表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/158

一章・二十節 丘の上の洋館

 五輪市の住人なら誰もが一度は聞いたことがある噂の一つに、丘の上の洋館には魔法使いが住んでいる、というのがある。

 古くからある洋館は敷地面積もかなりあることから地元住民でも詳しい外観を知る者は殆どおらず、針葉樹林の隙間から見える一部分だけがその存在を他者に証明していた。

 ただ噂だけが独り歩きし、日中でも深い影を落とす森の中にある洋館に近づこうと考える者は変わり者のみ。誰もが噂の真相を確かめることもなく、あれやこれやと面白半分に語るのが定番なのだ。


 曰く、四千年を生きた魔女が夜な夜な若い女を攫っている。

 曰く、現代を生きる貴族が魔女の正体。

 曰く、一歩でも脚を踏み入れれば人間としての尊厳を失う。


 曰く――と様々な尾ひれが付きまくった解釈が生まれているものの、砂純建人は三番目に列挙した解釈を個人的には薦めたい心境だった。


「終わらねぇ……」


 時刻は午前十一時過ぎ。

 日の出と共に始めた洋館の裏庭に群生する統一性の無い花々の駆除。バラや胡蝶蘭、ラベンダーに菜の花にカモミール、他色とりどりの花々の数々に混じり果てはトーテムポールのように屹立するサボテンの数々。開花の季節や共存性については園芸を嗜んだこともない建人は無知ではあるが、どう考えても季節外れの桜や梅が咲いているのは異常と断言出来る。あと全体的にまとまりがなくダサい。


 魔術を利用して一年中開花の状態を保っているとのことだが、その辺は既にどうでも良かった。

 問題はこの惨状である。


 大変美しく咲き誇っている花々たちはぶっ壊れたような成長を遂げており、茎は腕のように太く絡まり、生い茂った葉はちょっとした海原を形成し、花は上下左右に氾濫している。何処かでラフレシアが咲いていても気づかないであろう濃密な花香。もはや地面など見ること叶わず、目に優しいと言われる緑がここまで視覚を暴力的に蹂躙出来ると誰が信じよう。すっかり常連となったミツバチがせっせと蜜を集めては、何処かにある巣へ飛んでいく。


 手にしていた草刈鎌を投げ出した建人は辛うじて発掘することに成功したベンチにどっかりと腰を下ろす。恐らくは観賞用に設けられたであろうベンチ。その裏には少々高めに積まれたレンガブロックが並んでおり、花達が区画分けされていたことを物語る希少な物証になっている。


 今年度最高気温を更新する炎天下の中、ひたすら花達の間引き作業に従事していきたが、終わりは一向に見えない。寧ろやればやるほど増えている気さえする。作業は今日で二日目。今日も布団の中で瞼の裏に焼き付いた花と茎と葉に悩まされるのかと、今から考えると憂鬱で仕方がない。いや、その前に花達がケタケタと笑い出す幻覚を見ることか。


「つーか。なんでこんな事やってんだ、俺……」


 仰いだ空には雲一つなく、眩し過ぎる日差しに曝され景色は色褪せたよう。淑艶という少女に持たされた魔法瓶の存在を思い出し、コップに中身を注ぐ。黄金色の液体はレモンティーのようで、一息に仰ぐとじんわりと広がる甘みの後にサッパリとした酸味が喉を通り抜けた。肉体労働で疲弊した身には甘露の如く染み渡る。


 生きている。

 そのことに歓喜することも、安堵することも出来ない。胸にわだかまる浮遊感にも似た奇妙な感覚。まるで地面に結ばれ辛うじて地上に留まる風船にでもなったよう。


 廃墟での大和屋鉄平の襲撃から、既に二日が経過していた。

 神崎雀によって鉄平の手から逃れた建人はそのまま彼女に保護される運びとなった。保護というものの、それ自体は仮方針であり詳細は追って信用のおける人間に諸々任せるという。本来であればこの土地の魔術師である雀が処分を下すらしいのだが、曰く特例とのことだ。


 それ自体に特段文句はなく、その権利もないと思っている。

 問題は知らぬ間にこの噂に名高い洋館へ運び込まれ、叩き起こされた挙句に現れた洋館の主――神崎雀に問答無用で与えられた命令である。


 即ち現在進行形で投げ出している裏庭の整備だ。

 雀曰く、裏庭は春先までは同居人がキチンと区画分けし、小まめな手入れが行き届いた自慢の庭園だったという。春先に同居人が寮に入ってしまい手入れが滞り、これはやばいと焦った雀が水と栄養、成長等々の制御魔術の設定をミスった結果、こうなったという。意味不明だ。


 基本的に保護期間は洋館で過す約束になっているため、かくして働かざる者食うべからずの理論で建人は召使の如くこき使われている。庭園の修復はその一環。

 傷の治療は概ね済んでいるようで、嘆かわしいことに身体自体は快調である。


「……」


 休憩を切り上げると、鎌を拾い上げて作業を再開していく。

 黙々と花達を刈っては残骸を積み上げる作業を繰り返す。淑艶の依頼で花を幾らか摘んで置き、種類ごとに所定のガラス容器に落としていく。終わりの見えない作業に時折ぼやくものの、機械的に手は動き続けている。


 この二日間、草刈以外にも建人は作業の殆どを文句こそ述べるものの粛々とこなしてきた。サボり症が目立つ彼を知るものから見れば我が目を疑うだろうが、その様子は些か機械的過ぎる。ただただ機械的に同じ作業を繰り返す姿は、どうしようもなく寂しく映る。


「砂純建人様。昼食の御用意が出来ました」

「え、ああ……ありがとう」


 作業を再開して一時間程が経つと、淑艶が食事の時間を告げに来た。建人が何処にいようと毎日七時、十二時、十八時きっかりにこのように音もなく現れては食事の時間を告げに来る。


 国枝が使役する影人間と同じく淑艶も使い魔の類であるそうだが、不思議と胸に去来する忌避感はない。完全に実体化すれば人間と見分けがつかない程精緻に造り込まれているのが理由か、それとも彼女を雀に預けているという製作者の人間性が滲み出ているのか。


『一点ものだから詳しい値段は分からないけど、多分家を建ててもお釣りがくるはずよ』


 最初に淑艶を紹介された時に雀にそう説明されていた。つまるところ、変な気を起こして傷物にすれば命以外の全てを差し出す事になりかねない。というより淑艶程の大和撫子なら例え使い魔でも悪い虫が付かないようにするだろう。少なくとも建人はそうなる自信があった。


 なんにせよ、淑艶はいまの建人にとって唯一の話相手でもある。雀は出掛けるか自室に籠るかのどちらかで、時折洋館を訪れる誠明はそもそも常時不機嫌で話しかけることすら難しい。

 草刈鎌をボロ布で軽く拭ってからしベンチに置き、建人は花びらで一杯になった容器を淑艶に手渡す。


「ひとまず午前中はこんなもんだけど、何使うんだ?」

「用途は様々ですが、花のエキスを抽出してシロップの材料にすることや、入浴剤に加工する事もあります」

「凄いな。全部君が考えてやってるのか?」

「左様です。砂純様もご要望があれば何なりと。私の能力が赦す限り善処致します」


 花の用途など押し花か生け花程度しか思い浮かばない。散々悩んだ挙句「か、考えておくよ」と返すのが精一杯であった。

 淑艶と別れ一旦洗面所で手洗いを済ませた建人は居間へ向かう。


 洋館は現状建人を除けば雀一人が住むだけであるらしく、当然ながら色々と持て余し気味だ。一人暮らしには広すぎる屋敷はしかしホテルや旅館を経営出来るほどではない。せいぜいが二~三世帯の家族が住む分には十分か。


 食堂も兼ねた居間に入ると既に雀が食事を取っており、距離を置くようにしてテーブルについている誠明も昼食を口にしていた。

 豪勢なことに食卓に並んでいるのはひつまぶしだ。照り輝くようなタレが塗られた鰻が白米を覆っており、香ばしい匂いが食欲を刺激する。


 そそくさと席に着いた建人は手を合わせるのももどかしく、早速食べ始める。食事は全て淑艶が作っているらしく、そのどれもが絶品であったが今日のこれは群を抜いている。急須で提供される出汁もそれだけで美味であり、茶碗によそったひつまぶしに出汁を掛けて掻き込む。肉体労働で疲れた建人でもサラサラと入っていき、疲労が洗われていくよう。


 夢中でひつまぶしを掻き込んでいると、誠明がこちらを鋭く睨んでいる事に気付き手が止まる。言葉にこそ出していないが、その視線は建人がここにいることを疎んでいる事を雄弁に語っている。

 雀と誠明の詳しい関係を建人は知らないが、彼が堅気の人間でないことは分かる。いい加減見分けがつくようになってきたと言ってもいい。


「……なんか用か?」


 だからといって下手に出るほど建人も小心者ではない。ぶっきらぼうに誠明に呼び掛けると、件の少年は眉間に深い皺を刻んだ。

 誠明は箸を置くと中身が半分以上残る食器を脇にどけると、建人の問いには答えず雀へ話しかける。


「なぜこいつを此処に置いている、神崎」

「必要だから」


 如何にもどうでもいいと言わんばかりの雀は、ひつまぶしを上手く掬うことが出来ず悪戦苦闘している。廃墟での一戦で利き腕を負傷した雀は慣れない左手でたどたどしくスプーンを動かしている。何度も鰻の切り身を落としてしまい、中々口に入らない。

 微笑ましくある一方、当人はフラストレーションを溜めまくり、あしらわれた誠明もまた沸点へ徐々に近づいている。


「ならその理由はなんだ? こいつが外部の魔術師かその関係者であることは既に明らかだろう。なぜ土地の管理者としての義務を果たさない」

「それは彼を処分しろってことかしら。この手じゃ面倒臭いから嫌よ。あ、美味しい!」

「有難うございます」

「ふざけるな!」


 ダンッとテーブルに誠明の拳が叩き付けられ、食器が派手に揺れる。ようやく鰻にあり付けご満悦であった雀の表情も一瞬で剣呑なものになり、一触即発の張り詰めた空気に居間が支配されていく。

 原因そのものである建人は下手なことは口に出来ず、息を殺して傍観に徹した。


 これは周知の事実であるが、雀と誠明は異常なまでに反りが合わない。魔術師と霊能力者との間には確執が生まれやすいと以前国枝から聞いたことがあるが、彼等もその例に当てはまるのだろうか。

 ただ誠明は雀が関わる事となると些か過剰な反応を見せるのだ。学内でもプライベートでもそれは不変のものらしい。


 今もまた椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、語気を荒立たせて雀を誹る。


「大和屋鉄平が三年近くもの間この街に潜伏している事が明らかになったいま、お前は土地の管理者としての適性を大きく見直される立場にある。場合によっては神崎家から霊地の所有権の剥奪もありえる大失態だ」

「そうかもね。でもそれは何も私に限った話じゃない」

「……何が言いたい?」


 はあ、と雀はいかにも面倒臭そうに溜息を挟むと、掻い摘んで自身の見解を説明する。


「結界にも引っかからない、同じ空間にいても一般人と視分けが付かない。でも魔獣クラスの戦闘力と土地を脅かす呪詛を持ち合わせている。こんなチートみたいな能力者が大した戦術もなしに爆弾みたいに投入されてるのよ。此処より優れた霊地なんて日本だけでも沢山あるし、大和屋君みたいなやつがそこに潜伏していない保証はないんじゃない?」

「潜伏に策を弄するのは古今東西時代問わず当たり前のことだ。貴様の能力不足を言い訳に出来る理由ではない」


 一層語気を強める誠明の指が建人を挿す。無意識の内に力を開放しているのか、たったそれだけで建人は肌が泡立つような感覚に陥る。誠明もまた雀と同じく強者の素養を秘めているのだろうと、容易に理解できる。


「大和屋はこの男に異様な執着を見せていた。事実、この男には通常では考えられない量と密度の呪詛を内包している。大和屋の狙いが此れであるなら、もう一人の潜伏者も無視できないはずだ。なぜ利用しない? いやそもそも何故保護が必要なのだ。監禁し、尋問し、然る後に処分を下す対象だぞ、魔術師ッ」

「だから、必要なことなのよ。大和屋君たちの正体が何なのか、黒幕は誰なのか、何が目的なのか。諸々解き明かすためのキーパーソンが砂純建人。何もお人好しで彼を保護しているわけじゃない。君の言う義務を果たすために――私は宵波涼の提案を受け入れた」


 雀の最後の日と事を受けた途端、誠明の気勢が大きく揺らぐ。手札に優勢を疑わなかった誠明は、まるでジョーカーを見せつけられたよう。

 宵波涼。

 つい先日那月との会話で話題になった人物。


 不意に雀の後ろで控える淑艶に眼が行き、その佇まいが遠目に見た宵波涼の面影と重なる。何の確証もないが、きっと彼女を設計したのは彼なのだろうと妙に納得してしまう。同時に羨望にも似た安堵が湧き上がってくることに戸惑いも感じながら。


「また奴か……」


 一方で誠明は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。


「提案の内容を教えろ」

「直接訊いたら? この件は半分アストレアの受け持ちみたいなもんだし。そもそも連絡は入れているはずよ、彼」


 盛大に舌打ちを残し誠明は隅へ移動すると、やや躊躇いながら電話をかけ始める。よほど苦手意識があるのか、呼び出し中も落ち着きがない。会話が始まってもそれは変わらず、高圧的な口調はそのままだが忙しなく眼鏡の位置を直している。

 その様子をクスクス笑いながら遠目に眺める雀を見れば、これが確信犯であることは自明の理だろう。


「なあ、生徒会長」

「何、あらたまって?」

「自分で言うのもなんだが、副会長の言う通り俺をこのままにしていいのか?」

「あら。じゃあ訊くけど、君は自分の身に起きた事を思い出せたの?」


 問題の核心を突かれ、建人は何も答えられず歯噛みする。

 記憶の欠落があることは既に雀には打ち明けている。恐らくは天文台で浴びた雀の魔力をキッカケとし、断片的に蘇った記憶を含めて。その時は簡単な質問をするのみで雀は詮索を打ち止めにし、以降は雑用を押し付けるのみで放置される形となっている。


「ぶっちゃけた話、私も君も今できることは何もない。私は後のことは全部涼君に任せるつもりだから。君も焦らず彼を待ってればいい。悪いようにはしないと思うから」


 それだけ言うと雀は食事を再開させる。これ以上会話に時間を割く気は無い様で、淑艶が大きめのスプーンに小分けしてくれたひつまぶしを美味そうに頬張る。


 ――焦っても仕方がない。

 自覚は無かったがどうやら自分は酷く焦燥に駆られていたらしい。らしくなく仕事に没頭していたのは、自分から眼を逸らしたかったためなのか。生の実感を失い、自分さえ見失いかけている事に耐え切れず、雀が下す罰に縋りたかったのか。


 建人は首を振って、安易な結末は望むまいと脆弱な思考を振り払う。

 ひとまず昼食を堪能しようと匙を鰻に当てた時だった。


「それは確かな話なのかっ!?」


 部屋の隅で電話をしていた誠明が驚いたような声を上げ、建人へ振り向く。驚愕に染まる相貌には冷や汗が浮かび、視線が合うと焦ったように逸らされる。

 電話を切り上げた誠明は早口に外出を告げると、飛び出すように部屋を出ていく。

 窓の外を見れば蒼穹は分厚い暗雲に覆い隠され、昼間の夜が訪れようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ