一章・十九節 煉獄の怪物
対峙する魔術師・神崎雀と、オルトロスの獣人・大和屋鉄平。
方や学内でも一、二を争う才色兼備にして魔術師の少女。方や生ける神話の怪物である獣人。
美女と野獣、と称すれば大変ロマンチックな響きだが、生憎と役者も舞台も問題が山積みだ。優美なダンスを楽しむには此処は瓦礫と埃にまみれた廃墟であり、容姿であれ立ち振る舞いであれ相手を褒め称え美麗な恋を咲かせるには、血生臭い匂い立ち込めすぎている。
ただひたすらに、眼の前に現れた外敵を消す必殺を交えるのみ。
故にこそ今まで経験してきたこれまでの戦闘も情け容赦無駄口無駄手間一切なく、この土地への侵入者を始末してきた神崎雀だったが、装填した魔弾を待機状態にしたまま眼前の敵を注視する。
外見はこれまで幾度か目にしてきた獣人。個体数は激減したとはいえ、獣人は表社会に知られていないだけで現代社会にも人知れず混じっている比較的ポピュラーな魔族だ。吸血鬼のように極端な夜型種族でもなく、ヴァルキュリーやエルフのように神気が濃い場所を好む種族でもない。身体的特徴も生活習慣も人間とほぼ変わりなく、現代社会では自身の獣化能力を知らずに他界する者もいるほどだ。
雀が訝しんでいるのは、獣化能力のベースとなっている生物だ。
一般的に獣人は犬や猫、まれに竜といった生物の能力を身に宿し、身体能力として発現させる種族だ。人間のDNAや魔力との相性の関係上、獣化能力のベースとなる生物は限られており、能力も遺伝で決まる。
つまりギリシャ神話のオルトロスの獣人は――少なくとも雀が知る範囲では――確認されていない。鉄平の獣化能力は狼をベースにした別物と考えるのが妥当だろうが、得体の知れない人為的な悪意が潜んでいると思えてならない。
何者かが裏で糸を引いているのは疑いようもないだろう。
「一応確認しておくけど、3年4組の大和屋鉄平君よね?」
いつでも攻撃を再開できるよう気構えながら、雀は世間話でもするかのようなトーンで話しかける。魔弾こそ見せているものの、その様子は無防備そのもの。油断を誘う演技かもしくはこれが素なのか。意図を測りかねた双人狼は黙秘するも、「どう?」と聞きなおす雀に警戒色を混ぜながらも頷いてみせる。
「ふーん。そうなると少なくとも二年半近くの間、私の眼はおろかこの土地の結界にすら感知出来なかったわけね」
「へえ、そいつは良いこと聞いたな」「つまりアンタは侵入者に気付かず今まで野放しにしていたわけだ」「神崎綴の結界もローテクが過ぎるようだ」
「……確かにそうかもね。少なくとも“感知”に関しては」
挑発を適当に受け流ししつつ、雀は内心でなるほどと頷く。今の発言は中々貴重な意見だ。
代々五輪の霊地を納める神崎家は外部からの攻撃に備えて、土地全体に幾つかの結界を張っている。この結界の恩恵は二十四時間当主の雀に反映され、土地に踏み入った術師は魔術師、霊能力者問わず感知される仕組みになっている。
双人狼の指摘通り結界自体は相当古く機構も単純な代物で、現代術師、それも霊地の管理者が扱うには少々心もとないのも事実。実際に三日前に大橋に現れた人龍に関しても、結界は直前まで反応を示さず後手に回った。そして、眼の前の大和屋鉄平に至っては同じ学内にいながら今日まで疑うことすらなかった。
ましてやこうして直接対峙しスキャンを掛けても、帰ってくる反応は人間か獣人か曖昧なままだ。
逆に言えば、其れが他ならぬ彼らの特徴とも取れる。
先の発言から鉄平は自分たちの“隠密性”に無自覚だったと推測される。具体的な指示を受けている様にも見受けられない事からも、敵は鉄平たちをあまり重要視していないのかも知れない。
「うん、細かいことは後回しで。予定通り砂純君だけ保護して、君は討つ」
方針を固めると雀はパチンと指を鳴らし、預けられた式神・淑艶を呼び出すと、建人の搬送と治療を言葉短めに指示する。淑艶は優美に一礼しそそくさと建人に歩み寄ると、菊柄の風呂敷で傷口を覆ってから労わる様な優しい手つきで建人を抱えて歩き出す。
いわゆるお姫様抱っこで担がれた建人。華奢な見た目からは想像もつかない腕力にも驚いたが、それ以上に彼女から流れてくる温かく心地よい雰囲気に荒涼とした心が凪いでいく。傷の痛みが嘘のように引いていき、ふかふかの揺籠に包まれている様な安心感が心地よい。
眠りへ誘われる意識をしかしギリギリの所で押し止める。このまま事態を有耶無耶にしたまま離れるわけにはいかないのだ。
「せ、せいと…かいちょう、俺は」
「補修の無断欠席は後でキッチリと問い詰めるから。まあ、君も彼も留年はほぼ決まりだから本当はどうでもいいけど」
あっさりと告げられたダブり宣告。都市伝説と思っていた留年生になってしまったショックからか、糸が切れた様に気絶する建人を抱え直し淑艶に退路のへ向かう。
「逃がすかッ」
双人狼の叱声と同時に突撃鎗とは逆の手から骨鎗を射出される。華奢な式神に迫る凶刃は、雀の魔弾で粉微塵に砕かれる。
間髪入れずに爆発するように突進する双人狼。獣人由来の高い身体能力の本領を発揮したノーモーションの超加速。距離を詰めて再び建人を仕留めに掛かるが、雀が赦さない。
差し向けられた右腕から術式陣が展開されると高速回転が始まり、銃身と化した雀の腕から魔弾の掃射。一発一発の威力は低いが機関銃と遜色ない連射速度で弾幕を展開。横殴りの流星雨を浴びせかけ、建人から双人狼を引き離す。
「チッ……!」
回避を余儀なくされた双人狼は跳躍を繰り返し、遮蔽物の影へ消える。如何に威力は低くとも数の力というのは侮れないもの。
お構いなしに射撃を続ける雀の魔弾はガリガリと遮蔽物を削り、堪らず移動する双人狼へ盛大に魔弾を浴びせかける。弾幕の中に混ぜた榴弾の魔弾が炸裂し、爆炎と衝撃波の壁で双人狼に反撃を許さない。
淑艶が十分に距離を取ったことを確認し、自身も手近な物陰に移動する。連射の余波を受け僅かに焦げたインナーの袖が目に付く。魔弾へ魔力を乗せ切れていない証拠だ。反省点を心にしっかりと書き留める。魔弾に限らず魔術全般で魔力コントロールに関しては課題が山積みだ。
大きくため息をついて焦げた部分を破り捨てると、廃墟に憤慨の声が響いた。
「何故あいつを庇う。貴様からすれば俺と同じ侵入者だぞッ」
「事情があるのよ。それに、彼にはどうやら借りがあるみたいだし」
淡白にそう返すと素早く遮蔽物から身を出し、声の方向へ魔弾を放つ。今まさに突撃を慣行した双人狼に吸い込まれていくように駆ける流星。連射と並列して装填と加速を進めていた四等星の魔弾。撃ち出しの反動で靴底が地面を擦る。先程までの6等星の魔弾が九mmパラベラムだとすれば、こちらは.454カスール弾に相当する威力と速度だ。直撃すれば生物など水風船と同義。
しかし動揺に眼を見開いたのは雀だった。
寸分の狂いなく繰り出された突撃鎗と魔弾が正面激突。パアンッという風船の破裂音にも似た音が鳴ると、魔弾は幾筋に引き裂かれ後方へ散っていく。
「うっそ……!?」
すぐさま後退。機械影に隠れ急接近する双人狼から距離を取りに掛かる。
雀の戦闘スタイルは中遠距離特化型の射撃手タイプ。先程のような白兵戦は例外であり、基本的には距離を詰められると苦しい。如何に魔力で膂力を強化しようとも素体は十代の少女であり、身体能力には歴然とした差がある。
故に、接近戦では圧倒的に雀が不利。
バック走と並行して魔力消費度外視の連射を浴びせかけるが、双人狼の突進は小動もしない。何発かは着弾しているものの、六等星の魔弾ではいくら撃ち込んでも、まるで巨大な岩塊を相手にしている様に手応えが無い。これは人龍との戦闘でも味わった感覚ではあるが、あちらは動きも鈍く的もデカかった。あの時は彗星の力を借りた高火力と隠し玉で押し切ったがものの、双人狼相手に悠長に術式と魔力を練る時間はない。
「「オオオオオオォォォォォォォォォォォ!!」」
互いの距離が十メートルを切った所で、雀は一息に練り上げた魔力を一発に集中装填。弾種を切り替え碌な狙いも定めず、発射。双人狼が構わず撃ち払おうと槍を突き入れた瞬間、魔弾が爆光を撒き散らし、夜を塗り潰す。
魔閃光音響弾。
雀の魔弾は標準で幾つかの種類を用意しており、弾の換装は瞬時に可能。いまのは自衛隊や軍隊でも使用されるスタングレネードを魔術で再現した非殺傷術式。百七十デシベルの圧縮衝撃音は至近距離で浴びれば意識障害を引き起こし、百万カルデラの閃光は言うまでもなく視界を殺す。
「「あああぁああぁ、カンザキィ!!」」
双人狼が耳を押さえ苦悶の叫びを上げながら槍を無茶苦茶に振るう。再生しかけた片頭部もまた悲鳴を上げている。効果は十二分以上、そしてこの機を逃す手は無い。
防御術式で自爆を逃れた雀は頭上目掛けて腕を突き出し撃ちまくる。
彼女の視線の先には天井を支える剥き出しの鉄骨。雨漏りによる腐食が進み錆だらけの鉄骨は容易く屈し、金属特有の断裂音を上げながら崩落。双人狼に降り注いでいく。
視覚と聴覚を潰されて尚発揮する直感で双人狼は回避しようと膝を撓めるが、雀が退避際に両脚のアキレス腱を撃ち抜く。
「っ、オオオオオオォォォォォォォォォォォ!!」
機動力を大幅に削がれた双人狼は降り注ぐ鉄骨を何本が弾くが、視界が潰れた状態ではそれが限界。圧倒的質量を前にして突撃槍が折れ、降り注ぐ鉄骨に押し潰されていく。廃墟全体を揺らすほどの激震が走り、外へ退避した雀にも砂塵が押し寄せてきた。
「けほ、けほっ。ちょっと乱暴がすぎたかも」
何度も咳き込みながらたった今自分が引き起こした惨状を眺め思わず後ろ頭を掻く。思っていた以上に建物が傷んでいたのか、崩落は想定以上で壁まで連鎖してしまい、巨大なハンマーを振り下ろした様な光景になっている。
普通であれば即死級の崩落であるはずだが、瓦礫の山を睨む雀の表情は堅い。何しろ謎の多い相手だ。鉄骨の下敷きになるまでは見届けたが、即死を逃れれば人龍のように命の灯が燃え尽きる前に呪詛を流し込まれる可能性は十分にある。
「この辺は結界を強化してるけど、倒したのを直接確認するまでは油断出来ないわよね」
いつでも攻撃を再開できるよう高火力術式を展開しつつ、土煙が晴れるのを待つ。
そこに夏風が吹き、土煙を払っていく。展開された術式が回転弾倉のように一発目の魔弾を銃身に装填、差し向ける腕が魔力で燐光を発する。指先を照星にし射撃体勢を万全に整える。
ビキッ、という亀裂音が響いたのはその直後。
瓦礫を巻き上げて地面から伸び上がる無数の骨鎗、槍衾が雀に殺到する。さながら吹き上がるマグマの如き下段からの攻撃に、雀は舌打ちを一つ。狙いをやや下方へ修正し、双人狼が潜んでいるだろう地面ごと抉り飛ばすつもりで撃鉄を振り下ろす。
まさにその瞬間。
「GAGYAAAAAAAーーー!!」
「なっ」
背後から地面を突き破ってきた双人狼に――否、身体を割った一頭半身の人狼の奇襲に雀は一切反応が出来なかった。飛び出だした牙と片腕で足首を恐ろしい力で両脚を摑まれ、反撃する間もなく地面に叩きつけられる。
強烈な叩き付けによる激痛で魔力の制御が乱れ、展開していた術式が霧散しかかる。
(――やばいっ)
雀を串刺しにせんと槍衾が迫る。
アキレス腱を撃ち抜かれた意趣返しか、脚に喰いこむ牙と指の力は揺るぎもしない。このまま半身ごと串刺しにする魂胆か。
魔弾で骨鎗を破壊しようにも数が多すぎる。地面を覆い尽くす程に放射される骨鎗の群れを全て破壊するには相応の術式に弾種を換装しなくてはならず、その時間は絶望的に足りない。回避は論外。防御は選択肢に存在すらしていない。
だが神崎雀は大人しく処刑を待つような意志薄弱な女では、無い。
「こん、のぉ!」
雀が取ったのは防御でも、回避でも、反撃でもない。
展開していた術式に全魔力の三割を一斉投入。規定外の魔力量で処理不良を起こした術式が激しいスパークを放ち始め、魔弾が装填される腕が燃えるような激痛を訴える。その一切を無視して雀は無理矢理術式を起動。
狙いを察した片割れの狼頭の眼が驚愕に見開かれ、それに不敵に笑ってみせた雀はメルトダウン寸前の右腕を地面へ照準。躊躇いなくブチかます。
直後、制御を失った魔力が暴走。大爆発を引き起こす。
先程の魔閃光音響弾に迫る閃光と衝撃波、爆炎による破壊の嵐。
無秩序に吹き荒れる爆風が乱立する槍衾を小枝のように粉砕し、爆裂は地下へ伝染。骨鎗を導火線代わりに地中へ潜っていた双人狼を焼き焦がし、雀を捕まえていた片割れは爆発の直撃を受け、秒を跨がず炭化。
「~~~っ、っ!!」
術者本人である雀もタダでは済まない。
爆炎を引きながら数十メートル以上転がり、朽ちかけの電柱に衝突してようやく止まった。泣き出したいほどの激痛が右腕を蹂躙している。右腕は以前アニメーション映画で見たイモリの黒焼きのような有様で、大変香しい臭いに眉間に深い皺を寄せる。キチンと痛覚が機能しているのが不思議なほどだ。
元に戻るかは、考えるのは怖いので後回しにすることにした。悲嘆に暮れた所で現状が良くなることなどない。現実に徹し、痛みをキッパリと無視――殆どやせ我慢だが――すると、雀は首を巡らせ爆砕地点を睨む。
「手応えは、あったけど……」
骨鎗は魔力で生成されたものと推測れるので魔力の伝送率もそれなりのはず。純粋な魔力による爆裂を骨鎗が導火線の役割を果たして、本体へ叩き込めたはずだ。爆発は開けた場所よりも、密閉空間で炸裂させた方が威力は桁違いに上がる。亀裂となって爆裂痕が地中へ続いている事からも、標的は地中から攻撃を加えていたに違いない。逃げ場はない。
「冗談でしょ……」
だからこそ、はじめ其れを前にして反応が遅れ、呆然と立ち尽くした。
燃え盛る炎の向う。もはや人型を失い、片腕片足で這う異形の影。
首元から股に掛けて失われた半身。断面は泡立つようにして肉の芽が伸び始めているが、増殖速度は目に見えて鈍い。残った手足も爆発の影響か歪に折れ曲がり、何度も地面を捉えそこね削れていく。顔の皮膚が焼け落ちて剥き出しになった眼球が炎の光を反射し爛々と輝いている。
──怪物。
あれの肉体を焼いているのは、雀の魔弾ではない。
恩讐の炎で身を焼いた、煉獄の底から這いあがってきた怪物だ。
「……ぃと…。たけ…とぉ!」
一歩。また一歩。
憎き男の名を呼びながら、鈍く、しかし燃える片四肢で着実に迫る。
今ならば歩いても逃げられる。だというのに雀の脚は恐怖に竦み縫い付けられたように動かない。片腕一本犠牲にしても届かない生命力と憎悪の厚みに、雀の心は萎縮してしまっている。
「……ッ、ふざけるな!!」
だがそのことに気付いた次の瞬間には、己への羞恥と憤怒に全身が奮い上がる。
弱い自分は不倶戴天の敵。此処で足踏みしているような軟弱な精神では、もう一度この土地に眠る“神秘”に相対することなど夢物語だ。
怒りを原動力に炭化寸前の右腕に魔力を通し、魔弾を込める。電撃めいた激痛で神経が焼き切れそうだが、人狼が溜め込む呪詛を土地に流し込まれては雀の敗北だ。ここで跡形もなく消し飛ばさなければ全てが水泡に帰す。ならば――
「片腕ぐらい、サービスでくれてやるってもんよ。来いッ、撃ち抜いてやる!」
死灰覆然。
魔力を出し惜しみなく投入した術式が眩い光を放ち夜気を払う。小細工は要らない。威力重視の魔弾で宣言通り、真正面から撃ち抜くのみ。
呼応するように人狼が膂力全てを注ぎ込み、飛び掛かってくる。身体が急速に萎んでいき、断面から飛び出した肋骨が急速に巨大化、大鎌状に変質していく。さらに身体を大きく捻り高速回転を始める。直撃すれば挽肉機に巻き込まれるより惨い結果が待っているに違いない。
だが雀は引かない。
集中力を高めるためあえて眼を瞑り、唇を噛み締め、限界ギリギリまで魔力を籠め続ける。二十メートル、十メートルと両者の距離が詰まる。大鎌が空気を引き裂く音が聞こえても、溜める。溜める。ギリギリまで。
「ダァゲヒドォォォ―――――――――」
残り、三メートル――乾坤一擲。
「ハァッ!」
括目した雀は残りの一歩前へ踏み込む。
一歩間違えばこの時点で八つ裂きにされる自殺行為。しかし人狼の飛来速度の計算とそれを上回と勘とクソ度胸が勝敗の天秤を傾けた。
装填した魔弾は三等星。急ピッチで組み上げた星辰魔術でしし座のゾズマと照応させ威力を高めた魔弾を、握り込む。
この魔弾は撃つ工程は必要なく、正確には魔弾でもない。踏み込みを撃鉄に、腕を銃身に、撃ち出された拳こそが魔弾。
素人丸出しの正拳突きが大鎌と激突。
一点集中の魔弾と急造の大鎌。どちらが武器として優れているかなど、議論するまでもない。
「怪物なら大人しく、退治されて消えろ」
全ての大鎌をぶち抜き、勢い衰えず拳は人狼を撃ち抜く。魔弾に呑まれ最後まで建人を呪う人狼・大和屋鉄平は呪詛ごと細胞一つ残さず、雀の一撃に消えていく。
一条の砲弾と化した魔弾が地上から打ち上げり、夜闇を鋭く斬り裂く。
精根尽きたのか拳を振り抜いた状態で固まる雀。右腕はもう感覚すら飛んでしまい、いよいよもって隻腕になる事を覚悟する必要が出てきた。
不意に脚から力が抜け、身体が横倒しに傾いていく。が、もう踏ん張る体力もない。今すぐ熱いシャワーを浴びて、ふかふかのベッドに倒れ込みたい気分だが、どうやら身体の方がとっくに限界らしい。最後の最後に焼けた地面に転がる羽目になるとは、ひどい仕打ちだ。
激闘を演じた褒美ぐらい欲しい、などと誰にいうでもない愚痴を零したい心境だったが何故かいつまで立っても硬い感触は来ない。
代わりに感じたのは抱き止められる感触と、雀が使うのと同じ柔軟剤と誤魔化しきれていない煙草の匂い。顔を上げるとここ一年間ですっかり顔馴染みになった青年の姿があった。トレードマークの赤いリボンがゆらゆらと風によそぎ、中天に輝く月と合わさりよく映える。
「帰ってたの?」
「ん。つい今しがた」
「そう」
気の無い返事をすると後はよろしく、と付け加え雀はそのまま青年に全身を預けて眠りについた。
激闘の後とは思えぬ無防備な姿は、彼への信頼の裏返し。
青年も短く返し、労わる様に雀を抱き直すと瓦礫を避けながら歩き始めた。
腰に括りつけた鎮魂の鈴が涼やかに鳴り響く。
一度だけ振り返った青年は黙禱を捧げ、何かを呟く。
こびり付いた恩讐によって偏り始めていた霊気が解けていき、ゆっくりと凪いでいく。
その様子を視届けた青年はもう一度だけ瞑目すると、あとは振り返らず雀を抱いてその場を去った。
季節外れの夜冷えの廃墟に、遠吠えが木霊する。




