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二章・八節 不穏の影を追って

【前節のあらすじ】

紫涅和泉監視官の失踪の報を受け、涼は警察と共に王陵女学院へ赴いた。

一足先に入校手続きを終えた涼は、照から和泉の行動記録と引き換えに研究支援の取引を持ち掛けられ、これに応じる。

多くの疑問を残す紫涅和泉監視官の行動の中で、涼に衝撃を与えた情報が一つ。

「彼女、妊娠しているわ」

 涼と照の密会が終了して直ぐに籾蠣警部らが合流し、一向は二年生寮へ足を運んでいた。

 寮生は全員授業に出席している為に学生の姿は一人としてなく、恐らくは王陵学院史上最も男性密度の高い空間が出来上がっている。


 王陵の寮部屋は四人部屋が基本であるが、それなりに高い寮費を払えば一人部屋までの選択肢が増える。

 刃物や銃器を扱う関係上、紫涅が入っていたのは当然一人部屋。外装内装含め少々凝ったデザインであるが、構造自体はスタンダードな1LDKの部屋だ。


 入寮して半年近く経てば部屋は住人の色を濃く反映しており、居間は備えつけの家具の他壁際に衣装ダンスがギッチリ立ち並び、季節ものから流行りものの服、帽子やアクセサリーといったものがそれぞれキッチリ区分けされて納められていた。


 それも過去の話だが。

 部屋中の至る所が荒らされており、衣装ダンスは手当たり次第に引っ掻き回された様に中身がぶちまけられていた。


 それ以上に酷いのが寝室だ。

 ベッドの他に作業机が設けられており、アストレアの意匠が入ったPCの他、呪術の専門書や日記などが置かれている。開け放たれた引き出しからは銃に使う整備道具や式神の調律器具、無線機器といった大凡一般的な女生徒は無縁な代物の数々が床に散乱している。


 術師の工房(アトリエ)は涼の受け持ち捜査になっており、鑑識用のリス型の式神が部屋をチョロチョロと動き回っている。

 工房への侵入を赦す事は術師の手の内を明かすに等しいため、その殆どが結界や迎撃用のトラップを仕掛けているのが常だ。それらの解除を涼が担当する予定であったが、予想に反してすんなり工房へ入る事が出来た。

 というよりそれら全てが何者かによって解除・破壊されていた。


 一方で争った形跡が全くないことから、襲撃ではなく拠点破壊を目的にしたものと考えられる。この点に関しては籾蠣警部とも見解の一致を得られた。

 事実武器は殆ど破壊され、呪符や触媒といった呪具はごっそり持ち去られている。PCなどの情報端末が破壊されていることから、外部との連絡手段を断つ目的もあったのだろう。


(だが誰が……?)


 工房へ侵入出来るものは当然ながら術師になる。それも魔術師ではなく霊能力者である可能性が高い。

 属性によって習得魔術の方向性が決まってしまう魔術師では、よほど魔術特性の相性が良くなければ解除(・・)は難しい。例外は常に存在するが、こちらの可能性は無視していいだろう。

 霊能力者が用いる術式は汎用性に優れ広く浸透しているものが多いため、解錠のノウハウをある程度培えば難しいことではない。簡単な解除術であれば涼も幾度か経験がある。

 必然的にこの部屋への侵入者は霊能力者となり、この人物は広大な王陵の敷地にある程度精通し、練達の解錠師でもあると推測される。


「ありえん。此処は雨取の管理下でもあるんだぞ」


 神業めいた手際だ。

 王陵一帯は照の統治下にあることは先程渡された紫涅の行動記録が十分に証明している。部屋への侵入まではまだ理解出来るが、彼女の眼を欺き通すことは至難の業だ。

 ガラス張りの水槽の中で身を隠すことと何ら変わりない。


 頭を悩ませる涼に追い打ちをかけるように、式神リスが悪い知らせを持ち帰ってきた。

 工房の残留霊子を収集させていたのだが、結果は無残なもの。

 よほど慎重に証拠隠滅を図ったのか検出できたのは紫涅のもののみ。

 鑑識たちの様子を伺うと、あちらも成果は芳しくないようで表情は皆固い。


「ちっ、目撃情報も家出した日の授業が最後だそうだ。生徒に大ぴらに訊き込みが出来ない分、こいつは骨が折れそうだな」


 ガリガリと後頭を掻き毟りながら籾蠣が工房に入ってくる。

 術師である自分以外は入るなと厳命したはずなのだが、悪びれる様子もなく部屋を物色し始める。

 シスター・オノデラからの事情聴取を終えたのだろう。ぼやき通り目ぼしい手掛かりは得られなかったようだが。

 鑑識変わりのリスたちに見やり、鼻を鳴らした籾蠣はこの部屋で特に荒れている机へ近づいていく。


「使えそうな手掛りはこいつぐらいか? こんな御嬢様学校で随分物騒なもんが見付かったな……」

「触るなッ」


 籾蠣の手が机のチョコレート菓子──魔薬に触れる直前、涼の一喝が奔る。

 殺気すら混じる叱声に身を強張らせた籾蠣だったが、一転して剣呑な光を宿した睨みを効かせてくる。


「おい、これも重要な捜査対象だ。警察の俺が関わる事に文句あるか」

「そいつの主役は中身のコカインではなく、チョコに混ぜ込まれた新種の麻薬です。指に付着した分だけでも人の尊厳を踏みにじるには十分すぎる」


 先日もそいつで一人死んでいる、と低く脅すと籾蠣警部は慌てて手を引っ込める。

 この魔薬を追っていたが為に先輩である烏森諜報官は殉職している。

 軽率な接触すら今の涼は許容する気は無かった。


 部屋の調査が全て終わってからの予定であったが、涼は魔薬の処理を前倒しにすることにした。場の霊子が乱れる為後にしたかったが、同じやり取りは二度と御免だ。

 呪詛を充填させた煙草に火を着けると、数枚の呪符と共に机に放る。煙草の呪詛を原動力に呪符が魔薬を包装してしまう。

 完全に封印されたことを入念に確認し、涼は懐に仕舞い込む。


「これに関してはこちらで処理します。結果は後で追ってご連絡しますので」

「あ、ああ……」


 不満を拭い切れていない籾蠣を無視し、涼は式神たちを戻しに掛かる。どの道これ以上調べたところで進展は見込めないだろう。ここは少なからず下着も散乱しているので長居はしたくないのだ。

 帰投命令の柏手を打とうとした時だった。

 一匹の式神リスが何かを持って駆け寄ってきた。


「ああん。ネックレス?」


 だがしかし、横切る途中の籾蠣警部に物を掻っ攫われてしまう。

 二度の横暴を無罪放免にするほど涼もお人好しではない。先程より二倍増しの剣幕で詰め寄ろうとしたところで、ふと異変に気付く。


 籾蠣が奪ったネックレス。

 注視すると僅かばかりに紫涅ではない霊気が視て取れる。

 一体なぜ今になって式神はこれに反応したのか。

 新たに浮上した疑問は、しかし別の異変に飲み込まれる。



「これがなんだって――」


 言うんだ、と続くはずの籾蠣の言葉は横合いから突き付けられた涼の銃(・・・)に断ち切られる。


「お、おい……」

「動くな」


 有無を許さない冷淡な声音。

 こめかみに押し当てられる堅い銃口の感触が、これが冗談ではないことを雄弁に語っている。

 カチリと撃鉄が引き下げられ、涼の銃、回転式拳銃コルトSAAの弾倉が一発分回転する。


 現代で拳銃の主流となっているのはダブルアクション、つまり引き金(トリガー)を引くだけで発射できる機構が殆どだ。

 対し涼の銃は十九世紀アメリカ西部開拓時代に活躍した古式拳銃。ダブルアクション拳銃と異なり、こちらはシングルアクション。一度手動で撃鉄を下ろさなければ発砲が出来ない旧式拳銃。


 逆に言えば、あとは何時でも発砲が出来る状態。

 どんなに射撃技術がなくとも、零距離ならばマグレも奇跡も関係ない。間違いなく弾丸は籾蠣を撃ち抜くだろう。


「笑えねえ冗談はよせ。現場を荒らした非が俺にあることは謝罪する。だから銃を下ろせ。これ以上は組織問題に発展しかねないぞっ」


 余裕を無くし堪らず籾蠣は叫ぶ。

 異変に気付いた鑑識達が血相を変えて部屋に入ろうとするが、籾蠣が慌てて止める。

 同伴していたもう一人の警部は今にも抜銃しかねない様子だ。


 警官らの敵視を一身に受ける涼は顔色一つ変えず、引き金に掛ける指にジリジリと力を籠める。

 締め切られた部屋の中、籾蠣の荒息だけが全員の耳朶を打つ。


 膠着は時間にして僅か数秒。

 手にべっとりと浮かんだ脂汗で籾蠣が攫ったネックレスが滑り落ちる。

 極度の緊張状態の中、ネックレスの落下音に反射的に籾蠣は僅かに身を強張らせる。

 僅かに涼の銃口がぶれる。


 ――否。


 籾蠣の向う側。ベランダを越えた外、寮を囲う生垣の影に視た霊気の揺らぎへ照準を合わせる。

 瞬間、二つの事が起きる。


「宵波涼!」


 もう一人の警部が籾蠣から銃口が外れた隙を着いて涼に飛び掛かる。

 籾蠣の罵倒に近い制止が飛ぶも、警部は止まらない。涼のコルトSAAと頸部を狙い捕縛しに掛かる。

 それに対し涼は籾蠣を雑に投げ渡すことで封殺した。


「え?」


 間の抜けた声は籾蠣のもの。

 しかしそれは直ぐに悲鳴へ置き換わる。

 障害物を取り払うとほぼ同時に涼は引き金を引く。


 撃鉄が雷管を叩き、待機状態にあった弾丸の術式を起動。

 鉛弾の一射を一条の雷撃に変貌させる。

 砲撃めいた銃声を置き去りにして、窓ガラスをぶち抜いた雷矢が寮の生垣に落ちる。

 術式の構築が不要なアストレア謹製の呪具・インドラの鎗弾。予め霊力を充填するだけで後は通常の弾丸と同様の仕様。低級の魔族程度なら一撃で消し炭に出来る威力を誇るが――


「ッ!?」


 雷の霊鎗は生垣に着弾する直前に、影から競り上がってきた黒い何か(・・・・)に引き千切られた。

 幾条に分かれた雷が生垣を焼き裂き、レンガ造りの街路に破壊の爪痕を刻んでいく。


「何事です!」


 シスター・オノデラが轟音に駆け付けるも、涼は既にベランダを蹴り空中に身を躍らせていた。

 霊力で身体能力を強化した涼の踏み込みはベランダを更に破壊し、秒を跨がずに霊気の揺らぎ――こちらを見ていた何者かの元へ着地。

 黒い何かの迎撃を地を這うようにして掻い潜ると、肉薄した何者かを捕縛しに掛かる。


「何!?」


 我が目を疑う。

 つい一瞬前まで、間違いなく捉えていた人影が忽然と姿を消した。

 空を切ったと思った手は辛うじて長い毛髪を掴み取っていたが、それ以外の手掛り、霊気どころか気配や匂いといった痕跡が一切捉えられない。まるで最初から存在していなかったかのように。


「馬鹿な。どういう芸当だ」


 有り得ないと断じるも、周囲を幾ら探ろうとも何一つ痕跡を得られない。

 暫く諦め悪く辺りに視線を走らせていたが、轟音に騒ぎ出す学園に気付き、頭を振って思考を切り替える。ひとまず後始末が優先だ。


 人払いの結界を張り、壊れた生垣を木行符で応急修理する中、手中にある毛髪と部屋を飛び出る際拾っておいたネックレスに視線を落とす。

 二つを比較すると紫涅和泉の部屋から捉えた霊気と酷似したものが視て取れる。

 断定は出来ないが、紫涅和泉の部屋に侵入した人物と先程の人影は同一人物と考えていいはずだ。


 眼前で姿を眩まされたのは不覚の極みであるが、何らかの術式によるものであれば照が何も捉えていない筈がない。

 身体の一部が手に入れた今、特定はそう難しくはないはず。


 毛髪を保管し、残るネックレスをじっと観察する。

 凝った造りのネックレスは檻の様な十字架に雄神が捉えられていた。銀を削り出したもののようで、既製品ではなくオーダーメイドだろう。

 丁寧に磨かれていることが見てとれ、肌身離さず身に着けていたのか持ち主の霊気が色濃く残っている。


 しかしそれであれば何故式神たちの発見が遅れたのか。

 新たに浮上した疑問が呼び水となったのか、ふと記憶の隅を刺激された。


(この霊気、何処かで……)


 しかし思い出せたのは覚えがあるという所まで。

 寮からシスター・オノデラが鬼のような形相で歩み寄るのが見え、涼は疑問を棚上げしてネックレスを仕舞い込む。説明には骨が折れそうである。


「誰だ、お前は?」


 此処にはいない術師への独白はこの事件への静かな宣戦布告。


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