきれない誠明に八坂は知り得る全ての情報を託し、自ら風前の灯火であった命を絶った。

 亥の刻。

 肺一杯に涼はゆっくりと紫煙を吸い込む。

 肺を通して煙草に充填された呪詛から濾過された霊力を余さず体内に循環させていく。

 欠乏していた霊力が補われたことで倦怠感が薄れていき、五感もまた徐々に明瞭になっていくのを感じる。


 初めて吸ったメンソール系の煙草は肺よりも喉への刺激に慣れず、せっかく溜め込んだ霊力を無駄にして先輩からは笑われることもしばしばあった。

 最近はこちらで知り合った数少ない友人から勧められた《ブルークロー》という銘柄を愛煙している。癖の少ない着香は涼でも吸いやすく、呪詛との相性も悪くない。


「……匂いが付くぞ?」

「構わないわ」


 屋敷の裏庭を間借りした喫煙スペース。魔術触媒用の多種多様な花々たちに囲われたただ一人の蛍の傍には、裏庭の運営者である照の姿があった。

 煙草の匂いが好きという歳のわりに変わった趣向を持つ彼女は、時間が合えばこうして涼の喫煙に同伴することが多々ある。


 クンクンと小さな鼻で紫煙を堪能する照に対して、涼は些か複雑な気分だ。

 基本人の趣味には口出しはしたくない涼もこれには苦言を呈したくて仕方がない。

 煙草の煙というのは喫煙者が吸い込む主流煙よりも、煙草が燃焼して出る副流煙の方が有害物質を多量に含んでいるのだ。昨今では受動喫煙という言葉で発癌性や心臓病といったリスクが訴えられて久しい。


 涼の場合戦闘スタイルに組み込まれている事もそうだが、軽くない中毒に陥っている時点でリスクを訴えたところで説得力は皆無である。

 余談だがつい最近イライラしている時に吸っていると無自覚の癖を雀に指摘され、涼は地味にショックを受けていたりもする。


 軽く頭を振り余計な思考を振り落とす。

 別にニコチンを欲して好きでもない喫煙をしているわけではないのだ。


 待機させていた術式が励起したことを確認すると、治療で欠損した手に紫煙を吹きかける。

 煙草は霧散せずに揺蕩いながらやがて五指を象っていくと術式と反応。灰色の煙は蒸気となり、その中には真新しい手が形成されていた。


 これらすべては高濃度の霊子によって形成された義肢。涼独自の式神技術を応用した高度な再生療法だ。式神と同じく霊力によって実体化し、時間経過と共に細胞分裂に上書きされるように緩やかに受肉していく。

 理論上は脳を除いた臓器全てを補完する事も可能だ。


「便利ね」

「そうでもない。肉体への定着には数週間単位で時間が掛かるし、感覚も鈍い。何より脆い。攻術戦にはとてもじゃないが耐えられない。それに君達魔力持ちには相性が悪い。神崎の右腕にも処置を施したが、神経以外は自然治癒頼みだな」


 式神による治療技術自体は習得術師こそ少ないものの、さほど珍しい技術というわけではない。既に体系化もされており、治療師として生計を立てている者いるほどだ。

 それゆえメリットと同じくデメリットもまた明確になっており、その最たる例に挙げられるのが感覚の鈍化だ。


 肉体の補完といっても治癒という点を除けば義手や義足と何ら変わらない。感覚はあっても本来の肉体とのズレは絶対に生れてしまう。日常生活程度であれば時間が解決するだろうが、事これが術師となると話は別だ。


 術師というのは長い時間を掛けて──其れこそ血族によっては数世代単位で自らの肉体を霊術・魔術に即したものに先鋭化・特化させることが常だ。術式に対してのオーダーメイドと言える程に。

 必然的にそこに完璧な代替品など存在せず、術式の展開効率の低下、酷い場合は発動すら出来ない事例すらある。

 戦闘ともなれば余分な術式を抱えることにもなりハンデを背負う状態に等しい。


 涼の技術は身体構造への造詣の深さと解剖学を基礎に培われ、施術には患者のDNAと霊力・魔力を下地にした独自の技術故にそのあたりのデメリットは比較的軽いが、十のデメリットが七になった程度である。


「それでも貴方のそれはちょっと異常」


 ジリっと照が一歩詰め寄ってくる。

 表情こそ変わりないが、何故だかほんの少しだけ怒っている様に見えるのは、果たして涼の気のせいか。


「藪から棒になんだ」

「錬金術の生命学にも似たような技術があるけど、その場で手を生やすことなんて入念な準備があっても高難易度。身体の三割が溶けた瀕死の重傷者をその場で生かすことなんて、枝肉と内蔵から家畜を練成するようなもの」


 言外に“ありえない”と断じる錬金術の麒麟児。

 収めた知識量は魔術、錬金術のみならず呪術にまで達している彼女なら見抜いたのだろう。涼の技術が一般的なそれと逸脱していることを。


「“それ”、どこで手に入れたの?」


 照が指差すはたった今生成した手ではなく、涼自身。

 そう。涼の肉体代替技術は確かに解剖学を下地にしているが、技術の根幹にあるのはさらに別のファクター。培ったものではなく涼に能力として備わっていたものを技術転用したものが、式神技術の主軸となっている。


 人間と遜色ない連鶴や淑艶といった式神は涼の技術の粋が結集したもの。

 雀や照ならば多少秘密を明かしてもいい気もするが……


「教えてもいいが、代価は君の研究室への訪問を要求することになる」

「……」

「あっ、こら、やめなさい。これ自体はただの呪詛だけだ」


 唐突に照が煙草を掠め取ろうと手を伸ばしてきた。涼は慌てて煙草を頭上へ避難させる。

 頭一つ分の身長差があるため、こうなっては飛んでも跳ねても照では届かない。


「……その技術、いつか仇となりそうね」


 彼女も王陵女学院の学生。未練がましく食い下がるような真似はせず、予言めいた言葉を突き付けあっさりと身を引いた。


 蒐集家の顔を持つ照は日頃から魔術の稀覯本や幻獣の体毛といった研究材料の収集に余念がない。その中でも術式のサンプリングは過剰とも言っていいほどだろう。

 涼は監視官として何度か照が所有する研究室の一つへ査定で入ったことがあるが、足の踏み場が無いほど研究材料が入る膨大な海外発送の段ボール箱に埋め着くされていた。


 実は今回の照とのやり取りはこれで初めてというわけではない。

 半年ほど前に淑艶が拉致られたことに端を発し、今日で都合十三度目である。大人しく引き下がってはいるが、紫煙から幾らかサンプリングはされているだろう。


「宵波君。優れた技術程洗練と効率化を求めて体系化されるべきよ。覚えておいて」

「さっき異常と酷評された気もするが……。大体それを言うなら君の編纂魔術はその最たる例に挙げられるぞ」

「あれは起動の条件が厳しいだけ。条件さえ整えば私以外でも使用は可能」

「どうだか……」


 雨取照が十代にして確立させた唯一無二の大魔術・編纂魔術。

 ただ一度だけであるがあの大魔術を眼にした戦慄を、涼はただの一日たりとも忘れたことは無い。

 あれの前には血筋や才能とか努力などは一切無意味。生殺与奪の権利を奪い取る絶対権力の具現といえよう。

 土地の恩恵をフルに生かした雀でさえ押し負けたほどだ。


 実に厄介な相手に眼を付けられたと、残りの紫煙と共に涼は嘆息せざる負えない。

 それから暫くは会話らしい会話もなく、涼が吸殻を携帯灰皿へ押し込むのを合図に二人は屋敷の中へ戻る。


 雀と誠明は文化祭による生徒会の雑務を片付けるとの事で、まだ帰宅していない。

 居間へ向かう途中、八坂の治療に間借りした部屋の前を通りがかり、扉越しに染み付いた血臭に涼は思わず顔を顰める。

 掃除は既に済ませ血痕一つ残っていないが、死というのは否応なくそこにこびりつく。


 アストレアに属してから多くの死に触れてきた涼だが、胸に蔓延する暗澹とした蟠りは何時まで経っても慣れない。

 それでも涼は一瞥しただけでその場を通り過ぎることが出来たのもまた、多くの死に触れてきたため。

 濃いめの紅茶を淹れて涼は手の調整を兼ねて写経、照は読書でそれぞれ居間で過す事暫し。


「何だって生徒会が文化祭の飲食店を一括管理する流れになったのよ。先生たちも妙に乗り気だし。ちょっと涼、あんたが下手に功績を積み上げた結果よ」


 先に帰宅してきた制服姿の雀は居間に入るなり涼にクレームを入れてきた。

 妙にカリカリしているその様はストレスにやられた社会人の様だ。


「随分な言われようだな。実現性の無い案なら君は問答無用で却下しそうなものだが」

「ええ、そうですとも。過去の凡例さえなければ従来通りの設営形態を採用して事なきを得られたわよ」


 十分な実現性があるのなら、やる気とは別に追及しなくては怠惰だと、雀は妥協を切り捨てる。

 なまじ要領が良い分本来背負わなくてもいい範囲まで業務が拡大しているのだろう。

 去年五輪高校文化祭で飲食系歴代売り上げを大幅に更新する快挙が成し遂げられた背景には、涼のクラスの出し物の売り上げの伸びに気を良くした一部の生徒と、それに便乗した他クラス、更には教員の暴走に生徒会が上手く手綱を掛けた結果だ。


 最終的には飲食系列の運営系統は一ヵ所に纏められ、生徒会が業務に適した人材配置と経営体制を整える事が出来たが故の功績。

 どちらかといえば功績を叩き上げたのは生徒会ではないか、と涼が指摘すると、間髪入れずに反論が返ってきた。


「そんなことはどうでもいいのよ。要は去年の結果だけを見て、背景を全く考慮していない思慮足らずたちの期待値だけで、この案が通っちゃったの。当日の指揮系統こっちに丸投げよ、分かる?」

「去年のケースを模倣しようとするなら、百瀬がその辺りの指揮系統は纏めているだろう。確か逐一を図面に起こしていたぞ。それをブラッシュアップすればいい」

「何それ。百瀬会長あの激務でそんなことやってたの。……あーあ、目途が立っちゃった……」


 居間の空気自体が疲労に染まりかねない、女子高校生に似つかわしくない重々しい溜息が雀から吐かれる。

 ブラッシュアップとは聞こえがいいが、要は前例の分析と効率化ということ。つまるところ今の雀には余計な仕事がまた一つ積み上がっただけ。それが急場凌ぎの指揮系統なのだから、尚の事業務は煩雑になるだろう。


「まあ文化祭の件は置いとくとして。とりあえず私にも一杯淹れて頂戴。もうすぐ幸白君も来るだろうから、揃ったら情報交換といきましょ」

「ああ、そのことだが二人とも」


 雀だけではなく、照にも呼び掛ける涼。

 着替えに自室に戻ろうとしていた雀は振り返り、ソファから視線だけ向ける照。


「今回の件だが俺は降りる」


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