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二章・七節 私と貴方の取引

【前節までのあらすじ】

政府公認執行機関アストレアを若干15歳の若さにして率いる少女・フランチェスカ。

彼女は現在アストレアを二分する離反派閥・協会派を特定するため、涼をはじめとした一部の構成員に自らの計画を打ち明けた。

その最中涼の元に教会派監視官・紫涅和泉の失踪と、先日殉職者を出す要因となった新種の麻薬が発見されたという報が入る。

 私立王陵女学院。

 五輪市に居を構える大学並みの敷地面積を誇る中高一貫のいわゆる御嬢様学校であり、政財界の重鎮や大企業所御令嬢といった煌びやかな生まれの生徒が多数在籍している。


 厳しい学則と宗教を取り入れた教育は有名であり、徹底した淑女教育下で育てられた女生徒たちは一度社会に出れば引く手数多という話だ。


 ただ意外なことに五輪市の人間の殆どが特別な用がない限り、年に一度の例外を除いて街の人間は王陵に近づく事さえない。

 その理由は外部との接触を極限までに排他した王陵の気質が関係している。


「相っ変わらず刑務所も真っ青な景観だな、おい」

「気持ちは分かりますが、どうか口を謹んで下さい警部」


 益体もない感想を漏らす同行者、籾蠣警部に苦言を呈する涼。籾蠣警部を含め数人の鑑識達も同じような感想を口々にしていた。

 場所は学院来客者用の門扉前。左右には延々と続く外壁が伸びており、有刺鉄線や監視塔こそないがその外観は学院の印象からは程遠い。


 警部らの感想も、まあ無理はない。

 学院はその敷地を壁と針葉樹で囲まれており、外部からは中の様子が一切視て取れないのだ。

 地方都市のさらに辺境に建てられているため、殆どの学生が寮生活を送り、街中で王陵の学生を見かける事も滅多にない。


 その為か否応なく刑務所や監獄といったイメージを想起させるので、地元住民からは神崎邸と同じく事実上の不可侵領域になっている。


「まあ得体が知れないって意味では、お前らも大差ないがな。今回は迷子と見付かった薬の捜査だ。霊能力者だが超能力者だが知らねえが、オカルトが出張るような案件じゃねえぜ」


 到底警察とは信じ難い凶悪な顔付きの籾蠣警部は涼にあからさまな嫌悪感を叩き付ける。


 警官たちと一人離れる涼の距離感が示すように、アストレアと警察は連携こそしているものの基本的に仲は悪い。術師関連の事件であればどうしても専門知識を持つ者の協力が必須であることは警察とて理解はしているだろうが、所轄にズケズケと入り込まれ自分たちは半ば蚊帳の外へ追いやられる。残った業務が事後処理だけとなれば不平不満は必然だ。


 しかしながらこうも露骨に邪険にされると、怒るどころか呆れてしまう。


「それを判断するのは貴方ではなく、そちらの上層部だ。命令に背いて万が一の事態になれば、尻の毛まで毟られるハメになりますよ。王陵は人も物も何かと桁が違う。勿論、首の値段も」


 チッ、という返答変わりの舌打ちが聞こえ、籾垣は鑑識達と何やら打ち合わせを始める。

 案外簡単に引き下がったな、と意外感を覚えるも王陵女学院には警視総監の御令嬢なども在籍している。あちらも穏便に済ませたいのだろう。


 捜査は基本警察主導の元、必要に応じて涼が介入する。大凡の段取りはこれで事足りるので彼等と必要以上に慣れ合う必要もない。


 外部に唯一顔を覗かせる王陵の時計塔を見れば、ちょうど午前九時を告げてきた。

 ゴオンという都合九回の厳かな鐘の音が外壁外の涼達まで達し、バサバサと塔に留っていた鳥たちが方々に散っていく。


 鐘の音に包まれた中であっても、門の解錠音は不思議なほど響いた。

 重々しく扉が開くと修道服を隙なく着込んだ老女が現れ、ピンと張った背筋を崩すことなくこちらへ歩み寄ってくる。

 老女を見た途端自然と籾蠣たちの背筋も伸び、その手の教育が身に染みている涼もまた居住まいを正す。


「皆様。御足労頂き誠に有難う御座います。本日当学院の案内人を務め致します、小野寺と申します。宜しくお願い致します」


 深々と頭を垂れる老女の一連の所作は美しく洗練され、籾蠣たちはたじろぎ返礼が曖昧なものになってしまった。

 一方で老女と面識のある涼は同じように腰を折り、挨拶を交わす。老女には劣るものの、こちらも教養の高さを伺わせるものだ。


「お久しぶりです。シスター・オノデラ。お元気そうで何よりです」

「元気なものですか。あんなものが見付かって昨夜は一睡も出来ませんでした」


 涼の定例句を受けシスター・オノデラの厳粛とした雰囲気が綻ぶ。緊張で張り詰めていた表情に濃い疲労の色が浮かび、その発言を裏付ける様に目元には隈が浮かんでいる。


「やはり紫涅はまだ戻っていませんか?」

「ええ、一晩中待機していましたが、この眼は猫一匹見ていません」


 まあそうだろうな、と予想通りの返答に涼は特に何も思うことなく頷く。


 シスター・オノデラは四年前までアストレアで淑女教育の講師を務めていた人物だ。規律と礼儀を重んじる人物であり、虚偽という言葉から最も縁遠いと言っても過言ではない。

 まかり間違っても何かしらの隠蔽を図った等の類の証言はしないだろう。


「ゴホン、失礼。刑事部調査一課から参りました籾蠣です。小野寺さん、そのあたりも含めて詳しいお話を伺いたいので、簡単に段取りの確認をしたいのですが」


 警察手帳を翳しながら籾蠣は仕事に着手を要請する。一瞬涼を睨んだのはあくまで主導権はこちらにあると主張しての事だろう。

 張り合うつもりはないので後の流れは警部に任せてしまう。

 流石というべきか籾蠣は最低限のやり取りで現場検証から事情聴取までの段取りを説明し終えた。


 シスター・オノデラの理解も早く要所要所で学院内での留意事項を伝え、スムーズに話を進めていた。

 ちなみに涼は幾度か王陵には脚を運んでいるため、ある程度の勝手は心得ている。


「ではご案内します」


 シスター・オノデラ先導の元、一向は王陵女学院へと脚を踏み入れる。

 高い針葉樹林に囲まれた舗装路は昼間にも関わらず薄暗く、ここら一帯を寝床としている鴉の鳴き声が嫌に響く。

 不気味さに意識が行きがちだが、道自体は百メートルもない。

 直ぐに建物から漏れる人工の光が見え始めた。


「あれは、教会か?」


 警官一行の誰かが口にしたとおり、姿を現したのは十字架を掲げる白亜の教会。

 教会の傍には事前説明があった検問所が隣接しており、まずはそこで入園への手続きをすませる決まりだ。


「当学院の創設者は敬虔なクリスチャンだったようで、来訪者にもまず一度祈りを捧げて貰う決まりなのです。ああ、別に入信を勧められることは無いのでご安心を」

「祈るって……我々にはその手の教養がサッパリですが」

「手を組んでただ健やかな生活を願うだけです。主よ、我らの良き営みを守りたまえ……と。難しければこれからの捜査が事なき得るよう祈るだけでも構いません」


 シスター・オノデラが手本に十字架に似た聖具を握り祈って見せるも、籾蠣たちは生返事を返すばかり。

 馴染みの無い作法に戸惑いを見せる籾蠣だが、世界的に見れば宗教というのは市民に浸透したごく当たり前のものだ。無信仰が大半を占める日本は先進国では例外の部類だ。


 一足先に検問所をパスした涼は教会へ入る。

 王陵の検問は空港並みのセキュリティであるため入園には煩雑な手続きが必要なのだが、昨夜眠い眼を擦りながら提出書類を作成した甲斐あって持ち物検査だけで済んだ。何事も備えである。


「……」


 教会内部はよくある作りで、木製の長椅子が左右に並び、ステンドグラスを背にした祭壇が最奥に位置している。

 此処とは別の教会にはパイプオルガンを導入しているらしく、生徒の多くは演奏目当てにそちらに脚を運ぶ事が多いのだとか。

 静寂に満ちた内部に、コトン、コトンと靴音が反響し、涼一人を名も知らぬ主が迎え入れる。


「宵波君」


 不意に名を呼ばれ振り向くと、長椅子の一つに照が腰掛けていた。


「サボりか?」

「変わり身は置いてきたわ」

「そうか」


 当然褒められる行為ではないのだが、特に咎めることなく照の隣に座る。

 あと数分すればシスター・オノデラが警部たちを引き連れて来るだろうが、それまでは二人だけ。


 ざっと当たりを見渡す。

 他に人の姿はなく、気配も感じ取れない。霊覚に意識を傾け照の周囲を特に念入りに探るが、結果は先程と同じ。


「君、よく授業を抜け出すのか?」

「それなりよ」

「紫涅はその時どうしてた?」

「本人か式神が咎めに来るわ、必ず、どこにいても」


 紫涅和泉監視官との面識は殆どない。

 ただプロフィールから得た話では正義感が強い女性であり、何事であれ任務を途中で投げ出すようなことは決してしない責任感の強い少女だったはずだ。

 それは涼と照の短いやり取りから十分に伺える。


 通常監視官は対象がどのような行動に出ようと、規定に抵触しない限り、例えそれが模範から外れた行動であろうとも正すような事はしない。例えば授業へのボイコット程度で一喜一憂するようなら、それは監視対象に踊らされている様なものであるからだ。


 しかしながら紫涅監視官はそのセオリーに当てはまらなかったという。

 であるならば、こうして授業を抜け出した照はとっくに紫涅監視官から雷を落とされているはずなのだが、その予兆は無い。

 試しに式神の駆動を一時的に妨害する術を教会に撒いてみたが、これもまた無反応。


「完全に任務を放棄しているようだな」


 もしくは任務継続が困難な状況に陥っているかだが、それはどちらでも構わない。どの道探さなくてはならないのだから。


「私の監視はどうなるのかしら?」

「現時点を持って紫涅和泉は監視官権限を一時凍結。君の監視は俺が引き継ぐことになる。今後どうなるかはまだ何とも言えないが、少なくとも一昨日伝えた事に変更はない」

「そう」


 監視任務の引き継ぎに関しては幸白誠明監視官の動向観察の任務と共に正式にフランチェスカから指令が下っている。並行して行方知らずとなっている紫涅和泉の捜索指揮も涼に預けられ、本件に関しては指揮系統も最上位権限を与えられている。


 王陵での捜査も基本は涼主導の元、というのが筋なのだが、警察とは指揮系統が異なる。この場合アストレアと警察の共同案件が発生した事案の規約に乗っ取り、初動捜査は警察組織が進める事になっている。

 涼は警察と協力しつつも、術師としての独自観点から必要に応じて動く手筈だ。


「それで。要件は?」


 あと数分もすれば籾蠣警部たちも手続きを終えて来るだろう。

 手短に質問を投げかけると、照がポケットから取り出したのは折り畳まれた羊皮紙。


「直近五か月の紫涅さんの霊波と行動記録、駆動式神、その他諸々の記録。サンプル付き」


 一部開示された記録には照の証言通りの記録がびっしりと書き込まれている。それも唯の記録ではない。

 羊皮紙には学院内の地図が記されており、幾つかのポイントごとに計測された霊力の波長が記録されている。その他監視官の移動ルートに加え、使役した式神の位置もモロばれである。


 錬金術師でもある照謹製の魔導具のようで、日付の欄を指で擦ると日にちが送られていく仕組みのようで、日を追うごとに詳細な記録が見てとれるようになってくる。


 ある程度の逆監視には当然対応策を講じるのが基本ではあるが、派閥を違え争う間柄とはいえ身内の恥は己の恥。彼女の指導者を呼び出し小一時間問い詰めたい気分だ。


 余談だが王陵女学院周辺の霊地は実は雨取照が保有権を有している。

 二年前にこの地へやってきた彼女は雀と殺し合いの末に、数十年間神崎家が侵略を阻んできた霊地の一部を戦利品として納めたのである。


『反則っていうか、そもそも私達とは術師としての立ち位置が違うって感じ。私達が盤上で戦う駒なら、照は盤上そのものに手を加える創造者(クリエイター)よ。正直二度とやりたくないわ』


 ――とは雀の証言だ。

 保有権が照に移ったいま、この地一帯は彼女の手中同然であろう。行動を把握されないのは熟練の術師でも至難の技と言える。


 ただし監視官というのは寧ろそういった環境下に身を曝すのが常である。その中で如何に自身の存在を希釈し、尚且つ存在感を植え付けるかという矛盾にも等しい能力を問われる。

 厳しい意見であるがこうも行動を筒抜けにされていれば、如何なる理由があろうとも紫涅和泉に監視官の適性は皆無と評価せざる負えない。


 監視期間延長を取り下げる決定的な証拠が眼の前に突きつけられれば、少なくとも照の自由の身は保障されたも同然だろう。

 問題があるとすれば、記録を頂く報酬だが……。

 涼がその旨を問うと、案の定代価は高くついた。


「卒業までの学費の肩代わりと研究への資金援助。具体的にはこれぐらい欲しいのだけど」


 差し出されたメモ用紙を受け取ると、綴られた金額に涼は目眩を覚えた。

 術の研鑽と研究にはどの分野に限らず一定以上の費用が付いて回るのが常だ。

 照の納める魔術の場合は錬金術の技術が中核にあるため、特にこれが顕著になってくる。強力な魔術である一方で、雑な言い方をすれば金食い虫なのだ。


 アストレアには一定の審査基準を満たせば金銭援助を受けられる制度もあるが、高額になればなるほど縛りも大きくなる。研究内容の開示や定期的な査定などがその代表例だ。

 ただこれはあくまで組織としての対応。


「流石にこれを全て受け入れるには少し厳しいぞ。どちらか一方を飲むにしても、恒常的な条件が欲しい」


 紫涅和泉の記録は勿論有用であるが、要求を全て飲むには至らない。上層部に通せばある程度の譲歩を引き出す事は出来るかもしれないが、労力と時間への対価の釣り合いが取れるかは微妙なラインだろう。


 一方でこの程度を推量れない照ではなく、淡々と交渉を次へ進ませてきた。


「なら今後貴方の要請に応じての任務への扶助、霊地の利権の一時譲渡を条件に付け加えればどうかしら」

「……!」


 思わず我耳を疑う涼。

 悪い条件ではない。寧ろ破格といってもいいかもしれない。

 まだまだ魔術師としては未熟な雀に対し、照は齢十五にして既にその手の界隈で名の知れた麒麟児だ。アストレアとしても単なる庇護契約関係ではなく、積極的に太いコネクションを形成しておきたい人物にリストアップされている。

 しかしながら――


(俺との契約に落としどころを置くか……)


 アストレアではなく、涼を指定したところから協力要請の背景に組織の恣意的な匂わせれば応じない、というメッセージが隠れている。

 場合によっては涼は照とアストレアの板挟みにされかねない立場だ。


 正直難しい判断だ。

 本来であれば上層部へ持ち帰る案件であるが、第三者を交えては取引は破断し、大前提として時間がない。この手の駆け引きで時間を改めれば照は取引自体を無かった事にするだろうことを、涼は一年の付き合いで思い知っている。

 暫しの逡巡を挟み、素朴な疑問を口にする。


「なぜ俺個人で交渉を留めようとする? その条件ならもっと良い条件を上から引き出せるはずだぞ」


 涼は構成員の一人に過ぎない。監視官として与えられた権限は小さくはないものの、やはり構成員の一人に収まる範囲。優位な報奨を引き出すには力不足といっていいだろう。


 搦め手を省いた純粋な技量面でも大部分で照が優れているのは誰が見ても明瞭であり、彼女が涼の幇助に必要性を強いられることは皆無と断言してもいいだろう。

 対して照の口から紡がれた言葉は、涼の勘ぐりを一蹴して余りある栄誉であった。


「私も雀も、信用を置いているのは貴方個人よ」


 言葉と共に羊皮紙をポンっと手渡されたのが決め手となった。

 制約や契約よりも、信用に重きを置いた提案だ。無下にすれば友人と思うことすらおこがましい。


「学費は俺個人の融資、研究費の方は幾つかの任務への協力と引き換えが条件だ。この条件をで構わないのなら、提示額の三割程度は直ぐに用意できる。一監視官の裁量ではこれぐらいが限界だ……」


 新しいメモ用紙にペンを走らせる。協力要請の任務内容を項目ごとに簡単に書き綴ったそれを渡すと、照は眼を通す事無くポケットに仕舞い込む。


「交渉成立ね」


 心なしかその声は弾んでいる様に思えた。

 研究に重点を置く術師においてお金の工面は永遠の課題だ。十月以降の金銭の工面が付いたことは、それだけで他の術師より一歩優位な環境下ということだ。


 研究費の工面の為、多重債務に陥った術師が霊地の所有権を売り飛ばす事例もあるほどだ。


(神崎も交渉を持ち掛けて来るだろうな……)


 半同棲関係にあるもう一人の魔術師が脳裏にチラつく。生徒会で日々行事や部活動に掛る費用の采配で舌戦を繰り広げる彼女にとって、この手の交渉事は日常茶飯事だろう。


(智美に相談しておくか……)


 金勘定が得意な友人へのアポイントを予定に入れ、涼は羊皮紙を広げる。

 使い方の簡単なレクチャーを受けて、ざっと全体に眼を通す──必要はなく、日付さえ指定すればその日の情報が網膜を通して脳へダイレクトに流れ込んでいく。

 一瞬だけ立ちくらみに似た症状に襲われたものの、直接“記憶”として刷り込まれる利便性の前では些事だ。


 羊皮紙はいわばインストールファイルに過ぎない代物。一度使用しても魔力を通せば再使用は可能なようで、いまは唯の紙と化している。

 当然ながら様々な応用が考えられる魔導具だ。適切な運用を行えばあらゆる局面で多大な効果が期待できる。


 だが一度に押し込まれた大量のデータを適切に処理出来るかは別問題。

 無理に考えを頭で纏めようとはせず、メモ用紙に欲しい部分だけ抜粋しながら紫涅和泉の行動を追跡していく。


 その中で際立った異変が二点ある。

 最初に引っかかったのは使役式神の数と、その配置。明らかに過剰な数が学院中に放たれており、照一人を監視するには不必要な場所にまで配置されている。


 王陵では学年ごとに施設が分かれているので、共同施設を除けば他へ監視網を広げる必要など皆無だ。

 注目すべきは、監視網を広げたのがここ一月半程前からという点。それ以前は照が在籍する一学年の校舎を中心に式神が放たれている。あとは体育館や部活棟といった共同施設に数体。


 だが七月半ばからは自身が利用する二年校舎に一年校舎の倍近い式神が配置され、簡易的な結界まで敷設している。

 式神の中には太陽光パネルの様な自己稼働機能を備えているものもあるので、これらを用いて霊力の消費を押さえれば、涼でもこの数の使役は一応可能だ。


 記録からも使役されているのはその類と推測されるが、自己稼働機能が搭載されている式神は総じて操作性が悪く、要領をこれに圧迫されているため五感共有も叶わない。警報機能を備えているのが精々だ。

 まるで手当たり次第に何かを探っている様な印象。


『幸白誠明、並びに紫涅和泉(しのくろいずみ)両監視官の動向を監視してもらいたい』


 昨日直々に下された指令が思い出される。

 寮で発見された魔薬といい、紫涅の失踪といい、そして指令といい、涼が考えているより事は重大なのかも知れない。


 そうであれば、照の交渉で判断を違えることが無かったのは僥倖だった。

 監視官にあるまじき失態の塊を処理出来たと考えれば、安い買い物だろう。


 そして異変の二点目。

 監視網より顕著な、紫涅和泉自身への変化。

 四月から毎日測定された彼女の霊波。


 霊波は心臓の鼓動の様に体調や健康状態に左右されるものの、魔力霊力問わず個人で特有の波形を示すことが知られている。指紋やDNAに近い代物であり、魔導具にはこの霊波を鍵とする代物も存在する。


 アーサー王伝説に語られる最も有名な聖剣・エクスカリバーもこの一種とされている。

 古くから存在を認識され様々な研究が行われた霊波だが、ある条件下で変化を示す事が知られている。


 その一例が鬼化。

 吸血鬼や喰人に血の隷属を結ばれた場合、身体と霊基そのものが別物へと変じるため、DNAや血液型をはじめ、霊波も変化する。

 そして鬼化と並んで代表例に挙げられるもう一つの事例。


「気付いたかしら?」


 横合いから照の手が伸び、羊皮紙の表面をサッと撫でる。

 次の瞬間には淡黄色の紙面に数値化した霊波紋のグラフが現れていた。

 日ごとに平常時から離れていく数値は、凡そ三か月前を境に最初の変化を示している。


 雀たちの監視に着く際、これとよく似たグラフを教習で見せられた覚えがある。

 監視対象が女性だからという理由で由良に習わされたが、当時は右から左に聞き流していた。自分には縁遠い話と思っていたからだ。


 だがしかし、ああ、何ということだろう。

 あの魔薬と多少なりとも関わっていた以上、状況によっては抹殺も考慮していたが、それは紫涅和泉だけ(・・)を標的にした場合。彼女の死に、もう一つの命を道連れには出来ない。


 霊波が変調を示すもう一つの代表例は、女性だけの偉業。新たな命をその身に宿し、二つの霊波が検出された時。

 ダメ押しに照が差し出して来たのは、チャック着きのポリ袋に入った棒状の検査キット。

 示す結果は――陽性。


「彼女妊娠してるわ」


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