二章・四節 先輩監視官の御小言
政府公認特務執行機関アストレア。
事実上、世界トップの魔術結社である聖王協会への対抗組織として設立されたアストレアは、個人の術師のあらゆる利権を保証する組合組織としての役割を担う。同時に各種警察組織との連携を確立しており、魔導犯罪発生時には第一線に立つ軍事組織の一面も持つ。
ただし、それはあくまでも裏の顔。当然公にはしていない。
アストレアは表の顔として正式に株式会社を立ち上げ、名実ともに社会の歯車の一端に存在している。
当然本社もキチンと構えている訳で、名前こそ違うものの一般に公開し商業を展開している。
その場所というのが東京都千代田区秋葉原の一角。多様な電子機器や部品、ソフトウェアを取り扱う店舗が所狭しと建ち並ぶ電気街であり、アニメ・漫画・ゲームといったオタク文化の発信地にして桃源郷。日本人のみならず観光地としても外国人から人気が高いこの地に、アストレアの本社は違和感なく溶け込んでいた。
即ち──
「お帰りなさいませ、旦那様」
メイド喫茶である。
五輪市から一時帰省した涼は長旅の疲れを癒す間もなく本社に着くなりヘルプに呼ばれ、キッチンで黙々とオムライスやらパンケーキを延々と作らされ続けていた。
「オーダー入ります。地獄めぐりの玉ねぎスープカレー、マイナス洗浄クリームソーダ」
「ハンバーググレネード、キャラメルプロテイン漬けのなすび盛り合わせ」
次々と舞い込んでくる注文、舌を噛みそうになりながらも復唱する。これでもまだまともな部類の名称だ。
厨房には涼と彼の式神一体を除いて従業員は一人もおらず、舞い込んでくる注文をほぼ彼一人で捌く現状。式神はあらかじめ入力された作業以外は術者が操らねばならないため、食器洗いのみに専念させ、残りは涼が右へ左へと走り対応せざる負えない。
時折ホールの従業員が応援に来てくれるが、あちらも人手が十分とは言えず接客で手一杯の様子だ。
もっとも、ここ《乙女座の館》は一般的なメイド喫茶と趣が少々異なり、取り扱っているメニューも開店前から手間暇掛けて作られた本格的な料理が殆ど。涼の仕事は仕上げや盛り付けといった最終工程が殆どであり、慣れれば一人でも十分こなせる。
注文は手書きのアナログ式であり、伝票を届けに来る顔見知りの従業員から間もなく午前営業を終えると伝えられる。
世間一般に浸透しているメイド喫茶と比較すれば、些か質素な衣装の従業員。厨房に聞こえてくるホールの会話も出迎えや談話といったものが多く、華やかさに欠けるといっても過言ではない。
しかしながら客足が絶えることはなく、来店を告げる鐘はひっきりなしに鳴り続けている。
それも当然。この乙女座の館はいま話題沸騰の名店なのだから。
日本に広まっているメイド喫茶の多くが愛らしさと可憐さを演出した衣装や内装で装飾し、主に男性目線の御持て成しやイベントで娯楽を提供するのが一般的だ。いわゆるメイド萌えという言葉に集約されているだろう。
一方で“乙女座の館”はアストレアの表の顔──株式会社ヴィクトリアが提供する家事代行サービスに即した運営がなされている。
メイドは本来炊事、洗濯、掃除といった家庭内労働を引き受ける女性の使用人のこと。つまるところ専業主婦のプロといったところだろう。
家事代行サービスの分類となる株式会社ヴィクトリアであるが、同業他社との主に二つの差別化で現在注目株の会社なのだ。
その一つ目が人材である。徹底した奉公教育と淑女教育の元派遣されるメイドはその全てが多種多様な美女・美少女たち。街中を歩けば誰もが眼を引く淑女たちが仕事ぶりは無論の事、契約期間中は従者に傾倒し身の回りの世話をこなす。契約の範囲内であれば従順であり続け、外出時は半歩後ろを不平不満なく淑やかに随伴する。
夢想の中で息づく淑女像を完璧に体現する彼女たちが話題になるのは、そう時間は掛からなかった。
それに加えてヴィクトリアの知名度を押し上げたのが二つ目の相違点、契約期間と活動範囲である。
最短三時間から最長で一年間に及ぶ契約期間の広さに加えて、期間中であれば淑女たちの活動範囲は限定されない。旅先、出張先であろうと随伴し常に従者として振る舞い続ける。
当然長期の契約になればそれだけで値段は張る事になるが、現在ではリピータも多く付き経営も安定している。
ちなみに提供するサービス内容が内容なだけに、彼女たちを自身の装飾品・ステータス、所有物として扱う不埒もの、果ては権力と金にものを言わせて外卑た目的に及ぶ輩も少なからず存在する。そういったお客様には多額の違約金と法的手段を持って実力行使に及ぶ事もまたヴィクトリアの名を轟かす要因であったりする。
本社の一階で運営される”乙女座の館”はサービス内容を気軽に体験してもらう為に運営されているものだ。
オープンスペースで思い思いに過ごす来店客に従業員が飲食や談話、マッサージといったサービスを提供しているのだ。予約制で外出への同行サービスも可能だ。淑女たちを直接雇うことが出来ずとも、この営業スタイルから本業に及ばないまでもサービスの体験を出来るという仕組みだ。
アストレアの構成員も長期間の監視任務への着任に際しては一通りの奉公教育を受けるために、今現在の涼の様に表の仕事に駆り出されることも暫しある。
「午前部はラストオーダーになります」
午後のクールタイムが近づき、全ての伝票を切り終えた所で涼は漸く一息入れる事が出来た。クールタイムが終われば次のシフト担当の従業員が出勤してくるはず。
食材の消費具合のチェックと簡単な仕込みを終えると涼は勝手口から裏路地へ出る。
狭い裏路地に設けられた小さな喫煙スペースには誰もいない。昨今の禁煙ブームはアストレアにも波及しており喫煙者は一人また一人と減少していっている。そんな現状に危機感を抱いたアストレアのとある先輩が見習いだった涼に所謂“悪い遊び”を教え込み、未成年でありながら紫煙を燻らせる不良青年に仕立て上げてしまったのだ。
「はあ……すっかり癖になってしまっている」
理性とは相反し、身体の煙への欲求に思わず涼は肩を落とす。
一応煙草は充填した呪詛によって分類的には呪具扱い。諸々の有害物質は押し殺されているので、ギリギリグレーゾーンに留まっている……筈だ。
どちらかといえば煙草が嫌いな涼だが、彼の煙草は練り上げた呪詛を注ぎ込んだ呪具となっている。溜め込んだ呪詛は涼とは独立しており意思一つで何時でも開放可能な、いわば呪術の爆弾の様なもの。
当然ただ吸えば呪詛は灰と一緒に霧散していくだけだが、一度体内に取り込んでから新たに練った呪詛を継ぎ足していき、別の煙草へ圧縮し注ぎ込んでいく。つまるところ呪詛の威力を日々底上げしていくのだ。
別段煙草である理由は特にないのだが、日々の生活習慣の中でスムーズに実行できる点から涼は喫煙を採用している。これは先述した先輩の教えでもあり、まだ無垢だった涼はケホケホ咳き込みながら健気に教えを守り続けていたのだ。
イラついている時にも吸ってしまう悪癖をつい最近雀に指摘されていたが、今回は武器の整備が目的である。
煙草一本咥え、ライターの火が中々着かず手間取っていると、スッと横合いから細い手が伸びてくる。その手には火を点すマッチが一本。
有難く火を貰うと紫煙と共に流れ込んでくる呪詛を速やかに循環させ、新たに練った呪詛を未開封の煙草へ注いでいく。一連の作業は殆ど無意識下の元で行われ、涼は不味いとしか感じない煙を吐いていく。
「少し背が伸びましたね」
声の主は紙パックの野菜ジュースに口を付けるメイド姿の女性。涼より頭一つ低い位置に揺れるフリルのカチューシャ。金に近い茶髪は無造作に束ねられ、毛先に行くほど緩くカールしている。目鼻立ちがハッキリとした端正な顔立ちであり、ネコ科を思わせるシャープなツリ眼。彼女の内面を滲ませるように伸びた背筋は一本の剣を思わせ、比較的タイトなメイド服に身を包むその立ち姿は女中というより戦士を彷彿とさせる。
事実、彼女もまたアストレアの構成員。
人手不足を理由に涼と同じくピンチヒッターとして駆り出されていた監視官の一人。涼より四つ年上の先輩である。
「伸びてます?」
「ええ。此処に来たばかりの頃はまだこれぐらいだったのに、いつの間にか見上げるようになってしまった」
臍のあたりに手を翳してみせる女性──氷杜由良は当時を懐かしむ様に語る。
「あの時は貴方が監視官に抜擢されるなど私を含めて誰もが想像していなかった」
「才能がないと?」
「いいえ。話しかけても手を振っても揺すっても鈍い反応しか示さない。人として貴方は危うかった」
「……その説はご迷惑を」
由良の言葉を受けて涼は気恥ずかしそうに謝罪を口にする。
涼には幼少期のとある時期の記憶が断片的にしか残っていない。様々な事情の末にアストレアに保護されたのだが、つまるところ彼は孤児だったのだ。
感情という感情が欠落し生きた屍の様だった涼の面倒を見たのが今の家族であり、由良をはじめとしたアストレアの面々。
幼少期の涼を養父がアストレアに引き合わせたのは彼の素質を逸早く気付いた……のではなく、何でもいいから彼の心情を引っ掻き回すキッカケを作ろうとしてのこと。
その狙いは的中しアストレアの皆は涼を各々の方法で存分に可愛がった。
思い返せば、皆遠慮というものが欠片も無かった。
無反応をいいことにあるものは同情を誘う募金で悪巧みを画策し、あるものは産業廃棄物と見紛う創作料理の味見役に抜擢し、あるものは子供には似つかわしい場所に連れ回した。
そしてある者は涼の生立ちを憂い生家から彼を断ち切り、またあるものは世話と称し呪術の教えを施し、あるものは強く生きろと戦闘技術を叩き込んだ。
由良もまたその内の一人。
彼女は射撃技術、爆破技術を中心に仕込んだ人物であり、監視官になったいまも手解きを受ける師弟関係のような間柄。涼にとってはもう一人の義姉と言っても過言ではない。
戦闘スタイルの相性が良いことから強襲任務では組むことが多い良き理解者。こうして時間さえ合えば様子を見に来るあたり面倒見も大変良い。
「変わっていない事と言えば、殆ど肌を曝さないその服装ぐらいですね」
指摘を受けて見下ろせば太陽光線降り注ぐ夏場では自虐趣味に等しい黒一色長衣。身体の線に合わせて選んだシャツとジーンズはどちらも手首足首まで覆い、薄手の手袋と編み上げのブーツを履いている。肌が覗いているのは顔と首元程度であり、見方を変えればそれは他人との接触を極端に嫌っている様にも映る。というより、事実として幼少期から涼は人との直接の接触を避けてきたのだが。
「これにはちょっとした事情があるんです」
「別段責める訳ではありません。ただ貴方に近しい立場の者からすれば、少々思う所があるということです。内部がゴタゴタしている今、無用な誤解だけは生まない様に」
「むう……」
もっともな意見に閉口する涼。
涼とて何も好んでこんな暑苦しい恰好をしている訳ではない。
生まれ持った特異体質が余人に悪影響を及ぼさないよう普段から何重にもプロテクトを重ね、最後のダメ押しで極力肌を隠しているのだ。
あまり大ぴらに出来ない事情なので致し方ないのだが、密な連携が求められる任務ではこうした僅かな軋轢が致命的なミスに繋がる事も有り得る。誤解を解消できるのであれば積極的に解いていった方が得だ。
周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、涼は片腕を由良に差し出す。
「内緒ですよ」
「はい? ああ、なるほど」
言葉数少なく差し出された涼の手に由良は一瞬反応が遅れたものの、涼と手を交互に見やり直ぐに言わんとすることを察した。
手袋は付けられたままで袖も捲られていない。
つまるところ「すべては自分の意志で」と暗に示しているのだ。
「……では失礼」
断りを一つ入れ、由良は手袋に指を掛ける。
他の女性社員同様淑女教育を受けた由良は同僚相手であろうとも所作に乱れなく、引っかかることなくスルリと手袋を脱がし、シャツとその下に着込んだインナーを捲っていく。
現れたのは女性のそれと見紛う程白く滑らかな柔肌。日光から守られていた涼の肌は染み一つなく生まれたままの様。
まじまじと眺めていた氷杜は涼の腕を、銃を握っているとは思えないほど柔らかく細くしなやかな指で撫でまわす。
見せるだけのつもりだった涼は慣れない接触に背筋が強張り、表情にだけは出すまいと気を張る。だってこんなのくすぐったい。
「別段特に変わったところはありませんね。色白ですが血色も霊力の循環も問題ない。身長といい、筋肉の付き具合も男性のそれになっていますね」
「もう此処に来て七年も経てばそれ相応の変化が無ければ困るでしょ」
「そうでした。兎も角何か強力な呪詛にでも蝕まれているかと思いましたが、杞憂だったようです。無礼を許しなさい」
脱がした時と同じく慎み深い所作で手袋を着け直される。
内心、安堵に胸を撫で下ろす。
何しろ氷杜の憂慮は杞憂でもなく的を射ているのだから。
甲斐甲斐しく着衣を乱れ正してくれる由良は秘密に気付いた様子もない。霊気の循環にも異常は確認できない。
(──制御は上手く出来ているか)
再びの安堵を覚え、一つ息を吐く。強張っていた身体が弛緩していき首元に浮かべていた冷や汗が流れ落ちる。
付き合いの長い由良はそれらの機微を見逃さなかったが、僅かな思慮を挟んだだけで追及はしなかった。涼が何かを隠していることは明らかであったが、自分が無理に踏み込むべきではないという配慮。
ただしそれで周りに無益な誤解を与えるのはやはり見逃せない。
手袋を微調整する涼の手を再び取った氷杜は、驚く涼を真っ直ぐ見据える。
「涼。事情は追及しませんが、せめてこれぐらいは慣れておくべきた。いや、慣れておきなさい」
指導時の少々厳しめの口調で嗜めてくる由良。お互いの手は指と指が交互に絡み、所謂恋人繋ぎの形になっている。
反射的に解こうとするも固く握られた手は小動もせず、逆にギリギリと締め上げられる。
「……痛いです」
「罰です。涼、私も女の身だ。何であれ邪険に振り払われようとすれば、少なからず傷つきます」
「……」
言われ自らの失態に言葉を詰まらせる。
確かに如何なる理由があろうと、手を撥ね退けようとすれば相手は快く思わないだろう。
「貴方はその悪癖が祟って近接戦闘も監視官にしては高いレベルとは言い難い。改善できるなら、この程度は如何にかするべきだ」
「仰る通りですが、そもそも俺にはそのあたりのセンスが絶望的ですよ」
「技術と経験というのは才能の有無関係なしに積み上がっていくもの。他が優れているから疎かにしていい技術というのはない」
「別に疎かにしている訳では……」
「口答えしない」
「……イエス」
万力の様に搾り上げられる手の痛みに涼は力ない返事を口にする。
由良の指摘通り、涼は射撃技術や潜伏技術には秀でているものの格闘技術にかなりの課題が残っている。主に他人との接触を嫌う性格ゆえの結果だ。
以前から改善の糸口を探していた由良は先程の接触を足掛かりとしたい腹積もりであった。
絶対に離さないとばかりに掌に力を籠める由良は、簡単には逃がさないよう涼を壁際に追い詰めもう片方の手も掴まえる。
やがて観念した様に涼は壁に背を預けて脱力する。
由良が涼をよく知る様に、彼もまた彼女の性格をよく承知している。一度言いだしたことは安易に撤回しない彼女の性格上、キチンと涼が悪癖の克服を受け入れなければ赦してはくれまい。
ただそれとは別に、彼も年相応の悩み多し青年だ。
雀たちと同棲同然の生活を送っているとはいえ、別にこういった事に慣れている訳では断じてない。
殆ど密着同然のこの状況。日蔭とはいえ夏場の日中は蒸し暑く、クールビズとは無縁の彼らに汗が滲むのは避けられない。必然的に蒸れによって互いの匂いを至近距離から感じる事になってしまい、由良も思わぬ落とし穴に内心焦る。
視線を逸らし、無言に支配される路地裏。
この状況だけ切取れば誤解しか生まないことは必定であろう。ここの喫煙所はアストレアの人間も利用するので、誰かが来る前にこの場を治めなくては。
「……」
先に決断したのは涼だった。
先程の無礼のけじめではないが、由良が動きやすいよう彼なりにリードする。
ただし、ちょっとした意趣返しを含めて。
初動は極シンプル。
軽く由良を引き寄せるのみ。
「ちょっ……」
氷杜の重心が崩れる。
お互いの距離がゼロになるより一瞬早く、涼は身体を横にスライドさせると緩んだ拘束から片腕だけ逃れると、由良の背に回り込むように半回転。残った繋いだ腕で抱き込むようにする。
甘ったるい空気を断ち切る様に、殺気を放ちナイフを抜刀。
喉笛に刃を返したナイフを押し当てる。
「甘い」
未熟と叱責する由良の腕が跳ね上がり、ナイフを空高く弾く。それと殆ど同時に繋いだ手首を捻り上げ、いとも容易く涼の拘束から逃れる。
ふっ、と涼の視界から由良が消えたと思うと次の瞬間、天地が引っ繰り返る。
足払いをされたのだと、頭が理解するより先に身体が次の一手を模索。
体内に滞留する紫煙呪詛を術式に叩き込み、吹き矢の様に鋭く蒸気を飛ばす。
「んっ……!?」
予想通り拘束しに掛かってきた由良を、蒸気から変質した無数の赤いリボンが絡めとる。
本来であれば呪詛の赤いリボンは相手を雁字搦めにして拘束するに留まるが、同じく拘束しに掛かってきていた由良。この状況下でとんでもない悪手に成り代わる。
動きをリボンで妨げられた由良は咄嗟の状況でありながら呪詛返しを試みた結果、涼の加減や初動という事も重なり半端に成功した。
具体的にはリボンは涼をも縛り上げ、二人は縺れ合い、そして絡まった。
「あっ」
「え……」
カランカランと弾かれたナイフが虚しく路地に落ちる。
さてこの状況客観的に見ればどんな画だろうか?
後輩の青年を押し倒す様にして乗り掛かる年上の先輩。マニアックながら確かな需要を供給する束縛付き。
──どうしてこうなった。
妙な方向に行きかけた空気を流そうと、涼はちょっとした訓練のつもりで仕掛け、由良もまたそれに応じた。
その結果が此れか。
真昼間に人気のない路地裏で絡み合う若い男女。
大変不味い、如何わしい、そして危険である。
誤解の余地ありまくり。誰かに見つかれば弁明の機会を与えられる間もなく噂は駆け巡るだろう。
涼も由良も、どちらかと言えば硬派な人柄で知られる両監視官。話題性は十二分。
早く離れなければ。しかし、身体は強張り動悸が激しく術のキャンセルに手間取る。
由良の顎から滴る汗が涼の口元に零れ、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「み、みみ見事な拘束術式です。ですが、この後はどうするおつもりで……」
「……どうする」
「変な意味合いではないですよ!?」
深読みした由良が慌てて補足を加える。
どうも彼女の方が余裕は無いらしい。
それを見て逆に平静を取り戻した涼は、術式を解きながらもう少し悪戯を仕掛ける。
声を低く吐息の様な息使いで、眼に影を作る様に流し目をくれる。
「──さて、もし俺が義兄さんなら、此処まで来てその反応は男の身として大変ショックだ」
「~~っ」
由良の言葉を引用したちょっとした意趣返しのつもりが、由良は身を固くし眼を泳がせる。
クツクツと愉快気に涼に気付き、由良は遊ばれている事実に羞恥に顔を染めながら柳眉を逆立てる。
実に可愛らしい。涼が近接戦闘に難ありなら、由良はこの手の搦め手にはあまり免疫が無いらしい。義兄が事あるごとに揶揄っていたのも納得だ。
「年上を揶揄うとは、酷い男になったものだ」
「ええ、全く。だからそんな男からは早く退いた方がいい」
「言われなくとも──」
ようやく場が終息に向かい始め、由良が涼から退こうとしたまさにその時だった。
「はーい、二人ともお疲れー。急なヘルプに駆り出して悪かっ…………………お邪魔しました」
開け放たれる勝手口の扉。満面の笑みで姿を見せた《乙女座の館》の店長は、笑みを崩さず、しかして氷付かせて時を巻き戻した様に引っ込む。
奇襲を喰らったように、一斉に血の気が引いていく涼と由良。
諦めた様に顔を覆う涼、羞恥など忘れ脱兎の如く奔り出す由良だが、全て後の祭り。
「スキャンダルだああああああああああああああああああああああああ!」
「ええ!? あの宵波君とユラッチが!?」
「現場! 現場は抑えましたの店長っ」
爆弾が投下され狂喜に陥る店内。
数十分後。
「場所は選ぼうな?」
という事情を把握し必死に笑いを堪える上司からの不名誉なお叱りをトドメに貰い、暫くの間二人はまともに口を利けなかった。




