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一章・三節 とある奇妙な噂話

 翌日は祭りには相応しい雲一つない快晴となった。


 灯篭祭の会場は街の中心部から外れた河川敷であり、昼間から屋台が並びたち日が落ちても真夏の日差しが居ついた様な熱気にあふれていた。中心部に設けられたやぐらからは祭囃子が喧騒と入り混じって途切れ途切れに届き、会場に祭りの色を添えていた。


「……那月が夜の校舎にねえ」


 九枚の的当て目掛けて軟式野球ボールを雑に投げながら、鉄平は興味半分といった風に言った。ボールは吸い込まれるように一から九の的を順に落し、文句なしのパーフェクトゲームを店主に突きつけた。


 震える手で目玉商品の最新ゲーム機を手渡す店主に建人は同情を覚える。彼が祭りに現れれば客を引き寄せる景品は残さず持ち去られるのだから。


 補修を無事に終えた建人と鉄平の二人は那月との待ち合わせ時間より一足早く遊び歩いていた。先程生徒会が構えるテントの様子を見に行ったが、荷物の搬入と準備に忙しそうであり、声をかけるのは流石に憚れた。


 時間を潰している間、建人は昨晩の出来事を鉄平に話していた。昨夕建人に那月を遅らせた様に、この友人は会話をコントロールするのが上手い。全教科中でも現国の点数が極めて低い建人からであっても、するするとその時の印象や様子を引きだしてみせた。

 流石に奇妙な動悸に襲われた事は伏せたが、それ以外は洗いざらい話していた。


「傷心自殺でも図ろうとしたのかね」

「いや、そんな切羽詰まっているようには見えなかった……と思う、けど」


 歯切れ悪く語尾を濁す建人。


 普段は近寄らないであろう高所に人。

 真っ先に辿り着くであろう“自殺”の可能性に至らなかった事に今更ながら気付き、軽い自己嫌悪に陥る。

 ただ自分の印象に間違いはない、という確信があるのもまた事実。


「なあ、どう思う?」

「……」

「? おい、鉄平どうした」


 立ち止まり、急に黙り込んだ鉄平を建人は訝しむ。

 考え事でもしているのか俯き加減に「あいつ、まだ……」「危ない橋を」と何事か呟いている。生憎と建人には断片しか聞き取れなかったが、彼の眼つきに少々剣呑な光が入り混じっていたのは見て取れた。


 ただ混雑する往来で何時までも突っ立っているわけにもいかない。

 建人が鉄平の背を軽く揺らすとと、ハッと瞬きを数回繰り返す。


「ん? ああ。んで、その後どうしたんだよ」

「どうって、少し眼を離したら那月は何処かへ行ってたよ」

「那月じゃなくてお前」

「いや、まあ……そのまま帰ったけど」

「話にならん。せめて学校までは走れ。それで本当にアイツを落とす気あんのか?」

「ぐっ……」


 弁解の余地のない鉄平の罵りに、建人は言葉を詰まらせる。

 後半は兎も角として、反論の余地なんて全くない至極真っ当な指摘であるが故にだ。


 インターハイに向けた一年の努力が水泡に帰した話を聞いたその日に、わざわざ人気のない学校の屋上に脚を運んでいれば、穏やかな精神状態でない事など誰だって容易に想像がつく。


 補習前に建人は生徒会室をコッソリ覗きに行き、忙しく準備する那月の姿に胸を撫で下ろしていたなど口が裂けても言えない。


「にしても、最近は妙な話がよく舞い込むな」


 かさばる景品を荷物預り所に一旦置いてきた鉄平がそんな事を口にする。

 河川敷の隅に陣取り気落ちして美味さ半減といった焼きそばを掻き込む建人は適当に水を向ける。


「噂?」

「なんだ、昨日送ったメール見てないのか」


 そう言えばそんな事もあった気がする。

 スマホを取り出し受信メールの中から昨晩鉄平から受け取っていたURLのリンクをタップする。

 何処かの掲示板サイトに繋がると、まずタイトルに眼が引き寄せられる。


「死んだ人間が蘇った?」


 インターネット記事の抜粋や規制線が張られた写真などがスレッドには投稿されており、中には観覧注意の文字が躍る写真まである。


 大元の情報は地方のテレビ局が報じた小さな事件らしいが、発見者の証言がネットに漏れ、拡散しているらしい。


 だが建人の興味は薄く視線は殆ど文字など追ってはいない。画面を上から下までスクロールしただけである。


「こんなのネットじゃよくあるオカルトだろ」

「そうかもな。だが件のゾンビ君の第一発見者が遺族ってんだからミステリアスなんだよ」

「は?」


 もう一度画面に眼を落とすが、鉄平が横からあらましを語り出した。


 それはとある老夫婦が旅行先からの帰路に着こうという時だった。


 旦那は数年前に定年を迎え、年に一度か二度国内で短いながらの旅行が夫婦の少ない楽しみだった。


 免許は随分前に返納し、電車やバスでの移動が殆どで旅行会社は介さない夫婦二人だけの時間。


 地方の観光地へを満喫した最終日。宿泊先のチェックアウトを恙なく積ませた老夫婦は予約していた新幹線へ乗るために、駅へ向かった。


 旅先は典型的な観光地だったので、駅前は人通りが多く、昨今は外人の姿も珍しくはない。


 だからこそ、夫婦は最初“それ”を見たとき我が目を疑った。


 還暦をとうに越え、昔の記憶も随分薄らいでいるが、老夫婦は片時も“それ”の事を忘れたことは無かった。


 最初こそ戸惑ったが、老夫婦はお互いが同じものを見たと知ると、駆け出していた。

 人並みを掻き分け、酸欠に喘ぐ身体など気にも止まらず、必死に追いかける。

 そして“それ”の手を掴んだ。


「○○なのか? 生きていたのか!?」

「貴方の父と母です。両親です、覚えているでしょう?」


 老夫婦が手を掴んだのは、高校生ぐらいの若い青年だった。

 その青年は四十年程前に突然行方不明になった老夫婦の息子にそっくりだった。いや、そのものと言っても過言ではないかもしれない。


 当時突然の訃報を受けたものの、遺体すら発見される事無く空の墓標に花を手向けるばかりであった二人は、青年へ何度も呼びかける。


 だが不自然と言えば、あまりにも不自然な邂逅だった。

 何しろその青年が生きてい居れば既に五十は過ぎているはず。だが青年の姿は老夫婦の記憶と違わず、学生時代の風貌のままであった。


 夫婦がその決定的な違和感に気付くよりも先に、青年は両親と名乗る夫婦を前に明らかな狼狽を見せると、手を振り払いその場から逃げ出した。

 青年はごった返す人の波を強引に掻き分けるように走り、やがて追いかけていた夫婦はその姿を見失った。


 その後、警察に捜索願を届け出た老夫婦だが妄想の類だと相手にされなかった。諦めきれず青年と出会った場所でビラを配り、情報提供を呼びかけると事態は奇妙な方向へ動き出した。


 老夫婦と同じ日に娘を無くした家族から『少し前に自分も死んだ娘を確かに見た』と海外から連絡が来たのだ。

 その娘もまた、亡くなった当時の姿のままだったという。


 情報はネットを通じて拡散され、老夫婦らが私財を(なげう)って掻き集めた情報によって、遂に警察も動き始めた。


 地道な聞き込み捜査と防犯カメラ等による調査によって、老夫婦の息子と思しき青年の居住地を特定するに至った。


 だが捜査は突然打ち切りとなって、警察がそれ以降動く事は無かった。


 老夫婦が幾ら警察へ足を運んで捜査の再開を訴えようとも、取りつく島もなく門前払いにされる始末。懊悩する老夫婦には以降も何一つ警察から齎される情報はなく、病気知らずだった妻は心労が崇り床に伏せってしまった。


「それじゃあ、結局何も分からず終いって事かよ」

「まあな。家宅捜索に入った警察関係者がうっかり(・・・・)SNSに流しちまった投稿が火種になってなければ、な」


 含みを持たせた鉄平が指差すのは、建人のスマホがちょうど表示されていたスクリーンショットと思しきSNSの投稿画像だ。大元は削除されてしまっているのか、張られたリンクはエラーを吐いている。

 投稿画像にはモザイク処理が施されており、赤い文字で【※観覧注意】と警告を発している。


「……見なきゃダメか?」

「那月なら協調性を発揮する。そしてあいつの周りはそんな奴らばっかだ」


 卑怯臭い鉄平の引き合いの出し方に、建人はムッと反発心に火が付く。


 度胸が無いと思われるのは心外だ。これでも建人はやるときはやる男、と自負している。


 画像は十中八九グロテスク系であることは間違いないだろう。


 正直に白状すれば、建人は解剖図すらまともに直視できない程にこの手の免疫は無い。レンタルショップに行けばホラーやスプラッタ系列の陳列棚は慎重に避けるほどだ。



 ただ映画の話題では趣向が建人だけ異なるため、鉄平と那月に置き去りにされる現実もいい加減耐え難かった。


 建人は眉間に皺をよせ、スマホに指を離しては近づける。そんな建人を、鉄平は分かり易いとでも言いたげな視線を注いでいる。


 ようやく覚悟を決め、画像をタップしようと画面に指が触れる直前――ドンッと空に花が咲いた。


「うおっ!」


 建人の心臓が跳ね上がり、取りこぼしたスマホをお手玉の様に何度も掴み損ねた。


 振り返れば大空には色とりどりの花火が開き乱れていた。


 ひゅー、という細長い音から一拍置いて身体を震わせる火の花々。会場では誰もが視線を同じくし、祭囃子に混じって歓声が上がっている。


 一瞬で散っては咲き誇る夏の代名詞はこの場に相応しい色を注いでいくようだ。


「此処でこういう話題は協調性を欠くんじゃないか」


 見せつけるように建人はスマホを仕舞うと、鉄平は一瞬建人の背後へ視線を送り肩を竦めてみせる。


「モラルを気にすんなら、今こそ二年半越しの想いを伝えるのに相応しいとも思うがね」


 鉄平が指差す方向に眼を向けると、初々しい男女が腕を組んで空を見上げていた。


「……自分も相手いない癖にいけしゃあしゃあと」

「何? 建人好きな娘いるの?」

「うおおっ!?」


 間を置かない、本日二度目の心臓の跳ね上がり。

 聞き間違えるはずの無い、少女の声に全身がカッと熱くなる。


 那月だ。

 まさか今の会話を聞かれたのか。

 慌てて弁解しようと建人は声の方向へ振り返ると、口から出掛けた言葉を飲み込んだ。

 口とは逆に建人は目を丸くする。


「やっ。約束の時間過ぎちゃってゴメンね」


 遅刻を詫びる那月の言葉は、いまの建人には届かない。

 いつまでも呆けたままの建人の反応に、那月は自らの装いにやや不安の色を滲ませ、見かねた鉄平が建人を爪先で小突く。


「よ、よう有澤。仕事、終わったのか」

「え、うん。灯篭は全部捌けたから」


 少し残念そうな那月の反応を受け、直ぐに話題のミスチョイスを内心で嘆く。生徒会の業務などどうでもいいではないか。

 建人が言葉を探していると、見かねた鉄平が空咳を挟む。それに押される形で強張った口が何とか動き出す。


「そ、そうか。良かったな……ええと、その浴衣、どうしたんだ?」


 しどろもどろになりつつも、建人は那月の装いに触れる。


「高校生活最後のお祭りだし、景気付けにね。どう?」

「う、うん。いいと思うぜ」


 もう少し真面な感想は無いのか、とでも言いたげな溜息が横から漏れるが、これでも建人にとっては精一杯。女子のコーディネートを褒めるなどハードルが高すぎだ。


「ふふん、お世辞でも嬉しいね」


 空気を読んでか、それでも那月の機嫌よく礼を返した。

 現れた那月は浴衣姿だった。

 先程様子を見に行った時には制服姿だったが、あれからわざわざ着替えたのか。


 那月の浴衣は黒地に矢絣模様に白のアヤメ、小さく金の刺繍をあしらった朱色の帯が全体を品よく纏めている。手首に下げる巾着は群雲模様の藍染、漆塗りの下駄は小豆色の鼻緒がよく映えている。


 いつものカラリとした快活な印象とは別に、浴衣姿の那月は何処か女性の色香を漂わせていた。

 油断すれば建人はまた呆けてしまいそうだった。


「でももう少し持ち上げて欲しいものね。これでも結構着付けに気合い入れたんだし」

「そうだな。あまりにも普通過ぎた」

「もう少しって……!」


 建人の反応に気を良くした那月がやや上目使いで詰め寄り、ニヤニヤと意地悪い笑みで鉄平が援護射撃する。

 那月は控えめながら香水も付けているのか、シトラスの様ないい匂いが建人のキャパシティーを上限一杯に近づける。


「ん~、もしかして感想はそれだけかしら? 好きな娘がいるなら、もう少し頑張らないと。それとも私ってホントはイマイチ?」

「い、いや、それはあり得ない、絶対そんなことない! そんな事言う奴は節なしだ!!」

「……節穴だ馬鹿たれ」

「そんな事言う奴は節穴だ!」


 鉄平の冷静な指摘に、建人は赤面しながら慌てて言い直す。


「その……あれだ。いつもは男に混じっても『男前』って感じがあって、あんまり深く考えずに話せるから……なんか、意外っていうか……」


 気の利いた事を言おうと建人は必死に口を動かすも、浮足立つばかりで余計な言葉ばかり出て来る。

 那月は立ち振る舞いやハキハキとした言動で纏め役に立つことも多く、姉御肌気質故に建人が抱く那月への印象は周りとそう差異は無いだろう。


 だが流石に本人を前にして『男前』は如何なものだろうか。

 鉄平は憐みさえ覚え顔を覆い、那月はムッと口を噤む。

 ただそんな二人の反応も、


「だから、あれだ……すげえ綺麗だと思う。大人っぽい」


 ストレートに紡がれた建人の賛美によって帳消しとなった。


「……あ、ありがとう」


 それはいつも那月が浮かべる溌剌(はつらつ)とした笑顔ではなく、嬉しさから来る綻んだような可憐なものだった。自然と緩んでしまう口元に気付き、手で隠そうとする仕草が愛らしさに拍車を掛けている。


 次々と打ち上がっていく花火の音が心音に上書きされ、鮮やかな閃光が二人を彩る。

 それっきり二人の会話は途切れ、他人が吸えば胸やけしそうな甘い空気だけが残る。

 顔見知りが通りがかれば冷やかされるか、コッソリと証拠写真を押さえられ拡散されること請け合いだ。

 そんなささやかな危機を鉄平の空咳が断ち切る。


「んじゃ、揃ったところでそろそろ行くか」


 ビクリっ、と二人の肩が震える。


「そ、そうだなっ!」

「う、うん、時間が勿体ないしね」


 建人は明後日の方向を見ながら、那月は乱れてもいない襟元を正しながら、屋台通りへとそそくさと歩いていく。


「初心な奴らめ」


 そう喉の奥で笑いながら、鉄平は二人の後を追っていった。

 空には千輪という花火で無数の華を咲き乱れていた。

 まだ彼等の夏は終わらない。



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