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二章・六節 若き社長は幼き日の御主人

【前節までのあらすじ】

孤児であった涼を引き取ったのは、彼とは似ても似つかない陽気で人好きのする宵波直嗣。

アストレアでも屈指の実力を誇る義父と共に涼は社長に呼び出されたが、敵対派閥の主導者・伊調銀治と鉢合わせる。

オッサン同士の強制ディープキッスの横で、大瀑布の如き霊圧に曝され涼の”赤服”の力が暴走しかけたその時、フランチェスカ・E・ユースティアその人が現れた。

 ユースティア家。

 元はヨーロッパに根差した歴史ある魔術大家であり、十七世紀当初の長崎貿易を機に日本へ移住し、およそ五十年前にアストレアを築き上げた血族だ。

 歴史の浅いアストレアが設立に伴い政府から正式な調印を受けることが出来たのは、ユースティア家が政治界に多大な功績を残し、また戦争や災害復興の際には土地と財を惜しみなく解放し人々に尽くした事が大きい。


 アストレアの前身組織が発足したのも民を憂いての事だった。

 発足にあたり創設者であるフランチェスカの祖父がその当時生きた時代は第二次世界大戦(WW2)終戦直後の時代。輸入が途絶え配給もままならず、あらゆる物資が足りない暗黒期にフランチェスカの祖父が直面したのは外来術師たちの蛮行であった。


 終戦直後の混乱に乗じて上陸した術師の多くが、世界でも有数の日本の霊地を不法占拠し所有権を主張したのだ。中には居住地の提供を代価に民間人を奴隷紛いな扱いをする輩も出たほどだ。

 敗戦国の地であることを言い訳に非道蛮行を繰り返す術師の排除に乗り出した事が、アストレアの全ての始まり。ユースティア家の魔術は決して戦闘向きではなかった故にフランチェスカの祖父は政界での伝手を頼り、戦力を集め少しずつ外来術師の排除を進めていった。


 数十年後にはほぼ全ての霊地が本来の所有者に戻り、また所有者が戦争の犠牲となり所有者のいなくなった霊地はアストレアが管理し、前途ある若い術師に提供した。

 徐々に活動内容は霊地・術者の管理へと舵を切り始め、積み上げた功績が認められ政府公認の組織へと成長し現在に至る。


 フランチェスカは病床の三代目に代わり若くして四代目となるこの組織の最高責任者である。

 就任当初は若すぎるのではと懸念の声も多く聞こえたが、瞬く間に才覚を表し行動と実績をもって組織を運営している。

 先代まで細々とした事業であった家事代行サービスを起動に乗せたのは、実はフランチェスカなのだ。


 しかしながら彼女もまた学生の身分。多くの雑事は補佐である大柳が受け持っているのが現状だ。最終的にフランチェスカの就任を構成員の大多数が認めたのも、先代の補佐を長年務めた大柳あってのことだ。

 それでも重要な議題の決定権は常に彼女の手に委ねられている。

 涼が呼び出された理由もまたそこにあった。


「さてさて。まずは急な招集を掛けてすまないね涼。君も何かとかけて忙しいだろうに、こうして呼び掛けに応じてくれて助かるよ」

「いいえ。御心配には及びません。フランチェスカ様におられましても益々のご清祥のことお慶び申し上げます」

「固い固い。どれだけ他人行儀なんだ。別に今でもフランちゃんと呼んでくれても私は一向に構わないんだぜ、スーザン?」

「ぶふっ……いや、失礼」


 軽く吹きかけた大柳を全力で無視しつつ涼は「他の者に示しがつきませんので」と努めて冷静に返した。


 スーザンとはフランチェスカが涼に一方的に付けた渾名だ。

 直嗣に連れられた涼に真っ先に眼を付けたのが誰あろうフランチェスカである。四つも年が離れているにも関わらず当時六歳であった彼女は事あるごとに涼を引っ張り回し、もといパシリに使い続けたのだ。


 その様子から英語で召使を意味するservantとSuzuを文字って付けられたあだ名がスーザンである。涼が髪を伸ばしているのはポーカーで負けた時の命令が今も効力を失っていなかったりするからだ。

 責任ある立場になってからは事務的な会話が殆どとなったが、時折こうして不意打ち気味に呼ばれることもある。


「やれやれ、つれないねぇ。私は確かに最高責任者という地位に着いたが、中身がいきなりそれに相応しい装いになっている訳じゃないんだぜ。畏まられるのは悪い気はしないが、せめて幾ばかはフランクに接しても罰は当たらないだろう」


 拗ねた様子でそう(なじ)ってくるフランチェスカに涼は思わず言葉を詰まらせる。

 日頃から一回りも二回りも歳が離れた大人の相手をしている分、彼女にとって涼は数少ない年相応の会話が楽しめる相手であろう。特に今は内部事情が混迷し、気苦労も絶えないだろう。

 一時でも気を休ませることが出来るなら一肌脱ぐこともやぶさかではないが、涼も大人の階段を順調に上る青年。いまに至って「フランちゃん」は正直少し、いやかなり恥ずかしい。


「さあさあ、呼びたまえ。今すぐ呼ばなければ今後一年は場所を選ばすスーザンで通してしまうぞ? 大柳の代打で私の付き添いに付く事もあるかもだ」

「それだけは……」

「ほうほう。なら選択肢は一つだろう。先人に習ってお互い束の間の童心に浸ろうじゃないか」


 声を弾ませ催促するフランチェスカはご満悦だ。

 先程から露呈しているサディスティックな性根は生来のものだろうが、その一端は涼を従僕まがいにこき使ったことで培われたもの。

 つまり涼にも責任がある、と言えなくもない。


 気恥ずかしさのあまり連鶴との視覚共有が乱れてしまい視界は闇に呑まれたが、ひしひしと注がれる視線はイヤという程感じ取れる。

 雀や照たちの前では年上として振る舞うことの多い涼ばかりを知る者からすれば、此処ではいいように感情を掻き乱される彼は新鮮なものがあるだろう。

 どちらの側面も宵波涼の持ち味であることに変わりなく、フランチェスカとの力関係はその象徴ともいえる。


「……呼び捨てでも?」

「ふふん。そうきたか。では体面を考慮してプライベートではそう呼びたまえ。それならこの場は不問にしよう」

「…………Yes,my lord.」


 がくりと首を落しつつ涼は了解の意を伝える。

 由良の一件以上の悩みの種が生まれ頭を抱えたい気分だったが、いざとなれば本当に童心に還ってやろうかと真剣に悩んでしまう。


「よしよし、言質はしっかりと取ったぞ」


 対照的にフランチェスカはご満悦である。

 それが年相応の溌剌とした類のものであれば少しは安心できるものだが、経験上こういった時は大抵一計を案じる得意顔を浮かべているに違いない。そしてそれを確かめる勇気を今の涼は持ち合わせていない。


「さてさて、そろそろ本当に議題に移るとしよう」

「小僧どもを呼びますか?」

「いや、彼等は後でいいよ。まずは宵波監視官との要件を済ませてしまおう。要件としてはこちらの方が重要だ」

「承知。ではこちらを」


 直嗣と伊調を呼び戻さずフランチェスカは大柳から渡された資料に眼を通し始める。雰囲気が一変し、人格が切り替わったと錯覚するほどに彼女の佇まいは最高責任者の肩書に相応しいものとなっている。


「宵波監視官。まず先を見据えて君には話しておくが、私はいわゆる協会派の聖王協会への合流を部分的に認めようと考えている」

「――何故ッ!?」


 想像すらしていなかったフランチェスカの指針に涼は思わず腰を浮かせる。

 それでは内部分裂を推進している様なものではないか。

 喉元まで出かかった抗議の声を、しかし寸でのところで押しとどめる。

 無論そんなことは彼女とて承知しているはずだ。彼女の性根は残念ながらねじ曲がっているが、悪戯に混乱を招く様な決してしない事も涼は知っている。


 ではその真意は何だ?

 現状の最大の問題点は協会派の規模が不透明なことだ。伊調のような先導者や現在神崎雀の監視官に付く幸白誠明のように逆説的に判明したものを除けば、誰が協会派に属しているのか証明する術がほぼない。

 つまり涼でさえ協会派ではないと証明する事が出来ないのだ。

 それらを一手に解決する手段があるとすれば――


「まさか正式に聖王協会へ交渉窓口を設けるつもりですか?」

「おお、理解が早いね」


 フランの拍手が涼の慧眼を褒め称える。

 協会派の出現は聖王協会との外交が遅々として進まない事が起因している側面もある。そこに不満を抱く構成員の意見を吸い上げた部分もあるのだろう。


「実は以前からあちらとは幾つかの協定を結ぼうという動きがあってね。ただ独立執行機関といっても我々は政府の端くれだ。交渉には正規の手順を踏む必要がどうしてもある」

「故に近いうちに外交部署を設ける手筈になっている。人員の選抜も既に大凡完了している」

「逆に言えば、それ以外で聖王協会への接触はご法度となるわけでね」


 外交部署を通さない接触は法の元で処罰を下せる、という事だ。

 アストレア内に窓口が新設されるのであれば、協会派と言えども無視は出来ない。


 これは一般社会でもインサイダー取引規制に通じる話だが、例えば協会派の人間Aが聖王協会への加入を目的にアストレアを脱退したとしても、アストレアはAに対して機密情報に関する記憶等に様々な規制を掛ける。


 聖王協会からすればどこの馬の骨とも分からぬAを簡単に受け入れる訳にもいかない。

 逆に造反同然に規約情報を手土産に合流すれば、アストレアは如何なる手段を用いてもAの抹殺を実行する。

 よほど術師として名が知られていない限り、聖王協会に売り込むためには協会派は必然的に何かしらのリスクが伴う。

 一転してアストレア内部から合法的に接触できるのなら、何としてでも利用したいはずだ。

 ただしこの窓口は事によっては一方通行の排斥口。


 なるほど、と神妙な面持ちで頷く涼だが、疑問が全て解消された訳ではない。

 以前課題となる協会派の人員の割り出しである。

 リスクを冒してでもやはり造反する者はやはりいるだろう。内部情報を提供する人物であるなら、聖王協会と言えど何としてでも匿うはず。

 そのことを尋ねると、答えは直ぐに帰ってきた。


「近い内にアストレアの構成員全てにこのチップを取り付けさせてもらう」


 フランチェスカが見せたのは一片が5cm程のアクリルケース。中には極小のICチップの様なものが納められており光の具合によって多様な色を見せている。


「これは式神の一種でね。埋め込まれると細胞レベルで人体と限りなく同化し、生体電気を駆動力に半永久的に起動し続ける。こいつは一定時間ごとに宿主の位置情報と使用魔力・霊力量を記録し、情報を此処へ発信し続ける仕組みさ。こちらから感度を調整すれば五感をリアルタイムで共有もできる。自己増殖を繰り返すから、外科的処置も難しい」

「監視装置、というわけですか」

「まだ試作段階だがな。正式呼称は決定されていないが、開発犯は“のぞき窓”と呼んでいる。ただこれは実際の効力よりも実行に移すことの方が本命だ」

「……チップの埋め込みを拒否すれば協会派の疑いで調査が出来る。上手くすれば芋蔓式に他の連中も一斉検挙が可能となるかもしれない、と」


 恐らくこのチップの効果は抜群だろう。

 無論表向きの上手い口実を考えなければならないが、大柳の言う通りこれは実行する事に大義があり機能実証は二の次だ。


 この話を聞いてもう一つの疑問も解消された。

 宵波直嗣と伊調銀治。顔を合わせればいがみ合い取っ組み合いが始まる犬猿の仲。そんなことは周知の事実であるあの二人が何故同時に呼ばれたのか。

 恐らくは大柳が仲裁に入った際に気取られないようチップを埋め込むためだろう。大柳が実力行使で仲裁に入ることも日常茶飯事なので極自然に埋め込めたはずだ。


「……」


 若干の躊躇いを覚えながら涼は手袋を片方外し、腕を曝け出す。

 由良の一件から間を上げずに同じ構図をとるハメになり、羞恥で死にそうである。

 ゴシップ好きの一面を持つフランチェスカの事だ。十中八九あの一件も耳に入れているに違いない。


「おやおや。常日頃イスラニズムに通じる装いの君が、そんなにアッサリ肌を曝していいのかい?」

「正直触れられるのは極力避けたいというのが本音です。今は色々と過敏になっているから、必要が無ければもう手袋付けますよ」

「いやいや、失言が過ぎたね。君の忠義、しかと受け取ったよ」


 直ぐに済む、と一声掛けるとフランチェスカ自ら涼の腕を取りチップが押し当てられる。

 施術は予想以上に簡易的なものらしく、静電気めいたピリッとした痛みが奔った程度。集中すればチップの存在は何とか感知できるものの、一分もしない内に完全に見失った。肌にも一切痕がない。


「涼坊。現段階ではこれはお前を含め信のおける極一部のものにしか打ち明けていない。来るべき時、相応の働きをしてもらうぞ」

「残念ながら“のぞき窓”を付与されている人間も今は共有出来ない。ただこれは君に対する我々なりの評価と受け取ってくれたまえ」

「……光栄です」


 ──来るべき時。

 協会派の一斉検挙を暗喩し、起こり得る仲間内での殺し合いへの覚悟を求められていることを涼は正しく理解していた。

 そしてそれは今年の四月に済ませた話だ。


「本当はね。このチップは戦闘員の生存確率を少しでも上げようと考案したものなんだ」


 手袋を着けなおしていると、上座に戻ったフランチェスカが悔恨の念を覗かせながらそう打ち明けてきた。


「攻城官、諜報官、そして監視官。この三職は殉職率が高い。その多くが新人。三年を待たずして殉職する確率は二割近くある。新人が育たなければベテランへしわ寄せが来る。必然的に危険な任務へ当たる頻度も増えて、殉職率も上がってしまう負の連鎖だ。最低限でも常に二人一組(ツーマンセル)を組めていれば、先の鴉森君のようなことにもならなかったかもしれない」

「……」


 鴉森白兎(からすのもりはくと)諜報官。

 主に魔導犯罪を中心とした情報収集、諜報活動、潜入調査を主とし、諜報官を務めたホープ。若いが諜報能力並びに戦闘能力も申し分なくアストレアの中でも一目置かれていたが、半年ほど前から行方不明になっており、先日遺体となって発見された。

 遺体は腐敗が進み損傷が激しいことから、音信不通となって直ぐに何者かと交戦し敗れたと思われる。


 涼とは擦れ違えば会釈する程度の交流であったが、彼が齎す情報で命を拾った経験は一つや二つではない。

 フランチェスカが述べた様に組織内でも二人一組(ツーマンセル)、欲を言えば三人一組(スリーマンセル)での任務への従事の必要性は度々説かれている。しかしながら育成に掛かる最低限の時間や実戦という大きなハードルなどの要因が重なり、実現には程遠い。


 仮に実地訓練まで教育課程を終えたとしても現場では常に不測の事態が付き纏うのが常だ。その様な場面に直面し、例え個人の能力を超過していようと、状況に応じた柔軟な対応力、判断力が求められる。

 実際に昨年に涼は異例にも二人の魔術師への監視任務に付いている。最低限一対一(マンツーマン)がセオリーにも関わらずだ。


 先程埋め込まれたチップは救援要請も出せない状況下に陥っても、最低限の生存確率を確保するためだろう。

 それが本格的な内部抗争の火付け役になろうとしているのだ、これ以上の皮肉はあるまい。


「……鴉森諜報官が担当していた案件はさっき氷杜監視官と引き継ぎました。案件の都合で氷杜監視官と分担を少し変更しましたが。」

「すまないね。監視官はアストレアの存在意義の縮図の様なものだ。大きな案件への従事ばかりだが、動かせる人材は君個人の裁量で使って構わない。先日の“修学旅行生集団失踪事件”の様に思わぬ大物に繋がる事もあるかもしれない。負担を重々承知で言うが、頼んだよ」

「はい」


 詳細な振り分けは後で報告するようにフランチェスカは付け加えると、先程大柳から渡された資料を捲り目的のページを最上段に持ってくる。


「それでだね、ここからが本題だ。君が七月末に閉鎖された山道で発見した魔術陣と、その術式で学生を材料にしたと思われる人獣。こちらでも分析を進めた結果、まず間違いなく魔術翁が関わっていたとみていい」


 フランチェスカが眼を通しているのは数日前に涼が提出した報告書(レポート)だろう。そこには先月末に五輪市近郊の山中で発見した魔術陣の分析依頼の結果と、約三十年前に行方不明になった修学旅行生が動物や魔獣の因子を組み込まれ変貌した“人獣”の調査結果が記載されている。


 魔術師・神崎雀が管理する霊地に潜伏していた人獣はその戦闘能力もさることながら、体内に大規模な霊地汚染を引き起こす程の呪詛を内包した強力な爆弾の役割も兼ねていた。

 五輪で確認された四体のうち、二体を雀が戦闘の末撃破し、残り二体は涼が葬った。


 並行して涼は山中で発見した魔術陣の分析を錬金術に精通した雨取照に依頼し、その結果を今回提出した報告書に載せている。


「この報告書では人獣は人型に留まっている間は霊気は人と遜色がないとある。率直な話、儂にはそのような事が可能だとは到底思えん。事実か?」

「事実ですよ。俺は予め神崎から連絡を受けたうえで対峙しましたが、殆ど人間のそれと変わりないものでした。これは雨取の推測ですが、人獣は合成獣(キメラ)の様に肉体を掛け合わせたものではなく、変貌の術式とそれに必要な情報を刻み込んだだけでしょう」

「ん~。原理としては変身ヒーローのそれに近い感じか。能力解放時に術式で肉体を再構成しているんだね」

「……まあ、そうかと」


 例えは兎も角として、フランチェスカの指摘は正鵠を射ている。

 人獣は大雑把に言えば変身能力を与えられたのみであり、肉体はむしろ人間を保っている。従来の感知方法に頼っていては潜伏した人獣を発見することは困難であろう。

 これは涼が葬った二体の人獣から採取したサンプルからも明らかとなっている。


「ただ報告した例の国枝忠隆という男は長らく人獣の一体、砂純建人と交友があったようで、彼の血液から抽出した魔力に精通しています。具体的な交渉はこれからですが、人獣への対策はそう難しくはないかと」

「例の無所属の魔術師崩れか……研究内容は別として出来るなら良好な関係を築きたい。取り入る余地はあるか?」

「亭主関白だったようで家庭環境が些か複雑なようです。子供二人の親権を巡って裁判が進んでいます。少し力添えすれば十分かと」

「ふむ……」

「ちなみに彼の実子の有澤那月は進学ではなく就職を希望しているので、此処を紹介しておきました」


 実質的な娘の囲い込みの策である。人質とさえ言っても過言ではない涼の策略に、フランチェスカは嬉々として乗る。


「おいおい、君もえぐい真似するねぇ。よし、その子が来たら一次選考はパスだ。大柳頼んだよ」

「……承知しました」


 愉悦に満ちた笑顔で権力を行使するフランチェスカと対照的に、離婚経験を持つ大柳は複雑な面持ちだ。


「では国枝氏との交渉はこちらで受け持つことにしよう。君は引き継いだ案件の情報整理が終わり次第、五輪へ戻ってくれ。それと更なる負担を強いて申し訳ないが、重ねて任務を課したい」


 フランチェスカの言葉に合わせて大柳が別の資料を涼にスライドさせて来る。

 ピタリと涼の目の前で制止した資料は二つ。それぞれに男女二人のバストアップ写真が添えられたプロフィールであり、年齢や所属、習得呪術等の詳細が記載されている。

 どちらも見覚えのある顔。

 因縁深いと評してもいい人物たち。


「幸白誠明、並びに紫涅和泉(しのくろいずみ)両監視官の動向を監視してもらいたい」

「……理由を聞いても?」


 目隠しのリボンを解きながら涼は間髪入れずに尋ねる。まだ僅かにぼやける視界の中でフランチェスカを真っ直ぐに見据える。

 涼の視線から懸念の色を拾い取った大柳が口を開きかけたが、それより先にフランチェスカが問いただす。


「別段君にとって不都合はあるまい。それともやはり負担は大きいかね?」


 協会派の横暴に少なからずの不平不満を持っているのは涼とて同じはず。二つ返事で承諾すると踏んできたフランチェスカは反射的に煽る様に問い返す。


「昨日神崎達から釘を刺されました。これ以上不当な監視期間が続くのであれば、我々は不要だと」

「あちゃ……そっちか」


 大袈裟に額を押さえ仰け反るフランチェスカ。

 実に頭の痛い話だ。監視期間の延長を金銭的補助や生活支援等でお茶を濁してきたが、それも限界ということだ。


 それもそうだろう。あちらからすればアストレアの内部事情など知ったことではない。

 このタイミングで離別を切り出してくるあたり、良い慧眼だと褒めたいぐらいだ。


「あー、もう誤魔化せそうにないかい?」

「今月は何とか誤魔化し通せますけど、もう無理です。実力行使に出られたら神崎はともかくとして、雨取を相手取るのは御免です」


 つまるところ、雀と照に関しての協会派の動向を悠長に調査する時間は無いのだ。

 そもそもが契約違反を犯したのはアストレア。

 名の成る両魔術家の御令嬢とこれ以上不和を重ねれば、派閥争いがどうという前にアストレアそのものの信用問題へ発展しかねない。


 仮に雀たちが宣言通りにアストレアとの契約を破棄すれば、幸白・紫涅両監視官との対立は必然となり、十中八九雀たちに軍配が上がるだろう。

 そうなれば協会派は神崎家・雨取家への圧力を強め、関係修復は望めまい。


 五輪市にはまだ魔術翁への手掛りが眠っている可能性がある。それを除外しても両家は日本でも有数の大霊地を保有しており、大規模霊災等に備えて積極的な交友関係を築きたい相手だ。

 そしてその足掛かりを涼が既に構築している。

 雀たちがわざわざ最後通告を突きつけてきたあたりから、あちらも想いを少なからず共有していることが読み取れる。


「う~ん。困ったな。今はもう少し協会派の出方を伺いたい時期なのに……」

「幸白たちの動向に何か不審な点が?」

「まだ断定は出来ない。ただ最近外部から不自然な圧力が掛かっている。加えて協会派と思しき十人前後の構成員の動向が記録と一致しない」

「分隊規模の人数……まさか、五輪(あちら)へ流れていると?」


 大柳が頷き肯定の意を示すと、涼は誠明たちが監視任務に従事してからの動向をざっと洗い直してみるが、直ぐに表情を厳しくする。

 三月で監視任務を下ろされた涼は雀たちの生活補助にこそ積極的に介入したが、後は殆ど別に任務に従事していたため彼らの行動は殆ど知り得ない。


 特に照の担当監視官である紫涅和泉に関しては、照に合わせて王陵女学院の寮生活を送っている。訪問に空港並みに煩雑な手続きが必要な王陵では、動向を探ることすら困難だ。

 式神を利用すればある程度の監視は可能であったが、悪戯に軋轢を生むことを避けて実施していなかった。


 沈黙に沈みかけた座敷にパンッと柏手が響いた。

 フランチェスカだ。


「よし。少々強引な手段になってしまうが、私に考えがある。二人ともちょっと耳を貸したまえ」


 弾んだ声音で手招きをするフランチェスカに悪い予感を覚えつつ、彼女の隣に移動した涼は言われた通り耳を近づける。

 別にこんなことしなくとも座敷は防音結界を張っているので普通に会話をしても問題ないのだが、指摘するのは無粋というもの。


「――――――――――――――」


 コソコソと生暖かい息遣いに最初こそ気恥ずかしかったが、紡がれる言葉を全て受け止める頃には涼は眼を白黒させ、大柳は神妙な面持ちで頷いている。


「どうだいどうだい、妙案だろう?」

「確かに効果は覿面でしょうが……」

「一夜城よりも質が悪いですな」


 両名の反応に満足いったのかフランチェスカは嬉々として手帳にシナリオを走り書いていく。

 頭では大凡のシナリオが形付いているのか、矢継ぎ早に大柳へ指示を飛ばし老齢の側近も荒を埋めながら了解の意を示していく。


「懸念事項は正体を掴みきれていない外部勢力の圧力だね。関西方面に流れた協会派を裏で糸を引いている奴がいれば、早い内にこれを実行に移した方がいいだろうね」


 小振りな唇にペンを押し当て思案する横で、大柳と同様に指示をメモに留めていた涼の懐が小刻みに震える。電話だ。

 ディスプレイには個人名義の表記は無く、電話番号の羅列だけが表示されている。

 どこかで見覚えのある番号だ。


「失礼」


 妙な胸騒ぎを覚え、断りを入れた涼は隅に移動し通話ボタンをタップする。


「はい宵波ですが……おや、シスター・オノデラですか」


 電話主の名前を口に出した途端、視界の端でフランチェスカが肩を震わせる。

 物凄い勢いで手帳にペンを走らせたと思えば、鬼気迫る面貌でたった今綴った一文を突き付けてくる。


『私の名前は絶対に出すな!!』

「……」


 連鶴にフランチェスカを下がらせつつも、彼女の気持ちを理解できなくもなかった。


 シスター・オノデラこと小野寺美智子は元アストレア専属の講師であり、現在は王城女学院で非常勤職員に付く女性だ。

 主に家政婦への淑女教育全般に携わった人物であり、表側の人間では数少ないアストレアの実態を知る人物だ。


 が、彼女の名を轟かせたのは実力よりも苛烈を極めた淑女教育。

 礼儀礼節は勿論、言葉使いから歩き方、日常のあるとあらゆる動きを矯正する教育課程は影でレンジャー課程と揶揄されるほどだ。

 涼も監視官に抜擢された際に彼女の教育を受けたが、あまり思い出したくはない。

 一時期フランチェスカのお目付け役に着いた事があり、すっかりトラウマが染み付いた様子である。


「ああ、いえ何でも……ええ、その節はお世話になりました。それで今日はどのような御用件でしょうか?」


 電話越しであるが自然と背筋が伸び、言葉遣いと声のトーンが粛々としたものになる。

 しかしそれも長くは続かなかった。


「は!?」


 途端、厳しくなる涼の表情。


「ええ、ええ。直ぐに戻りますので。いえ、警察への連絡はこちらでしますので、今は現場の保管を優先してください。もし帰寮したらまたご連絡を。はい、では切ります」


 通話を終了させると涼は畳を蹴飛ばして机に戻る。


「どうしたね」


 涼の様子からただ事でないことを察したフランチェスカは手短にそう聞いてくる。


「昨夜から紫涅和泉監視官が戻っていないそうです」

「なんだってっ」

「それと厄介な事に彼女の部屋から、例の菓子が見付かったと」


 涼が差し出したスマホにはたった今送られてきた一枚の写真。

 それは最近警察も捜査に乗り出しているものであり、アストレアでも諜報官から注意喚起が流れていた代物だ。


 画像に映り込んでいるのは荒れた部屋と、勉強机に散乱した一見すればアルミ包装が施されたチョコ菓子。画像を拡大するとそのうちの幾つかは齧られた跡があり、中身が零れている。

 零れた中身はよくあるシロップやリキュールといったものではなく、白い粉。


「まさか……!」

「ええ、恐らくは──烏森諜報官が追っていた新種の麻薬です」


涼の世話好きな性格はフランチェスカにこき使われた過去が要因の一つです。

「主人に仕える事は男の喜びなんだぜ」とフランに擦り込まれた人形の様だった涼は彼女の言いなり。

髪を伸ばせとフランが命令したのは、稽古から逃げる為に涼を身代わりとするためです。

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