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一章・二十五節 何処かの魔術師の他愛のない昔話

 人間という生物は実にイイ。

 下等で、低能で、脆弱で、それでいて肉体的にも精神的にも実に加工のし易い動物だ。

 質の良い玩具に造り替えるにはそれなりの素体が必要になるが、なに、雑兵程度ならそこら辺の人間を適当に捕まえればいいのだ。御人形造りは半分が私の趣味みたいなものだ。


 ああだが拘りがあるとすれば、やはり若い個体が望ましいな。特に男より女だ。獣畜生と掛け合わせる瞬間の悲鳴を訊くたびに若返る様な気分だよ。穢れを知らない軟肉が醜く変質していく様は赤子の誕生に立ち会っている様な歓喜に包まれるものさ。出来が良ければ気紛れに愛してやってもいいほどにね。


 もっとも、半分は陛下から仰せ付かった仕事だ。余りある資源とはいえ趣味に興じるあまり生ごみを生産するのはスマートじゃないだろ? キッチリ有効利用して尚且つ仕事と趣味の両立させるのが出来る大人という奴だ。


 もっとも私自身満足のいく作品は片手で数えるほどだ。五世紀以上に渡って様々な素体を仕入れては手を変え品を変え試してきたが、使い魔の素体には人間、それも生きた人間(・・・・・)が最適解と結論付けたのはまあ最近だったりする。


 ただ、生きた人間に限らず生物を使い魔に加工するのは容易ではないんだこれが。何しろ考えなしに忠誠心だ術式だを刻み込もうとすると、素体の意志と反発して肉体がダメになる。

 遺体より生命力溢れる生者が素体として優れている事は自明の理だが、ああ私も若かった。最初は探求と研鑽を放棄して素体をぶち殺してから加工を始めたものさ。でもそれでは作品のクオリティには絶対的な限界がある。


 どうにか生者を加工できないものかと、私は悩んだものだが解決方法は実に身近な奴隷にあったさ。

 簡単なことだ。素体が術式と反発するなら、歯向かう事を考えられないまで屈服させ、肉体が馴染むまで時間を掛ければいいだけの話。徐々に肉体が術式に屈していく様は、それだけで心を砕くに十分以上。特に人間の精神は脆い脆い。


 服従と屈服を一度受け入れてしまえば、わざわざ絶対忠誠を植え付ける洗脳術式や契約術式を施す必要もない。

 人間ベースの使い魔の完成だ。


 “人獣”と安易に名付けてみたが、性能は想像以上だったよ。なにしろ力を解放しない限り魔術的にも霊的にも殆ど人間と区別がつかない。アナログな手法で調査されれば話は別だが、土地持ちの魔術師が張る結界には一切引っ掛からない。おまけに掛け合わせる獣にもよるが、戦闘能力もそこそこときた。


 人獣を確立させてからはあちこちで製造しては命令があるまで野放しにしていたが、そうだな~、印象に残っているのは三十年程前か。確か極東だった。

 生意気にも星の記憶を再現した魔術師が統括する土地の近辺でね、陛下はいたくその土地を注視していた。まあもっとも当時は聖王協会との小競り合いで手を出しかねた。あの魔術家が本当に“鏡海”を土地に降臨させたのなら、慎重に事を運ばなくてはな。置き土産だけ作っておくことにしたんだよ。


 適当に若い人間を乗せたバスの運転手を買収してね、あの土地から程近い人里離れたトンネルで“人獣”の作成に着手したのさ。

 いやいやしかし、中々掘り出しものだったさ。龍種に、双頭狼(オルトロス)の適性を持っている奴がいようとは。男だったのが残念だが完成の日が待ち遠しかったとも。


 ただ人獣が完成するまでだいたい一週間はかかる。三日を過ぎる頃には悲鳴を聞くのも流石に飽きてきたので、私はちょっとした悲劇を演出してみることにしたんだ。

 退屈だったのもそうだが、ガキどもが意外に粘ったのがちょっと勘に触ったね。中々溶けない飴玉なんて美味しくないだろ? それと同じだよ。


 その最たる原因がタケノコだかカーペンターズみたいな名前のガキだった。アイツが変に抵抗力を発揮したもんだから周りの奴らにも希望が宿っちまった。最初からギャンギャン吼えていたのを放置していたのも悪かったな。

 だからな、交換条件を持ち出したのさ。


『裏切りを見せておくれ。そうすれば、君だけは助けてあげよう』


 大凡の予想通りガキは拒否したよ。鳩尾への正拳突きのおまけつきでね。そういえばあれは中々見事な一撃だったな。殴られたのは実に数十年ぶりだったから思わずはしゃいでしまった。危うく生ごみを出すところだったな、ハハハ。


 しかしこれでもガキは折れなくてね。不細工な面になってもまだ私を睨んで来るもんだから、趣向を変えてみた。この手の輩は自分より他人を優先する傾向があるから、天秤に掛けさせるなら他人の命さ。つまり―


『もし君が五輪の魔術師を討つことが出来れば、全員治療したうえで解放してやろう』


 勿論取引にもなっていない単なる甘言だとも。ただの一般人が魔術師とまともにやり合って敵う筈がない。だが魔術師が最も警戒心を抱かないのもまた一般人。奇襲を掛ければチャンスはあるともしれない。

 ガキも最初こそ拒絶したが、幼馴染の女に蛆が湧き始めたら後は早かったさ。私から銃を引っ手繰ると山犬のように走り去っていった。


 後は残った奴らにガキが裏切ったことを嘯けば面白い様に事が運んだよ。

 ガキの幼馴染は真先に心が砕けた。記憶している限り最速の変貌を遂げて“人獣”に成り果てたさ。そそる事に人間としての最後の言葉はガキの名前だったな。ああ実にイイ出来栄えのお人形がお目見えさ。

 双頭狼の男は怒り狂ってガキの後を追ったな。あの二人はどうやら友人らしくて面白そうだから見逃したが、友を睨む男の怨嗟の眼は芸術的だった。抉り取ってホルマリン漬けにしたかったほどだ。


 さあ喜劇の幕開けさ。

 救世主に成る為に人殺しに駆けるガキと復讐の炎に身を焼かれる男。話し合いなど最初からありはしない。私がさせない。

 異常発達した爪で無抵抗のガキを切り刻んだ男は、最後の最後にガキの反撃に倒れた。結構遠慮なくぶっ放したガキの銃弾を至近距離から喰らったんだ。半端な人獣にはちょっとキツイものだったらしい。


 まあそれはガキにも当てはまる事だがな。出血多量で生き絶え絶えな割には眼光はギラついて生者より活力に溢れていた。驚嘆に値する精神力だよ。何より驚いたのが身体に喰いこんでいたはずの術式も摩耗していたことだ。魔術の素養もないガキが素の対魔力だけで私の術式を押し返しつつあるなんて、これが漢って奴か。そこらの三文小説予よりドラマティックな展開じゃないか。


 だからこいつにはとっておきを頂戴してやる事にしたのさ。

 良い個体がいれば試してみろと陛下から賜った“真血”をぱっかり開いた傷口へ、ポタリとね。

 たった一滴。それも百倍以上に希釈した一滴だ。


 それでも変化は劇的だったさ。

 猛烈な勢いで傷口が膨れ上がったと思えば、次の瞬間には傷は一つ残らず完治していた。激流の如く迸る魔力が肉体を分解、再構成していくのが手に取る様に分かったよ。

 元々組み込んでいた獣の遺伝子と“真血”のお力で人間の領域を遥かに超えた生物へ進化した――するはずだったが、結局は失敗したようでね。


 人間に留まった挙句に記憶まで飛んじまった奴は再生力だけが取り柄の使い魔もどきだ。

 ひとまず当初の予定通り最低限の生活プログラムを刷り込んで、他の奴と一緒に散らせてみたが、後になって命令系統にまで支障が来している事が分かったじゃないか。


 だがまあ呪詛の蓄積だけは正常に行われていれば子細ないのだがね。

 あれらは半分が私の趣味、半分が仕事。

 人間爆弾ないし、人獣爆弾であればそれでいい存在価値さ。


 ああ、ところでお前は何だったか?

 ……アストレア。そうだそうだ確かそんな組織名の有象無象がいたな。

 私の元まで辿り着いたのは褒めてやるが、いま面白可笑しく話した人獣の素体になっているようでは術師失格ではないかね?


 ほら。もう輪郭が曖昧になっているぞ。なんの素養もないガキが抵抗してみせたんだ、どうせならまだ見ぬケースを披露してくれたまえ。

 叶わぬなら――お前も御人形さん(ばくだん)になれ。


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